風詠と蟲姫

 

 炎の向こうへ届け。燃えるならば美しい炎に焼かれよ。


***


 大切な想いの結晶


 季節が巡っても無くならない


***


 ドメキア王国に近海の民が現れたその頃


 崖の国レストニア王の間


「父上。ヴァレスの王からのこの手紙。セリムとラステルが帰ってきたら読ませてやりたい。いや、ヴァレスと同じように人形劇の方が喜ぶかな?」


「ユパよ、有志ならばすぐに集まるだろう。何となくそろそろ帰ってくる気がする。人形劇か。崖の中にこもっていないとならない陰鬱いんうつ期間を吹き飛ばすのにも良いかもな」


 ユパは手紙にもう一度視線を落とした。


【以上がエルバ連合海辺のヴァレス国に伝わる伝統の人形劇。「漁師と歌姫」です。いくつかの伝承が混ざっていてその中に蟲に関するものもありました。「海蛇王子と蟲姫」というそうです。文献少ないですが分かる範囲をまとめて同封します】


「本当に全然残っていないな。他国なら何かあるか?海蛇の王子と蟲の姫が恋に落ちて三つ子が生まれた、か。子を三人も持って幸福になったのだろう」


 絵画や彫刻の模写には仲の良さそうな家族。アスベルが柔らかく微笑んだ。


「風詠と蟲姫。セリムとラステルにも三つ子が生まれたりしてな!次に帰ってきた時はどんな話を持ってくるかな」


 クワトロが葡萄酒ぶどうしゅあおった。


***


【二千年前】


 流星降り注ぐ丘の上。


 本物の流星ではない。


 大蜂蟲アピスの子達がガラス破片をいている。


「聖人テルム。アシタカ、父上の名を語ってこんな国で生きているのはとんでもないな。昔から変だったが神話になろうなど傲慢ごうまんにも程がある。ふははははは!俺はそういう理想論が好きだ!弟に負けない神話をバジリスコスとココトリスと残す。大狼はアシタカと暮らすって聞かないしアピスはシュナ。俺達三人、それぞれ守るべき者がいるから強く生きていこう。俺達と共にいない者も絶滅ぜつめつしなかったからそのうち増えるさ。自由に生きていくだろう!」


 シュナが号泣し出した。


「やはりわたくしも盾になりたかった。お母様と共に……。そうしたらもっと……きっと守れたわ」


 シュナの肩をオルゴーが優しく抱いた。


「このたくされた命。険しい環境だが必ずや守る。エリニース、俺は君に助力する。シュナ、母の言葉を忘れるな。"例え貴方達が死んでも想いは消えない。私たちの可愛い三つ子、貴方達がいれば想いや愛は巡るのよ" 俺は忘れない。シュナ、そしてエリニースにアシタカ。生きてこそ。生きてこそ守れるのだ」


 今度はエリニースがオルゴーの肩を抱いた。


「勿論だ!この俺は強いから生き抜き続けて守り続ける!お前も死ぬ程働かせるぞオルゴー!強きは弱きを守る。俺達の妹をやるんだから誰よりも誇り高く生きさせるからな!」


 胸を張ったオルゴーの背中をエリニースがシュナへ向かって押した。バジリスコスとココトリスがオルゴーの背中に体当たりした。合計三回。またか。エリニースは三つ子の兄弟にちなんで三回にやたらこだわる。密かに気に入っていて真似しているのは内緒だ。


 抱きしめ合ったシュナとオルゴーにアシタカは肩をすくめた。兄弟の前でキスまでするとは信じられない破廉恥はれんち。オルゴーめ、可愛い妹を奪うなど腹立たしい。怒りにふるえていると、エリニースに肩を抱かれた。


「シュナとオルゴーは良い夫婦となるだろう。嬉しいなアシタカ。それに安心しろ。俺とオルゴーがいるからシュナは安泰だ!」


 結婚なんて断固反対!とは、とても言えない雰囲気。蘇った奇跡の男をかたる自分にはろくな女が寄ってこない。男にびないしとやかな女性を選ぼう。


「エリニースお兄様、わたくしは敬愛する両親とアシタカお兄様のように生きます。この地を離れます。あまりにも悲しすぎて辛いのです……。アピスとオルゴーと相談していたのですが毒の森で生きれないか色々と研究してみようと思います。人が住みにくい土地にあえて住む。上手くいけばとても安全です」


