蟲の民セリムの激昂 8

 生身で蟲森を歩けるということにセリムはまだ興奮冷めやらなかった。


「僕も最終境界線に向かいたいが、一日あるならのんびり歩いて向かうかな」


 ホルフル蟲森とは植物がまた違うなと周りを見渡していると、名も分からぬ大きな木の子の影から急に大蜂蟲アピスが現れた。大きさ的に成蟲せいちゅうだろう。


〈子らとアングイスとセルペンスの子らが呼んでいる〉


 セリムは首を傾げた。


〈アングイスとセルペンスの子とは誰だい?〉


〈乗れ〉


 何度聞いても答えてくれないのでセリムは木の子に登ってから、大蜂蟲アピスに飛び乗った。成蟲せいちゅうはあまり話してくれないんだよな、とセリムは大蜂蟲アピスの背中に腰掛けた。グンッと急上昇した。


 あっという間に蟲森の上空へと移動した。夕日が沈もうとしている。海へと飲み込まれようとしている、紅蓮ぐれんの大きな太陽。丘陵に伸びる二本の赤い線。怒りに満ちた蟲が瞳を赤く染めて並ぶ、侵略拒絶する境界線。セリムは胸を痛めた。


中蟲なかむし達の前にバジリスコスとココトリスが現れる〉


 セリムは体を乗り出した。大蜂蟲アピスの瞳は赤い。しかし境界線の蟲達とは色合いが少し違う。何故だろう。


〈バジリスコスとココトリス?〉


 答えてくれないかと思ったが問いかけた。


〈近海の民、大蛇蟲アングイス小蛇蟲セルペンス。アシタバの民と古くからの盟友。セリムに頼まれて海産物をドメキア城へ降らす時に漁をしてくれた〉


 セリムは大きく目を丸めた。


〈それは御礼を言わないとならない!海にも蟲のような生物がいるなと思っていたが、盟友ということは別の一族なんだよな?〉


〈そうだ。住処も意思疎通の輪も違う蛇一族。我等とは別の巣。船をおそおうとした中蟲なかむし達からドメキア姫を救おうとしていた。それでバジリスコスとココトリスはセリムのことを知っている〉


 セリムは身を乗り出すのを止めて、海を眺めた。


〈バジリスクとコカトリス。蛇の王とわしの王。仲良し王の冒険談。大渦に船が巻き込まれそうになって、互いに知恵を出し合い逆境を跳ね除け宝島を見つけた。へえ、本当は蛇一族なのか。それがどうして子供向けの話になったのだろう〉


 旅人から姉クイが譲り受けた絵本。絵柄が珍しく、そして異国情景が楽しくて何度も何度も読んで貰った。父ジークへも夜な夜な頼み込んで、兄ユパに仕事の邪魔をするなと叱られた。


〈何の話だ?大蛇蟲の王バジリスコス小蛇蟲の王ココトリスは古き誓いを果たしてきた。我等とドメキア王国の守護をしてきた。此度の件でもうそろそろ辞めるという〉


 当然だ、というようなひびきだった。


〈アシタバの民を侵略したからか〉


〈そんなこと今まで何度もあった。ドメキア王族を守るとちかった民が何度も何度も裏切ってきたからだ。久方振りに生まれた人の王であるドメキア姫への数々の仕打ち。蛇一族は怒っている〉


 シュナか。それはセリムも腹が立っている。国民は一部を除いて謝罪もしてない。


〈怒っているということはこの国はどうなる?バジリスコスとココトリスと話をしたいな〉


〈おそらくそれで我等の子らとアングイスとセルペンスの子らがセリムを呼んでいる。回りくどい奴らだ〉


 大蜂蟲アピスが速度を上げた。セリムは体を縮めて大蜂蟲アピスの背中の殻のでっぱりを掴んだ。ゴーグルが無いので景色が見辛い。


 ドメキア王国が毒蛇の巣と呼ばれる由縁。


--女神シュナと双子の男神エリニースがアシタバ半島の誕生神と言われている。シュナは終焉しゅうえんの炎から民を守る盾となり、聖騎士エリニースは大蛇の化身でこの地を耕した


〈テルムとアモレの子供達。双子はシュナとエリニース。終焉しゅうえんの炎は古きペジテ大工房が使った"悪魔の炎"だろうな。シュナは盾となり亡くなってしまったのだろうか……。エリニースは蛇一族と関連があった。この地で人々と暮らせるように働いた。蛇蟲か……。大元は蟲なのだろうな。きっと人に造られた〉


 ドメキア城なら文献ぶんけんが残っているだろうか。ドメキア王国国紋の反目する竜は竜ではなく蛇だ。


--裏切りには反目するが、生き様見せれば互いの背中を預ける。刃突き刺されようと信頼を示す。


 蛇一族へのちかいかもしれない。崖の国の近辺にも蛇一族は住まうのだろうか?


