第36話

「動くな」

「動いていないけど?」


 すかさず剣先を突きつけたサニーに、冷たい笑いを向けるルシファー。

 今日は一人だけでお供のベヒモスはいないようだ。


「まったく本当に忌々しい女だな。エリュシオンでも好き勝手されたし、いつも俺とレインの邪魔をするし、そろそろ消しておきたいんだけどな」

「それはこちらの台詞です」

「二人ともやめなさい」


 二人が睨み合うだけで天変地異が起こりそうだ。

 すでに周囲の空気はキンキンに冷えていて、バルトは私の後ろにスッと隠れた。

 一応私も女子なのよ?

 女子の後ろに隠れるって、バルトとユミルは一度サニーに鍛えて貰った方が良いかもしれない。


「お早い登場ね」


 ルシファーに目を向ける。

 来るかもしれないとは思っていたけれど、こんなにすぐやって来るとは思わなかった。


「エリュシオンに近づいている者達がいることには早々に気づいていたからね。もっと近づくまで放っておこうと思っていたら気配が消えたから、レインの仕業かなと思って」


 そう言うとルシファーはサニーとの睨み合いはやめ、私に向けてにっこりと微笑んだ。


 領土を出ているからルシファーから身を守る絶対的なものがないのは不安だが、以前のようにベタベタしてくる気配はない。

 エリュシオンで話したことが影響しているのだろうか。

 微笑んではいるが視線もどこか冷めているような気がするし、今までになかった壁が出来たというか、距離を感じる。

 良かったけど……なんだろう、このモヤモヤは。


「大丈夫、何もしないよ。見学するだけだから。レインなら信用してくれるよね?」

「マイロード、討伐許可を」


 サニーは未だ鋭い目でルシファーに剣を突きつけている。

 前回の一件でサニーのルシファー警戒度は最高潮だ。

 言っておかないと本当にやりかねないので、私が許可を出すまでは討伐してはいけませんと釘をさしてはいるが……。


「サニー、ビャッコが先。もし怪しい動きをしたら好きにしたらいいから」

「……分かりました」


 ここで「駄目だ」と完全に押さえつけてしまうと中々引き下がってくれないだろう。

 少しサニーに判断の余地を与えて納得して貰った。


「ルシファーも。サニーが本気になったらただじゃ済まないのは知っているでしょ?」


 お願いだから、これ以上超優秀な相棒を刺激しないでください。


「分かっているよ。大人しくしていると言っているだろう? 今回はルフタの管理不足についても考えないといけないし黙って見ているさ。なあ、使者様?」

「……!」


 意味ありげな視線を向けられたバルトが私の後ろでビクッと動いたのが分かった。

 振り向くと耳をビクビクさせながら怯えていた。

 見ていて可哀想なほどビビっている。

 あなた虎の獣人でしたよね?