 エリニースの顔が固まった。アシタカも言葉を失った。


「そんな危険な道、こりゃあ全員シュナについていくな。バジリスコスとココトリスよ、アングイスとセルペンスは俺と生きて欲しいと頼んでくれ。寂しすぎて耐えられない。俺の仲間は俺が必ずや守らねばならない。シュナについてはいけない。オルゴー、絶対に守れよ……」


 シュナが微笑んでから涙ぐむエリニースに抱きついた。


「皆が敬愛するのはエリニースお兄様もですよ。アピスも他の子達も分かれると言っています。寂しいといっても、わたくし達は心繋がり話せるではないですか」


 シュナがエリニースの頭を撫でた。それから今度はアシタカに抱きついてくれた。


「アシタカお兄様。あのような恐ろしい国、いつでも逃げ出して下さい。エリニースお兄様とでもシュナとでも、いつでも大歓迎です。逃げないのならこのシュナも必死に知恵を絞ります」


 アシタカはしかとシュナの小さな体を抱き締めた。


「シュナ、それにエリニース。遠く離れても家族は共にある。例え父と母のように殺されることになろうと、輝かんばかりに生きよう。人と蟲から生まれた我等三つ子は共存の象徴しょうちょうだ。尊い命、眩しく生きよう」


「兄のセリフを簒奪さんだつするなアシタカ!昔っから良いとこどりしやがって!しかし俺の口癖の真似は許そう。三回音を鳴らすのも気に入っているのを知っているぞ。可愛い奴め」


 エリニースに髪の毛をぐしゃぐしゃに撫でられた。恥ずかしいが嬉しい。


わたくし達をアピスが繋いでくれるから寂しくないわ。ずっと助け合っていきましょう。お兄様達は頑張り過ぎるのでご自愛を忘れないで下さいね」


 考えよう。


 愛する父と母の愛したものを守る方法。


 憎悪と諦めを許さない。


 三人でそう固く誓い合った。


 降り注ぐ闇夜の美しい流星。


 両親が眺めた幸福の象徴。願いを叶えて人々を幸せにする流星のようになろう。アシタカがそう言うとシュナが大きく頷き、エリニースは何処と無く不満そうだった。


***


【二千年前】


「大自然と超科学。いつか折り合いつく共存が欲しいなアシタカよ」


「そうだなエリニース。僕はこのペジテ大工房を内側から変える。監視は頼む」


「俺、死ぬ前に大蜂蟲アピスになろうかな。そしたらレークスの名がいい。友愛エリニースよりも良くないか?この意志継がせ続けてアシタカの子孫を永劫働かせ続ける。何かそういう方法がありそうな気がするんだ」


「おい、大蜂蟲アピスになる?とんでもない考えだな。そんなの出来るのか?奇想天外、出鱈目でたらめなエリニースなら本気で方法を見つけそうだな。僕達は変わった体だしな。しかし父上と母上の名を捨てるな。よってその際は僕の名をやろう」


「ふははははははは!俺が慈愛アシタカ⁈似合わねえだろう!次へと続く命の灯火ともしび残す方法を考えるぞアシタカ!俺達でこの世の全てを掌に乗せるくらいのつもりでな!流星は消えちまうし、そうだ、太陽ティダとなろう!決して消えない、そして無くては生きていけない存在だ!」


「先日話していた時の"流星のように"で不満げだったのはそれか。流れない星、道しるべならば二つ並びの北極星だな。しかし、それじゃあ三つ子じゃない。よしシュナと僕は北極星だな。エリニースは太陽。昼も夜も照らす三人だ!太陽ティダか。ふむ、息子の名前に使おう」


「おい俺を三つ子から追い出すな。シュナをうばうな。まあ、シュナはいつもいつも俺よりもアシタカだから仕方ねえか。太陽ティダの名は俺に息子が生まれたら付けるんだからうばうなよ!娘ならば北東から来た民に聞いた太陽ソアレだ。これも使うなよ」


「黙って聞いていれば、わたくしはどちらの兄上も敬愛しておりますよ。友愛、慈愛、敬愛。エリニースお兄様、お母様のアモレから混じった大切な名を何ですか!エリニースお兄様、アシタカお兄様、シュナは太陽が良いです。双子北極星なんですから男と男が丁度良い。シュナは星ならばオルゴーと二つ北極星が良いです。エリニースお兄様、ティダとソアレの名前。シュナは使いますね」