〈難しい話。古い話。セリムは我等よりも深淵しんえんを覗く〉


深淵しんえん?〉


〈あまりに恐ろしく、憎悪渦巻く記憶の底。我等は近寄らない〉


 何のことだろうか?身に覚えがない。


〈僕もそんなところは見ていないよ。僕は未熟で弱いから君達が近寄らない所を見れるとは思えない〉


 第一境界線には中蟲なかむしだけではなく蠍蟲アラクランも並んでいた。上空は大蜂蟲アピス中蟲なかむし達。その少し後方に蠍蟲アラクランがいて、蠍蟲アラクランの方に人影が見えた。ラステルとシッダルタだ。


〈子らが遊んでる。セリムは子らの所。子らはセリムのせいで全く言うことを聞かない。輪がおかしくなっている。早く直せ。姫とシッダルタは安全地域。人が攻めてきては困る〉


 大蜂蟲アピスがみるみる下降していった。


〈それはどういうっ!〉


 セリムの元に大蜂蟲アピスの子達が集まってきて次々と背中を掴まれた。


〈おこりんぼセリムが遊びに来た〉


〈レークスは仕事って言ってたのにセリムはこっちにきた〉


〈アピスの子にセリムを任された。遊ぶぞセリム〉


 また訳が分からないことを。セリムは地面に投げられた。回転して着地すると「楽しい?」と大合唱。ここにいる大蜂蟲アピスの子達はざっと百匹程度なのに、それよりも多く感じる。他の民の子も意識に混じっているのだろう。正直うるさい。


〈楽しい?も何も着地しただけだよ。レークスが君達に教えたように僕には大切な仕事……〉


 セリムは足元に集まってきた蛇に目を止めた。セリムの身長分離れて輪になっている蛇。二種類いる。頭部に角が生えている大型めの蛇。角の本数はまちまちなので個体差があるようだ。もう一種類は頭部の口元がくちばしのようになっている小ぶりの蛇。セリムは両膝をついて、両手を前に出した。おいで、というように指を動かしてみた。大蜂蟲アピスの子とアングイスとセルペンスの子がセリムを呼んでいるといわれた。それにこの大きさ、子だろう。


 一匹もセリムのところには来ない。怖いのだろう。


〈僕はセリム。蟲の民テルムで蟲の民の国国王セリムと名乗ることにした。ホルフルという東の巣で暮らす大蜂蟲アピスの家族でもある。多くて伝わるかな?アングイスとセルペンスの子よ、突然現れて怖がらせてすまない。しかし怖いことはしないとちかう〉


 アングイスとセルペンスの子はセリムの周りをぐるぐると回りはじめた。牙を剥かないので敵意は無いのだろう。観察されている。


大蜂蟲アピスの子よ、セリムはアングイスとセルペンスの子とは話せないのかい?怖がられている。呼ばれたと聞いたが違うのかな?〉


 セリムの頭に一匹、大蜂蟲アピスの子が乗った。


〈噛んでも怒らない?だって〉


〈噛む?噛まないと怖くないと分からないのかい?〉


 痛い思いを進んでしたいとは思えない。


〈セリムが噛まれる。そしたら大蜂蟲アピスの子とアングイスとセルペンスの子は兄弟になる。もっと楽しい〉


 また新たな謎の発言。兄弟になるとは何なのだろう?一つ分かるのは、噛まれたら蛇一族と話せる可能性が高い。


〈どうして僕が噛まれるとみんなが兄弟なんだい?〉


〈セリムは大蜂蟲アピスの子の中心。セリムはへんてこりん。そんなのなかったのにセリムはへんてこりん。アングイスとセルペンスの子と遊びたい。一緒にお魚用意した〉


 セリムの背中に次々と大蜂蟲アピスの子達が突撃してきた。「噛まれてセリム」の大合唱。


〈そこまで言うなら噛まれても良いよ。でも一匹に責任を負わせるのは可哀想だな。何匹かおいで。君達がそんなに言うなら死にはしないのだろう?おいで蛇の子達〉


〈アングイス!〉


〈セルペンス!〉


 セリムは突撃してくる大蜂蟲アピスの子達を軽く睨んだ。


〈アングイスとセルペンスの子と呼ばなかったことは謝る。しかし抗議するのに体当たりは悪いことだ。今まで注意しなかったが今は外交をしている。偉い子ならそれなりの態度をとりなさい。僕と巣で遊ぶ時は良いが、他所様にはそれなりの態度を示さないとならない。お行儀良いと見せなさい〉