 小動物にしか見えないわよ。


 そんなことより――、止まっていた話を進めたい。


「ねえ、バルト。貴方がやらかしたより前にビャッコが暴れたのはいつ?」

「え? さあ、ずっと前としか……」

「アバウト過ぎ」


 それじゃ分からない。

 バルトはあまり詳しいことを知らないようなので、同じ質問を白牙の青年に投げた。


「お前に話すことなどない」

「……」


 間抜けなファイティングポーズのままキリッと言われても面白いだけなのだが……。

 白牙の民が一斉に『悲しいとき-!』『悲しいとき-!』と言い出しそうな気がしてきた。

 笑いを堪え、煽るようにもう一度話し掛ける。


「知らないの? へえ、白牙の民って案外ビャッコについて知らないのね」

「二百年ほど前だと聞いている!」


 ふふ……ちょろい。

 シンパシーを感じるちょろさで彼らに対する好感度が上がった。


「それを実際に見ていた人はいないの?」

「今はいない」


 二百年前というと、この世界が私にとって『現実』となった頃だ。

 やっぱり、あのイベントは起こって『事実』になっているような気がする。

 だとしたらやはりビャッコは死んだ。

 だが、死んでいるはずのビャッコが暴れそうだという。

 その姿は禍々しい。


 これらから連想できることは『ビャッコは死んだがゾンビ化して蘇った』だ。


「ビャッコは今この木の上にいるの?」

「お前! ビャッコ様を刺激するな!」

「確かめてくるだけ…………!?」


 姿を見てこようと上を見上げたところで、天井の草木が激しく揺れ始めた。

 上からの突風に揺れている。

 風に乗り、大きな気配が降りてくる。


「ビャッコさ……おわあああ!!?」

「来たわね」


 私達の元にも突風は襲いかかってきた。

 白牙の民達は散り散りに吹っ飛ばされていった。

 サニーとルシファーは涼しい顔をして上を見上げている。

 バルトは意外に踏ん張ったようで、厳しそうな顔をしているがその場に留まっていた。

 あら、元仲間の白牙の民より根性あるじゃない。


『シャアアア』と声にならない声を放ちながら、ビャッコは地面に降り立った。


「うわあ……」


 目の前に表れた巨体に思わず顔を顰めた。


『…… ……ア ……ド ……い』


 優美なはずの神獣は美しいとは縁遠い姿になっていた。

 バルトの言っていた通りの真っ黒な姿。

 暗く光る瞳は不気味だ。

 風に乗り駆け抜けていたかつての美しい姿を思い出すとやるせなくなったが、今は感傷に浸る暇はない。

 真っ黒なビャッコの身体を観察した。


「うーん、ゾンビとは違うねえ」

「え? ゾンビ!? え!?」


 ゾンビは分かりやすく腐敗している部位があるはずなのだが、それは見当たらない。

 私の呟きを拾ったバルトが説明して欲しそうな顔をしているが、今はまだちゃんとしたことを話せないから後回しだ。


 このビャッコの状態と似たものを別のクエストで見たことがあった。

 とても面倒なクエストだった。

 儀式で蘇らせようとしたが失敗して不完全に蘇った竜の討伐クエスト。

 このビャッコは、あの時の竜と同じ状態だと思う。


 この状態はゾンビに近いが、大きな違いがある。

『腐敗せずに蘇っているためゾンビに共通する弱点がない』という点だ。

 だから強い、ゾンビより格段に。 


「おっと!」


 考察していると、ビャッコが牙を剥き出して飛びかかってきた。

 もう少し考えて痛いから大人しくして欲しいんだけどなあ。

『待て!』ってやったら怒られるかな。


「サニー、様子を見るから回避だけにして。ルシファーも!」

「御意」

「分かったよ。全く、ケロベロスより躾が出来ていない犬だな」


 一心不乱に牙を剥くビャッコを見てルシファーが笑っている。


「ケロベロス!? ビャッコ様になんてこと言うんですか!」

「ははっ」


 神獣を魔物と比較されてバルトが怒っている。

 ごめん、私も『待て』したいなって犬扱いしちゃいました。


「クイーンハーロット様、月の珊瑚ってまだあるんですよね!?」

「あるけど……月の珊瑚をあげても無駄よ?」

「え!?」

「やってみようか?」

「え、そんな簡単に……」

「見ていてね。ほら」


 白牙の民達は儀式をして使っているようだが、私はアイテム使用を選択するだけだ。

 月の珊瑚、『使う』――これでよし。


「あ!」


 バルトの視線の先には、月の珊瑚がちゃんとアイテムとして使われた証拠となる光が現れていた。

 ……だが、なにも起こらなかった。

 バルトが肩を落としている。


「うん?」


 ルシファーが何か気になったようで、突進してくるビャッコをひらりとかわしながら首を傾げた。


「この『魔物』、変わっているね」

「!」

「魔物じゃない!  ……です」


 ルシファーに抗議したバルトだったが、一睨みで大人しくなった。

 怖いのなら、大人しくしておこうね?