「シュナならば許そう。何もかも許す。しかしアシタカ、お前は駄目だ。兄を敬え」


「敬っているから賛同するのに真似するなばかり。真似している僕を可愛いと言うくせに、本当に支離滅裂しりめつれつだよな。名もすぐ変えようとする。シュナの言う通り友愛エリニースでいろよ。三位一体なんだから」


 今日も顔は見えない。しかし声が聞こえれば元気なのか分かる。


 遠く離れても家族は共にある。


 それぞれが鮮やかな未来を作ろう。


 いつか交わる。


 そう信じて強く生きていこう。


 憎悪と諦めを決して許すな。


 それが三つ子の誓い。


 今日も続いている。


***


【二千年前】


「何度でも燃やすか?ならば燃やせ!殺せ!殺してみろ!殺せるものなら殺してみろ!その先を見たな?この世は因縁因果である!悪行には天罰、善行には救いがもたらされる!」


「疑心に飲まれるよりも、信じて刺されろ!刺される前に必ずや救いがある!信じるものこそ救われる!決して家族や友を裏切るな!何よりも自らの誇りオルゴーを裏切るな!一人、一匹でも多く残り命の灯火ともしびを残せ!」


 エリニースはアシタバ半島の難民や蟲達と逞しく生きた。その血は脈々と続き千年後に子孫がドメキア連合国をおこした。


 外界で最も長く続く国である。


***


「大陸の平和に尽力し、決して戦争に参加してはならない。過剰な科学技術を外界へ持ち出さない。蟲の女王が、自然を破壊した我らが大自然で暮らすことを許さない。しかしこの地で豊かに暮らしていける。足るを知り、許しを抱く誇り高き民は大陸一の楽園で大陸一幸せになれるだろう」


「争わないようにと考えるのが何が悪い。当たり前のことだ。血が流れないようにと願う事が悪い筈がない。当然のことだ。この世は因縁因果。鮮やかな世界は信じる者に与えられる。他者の尊厳を踏みにじるな。先に手を出すな。喧嘩けんかに参加するな。一つ一つ、当たり前の小さなことをしていれば罪は洗われていく。いつか風や大地と、美しい豊かな自然と共に生きよう」


 ペジテ大工房の聖人テルムと伝承。


 テルムの子孫は直接的な権力を持たずに国の象徴しょちょうとなろうとした。武力ではなく言葉で説く道。その裏で蛮行ばんこうに至ろうとすると蟲の王レークスと脅迫するという武力振りかざしているとは知られてない。


 伝承は偽りと欺瞞ぎまん


 その裏に隠されている平和への願いと祈り。神の子を名乗ったテルムことアシタカ、そして協力し続けたエリニースとシュナの思想はやがて宗教を作り出した。


 その中心、大技師一族という世襲制の地位が確立されていった。死ねば国が滅びる聖人一族。やがて国の中央に閉じ込められ、国民の見本であれと縛られた。


 大技師一族は聖人一族。


 その血脈は二千年続いている。


***


【千年前】


「俺はこの国を好きになれない。あんなにも素晴すばらしい大自然と触れずに死ぬのも、何もせずに単なる飾りでいるのも耐えられない。命は短い。眩しく、輝くように生きたい」


「ティダ様、豊かさを捨て、険しい道を行くのならば外界へ出れるのでしょう?外界は飢饉ききんで苦しんでいると父上の手紙に書いてありました。それを気にされているのですよね。眠れてないのを知っています。末の姫で田舎育ちですから何でも出来ます。人助けは高潔な行為。それで殺されるのならば殺されましょう。一人では無く二人でです」


「何もかも見透かして……地獄が待っているかもしれない。温室育ちの俺が君を守りきれるとも思えない」


「地獄?ティダ様が居ればそれだけで幸福という名のお花畑ですよ。共に苦労しますから決して余所見をしないでくださいね。なので側室は禁止します」


 大技師一族はペジテ大工房の居住区から公務以外では出ない。その掟を破り、一部の国民と外界に初めて飛び出した御曹司ティダ・サングリアル。


 こうしてアシタカの血脈は外界のあらゆる土地へと散らばった。


 その血脈からは自然と他者が集まるような者が多く生まれた。


 中には王として国をおこした者もいる。


***


 巡り巡る


 鮮やかな未来を作ろう。


 信じて強く生きる。


***


 アシタカ・サングリアル十八歳。


「父上、僕は飾りでいたくない。守るべきものが何かも知りたい。聖人一族ではなく本物の聖人となり偉大なテルムと並びたいです。掟破ろうと正しければ認めてもらえると信じます。この国だけが豊かで良いのですか?二千年も大掟を守っている民は、いつまでガラス細工に閉じ込められていないとならないのですか?父上が何も変えないから、僕が変える。変えてみせる」


