第26話 反省会。

「本当にいかないんですかぁ? ミツルせんぱーい、先輩いないとつまんないよー」

「私たちだってフォローしますから、行きましょうよ飲み会! あんなことがあった後です! 気分転換しましょうよ!」

「竜沢さんの言う通りですよお、小鹿さんだってあれは仕方ないって言ってたじゃないですかあ!」


 仕事終わり、駅で別れる直前まで猫村さんと竜沢さんにこれから開催される、旧メンバーも含めた飲み会に行こうと誘われた私だったが。結局断ってしまった。

 残念そうに上り電車に乗って手を振る彼女らを見送って一人になると。なんだか今まで意識していなかった今日の疲れがどっと肩にのしかかってきたようだった。

 確かに。こんな時こそビールでも飲んでパァーッと騒げば、今日の騒動のことなんてすぐに忘れられただろう。もしかしたら、行った先でみんなのことを思い出すかもしれない。とも思ったが、逆に思い出せなかった時の空気を思うと、参加する勇気が出なかった。

 せっかくの盛り上がりの場に水なんかさせないし、「えっ、忘れちゃってるの!?」という元仕事仲間や先輩の困惑した顔は見たくない。例えそれを隠しても、思い出話になった時に自分だけ反応できなかったら不自然だし。きっとどこかでボロが出る。それを考えると、やはり行かなくて正解なのだ。

 まあ……正直言うと、行きたかったけどさ。家に帰っても、暗くて狭い部屋にひとりぼっち。このまま大人しく帰りたくなくて、私はせめてもの慰めにと目の前で煌々と光を放つコンビニに足を向け、駅向こうの小さな公園で一人飲みを決め込むことにした。


 砂場に、小さな木造りのアスレチック、鉄棒、滑り台。

 ちんまりとした公園には街灯が二本しかなくて、その下にある錆びたベンチの上に、私はもう限界だとばかりにどかっとお尻を落とした。

 ささやかな虫の声、時折聞こえる電車の音。静か過ぎるが、それが落ち着く。

 公園には誰もいないし、ちょっと暗いけど、まあ一人の宴にはもってこいだ。

 私はコンビニ袋の中を漁って、栄養ドリンクとイカのあたりめの袋を出して、破く。結局、最後まで迷ったけど、職場は直ぐ近くだしこんな近所で、仕事終わりのスタッフが公園で一人缶ビール呷るってのもあまりいい気がしないから、結局私は栄養ドリンクをメインにおつまみを齧ることにした。

 お酒を抜いてる時点で飲みですらないな。なんなんだろうこの図は。二十代の女が、公園で一人イカのあたりめを食うとか。おかし過ぎんだろ。ていうか、虚しい、寂しい。

 馬鹿みたい。

 イカを噛み噛みしていたら、なんだかだんだん口の中がしょっぱくなってきた。

 目の奥が、熱くなる。なに、やってんだろ。私。

 万引き捕まえようとして、投げられて。頭打って、三年分の記憶をぽーんと忘れて。それでも意地張って職場に戻ってきたけど、みんなのお荷物にしかなれてない。挙句失敗するし。店長には怒られっぱなし。家族とは相変わらずだし。こんな時でも、帰る気は起きないし。でも今は誰かと喋りたい。この気持ちを誰かにわかってほしい。だけど家に帰っても誰もいない。友達に話したって、みんなそれぞれの仕事がある、長々とは話せない。頼りたいけど、そんなに寄りかかることはできない。職場の人たちにもこれ以上迷惑かけたくない、こんなに毎日同じように過ごしてるのに、記憶もちっとも戻らない。自分だけ置いていかれている焦りと恐怖だけが着々と育っていく。

 こうなったのは全て自業自得。そう言ってしまえばお終いだけど、気持ちはそれだけじゃ収まりそうにない。

 目の前が滲んでいく。だめだ、潰れそう。

 そうだった。私って昔から、いい時はとことんいいくせに、一度ハマるとどっぷり沈み込んで抜け出せなくなる、負のループに陥るやつだった。

 ……寂しい。思ったらもう止まらなかった。

 押し寄せる波のように気持ちが高ぶる。

 こんなに寂しがり屋のくせに、よく一人暮らしに踏み切ったなあ。三年も続けてたけど、こんなどうしようもない時。私は今まで、一体なにを支えに生きてたんだろう。

 落ち込んだり、悲しい時。私がいつもの私に戻れる、元気の源ってなんだったのかな。それを思い出せれば、もうずっと続いているもやもやとした気持ちを払うことができるのかな。鼻水をずずっと啜ったら、右の目尻からぽろっと一粒の雫が溢れた。



「――ミツル……」


 その時。暗闇から呼ばれて、ハッと顔を上げる私。

 声のする方を見ると。人影がゆっくりとこっちに向かってくる。

 なに、誰――、そう思ってコンビニの袋を抱きしめて立ち上がろうとする私だったが、砂利を踏み鳴らし、街灯のスポットライトの中に姿を現したのは。


「ミツ、…………店員さん、やあ、どうしたの」


 私を見てぎこちない声を出す。

 童顔眼鏡だった。

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