 わっと大蜂蟲アピスの子がセリムの前に集まった。


〈偉い子はお行儀良いんだ!おこりんぼセリム!〉


 ちっとも行儀良くない。


〈怒るのとしかるのは違う。後でセリムが間違っているかを親に聞きなさい〉


 ふよふよと下降してくると大蜂蟲アピスの子達がセリムの前に二列に並んだ。中央を道のように空けてある。


〈今のはお行儀悪い子だって。今のはセリムに従えって。おこりんぼとしかるのは違う。難しい。難しい。アングイスとセルペンスに偉い子って思われたい〉


 子供というより赤ん坊のようだなとセリムは苦笑いした。成蟲せいちゅうの気配はしなかったが、大蜂蟲アピスの子と直接繋がっているのだろうか。


 アングイスとセルペンスが二匹づつ蟲の道を這ってきた。どっちがアングイスでどちらがセルペンスなのだろうか?周りの蛇達よりも随分大きい。牙が大きそうなのが嫌だが噛まれたら話せると思うと怖いよりも、うんと胸が踊った。


 蟲に大狼に蛇。この大陸には他にも話が出来る生物がいるかもしれない。神話を調べれば何か分かるだろう。蟲の民の国はあらゆる生物と交流を図ろう。ティダの故郷にいけば龍にも会えるかもしれない。そうだ、まずは龍について調べよう。


 セリムは袖をまくって腕を出した。怖いと可哀想かなとなるべく体制を低くした。アングイスとセルペンスはセリムの腕の匂いを嗅ぐように動いているだけ。無抵抗な者に噛みつくのは嫌なのだろう。


〈セリムはへんてこりん〉


 また変だと言われた。何なんだ!大蜂蟲アピスの子に反論しようとした瞬間、アングイスとセルペンスが四匹同時に噛みついてきた。


 手加減なのだろう。針で刺された程度の痛みだった。


〈行くなシュナ!〉


〈嫌よ!私だけ残るなんて絶対に嫌よ!〉


 激しい目眩がしてシュナとアシタカの声が聞こえた。少し声色が違う。


 セリムはその場に倒れた。


***


 大蛇蟲アングイス小蛇蟲セルペンスに囲まれてテルムはぼんやりと海を眺めた。穏やかで静か。しかしもうすぐ嵐がきそうだ。風の匂いが変わってきている。


〈テルム。テルム。血の匂いがするよ〉


 一番小さな末蛇すえへびに呼ばれてテルムは立ち上がった。血の匂いの方角へと走った。村で何かあったのか?心臓がかなりうるさい。大蛇蟲アングイス小蛇蟲セルペンスも後を追いかけてきた。


 海岸端の岩場の影に人の髪らしきものが見えた。金髪だ。村の誰か崖から落ちたのか?


「大丈夫ですか?」


 岩陰からチラリと顔を出したのは若い娘だった。雪のように白い肌。見たことがない横顔だった。胸がざわざわとした。すぐに岩陰に全身隠れてしまった。


 声と大蛇蟲アングイス小蛇蟲セルペンスでテルムだと分からない者は近隣住民にはいない。また難民か?


「僕の名はテル……」


 突然、岩陰から娘が飛び出してきた。黄金稲穂の巻き髪が海風に揺れる。手に剣を握りしめて鬼のような形相でおそいかかってきた。いや、悲痛な顔で涙を浮かべている。瞳が真っ赤だ。赤い目の人間など初めて見た。大蛇蟲アングイス小蛇蟲セルペンスが娘の前に並んだ。テルムと相対している。


〈大丈夫よ私に任せて逃げなさい。ペジテ人は何をするか分からないわ。泳げるなら海ね。子蟲が海に入れるなら貴方達も海へ入れるわ。海ならきっと安全よ〉


 娘がゆっくりと蛇達の前に進み出て、テルムに剣を向けた。テルムは苦笑いしながら両手を挙げた。何か勘違いされている。崖から落ちたのか服が汚れて、破れて、肌に傷が見える。愛らしい顔にも傷がある。金髪に白い肌はアシタバ人だろう。しかしこのような綺麗な女性なら、近隣で噂になりそうだが聞いたことがない。