「それまた大きな夢を抱いたな。ならばはげんでみなさい。知らぬなら学びなさい。しばらく自由を許そう。初めは盾にもなろう。それが親の務めだ。我が愛しき息子よ、まだお前には何もかも語れぬ。さあ出ていけ。一人で生きてみよ。気づくその日まで安全な住処から出ていけ!」


 アシタカ・サングリアル二十八歳。


 ペジテ戦役半年前。


「追放されなくて安心したらこれか。手酷い裏切りだな。こんなことばかり……。外も内も鮮やかな未来を作る。途方もないと言われ、無理だと言われ……。僕は間違っているのだろうか。次こそ偽りの庭に閉じ込められるか、殺されたりしてな……。気がつくと人が居ない……。いやきっと間違っていない。しっかりしろ。もっとはげむだけだ」


 共に暮らしていた恋人に自宅から家財道具一切を盗まれる。


 この時追放会議七回。


 暗殺未遂九回。


***


 巡り巡る。


 遠く離れても家族は共にある。


 信じて強く生きる。


***


 ティダ・ベルセルグ十八歳。


「ヴィトニル。俺は二度と人など好まぬ。弱い、弱過ぎる。こんな想いは二度としたくない。よって人間は個人的に囲わない。弱いのにあっという間に集まり、しかも矜持なく乗っかってくる。救われたことすら知らぬ阿呆共。しかしソアレの命を無駄には出来ない。散った魂に矜持の大輪捧げる。必ずや奴隷などという尊厳踏みにじる悪習潰す。しかし故郷、本山も見捨ててはならん。よって俺の代わりになる駒を増やし、この世の全てを掌に乗せる。そうすればきっと全てを囲える」


 ティダ・ベルセルグ二十八歳


 ペジテ戦役二月前。


「ヴィトニル、俺は毎度ながら立ち回り下手だな。ついに勝手に接触しだしたらしい。おまけに化物だというドメキア王国の姫に婿入りだそうだ。戦に出れば人は死んでばかりなのにまた戦。今までのような小競り合いではなく大戦だろう。ペジテ大工房に本当に侵攻するなら止めねばならん。不可能なら死者を減らさねばならん。大陸覇王崩しなど最悪な末路しか想像出来ない。故郷には元より矜持ある駒がいる。この地にはテュール。本山にはヴィトニル、それにウールヴとヘジン。それぞれ任せる。一番の地獄を歩むのはこの俺だ。足跡に矜持の大輪咲かせる」


「本山はウールヴとヘジン。俺はお前の隣だフェンリス。地獄の熱湯血の池も二頭ならばぬるま湯の温泉になるだろう。ウールヴやヘジンには得られない矜持を手に入れる。最も偉大な大狼の背中を子に残す。世は因果因縁であり矜持と誇りを忘れるな。我等二頭で最も大きな矜持を手に入れて子々孫々に伝えようフェンリス」


 故郷の村人と母親が人質。


 大狼は蜘蛛により群れが分裂し冷戦中。


 状況整理と作戦考案。そして取捨選択を毎日続ける日々。しかし隣に真の友がいる。


***


 巡り巡る


 憎悪と諦めを決して許すな。


 信じて強く生きる。


***


 シュナ・エリニュス・ドメキア五歳


「お母様……お母様は何も悪くない……なのにどうして……。いつか、いつか必ず母上の無念を晴らす」


 シュナ・エリニュス・ドメキア十六歳


 初陣前夜。


「カール。知恵と言葉と演技、あらゆる策で貴方や騎士を守ります。絶対に。この世は不公平よ。しかし踏みにじられて満足してはなりません。弱者に甘んじていてはならない。私達は自らの手で未来を掴むのです。母が愛したのがこの地への平和なら、私も同じ道を行きます。与えてもらうばかりではならない。私はこの世の幸福と宝が何たるか知っている果報者です。敬愛するカールこそが宝です。私を守り続け働いている者達がこの世の宝です。騎士が散っていくのなら、私はその命に相応しい主であるように努め続けます」