 それより、私はルシファーがビャッコを『魔物』と呼んだことでハッとした。


「いや、これは魔物だよ。魔王の俺には分かるからね。でも全部じゃない。混じっているな」

「……ドリアードでしょ?」

「ああ! そうだね。この感じはそうだ」


 ……やっぱり。

 これであのイベントが起きたのだと確信した。


「バルト、やっぱりあなたが全部悪いわけじゃない」

「え」

「だって、あなたが盗まずに月の珊瑚があったとしても効かなかったはずだから。今みたいね」

「……!」




 ※※※



 私はフレンドの一人である全身黒の装備に両手剣、オッドアイを眼帯で隠すという厨二な剣士君と『魔樹と神獣』という名のイベントクエストに出た。

 並んで歩きながら、クエスト内容について考察する。


『このイベントのボスはなんだろ。ビャッコは神獣だから魔樹とやらかな?』

『さあ? 新イベ一週目は知らないでやるのが一番だろ。おばさん、今度はしっかり頼むぜ。あんたのリヴァイヴァルショーはもう見飽きたからな』

『うるさいわね、ちゃんとやるわよ!』


 スタート地点から次の目的地として表示されているのは白牙の里。

 木々に覆われた暗い道を、飛び出てくる雑魚の魔物を倒しながら進む。

 アイテムを広い、整理しながら進んでいると目的地が見えてきたがなにやら黒い煙が上がっている。

 ストーリーが始まる気配を感じ、自然と足は速くなっていた。


 到着して目にした白牙の里は普段の様子とは違った。


『おお、白牙の里が壊滅しかかってんじゃん!』


 黒い煙は焼けた民家から立ち上っていた。

 黒焦げになった姿は無残だが火の被害は民家の周囲のみで、深刻なのは村全体の建物が倒壊し、瓦礫の山になっていたことだった。

 大地震が起きたか、竜巻が通過した後のようだ。


『怪我人も多いみたいね』

『ああ。このイベントのボスが暴れたのかもな。お、早速ビャッコ!』


 里の様子を見回っていると、頭上を大きな影が飛び越えていった。

 ビャッコは空を翔ながら何処かへ向かっている。

 ビャッコを追いかければストーリーは進むだろう。

 私達は同時に走り出した。




『うっし、追いついた』


 木々が倒れ、視界が広くなった森の一角。

 そこにビャッコは待ち構えていた。

 私達を目で捉えると、伏せていたビャッコがゆっくりと立ち上がった。

 それと同時に流れるバトルBGM。

 周囲も戦闘が終わらない限り出ることが出来ない、バトルフィールドへと変わった。

 『敵』を示す赤いターゲットマークがビャッコの身体と重なる。


『あれ? 戦うのはビャッコなの?』

『みたいだな。じゃあ、弱点狙うの頼んだぜ』

『任せて!』


 神獣と戦うとは思っていなかったため少し動揺したが、中二病の連れと合わせて戦闘モードに入る。


 属性の弱点を狙って攻撃すると敵がダウンしやすい。

 私がダウンをとり、動きを止めたところを前衛の彼がボコるというのがいつものパターンだったのだが……。

 ビャッコの身体に雷を落としながら首を傾げた。


『あれ、ビャッコって弱点って雷よね?』

『全然効いてねえ! 全く転けないし! まあ、別に俺一人でもいけるけどさあ。おばさん使えねえ。また、おば散歩かよ』

『なっ! あのねえ!』


 付き合いのある奴等は私が役に立たず一緒にいただけという時に、おばさんを散歩させた『おば散歩』と言ってくる。

 誰が上手く言えと言った!

 小馬鹿にされているなんて泣くぞ!


 役に立たないと言われるのは癪なので他の属性も試してみた。

 回復してしまったらまた文句を言われるが、なにもしないわけにはいかない。

 邪魔にならないように気をつけながら試していると、効果があるものがあった。


『火が効いているみたいね?』

『そうだな。……ん? ターゲットが二カ所ないか?』

『え? 嘘。あ……本当だ』


 ターゲット表示をオンにしていると見えるのは通常は一体に一カ所だ。

 尻尾や角など破壊すれば優位になる部位はあるが、それらが個別にターゲットとしては現れることはない。

 だとすると……。


『もう一匹いるってことか? あれ……』


 二つ目のターゲットを注視して見た。

 なにやらビャッコの身体に木の枝が巻き付いている?

 あれは――。


『ドリアードに寄生されている?』


 ドリアードは木の魔物でどこにでもいる。

 神獣がありふれた魔物のドリアードに……?

 おかしなことだと顔を見合わせた。


『あ、逃げた』


 目を離した隙にビャッコは颯爽と去って行った。

 今のように『倒せないまま敵がフィールドから出た』ということは、元から一定のダメージを受けると逃げるシナリオになっていて、まだ次の展開があるということだ。

 ストーリーを進める必要がある。

 進めるには特定の場所に辿り着くか、必要なアイテムを得るか、きっかけになるアクションを起こさなければならない。

 情報を得るため、私達は里に戻った。

 里は来た時と変わらず、酷い有り様のままだった。

 あまり時間が経っていないのだから当たり前だが、クエストに寄っては都合の良いゲーム展開が起こり、短時間で町の様子ががらりと変わることもあった。

 今回はそんな不自然なことは起こらなかったようだ。


 里に入って話を聞いて回る。

 どうやら村をこんな有り様にしたのはビャッコのようだ。

 里の者はビャッコを崇拝している。

 そのため、襲撃を受けてもビャッコを傷つけるわけにはいかない。

 為す術無く途方にくれているのだと、多くの者が嘆いていた。


『やっぱり、私達が倒さなきゃいけないみたいね』

『だな』

『旅のお方!』


 大方話は聞き終えたかと足を止めていると里の者が声を掛けてきた。

 これと言って特徴のない若者だ。

 モブらしいモブだが、台詞があるのだからエリートモブだな、なんてことを考えながら耳を傾けた。


『荒ぶるビャッコ様をお鎮めするのは我ら白牙の民の責です。ですが――。月の珊瑚を捧げたのですが、ビャッコ様は鎮まらず……。どうぞお力をお貸して頂けませんか? 我々にはどうすることも出来ない。今、ビャッコ様は大樹の上に戻られています』