 綺麗な、そう考えてテルムは変な汗をかいた。そんなこと考えるのは初めてだ。思わず視線を落とした。


〈遊んでただけ。また姫は早とちり。ついに末蟲すえむしになってしまうよ〉


末蟲すえむし?まあ。違うの?すぐ勘違いするから気をつけなさいと言われたけれどこれは大変ね。それに人種差別もダメだと注意されたのに……。謝ったら許してくれるかしら?遊んでたならきっと許してくれるわね〉


 テルムは娘に目線を戻した。驚きで気づくのが遅くなったが、この言葉は直接届いている。蛇達と同じ方法だ。姫?娘の瞳がさあっと青く変色した。そのことに更に驚いた。目の色が変わるなど聞いたことがない。蛇姫?


「僕はテルム。この近くの海辺の村の漁師だ。蛇達とは仲が良い」


 慌てたように娘が剣を背中に隠した。それから深々と頭を下げた。


「ごめんなさい。勘違いしました。あとペジテ人はなんて勝手に決めつけたのもごめんなさい」


〈テルムは優しいから黙っててくれる。手当もしてくれる。手当が終わったら帰ろう。そんなに閉ざすから皆が心配している〉


〈海に入ってみたかったのよ。お父さんも皆も心配性過ぎ!〉


 大蛇蟲アングイス小蛇蟲セルペンスがテルムに黙っていろと大合唱してきた。不思議な娘。テルム以外に蛇と話す者はいない。胸がわくわくとした。語り合ったら楽しそうだ。


「海に入るならその怪我が治ってからだな。手当しよう。村から色々持って来るから待ってて欲しい。蛇達よ、彼女と待っててくれ」


 テルムが背を向けると大声がぶつかった。


「アングイスとセルペンスよ!蛇達じゃないわ!」


〈アングイスとセルペンス!一緒にするな!仲良しだけど全然違う!〉


 テルムは振り返って思わず苦笑いしてしまった。年齢が近そうだがかなり幼い印象だ。


「なら君は?」


「私?アピスよ。多分もうすぐ名前が付くの。父がうんと悩んでいるからとても素敵な名前が付くわ。名前が二つになるのよ!」


 あまりにも幸せそうに、屈託無く笑うのでテルムは見惚れた。こんな風に一点の曇りなく可憐かれんに笑う女性は初めてだった。


***


 ぼんやりするなとセリムは頭を振った。おぼろげながら金髪の巻き髪の女性と黒髪短髪の男性の談笑の幻覚を見た。幻覚というよりも記憶なのか?ここはどこだ?海ではない。丘か。丘だ。


 金髪の巻き髪はアモレ。それならば黒髪短髪はテルム?蛇達の記憶が流れてきたのだろうか?幸福感がセリムの胸を占拠している。しかしその前にはあまりにも辛い感情が押し寄せてきていた。アシタカとシュナに似た声をしていたが、別人だろう。シュナとエリニースの記憶。蛇一族に残っているのだろう。


〈蛇の子セリムは大丈夫だった。蛇の子アンリは死ぬかもしれない。蛇の子セリム遊ぼう!〉


〈蛇の子?死ぬかもってアンリさんはどうなってる?アングイスとセルペンスの子よ、遊ぶと騒ぐのを止めて少し話をしてくれないか?〉


 ぐるぐると蛇達がセリムの周りを回っている。大蜂蟲アピスの子とは声が違う。遊ぼうと大騒ぎしている。蛇の子アンリ?何があった?


〈生きてる。ピンピンしてる。セリムはよく変になる。へんてこりんがもっとへんてこりんになる〉


 頭の上で大蜂蟲アピスの子がセリムの髪をいじくりまわしていた。これだけ変だと言われると反論する気力も無くなってくる。ため息を堪えた。まずは挨拶だ。


大蛇蟲アングイス小蛇蟲セルペンスよ。子供達なのかな?僕はセリム。蟲の民テルムで蟲の民の国国王セリムを名乗ることにした。ホルフルという東の巣で暮らす大蜂蟲アピスの家族でもある。多くて伝わるかな?セリムと呼んで欲しい。蛇の子アンリはどうなっているんだい?〉