 シュナ・エリニュス・ドメキア二十五歳


 敵国同士の祝言前夜。


「ティダ・ベルセルグ、調べさせても全く性格や思考が見えないわね。唯一軍を持たない野心のない王族失格の男……。戦場では必ず先頭。不敗神話。手懐けられない猛獣大狼を操る。どの情報も違和感だらけ。今は甘んじていてついに軍を手に入れようとしている?噂通りなら兵力には申し分ない。使えるのならば何でも褒賞ほうしょうを与えてやる。お母様、シュナを化物ではなく人として扱う者がこの世に一人でもいれば私は強く生きていけます。お母様が残したものがシュナを支えてくれています。どうか天の国から見守っていて下さい」


 隣で眠るカールの手を両手で握りしめて、シュナはまた眠れぬ夜を過ごした。


***


 巡り巡る


 いつか交わる。


***



 東の地


【二千年前 】


「生きている尊さを愛し、人を愛し、生き物を愛でましょう。険しい地でも力を合わせればきっと大丈夫。オルゴー、貴方の隣ならばどんなに困難だろうとずっと幸せでいられるわ。シュナはなんて果報者なのでしょう」


【千年前】


「人種が何だ。見るべきなのはその人の本質だ。心臓に剣を突きつけられても真心を忘れるな。無抵抗な者を殺すか?そのような状況見過ごすのか?命を尊び、誇りを持て。ここは祖国ペジテのようなガラス細工の中ではない。苦難承知で偽りの庭から出たんだろう?さあ助け合おう!この豊かで美しい世界で生きるには助け合うしかない!互いを信じろ。まずは相手に与えよ!襲われても先に手を出すな!まずは逃げよ!力あるものは堂々と逃げも隠れもせずに訴えよ!誠意は相手の心へと届く!」


【五百年前】


「さあ頑張ろう皆!憎悪では人は従わないという高潔についてきてくれた人々は必ずや俺が守る!無防備に背中を預け、刃突き刺されようと信頼を示す!ドメキア王国本来の誇りを決して絶やしてはならない!誰よりも気高く生きれば、相応しい幸福が訪れる!この世の宝は命であり生きることである。愛する家族や、愛するものの愛するものまで大切にする。子々孫々、そう残して最も美しい心を持つ一族となろう!それこそがシュナとエリニースという神がおこした国の民、真のドメキア王国の民である!」


【一八年前】


「昔から生物に好かれるの。不思議でしょう?私の子もきっとそうなるわ」


わしと蛇が集まっているから肝が冷えた。こんなことが息子か娘にも起こるなら毎日心配しないとならないな。リシャ、次は娘か息子どちらだろうな?エリニースと名付けたい。我が一族に伝わる神の名だという。いや仰々ぎょうぎょうしいか。他の兄姉とも格差出てしまう」


「あら、いつもそういう名を付けようとして皆に却下されていたって聞いたわよ。神様の名前ならばもじる程度。名前負けしてしまうもの。女の勘では息子よ。息子なら妻が名前を付けられるのよね?セリムとテルムと悩むけど、どちらも語源は同じらしいの。古き言葉で尊敬。父にそう聞いたことがあるわ」


「テルムは西の果て、大国の聖人の名前だ。それこそおこがましい。セリム、そんな言葉聞いたことがない。リシャの父上は知識豊かだな。旅など続けずにこの国を導いて欲しかった」


「お父さんは好奇心が強過ぎるのよ。お母さんもよく付き合ってるわ。聖人テルム。それこそ名前負けしてしまったら困るわね。ならセリムね。沢山人を尊敬して、尊敬されるような王子になるの。この国には見本となる者が大勢いて、息子も尊敬される立派な男に育つ。そうしたら家族も国民も絶対に幸せになれるわ」


【現代】


「僕はセリム。セリム・レストニア。君は?」


「私はラステル。本当はずっと貴方と話がしてみたかったの」


 人と蟲が恋に落ちた。二千年前と同じように絆を深めていく。


 新たな時代が幕を開ける前の出会い。時代の大渦、激動に影響を与える布石。


ーー人と蟲を繋ぐ絆を持つ者。それは化物ではなく偉人だと思うよラステル

 

***


 エリニース・サングリアル


 誰よりも友情を大切にした長子

 

***


「僕はセリム。崖の国のセリム。ありがとう」


「ティダだ」


「そうか。良かった。今度さ、大狼を紹介して欲しい。あちこち探したけど見つからなかったんだ」


 やはりティダという名だけで誰なのか分かったようだ。しかし一寸の警戒心もない。まるで長年知っている友だと言わんばかりの雰囲気。まだ三十年もいかぬ人生だがこんな男に出会った事がない。聞いたことがない。先程の威風凜凜いふうりんりんとした飛行をしていた者とはまるで別人。