 役割は果たしたのか、一方的に話し終えると里の者は離れて行った。

 それを見送り、相方と顔を見合わせた。


『とりあえず行けってことっぽいな』

『みたいね』


 ストーリーを進めるため、早速ビャッコがいるという大樹を目指した。


 里の中からでも見えていた大樹までそれほど距離はない。

 さっさとクエストを終わらせようとダッシュで向かう。

 麓まで行くと、景色がザーッと変わり始めた。


『お、話が進むぞ。回想が入るみたいだな』


 これはストーリーモードの時にある演出で、回想の場面がその場に再現されるのだ。

 その時プレイヤーは周りに触れることの出来ない観客となる。

 大人しく立って待っていると、少し時間を遡った出来事の再現が始まった。




 場所は此処、大樹の麓。

 風に乗り上から舞い降りてきたビャッコは、地面に転がっている今にも消えそうな命に目を落としていた。

 それは緑の髪をした少女の姿をしているが、正体はドリアードの幼体だった。


 ――サテ、ドウシタモノカ


 里の者ならビャッコは慈悲を与える。

 だが矮小な魔物など気に掛ける必要もなかったのだが……。


 ――オマエハ運ガイイ


 ただの気まぐれだった。

 ビャッコはドリアードの幼体を住処に連れ帰り、少しだけ自分の力を分けてやった。

 助けたのだ。


 人に始末されそうになっていたのか、人間の持つ道具でついたと思われる傷が致命傷となり、命を落としかけていたドリアードだったがビャッコの手によってすぐに回復した。


 だが――。

 そのドリアードはどこか身体に致命的な損傷を負っていたようで、回復を施してもすぐに弱っていく。

 先の長くない身体になっていた。

 すぐに死ぬだろう、ビャッコはそう思っていた。

 憐れになったビャッコは、住処である大樹の上からドリアードを放り出すことはせず、置いてやることにした。

 三日もすれば土に還るだろう。

 そう目算をつけていたのだが……。


 ドリアードは中々死ななかった。

 風前の灯火のような命を、必死でつなぎ止めていた。

 それも、理解しがたい苦労をしながら。


 ドリアードが生きていくためには魔力が必要だが、大樹の上にはそれがなかった。

 そのため、弱った身体を引き摺り、毎日大樹から降りては森から微かな魔力を補い、ビャッコの元に戻って来るということを繰り返していた。

 ビャッコは、それを日々不思議に思いながら眺めていた。


 何故戻ってくるのだろう。

 行き来するだけでもかなり体力を消耗しているのに。

 そのまま森にいればいいのではないか。

 もしくは――。

 ずっとここにいるつもりならば、力を貸してくれと頼ればいいのに、と。




『神獣と魔物なのに、不思議な距離感ね。……でも、両方ともちょっと幸せそうじゃない?』

『そうだな。ドリアードは居心地がいいんだろう。ま、知能が発達している魔物じゃないから、本能で安全な場所だと察して居ついているだけかもしれないけど』



 それから十年経った。

 ドリアードは生きていた。


 成体なり、美しい女性の姿を取るようになっていた。

 ドリアードは相手を油断させるため、獲物と反対の性の姿を取る。

 ビャッコが雄だったためにその姿になったのか、元々他の生き物を誑かすために女となっていたまま育っただけなのかは分からない。

 どうでもいいことだったが、ビャッコは美しいものが好きだった。

 だからか、しぶとく生きていたドリアードの命が今度こそ本当に終わる――そうなった瞬間に、つい手をさしのべてしまった。


 ビャッコは自分の身体にドリアードを寄生させたのだ。

 最初に助けた時は、力を少し注いでやっただけだった。

 だが今度は寄生させ、ドリアードに力を奪わせた。

 その方が早く回復するだろう、また気まぐれにそう思っただけ。

 そうしてビャッコとドリアードは、身体を繋げたまま長い時を過ごすことになった。


『……もう恋人みたい』


 神獣と魔物の住む大樹の上はいつも穏やかな空気が流れていた。

 陽の光を浴びて、微睡むビャッコとドリアード。


『そうか? 俺には親子に見えるな』

『そっか……そうね。親子にも見える。どんな関係にしろ、お互いを大事にしているのが分かるわ。寄生というより、寄り添っているって感じ』


 ドリアードは『寄生相手の力を吸い尽くし、殺す』という本能に逆らい、ビャッコから少ししか力を奪わなかった。

 最低限、生きていけるだけの微々たる量だけ。


 だが、時が経つにつれて、神獣と魔樹は変化していった。

 それは、悪い方向へと――。


 ビャッコは少しずつ穢れていった。

 ゆっくりと、確実に、ビャッコは自我を失っていく。

 神獣とはいえない存在に堕ちていく……。


 一方のドリアードはビャッコを穢し、神獣の魔力を吸い続けたことで特別な存在となった。

 以前よりも明確な意思を持ち、特殊な力を持ち、存在を拡大させた。


 ――いつか自分がビャッコを食らいつくしてしまう


 進化した思考がドリアードを不安にさせた。

 自分のせいであの美しかったビャッコが、神獣であるビャッコがただの魔物……いや、それ以下になってしまう。

 ビャッコを助けるためにドリアードは寄生をやめようとしたが、長い年月、繋がっていた身体は離れることが出来なくなっていた。

 無理に離れるとお互い死んでしまう。


 ――ならば


 ビャッコの力で獲た知能はドリアードに『自害』という手法を思い至らせていた。

 ただの魔物であれば出なかった答えだ。

 だが、ドリアードの自害は叶わなかった。


『シナセハシナイ』


 薄い意識の中で、ビャッコはドリアードの自害を止めていたのだ。

 だからドリアードは誰かに自分を殺して欲しかった。


 ――誰か、ワタシを殺して




