YUI 灯火 -生と死の狭間で

蒲原 綾人

第1話 静かなペティナイフ

いつの頃からだろうか。




夜中に家族が寝静まると、




部屋から静かに抜け出すようになった。






記憶にないくらいだから、




それなりに幼い頃からだったのかもしれない。






向かう先はキッチンで、




上から二段目の引き出しから




果物の絵柄の付いた、




小さなペティナイフを、




そっと取り出す。






無闇に音を出さないように、




引き出しは開けたまま。








ペティナイフの刃先を手前に向け直し、




両手で堅く握ると、




喉にゆっくり押し当てる。






ぐっと刃先を肌にめり込ませる辺りから、




どうでもいい高校のクラスメートのことや、




大嫌いな家族のこと、




そして、




幼なじみの腐れ縁の啓太のことを思い出す。






私がいま、




思い切ってしまえば、




クラスメートや家族はともかく、




啓太は悲しむのだろうか。






そんなことを、




止めどもなく考えているうちに、




啓太って小説の登場人物にもならないくらい、




ありふれた名前だなと、




ふと苦笑してしまう。






そのせいで、




喉に食い込ませた刃先の力も




情けなく抜けて、




そのままゆっくりナイフを、




出しっ放しのまな板の上に置く。




ことん、




きっと私にしか聞こえない小さな音がした。






こんなことを




もう何年、




続けてきただろう。






誰も知らない、




私だけの、




最期の一歩手前。

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