 崖の国の王子セリム。


 魂が揺さぶられるような敬意と鳥肌。


 本能が尊敬するべきだと叫んでいる。


「俺はこの世の全てを掌に乗せ、囲う。救いようのない屑はなぶり殺し食い殺す。一人では成せないからどんな手を使ってでも手駒を増やす。手段は問わねえ。しかし俺はお前をどうも手駒とは割り切れん。王狼ヴィトニルがセリムを俺の友にさせたいと望んだ。俺は正直迷惑だ。ついでに質問の嵐も面倒だ」


 俺に寄り添い、一人にするものかと常に背中にいた唯一無二の親友王狼ヴィトニルを無下に出来ない。王狼ヴィトニルが自分に見せたという矜持、今度は背中を見せる側となろう。


 本能で感じる。こいつは絶対に裏切らない。互いに高め合う相手だ。


「俺は力があり過ぎて時に踏み外す。人を惑わし不本意な騒動も起こす。必要があれば俺を壊せ。矜持に目的、命。何を壊されてもお前ならば文句を言わん。俺は俺にそうちかって人里に降りた」


「人生の先輩として、としてこれより先の罪や罰を共に背負ってくれ。必要があれば君の価値観で止めて欲しい」


 心からの言葉だと伝わってくる真心と尊敬しかない視線。これだ。これを信じた。信じ続ける。自ら信じたものは決して裏切らない。


 三回足で大地を踏み鳴らした。


 ベルセルグ皇国には三というのは特別な数字。国紋の三頭ハイエナのように三位一体のごとく王狼ヴィトニル破壊ヴァナルガンドまぶしく生きていこう。


 ベルセルグ皇国の国紋の獣をハイエナから大狼に変えてやる。三つの頭の名前は自分達だ。


***


 何度でも疑え、罵れ、石を投げ、弓を引き、火を飛ばせ。何をされようが構わん。俺はそんなことに頓着しない。信じるのは己のみ。己が選んだものは決して裏切らない。大狼の矜持は次へと続く命の灯火。俺はこの世の全てを掌に乗せる


***


 アシタカ・サングリアル


 慈愛こそが平和へ繋がると信じた次男


***



「アスベル先生、なぜ混乱している迷い蟲にこんな非道な真似」


「迷い蟲だと?」


「そうです!彷徨って怯えていた筈です!」


「何故分かる?」


「あんな黄色い目を見たことがない!森へ返せたかもしれない。」


「かもしれない?お前の不確定な推測で崖の国を蟲森の底に沈没させるつもりだったのか⁈」


「そんなつもりありません!可能性があるのに、目の前の救える命を自ら捻り潰すなんて……。」


 アシタカがクロスボウを構えたあの時、眼前のセリムの手からなたがするりと溢れ落ちた。


ー-大丈夫だ、森へ帰ろう


 予想していなかったセリムの発言に、アシタカの胸が熱くなった。自身の手には武器。


ーーアシタカ様は掟破りを続けて、勝手な解釈で国を滅ぼすつもりですか⁈


ーー違う。違う!可能性を探して何が悪い!自分達だけが豊かであり続けるということは尊さとは正反対だ!必ず道がある。その先にきっとある、鮮やかな未来。より良い国。より良い世界。明るい希望の世界。


 セリム・レストニア。意思疎通出来ない化物にさえ自然と、当然のようにを与える者。きっと助けてくれる。それがこの国の為にもなる。


「でもセリム。君は今日みたいに飛び出す。今後ペジテ襲撃を黙って見ているわけが無い。出征しても同じだ。君は争いを黙って見てられない。自身に多少力がある事と自負もしているだろう?」