 そこで周りの景色は『今』に戻った。

 大樹の元で立ち尽くす二人の前に、変わり果てた姿のビャッコが降り立った。

 牙を剥くビャッコ。

 バトルスタートとなる咆哮が二人を襲った。


『……。これ、もしかしてさ……』

『ドリアードだけを殺すのが成功条件、ってか? なんか重いわー』


 想い合う二人を裂くなんて。

 それが片方を救うためだとしても辛い。


 だが、所詮はゲーム。

 気が進まなくても手を止めることはない。

 でも……。


 時折意識が戻った様子のビャッコが、ドリアードへの攻撃を阻んでくるのを見ると胸が痛い。


『なんかドリアードを燃やすの、罪悪感が半端ないんですけど!』

『俺だってそうだけどさ、だからってやめるわけにはいかなだろ? っていうかこのクエ、良いアイテム結構落ちるから何回もやらなきゃだめだぞ?』

『嘘でしょ!? 鬱だわー』

『無駄口叩いてないで、鬱クエさっさと終わらせようぜ。おばさん、早くドリアード燃やせよ!』

『分かったわよ……って燃やしたらビャッコが荒ぶってるけど!?』


 ドリアードへの火属性攻撃は、ダメージは蓄積することが出来るがビャッコの攻撃も激しくなった。

 ドリアードが苦しそうに叫ぶとビャッコが怒りの声を上げる。

 その様子が胸を抉る。


『ああもう-! 心を殺しにくるわ-!』


 心を鬼にしてひたすらドリアードを攻撃。

 燃やし続け、斬り続け……。


 作業のようにそれを黙々とこなしていると、あまり時間はかからずドリアードは動かなくなった。


 そして二人の正面には、クエスト成功を知らせる画面が表示された。


『……はあ。終わったわね……』

『ん? まだストーリーがあるな』

『え?』


 すぐに帰還とはならず、エンドストーリーが始まった。

 大体のクエストは戦闘が終わると帰還になるが、イベントクエストには稀にストーリーが流れて終わりとなることがある。

 今回はそれのようだ。


 ビャッコは、自分の身体から焼け焦げたドリアードがボトリと落ちるのを眺めていた。

 戦っていた時の荒々しさはもうない。

 とても静かな目をしていた。

 今は自我を取り戻し、意識はハッキリしているのだろう。


『…… ……』


 何を言ったのか分からない。

 静かに喉を鳴らすと、地面に落ちて転がりただの木片となったドリアードを優しく、愛おしそうに舐めた。

 ……辛い。


『うー……』

『泣くなよババア!』

『うるさいわね! ……ああああ!!』

『ん? あ……!』


 激しい咆哮を轟かせたビャッコは、魔法で風の刃を作り出し自らを切り裂いていた。

 すぐに身体は倒れ……血だまりが大きく広がっていく。


『……コレデ……トモニ』


 神獣ビャッコは自害した。


 私達の目の前で。


『『……』』


 立ち尽くす二人に構わず、クエスト終了を告げる軽快なメロディーが流れた。


 このクエストは私達に何を伝えたかったのだろうと空を仰いだ。

 ……伝えたいことなんてないか。


 虚しさが胸いっぱいに広がる。


 そして二人は無言で帰還、そのままログアウトすることになったのだ。



 ※※※




 ……今思い出しても気が沈む。

 あれは『片方を殺して片方を自害に追い込む』という鬱クエストだった。


 あの時死んだビャッコを誰かが復活させたのだと思う。

 ドリアードの名残があるのがその証拠だ。


「レイン。こいつは始末しないのか?」

「神獣様を始末!?」

「だからほぼ魔物だって。はあ……つまらないな」


 ルシファーは回避ばかりしていることに飽きてきたようだ。

 ビャッコの攻撃を避け続けているだけの私達から離れ太い木の枝に飛び乗り、腰を下ろすと休み始めた。

 文字通り高みの見物だ。

 下手に手を出されるよりはいいけれど、優雅だなあオイ!


「ビャッコ様!」


 ルシファーに冷めた視線を送っていると、バタバタと複数の足音が近づいて来た。

 吹っ飛ばされていた白牙の民が復活し、里から誰かつれて来たようだ。

 全員白牙の民と分かる風貌だ。


 先頭にいる中年に見える男は、他の連中とは違う白い毛皮のベストを着ていた。

 牙を使った装飾品をごちゃごちゃとつけていて、いかにも「私は重職に就いています」と言っているよう姿だ。

 彼が白牙の民の代表、族長なのだろう。

 彼はビャッコを痛ましげに見ていたが、その視線を私に向けると思い切り顔を歪めた。


「……そうか。これはクイーンハーロット、貴様のせいだな!? ビャッコ様に何をした!」

「私達が来る前から暴れていたのでしょう? 言いがかりね。……というか、あなたは誰よ……って危ないわよ?」

「? おわっ!?」


 こうしている間もビャッコの動きは止まらない。

 私へ敵意をぶつけることに集中していた白牙の里の者達にもビャッコは容赦しないようだ。

 牙を剥き、襲いかかろうとしている。


「族長! クイーンハーロットが寄越した月の珊瑚ならここに! これを使いましょう!」

「それがあってももう駄目だ!」


 庇うのが面倒だが見捨てるわけにはいかない。

 仕方ない、助けてやるかと思ったその時、突然ビャッコが纏っていた殺気が凪いだ。


「……ドコ……ダ……ド……コ……」


 動きもぱたりと止まった。

 ただ、短い言葉を繰り返し零すようになった。

 その単語を聞き取るため、耳を澄ます。


「何か探してる?」


 よく見れば『どこ』という言葉の通り、何かを探しているように首も動いている。

 ビャッコか探すものといえば一つしかない。

 ドリアードだ。

 彼女を探しているのだ。

 それ以外は考えられな……ああああ!!


「あった! 私、持ってる!」


 今この場に最適なものが、いや、この場にしか使えないようなものがあった!