〈話せるのに話しちゃダメっていうから黙ってた。さっきも聞いたよセリム。もう蛇の子だから遊んでくれる?遊んでもらって良いって親が言ってる。遊んで蛇の子セリム!蛇の子アンリは後で遊んでくれる!〉


 何だ?試されていたのか?少し気分が悪かった。しかし目の前の子達ではなく親の方だ。


〈ふむ。君達と遊ぼう。しかし親は何処にいる?危険な場所に子達だけとは感心しない。それに試されたのもあまり気分が良くない〉


〈おこりんぼセリムはどんどん遊ばないといけない。楽しーいやつして。抱っこ〉


 大蜂蟲アピスの子がセリムの胸に飛び込んできた。話している途中なのにと思ったが、大蜂蟲アピスの子は赤ん坊同然。しかっても無意味そうだ。セリムは素直に抱っこして、産毛を撫でた後に風の道を探して放り投げた。くるくると大蜂蟲アピスの子が飛んでいく。


 これを百匹するのか。忙しいのだがなと思いながらもセリムは近くの大蜂蟲アピスの子を飛ばした。いくら大蜂蟲アピスの子達の心が繋がってるとはいえ一匹だけ贔屓ひいきするのは良くない。個体の認識もあるはずだ。あるのか?聞いても教えてくれなかった。蛇達がジッとセリムを見つめている。


大蛇蟲アングイス小蛇蟲セルペンスの子は何が好きなんだい?〉


大蛇蟲アングイスは泳ぐこと!〉


 角蛇達が体を揺らした。海中の海藻のようにゆらゆらと愛らしい。


小蛇蟲セルペンスは走ること!〉


 くちばし蛇達が勢いよく這った。どことなくわしっぽい。シュナが毒蛇の姫や大鷲おおわしの姫と使うのもこの地には蛇やわしと王族の伝承があるのだろう。崖の国に伝わる大鷲おおわしの話もきっと関連している。


 泳ぐことと走ること。予想外の回答にセリムはしゃがんだ。近海の民と言っても海は大蛇蟲アングイスで大地が小蛇蟲セルペンスなのか。地中にも蟲の気配を感じていたが、小蛇蟲セルペンスか。


 近くで体を観察してみたいなと手招きするとワラワラと集まってくれた。セリムは片手を上に挙げて大蜂蟲アピスの子が乗るとあちこちに飛ばした。目は蛇達に集中する。


〈泳げるのかい?〉


〈当然!海に住むから泳げる。海でも陸でも毎年アングイスとセルペンスで戦う。去年はセルペンスが勝った。ココトリスは負けたけど〉


〈海は陸より安全。アングイスとセルペンスは仲良く暮らしてる。泳ぐのはアングイスが得意だけどセルペンスも負けない〉


 運動会でもしているのか?それは実に楽しそうだ。海と地中で別れている訳ではないらしい。この大地の下に住むのはアシタバの民?


 セリムは一番近い大蛇蟲アングイスをそっと撫でた。殻のようなうろこはまるで金属のよう。角以外は滑らか。一方小蛇蟲セルペンスは逆立った鳥の毛のようなうろこをしている。水陸両生?そんなの聞いたことがない。呼吸器官はどうなっているのだろう。えらは見当たらない。


〈遊んだら抱っこしても良いかい?僕が得意なのは風を詠むことだ。大蜂蟲アピスの子のように飛ぶのは難しそうだし何が良いのかな?〉


 小蛇蟲セルペンスがセリムの鞭に体当たりして揺らした。


〈ブンブン揺らして!跳ねるやつする!昔、蛇の子にしてもらった!〉


 蛇達と交流していた人間が蛇の子か。ドメキア王族の誰かだろうか。セリムは指示された通りに鞭を回した。低い位置だとつまらないと怒られた。胸の高さで鞭をゆっくり左右に揺らすことになった。勢いよく這った蛇達が次々と鞭を越えるのを眺めるのは楽しかった。幼いのに力強くたくましい。しかし腕が疲れる。片手は鞭を操り、片手は大蜂蟲アピスを押す。これは中々難しい。