「そうなんだ。その通りだよ。はかったなアシタカ。1人は心細いから僕を道連れにというわけか」


「力を貸して欲しい」


 やはり間違っていなかった。美しい七色の大自然。汚れ、踏みにじられても輝き放つ世界。


 セリムのようになりたい。


「各国の問題を解決し戦争しようとする原因を潰す。武力行使は傷を残しいつか膿み、憎しみが憎しみを呼ぶ」


 セリムには力がない。殆ど何も持っていない。なのにこの迷いなさ。自分はどうだ?富、権力、血脈、そしてこの大国には軍事力もある。


「報復よりも償いをさせる。それも長い、険しい償い。しかしペジテ大工房は燦々さんさんと輝く。感謝され敬われ、覇王はいつか至宝と呼ばれるかもしれない」


 血を流させない。そうすればきっと鮮やかな世界を作れる。


「脅迫ですよ。僕は自分の信念に権力を振りかざすことにしたんです。手段は問わない。僕は正しい。しかし、間違いならば国民が僕を裁いてくれると信じています」


 誰よりもセリムが止めてくれる。優しさと真心しかないような慈愛の塊。人の道を外れれば絶対に止めてくれる。


***


 他国の戦に関与するべからず。侵略するべからず。先制攻撃するべからず。それが国の大掟。争わないようにと考えるのが何が悪い。血が流れないようにと願う事が悪い筈がない。欲しいものはより良い国、より良い世界。明るい希望の世界。鮮やかな世界


***


 シュナ・サングリアル


 命を尊び、それを守る者を敬い助力し、自らも愛を注ぎ続けた末っ子


***


「片腹痛いわ。回りくどいのは好きではない。単刀直入に話してもらおう。私は貴方を見定めて戦力として手の内にしようと考えていた。我が四軍には兵力が必要だ」


「戦争の為に?」


「生きる為だ」


「そうか。協力しよう。お互い日陰者同士通じるところがあるはずだ。だが争いは好まない」


 それにしても妙な男だ。支離滅裂しりめつれつ。目的がまるで見えない。人を道具としか見てない目が気に食わない。生きているのに死んだような瞳。荒々しく暴力的。何もかもが嫌悪に値する。


 生き様こそが全て也。


 見定めてやる。


「正妻よ、嫌悪には嫌悪、過剰な卑下には軽蔑、そして誠心にはそれなりの見返りがある。ラステルがお前に向けるはそれだ。随分好かれているようで良かったな」


 ティダは船に乗ってからまるで別人のようだ。恐らくセリム・レストニア。あの不思議な青年が変えた。人一人をここまで変えるとは、いや掘り起こしたのか。元々こういう男だったのだろう。


 人を見る目はある方だと思っていたが、世界は広い。より上がいたということだ。それだけではない。惜しみない尊敬と信頼の眼差し。


「パズーが言っていたの。自分の価値を決めるのは相手だって。崖の国流よ」


 見目愛らしいのに、中身も美しいのに、出時おかしく自らを化物と評して怯えている娘。しかし胸を張るのは自信なくとも絶対的な支えがあるからだ。


 崖の国セリムの妃。


 名も知られていないような小国の王子の妃。その地位だけで温室育ちのお嬢様のような娘が高みへ向かっていく。


 いつか崖の国に行ってみたい。セリムの家族も民もきっと王子を深く愛している。だから人を愛せる。他者に尊敬抱ける愛情豊かな者は、人を美しくそして心清らかに変える。元より美しいものも更に磨く。


 彼のようになりたい。


 輝く紅の宝石。


 みにくい容姿なんてくらむ生き様残したい。守られるだけではいたくない。


「私は永遠の愛を誓う。大狼の愛娘への愛は、遠くから可能な限りの支援。近くからの支援は、唯一無二の親友の護衛。親友の申し出です。どうか受け入れてください。誓いには、幸福が訪れるようにという祈りも込めています」


 命を守り、かばって腕を切り落とされ、惚れた女を置いてまで戦に向かってくれた盟友。常に先陣切って進むだろうから必ず援護する。戦場で死ぬなんていう人生は絶対に歩ませない。


「僕は御曹司で大技師名代で、しかも大総統代理。誰も逆らえない。許されるくらい働いているので、職権乱用をしようかと。我が国は民主制なので、議題を沢山置いてきました。やはり少し体が戻っているな。薬湯用の調剤を持ってきた。僕を助けて欲しいのでご自愛を。同じ道を歩くなら隣に並びましょう」


 夢ではない。心配で会いに来てくれた。しかもそれだけではなさそうだ。国を背負ったまま、拒否出来ない程に何も捨てないまま、支えになろうと駆けつけてくれた。


 自分だけに向けられる穏やかで美しい微笑み。これだけで強く生きていける。いつ死んでも惜しくないと思っていた命。それならこの人に捧げ続けよう。


「僕は今回全然役に立たなかった。名誉挽回、汚名返上」


「シュナ姫、僕は変わる!アシタカが言う通り人は何度でも変わる!変わってみせる」


 ティダとの関係が変わったのも、アシタカが支えにきてくれたのも、ラステルやアンリという大親友と呼べる者ができたのも、この国に平和作ったきっかけも、病治ったのも、兄や父の隠れた愛情を見つけてくれたのもセリム。何もかもを与えてくれた。


