第2話 おかあさん

決まって、




そのあとの記憶はない。






ふと目が覚めると、




うざったい朝日が、




薄っぺらなカーテンを切り裂いて




部屋中を自慢気に照りつけている。







「結衣ー。早くご飯食べなさいよー。いつまでたっても片付かないでしょー」






追い打ちのように、




階下のキッチンから、




脳みそをつんざくような、




不愉快に生気に満ちた声が轟く。






結衣。




名字はどうだっていい。




私の名前はユイというらしい。






だけど、




その名前が、




自分のものだと感じたことは、




一度も無い。






それに、




結衣という響きと文字が




大嫌いだ。






色々と理由はあるけど、




そんなの




独りごちても、




バカみたいだから、




一人の例外を除いて、




誰にも言わないことにしている。






階下の住人と、




関わると面倒なので、




髪の毛を念入りに梳く以外は、




適当に身支度を済ませて、




食事に向かう。








食卓に並んだものから、




ミネストローネを少しと




コップ半分のミルクだけを




胃に流し込む。






食事の支度が終わった




”おかあさん”とかいう生き物が、




パート先の上司がどうしたのなどと




どうでもいいことを話しかけてくる。






「そうなんだ」




「へえ」




それと絶対にバレない自信のある、




偽りの微笑であしらって、




さっさと席を立つ。






「結衣? まだ7時よ? もう学校行くの?」




「いつも通りよ。”おかあさん”」




「結衣は真面目ねえ。近所でも評判でお母さん、鼻が高いわよ」




「いつもそればっかり」






例の微笑でそう返すと、




満面の笑みで”その女”は、




洗い物へと戻っていく。






バカげてると感じることすら




バカげてる。




何もかも。








無駄に樫の木で出来た




重たい玄関の扉を押し開けて、




そのまま私の家らしき建物を出る。








「いってきます」




儀礼的に、




そう言うようにしているが、




誰に向けて言っているわけでもない。






玄関を出ると、




あのうざったい朝日とは




対照的な




少しだけ




ひんやりした風が、




私の頬を




撫でるように




かすめていった。

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