 あのイベントで更に運営叩きが起こったドロップアイテムのひとつ、『ドリアードの根』だ。

 記念品のようなものだったらしい。

「こんなものを寄越すな!」と当時は憤ったが……捨てずに持っていて良かった。


 すぐにドリアードの根を取りだし、アイテムとして使用した。

 ビャッコに投げつけようかと思ったが、分からずにスルーされては困る。

 すぐにキラキラと使用を証明する光が現れた。


 そして――。

 光に包まれたドリアードの根がビャッコの目の前に表れた。

 それを見るビャッコの目が、どんどん澄んでいくのが分かる。

 効いたのかな?

 あっ!

 目の前で起こった変化に目を見開いた。


「え? クイーンハーロット様! あれは!?」


 バルトが驚いているが、私も驚いている。


 ビャッコの身体からボタボタとヘドロのようなものが落ち始めたのだ。

 落ちる速度はどんどん加速していき――ビャッコの身体まで崩れ始めた。


『…… ……』


 何かを言葉を残し、ビャッコは完全に崩れた。

 

 その場には泥溜まりが出来ていた。

 ビャッコの身体と同じくらいの大きさの泥溜まりだ。

 その場にある全ての目が静かに泥溜まりを見つめている。

 刻が止まったようだったが、時計の針を進める変化が泥溜まりの中に現れた。

 泥の中からにょきにょきと草が生えてきたのだ。

 それは次々と現れ、若々しい緑の葉が泥溜まりを埋め尽くしていく。

 完全に泥の色がなくなったところで、中心に一つだけ異質な茎が伸びた。

 頭一つ抜け出したそれは成長を止めると、空に向けて双子の花を咲かせた。

 ビャッコの見事な毛並みを思い出させる大きな白い花と、ガーネットのようだったドリアードの瞳によく似た小さな赤い花。

 それを見た瞬間、日だまりで微睡んでいたビャッコとドリアードの姿を思い出した。


 よかった……あの頃に戻れたんだね。

 これからはずっと一緒にいることが出来るね。


「……っ」


 ……やばい。

 目がうるうるしちゃう!

 私の涙腺はあまり丈夫じゃないんだってば。


「え……聖獣様は……どうなったんですか!? 花咲いちゃってますけど! え!?」


 空気を読まないバルトの叫び声で再び場が騒ぎ始めた。

 崇めていたビャッコが消えて動揺するのは分かるけど静かにしてね?

 でも、騒ぎのおかげで涙が引いて助かった。


「ビャッコは元々死んでいたわ。それが正しく還ったのでしょう。それより、ビャッコを不完全に蘇らせたのは誰?」

「死んでいた!? 不完全に蘇らせる!?」

「そこの族長は知っているんじゃない?」

「!」


 さっき何気なく話していたが気になっていた。

 族長は月の珊瑚を使おうと言う白牙の民に『それがあってももう駄目だ』と言っていた。

 バルトも他の白牙の民も、月の珊瑚があれば大丈夫だと思い込んでいたようなのに。

 族長は効かないと知っていたのは何故?


「バルトが盗んだ時、既にビャッコは真っ黒だったのでしょう? ということは、その時点でビャッコは不完全な復活をしていたということ。月の珊瑚があってもなくても同じだった。不完全に蘇らせたのは貴方?」


 約二百年にビャッコが死んだ詳細を知っているのは私だけだから、恐らく周りの連中はまだ事態をちゃんと把握していない。

 ビャッコが実は死んでいた、そして不完全に蘇っていただなんて、信じられない者がいるかもしれない。

 それでも……全員が疑惑の目で族長を見ていた。

 族長が自分達の知らない何かを知っているということは分かったのだろう。


「わ、私ではない! 今はもう皆亡くなられた……前の族長達が!」

「知っていることを話して頂戴」


 仲間である白牙の民の者達にも疑惑の目を向けられ、族長は動揺を隠せない。

 救いを求めているのかキョロキョロと視線を泳がせていたが、彼に手を差し伸べようとするものは居なかった。


「……くっ」


 詰まったような声を漏らし、族長は俯いた。

 周りの冷ややかな空気に耐えられなくなったようだ。


「復活させたのは私じゃない」


 観念したらしい。

 身を小さくしてボソボソと話し始めた。


「私とてさほど詳しくはない……。ただ、先代達がやったことを受け継いだだけだ。聞いたのは神獣ビャッコ様は自害されたと……」

「自害!?」

「そんな馬鹿な! そんなことあるはずがない!」

「ビャッコ様がそんな愚かなことをなさる筈は……!」


 白牙の民達が口々に異を唱えている。

 白牙の民にとって自害とは逃げること。

『恥』と捉えているようだ。


「そんなことは白牙の民は許さない!」


 一際大きな声で上がった言葉に族長は頷いた。


「そうだ。だから先代達はビャッコ様を蘇らせ、自害を無かったことにしようとしたのだ。そもそもビャッコ様がいての白牙の民。ビャッコ様を取り戻さなければいけなかった」

「それで蘇らせようとしたけど失敗したのね」

「ああ。儀式をやり直そうとしたが無理だった。あんなお姿とはいえ、ビャッコ様を手にかけることは出来ず、最終的にとった手段は封印だった。だがそれも完璧には出来なかった」