「命の恩人、人生の恩人。私は紅の宝石として至宝を飾り、風に愛されるヴァナルガンド様が愛する全てを守りとうございます。私が焦がれてやまない光の一番頂点はヴァナルガンド様です」


 最も優先するべきちかい。どんな手を使っても守る。最も見習うべき人。近づけは、近づけさせれば光は増えていくだろう。


 この世の宝石を私が増やす。働き過ぎるする者達の荷が減るように、その者達が愛する者を守ってくれる。大きく美しい宝石をうんと沢山作る。


 殺してみろ、殺せないほど輝いてやる。


 裏切りには反目。死ねない劇薬で猛毒を全身に回らせてやる。無理やり働かせる。


 信頼すれば背中預ける。刃突き刺されようとまず信頼示す。


***


 この世は因縁因果、生き様こそがすべて也。裏切りには反目。信頼すれば背中を預ける。刃突き刺されようとまず信頼を示す。さあ殺せ。殺してみろ。殺せるものなら殺してみろ。悪蛇の毒牙で貫けぬ生き様見せる


***


 遠く離れても家族は共にある。


 それぞれが鮮やかな未来を作ろう。


 


 そう信じて強く生きていこう。


 憎悪と諦めを決して許すな。


 それが三つ子の誓いだ。


 人と蟲から生まれた自分達はきっとあらゆる命と生きていける。


 さあ、共に生きよう。


 共に生きて欲しい。


***


【漁師と蟲姫】


「人と蟲を繋ぐ絆を持つ者。それは化物ではなく偉人だと思うよアモレ。お義父さん、貴方の名をください。テルム・サングリアル、僕はアモレの伴侶に相応しい男となります」


 結果、テルムは紅蓮の炎に燃やされ炭となった。


「テルムは殺されようとも許す。復讐ふくしゅうは何も生まない。憎しみは憎しみを増やすだけ。お父さん、行かないで。テルムはそんなの望んでない!」


 結果、アモレは青紫の炎に毒され燃やされ炭になった。


 しかし愛された三つ子は両親の意志を継ぎ、それぞれの血や信念は大陸中に広がった。


 一方で軋轢あつれきと溝が残った。


 傷はむ。


 うみから新しい病が生まれて大陸中に蔓延まんえんしていく。


--必ず復讐ふくしゅうする。永遠に続ける。おろかな人など死ぬがよい。決して許さない。俺の子供達に近寄らせない


 人工的に造られた命は意識を共有する。


 意識に残る憎悪は時に増殖し、侵食し、転移する。


 癌。


 蟲の父は癌を残した。


 細胞一つあれば何度でも発症する。


 治せるものなら治してみろとあざけって大陸中に種をいた。


***


 聖人をはりつけにした十字は罪と死の象徴しょうちょう


 十字を囲う円は救済と再生の象徴しょうちょう


 正円十字。


 ペジテクロス。


 その国旗は人工的な微風のドームの中でひるがれずにいた。


 背を預け合う双頭蛇は信頼の象徴しょうちょう


 双頭蛇の背中に突き刺さる刃は抑止と無抵抗の象徴しょうちょう


 蛇の頭の名も剣の名も失われている。


 その国旗の意味と共に忘却へ消えていった。


 三頭大狼は三位一体の愛と絆を持つ獣。


 三つの愛と何の絆なのか、そんなものがあることさえ忘れ去られた。


 異形の化物である三頭大狼は単なる獣であるハイエナと名称がねじれている。


 国旗の異形の化物に込められた意味を知る者はいない。


 三種の国旗が並んで嵐の中で激しくはためく。


 白、黒、赤。


 間も無くもう二枚加わる。


 青と緑



***



 廻る廻るくるくる廻る。


 巡り巡る。


 失われても何度も巡っている。


 永遠に終わらない。


 希望と絶望は表裏一体。


 救いと破壊は一心同体。


 形や意味を変えて現れる。


 同じ答えに辿りついても離れて消える。


 不変は存在しない。


 終わりはない。


 ずっと続いていく。


 未来永劫命は続く。


***


【風詠と蟲姫】


 大陸中の者が、今まさに神話を生きている。


ーー全ての命は愛に燃える

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