第23話 救世主。
「なによ、いきなり」
「お客様のお気持ちも仰ることもその通りで、私もとても共感できます。ご家族でお越しのところ不快な思いをさせてしまい、本当に申し訳御座いませんでした」
「ちょっと君、下がって」と言いたげな店長に目もくれず。鵺ヶ原さんは毅然とした態度で前に出て行く。
「ですが、彼女にも彼女なりの理由があって、そのような行動に出てしまったのです。彼女は始終真面目に勤務に励んでいました。けしてお客様を不快な気持ちにさせようとしていたわけではございません、その辺りをどうかお客様にもご理解して頂きたいと私は思います」
「はあ!? うちの子泣かしといてなにが真面目だよ!」
「でしたら私がそれを証明させて頂いてよろしいでしょうか。彼女は土下座を強要される程の違反を犯してはいないということをです」
「え……?」
「そうですね……ちょうど、あの辺りに防犯カメラがありますので、宜しければ一度事務所の方にお越し頂いてもよろしいでしょうか。何故彼女がそのようにしなければならなかったか、きっと納得して頂けるはずですので」
鵺ヶ原さんがにこやかに指差した先は天井から下がった防犯カメラ。そのレンズはこちらを向いていて。今も私たちを映している。
「は……、どういう意味よっ」
笑顔だが低姿勢ではない、むしろ余裕があり、その奥にはこの状況を容易く覆すことができる絶対の自信がある。
場数をこなし、数々のお客のタイプを分析して、把握している。その上でこの対応なのだ。その言葉一つ一つはブレがなく、まるで有効的なマスに優位な駒を置いていくかのような、自然だが、無駄のない誘導。この人は、絶対に負かせられない。
そう感じたのは私だけでなく、ヤンママもだったらしい、今までの勝ち誇ったような顔つきが一瞬にして変わった。
「カメラがなんだっていうのよ!」
「――もう止めときなよ。これ以上はあんたが恥ずかしいよ」
それでも吠え続けようとするヤンママの肩をとんとんと後ろから叩いたのは、呆れ顔をした、渋めのスーツに帽子を被った初老の男性。
「ちょっとなに! 触んないでよ!」
牙を向けるような勢いで振り向く彼女に、その男性はため息を吐いて話し始める。
「そのお兄さんの言う通りだよ。このお姉さんは真面目に仕事してたよ。私、見てたけどね、あんた。あそこのベンチでずーっと携帯電話いじってたでしょう。その間あんたの子供なにしてたと思う。仔犬の入ってるケースは乱暴に叩くし、お姉さんの脚は蹴るし、やりたい放題だったよ。私は躾のなってない可哀想な子供だって思いながら見てたのさ。そしたらどうした、お姉さんが触らせてくれようとした仔犬を、あんたの子供はいきなり床に叩きつけようとしたんだ。お姉さんは間一髪仔犬を守ったけど、その子は結局ごめんなさいもなにもない。そりゃあ叱られたって文句は言えないと思わないかね? それで土下座しろだって? おかしなことを言うんじゃないよ。今回のは完全に親として子供の行動を見ていなかったあんたのミス、教育不足はあんたの方だよ」
私だけじゃないよ。みんな思ってるよあんたのこと。そう言われて。ようやく冷たい視線が自分だけに集中していることに気がついたのか、見てわかるぐらいにヤンママの顔が赤面して。
「なによ……子供がやったことなんだから!!」
そんなわけのわからないことを苦し紛れに喚いて。ヤンママは子供の腕を強引に引いて人混みの向こう側に立ち去っていった。
嵐が通り過ぎて。「どうだ言ってやったぞ!」と嬉しそうに拳を持ち上げる初老の男性に鵺ヶ原さんも同じように拳を持ち上げ笑顔で返し、店長は汗でベトベトになりながら、弁護してくれた男性に何度も御礼を言った。だが。
これだけじゃ終わらない。
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