「それで封印が途中で解けてしまったということか」


 私の言葉に頷くと、族長は申し訳なさそうにバルトを見た。


「封印が解けたのは、バルトが月の珊瑚を盗んだ頃だった。……ちょうど良いと思った。バルトが盗んだせいで……月の珊瑚がないから鎮めることが出来なかったということにしようと」

「そんな……」

「……許せ、バルト」


 ちらりとバルトを覗くと、複雑そうな顔をしていた。

 憤りたいが、盗みをしたという罪悪間はあるからか怒り切れないのだろう。

 もはや盗みなんて小さなことのように思うのに、バルトってお人好しというか……。


 被害が出たのはバルトのせいじゃないって、本当のことが分かって良かったね。


「なんとか再び封印することが出来、被害の責任はバルトへ押しつけた。それで全てが解決したと思っていたが……また封印が解けてしまった」

「で、今回もこっそり封印しようとしていたの?」

「ああ」

「月の珊瑚があっても無駄なことは分かっていたのでしょう? どうして取りに行かせたの?」

「そうするしかなかったのだ。真実を知っているのはごく僅かな者だけ。殆どの者は月の珊瑚があれば治まると信じているからな。それに、人の目が少ないのは都合が良かった。戻ってくるまでに封印を終わらせるつもりだった」


 そんなに上手くいっただろうか。

 もっと他に出来ることがあったと思う。


 バルトのことだって、誇りを守ることより未来ある里の青年の命を優先出来なかったのだろうか。

 ……いや、私が口を出さなくても大丈夫かな。


「……族長。今の話、改めて聞かせてください」

「……ああ」


 バルトを罵っていた若者達が、今は族長に厳しい視線を向けている。

 彼らがちゃんとカタをつけてくれそうだ。


「さて」と手を叩き、話を進める。


「ルフタに事情を説明して貰いましょうか。バルトの死刑を取り消して貰わないとね」

「あ! 俺、このままでいいです!」

「え?」


 族長を連れてルフタに行こうかと思っていたのに、バルト本人がわけの分からないことを言い始めた。


「俺は月の珊瑚を……里の宝を盗みました。だから、罪がないわけじゃないです」

「だが、お前に与えられた罰は罪にそぐわないものだ」

「いいんです。このままで」


 死刑なのにこのままでいいなんておかしい。

 なのにこのままでいいと言うのは……。


「バルトに罪がないとなったら里の責任になるわね」

「……」


 族長は分かっていたようで神妙な顔をしたが、若者達はハッと顔を見合わせた。


「大丈夫。俺、死刑は免れるような気がしてるんだ。なんとなく。ねえ、クイーンハーロット様」

「なによ?」

「へへっ」


 バルトが白い歯を見せてニカッと笑う。

 全く、私に何を期待されているのやら。

 まあ、知ってしまった以上、無実の人を見殺しにすることはしないけど。


「本当にルフタに報告しなくていいのね?」

「はい!」

「……じゃあ、お姉さんのところに行こうか」


 本当のことは分かったけど、バルトにはもっとご褒美をやりたくなった。

 すぐにお姉さんに会わせてやりたい。

 ……と思ったら族長が慌てた様子で口を挟んできた。


「バルト! あの子は、カレンは里の外れにいる」

「え?」

「私が匿っていた。産後の身体では遠くに逃げられなかったのだ。お前が罪を犯したため、村に帰ることは出来ないと言って戻らぬように説得していたが……。里の者には全てを伝え、カレンは戻って来られるようにしよう」


 族長も鬼ではなかったらしい。

 バルトもホッとしたようで顔を綻ばせた。


「バルー!」

「?」


 遠くから甲高い女性の叫び声が聞こえてきた。

 誰かを呼んでいるその声は段々近づいてくる。

 声の方に目を向けると、里の方からバルトと同じ赤い髪をした女性がこちらに向かって駆け寄ってくるのが見えた。

 もしかして?


「姉貴!?」


 やっぱりそうか。

 髪の色もそうだけど顔つきがバルトとよく似ていた。

 お姉さんは怒りと悲しみを混ぜたような泣き顔で、掴みかかるようにバルトの胸に飛び込んでいった。


「里の様子がおかしいのが私がいるところまで伝わってきたから、何事かと思って……。気になってこっそり覗きに来たら、あんたの名前が聞こえて!! 良かった…会えて……ほんとに……ほんとにあんたは……馬鹿な子!」

「ご、ごめん」


 顔を寄せ、涙ながらに怒鳴られ、バルトはあたふたしている。

 その様子が可愛くて、見ている私は笑ってしまった。

 バルトはお姉ちゃん子なんだろうな。


 里の方からまた足音がやって来た。

 そちらに顔を向けると、小さな女の子を抱えた身体の大きな男性がいた。

 説明を受けなくてもどういう人物達か分かる。

 彼はバルトの前で止まると、女の子を下に下ろした。

 女の子もどことなくバルトと似ている。


「バル、娘のリリカ。リリカ、あなたの叔父さんよ」


 この子がバルトの会いたかった子か。

 『姪っ子』だったわね。

 バルトを見ると、女の子を凝視して固まっていた。

 女の子はそれが怖かったのか、お母さんの後ろに隠れてしまった。

 バルト、何してるのよ。

 嫌われちゃったわよ?


「姉貴、オジサンはやめてくれよ。……可愛いな」

「あんたが守ってくれた子よ」

「……うん」


 硬直が解けると感極まってきたようだ。

 必死に涙を堪えているのが分かる。


「クイーンハーロット様、残念ながら女の子っすよ!」

「どういうことよ」


 泣きそうなのを誤魔化すために私を使ったな?

 まあ、いいけどね。

 不覚にも私も貰い泣きしそうだったもの。


「……こいつにも自分より優先するものがあるのか」

「ん?」

「自分の子でもないものを何故優先する?」


 ほっこりしている私の隣で、木から降りてきたルシファーが難しい顔をしていた。

 魔王様には理解しがたい光景だったようだ。

 眉間の皺は深い。


「大切な人の大切な人だからよ」

「……」


 わあ、更に顔が険しくなった。

 多分考えても分からないだろうなあ。

 でも、『考える』ということをするだけマシだと思う。

 理解出来ないとバッサリ切り捨てるよりはいい。


 サニーはどうなのだろう。

 顔を覗くと真顔でバルト達を眺めていた。

 サニーはサポートキャラだ。

 私のことは心配してくれるけれど、他には興味を持たない。

 今どんなことを考えながらこの光景を見ているだろう。






「お待たせしました!」


 里に残れば良いのに、バルトはルフタに戻るらしい。

 家族と別れを済ませると、私の前にやって来て笑った。


「クイーンハーロット様、ありがとうございました! 俺、クイーンハーロット様についていきます!」

「はあ?」

「ルフタでなんか情報があったら、すぐにチクりますから!」

「あなたねえ」


 元から明るい奴だったけど、今は吹っ切れたのか更に明るくなった。


「姪っ子に会えたんで、俺はもう悔いはないっす! これからはクイーンハーロット様に恩返しするんで!」

「別に私はなにもしてないわよ?」


 バルトを助けようと思ってここに来たわけではない。

 家族に会わせてあげようとは思っていたけど、向こうから出てきたから私はなにもしていない。


「いえ、クイーンハーロット様がいなかったらこうはなりませんでした。俺はルフタに引き渡されたまま死刑になって終わりだったはずです!」


 うーん、そう言われればそうかもしれないけれど。

 なんだろう……この『舎弟にしてください!』って言われているようなこの感じ。

 悪い気はしないけど、懐かれると悪く扱えなくというか……。

 いや、悪く扱う気はないんだけどね。


「まあいいや、とりあえず帰ろう? ルシファーもいいわね?」


 声を掛けると、ルシファーはジロリとバルトを睨んだ。

 あ、そういえばルフタの管理について考えると言っていたけど、どうするのだろう。


「ねえ、近寄る前に私が強制帰還させたし、今回は見逃してやってくれない?」

「そういうわけにはいかない。管理について危機感を持たせなければいけないし、ナメられるわけにもいかないからな」


 確かに、ルフタの管理を突破して近寄って来ていることは問題だ。

 ルフタにしっかりして貰わないと、頻繁に今回のようなことが起こっては困る。


「じゃあ、私達の領域に近寄ってきたのが、白牙の民ってことだけは伏せてやってくれない?」

「……。『警告』だけはしておく。今回だけだ。次からは俺が感知した時点で殺し、ルフタの王都に報復する。ちゃんと伝えろ」

「は、はい!」


 バルトに一際恐ろしい視線で射貫くと、そのままルシファーは次元回廊に消えていった。

 ちらっと見えたけど、相変わらず気持ち悪い回廊だなあ。


 白牙の民だと伏せるとちゃんとした返事は貰えなかった。

 機嫌が悪そうだったし、大丈夫かな。


「クイーンハーロット様。俺、ルフタに報告するために早く戻った方がいいですかね?」

「そうね」


 警告すると言っていたけど、何をするか分からない。

 バルトとサニーを連れ、バルトが駐留している村の近くに移動した。


「はあ……やっぱり凄え。グリフォンいらずって最高っすね! 俺、クイーンハーロット様につくことにして正解だなあ」


 あなた、私のこと便利な移動手段としか思っていないでしょう?

 口調も前より崩れているし、警戒されている感が全くないんですけど!


「ねえ。そのクイーンハーロットはやめて! レインって名前があるの!」

「うっす、レイン様!」


 黙って立っていると俺様なイケメンなのに、こんな人懐っこい笑顔をしていたら大型犬に見えるな。

 去って行く姿を見送っていると、バルトがバッと振り返った。

 何か思い出したようで戻ってくると、小さな声で私に耳打ちをした。


「レイン様。ソレルには気をつけた方がいいですよ」

「え?」

「あいつ、レイン様のことを誑かせって命令されてますから」

「たっ、誑かす!!?」

「それに、俺も詳しくはしならいんですけど……あいつの『罪』って、そっち関係なんですよ」

「そっち関係?」

「女関係っていうか」

「女関係!」

「しー! 声がデカいっすよ!」


 結婚詐欺とか!?

 女関係で『死刑』までいくって……!?


「わ、分かったわ……」


 呆然としながらも頷くと、バルトは『じゃ!』っと手を振って去っていた。

 最後に凄い爆弾を置いていったな……。


 なんだろう……凄くショックなんですけど!

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