〈ヘトムが遊びにきた!〉


〈ヘトム!〉


 大蜂蟲アピスが騒ぐので周囲を見渡すと、上空に紅旗飛行船フリストが見えた。こちらに向かってくる。随分遅かったがやっとアシタカ達が来たらしい。徐々に近寄ってくる。


--ドメキア王国唯一の人の王シュナ・エリニュスと108名、そして古きテルムの子に祈りを捧げさせよ。先頭は孤高ロトワの龍の皇子


 蟲の王レークスが指示した内容の意図が未だに分からない。我ではもう止められんと言いながら第一境界線の蟲達は怒りをあらわにする真紅の瞳なのにこの地から動いていない。紅旗飛行船フリストにも無関心そう。蟲の王レークスの思惑なのかセリムは中蟲なかむしとは全く会話出来ない。


〈子蟲よこのフェンリスと楽しく遊ぼう〉


 ティダの声だ。ティダが大蜂蟲アピスの子と遊ぶ?何を企んでいる?ティダが単に大蜂蟲アピスの子と遊ぶなど考えられない。セリムの周りの大蜂蟲アピスの子が「ヘトムと遊ぶ!」と移動し始めた。セリムは慌てて追いかけた。大蜂蟲アピスの子達が本気で飛ぶと速くて追いつけない。蛇達もセリムを追い越していった。


〈ヘトムは何て言っているんだ?〉


 遊ぶの大合唱で、それに遊べることの高揚感のせいか返事が無い。紅旗飛行船フリストが低空になった時、誰かが飛び降りたのが見えた。ほぼ着陸態勢とはいえ、十メートル少々はありそうだ。この高度だと死ぬというような高さ。しかし落ちたというより、飛び降りたようにしか見えなかった。くるくると体を回転させながら落ちていく。


 ティダだ。


 かかと落としのように地面に足を叩きつけたのを見てそう思った。


 大地が揺れる。セリムは倒れないように踏ん張った。土柱が上がるかと思ったら、土煙は少なく地面が陥没かんぼつした。まさか、狙った?湿原が近いので地盤沈下するというのはあり得ない出来事ではない。


〈子蟲達よ。花火になりたいのだろう?花火というのは筒から打ち上がる。この穴は筒のようだ。楽しいことをしようではないか!〉


 地盤沈下したところに大蜂蟲アピスの子と大蛇蟲アングイス小蛇蟲セルペンスが向かって行く。かなり嫌な予感がした。呼びかけてみても手応えなし。完全拒否されていると感じた。つまり、絶対に悪巧わるだくみだ。大蜂蟲アピスの子に呼びかけても「嘘だ!嘘だ!嘘だ!ヘトムはセリムとアピスの子と遊ぶ!バリム!嘘つき!」と怒られた。バカなセリムでバリムか?バカなのは大蜂蟲アピスの子だ。しかしこの信頼をティダが無下にするか?


 過激なパフォーマンスはティダの十八番おはこ。しかし信頼していても肝は冷える。どうして己に相応しい態度や言動を取らない⁈セリムは全速力で走った。


〈子蟲よ、あの地にいるのは?〉


〈アングイスとセルペンスの子。海から遊びに来たって。セリムが蛇の子になったから海から遊びにきた。大蜂蟲アピスの子とアングイスとセルペンスの子はセリムがいるから兄弟〉


〈ふむ。俺にはさっぱり分からん。ヴァナルガンドが蛇の子になった?〉


 セリムにもさっぱり分からない。しかしティダの目的も分からない。ティダの頭に黄色い産毛のアピが乗っていて、ティダが掴んで穴へと投げた。下手投げでくるくると回すように投げられたので悪意はなさそう。パズーとティダの側なら安全だと言い残したぼんやりとした記憶があるが、パズーはどうした?紅旗飛行船フリスト内か?


 ティダの声が全くしなくなった。大蜂蟲アピスの子や大蛇蟲アングイス小蛇蟲セルペンスが次々と穴へ入って行く。ティダが足で地を蹴って穴へ土を入れた。もう一度。二回目の方が強かったようで、土が多く落ちた。


 脅迫。


 誰かを脅迫している。


 セリムではない。セリムは振り返った。ここにいてティダが脅迫しそうな相手。セリムと話すのを拒絶している中蟲なかむし達だ。それでティダの言葉も分からないのだろう。


 子供達から「もっと!」「楽しい!」とある意味背筋が凍るような言葉が届いてくる。ティダならこの子達を殺しはしないだろう。しかし何かあったらどうする⁉︎ティダの周りにも大蜂蟲アピスの子と大蛇蟲アングイス小蛇蟲セルペンスの子が集まっている。


 大蜂蟲アピスの中蟲達が大きな鳴き声を上げた。怒り狂っている様子。やはりティダは中蟲を脅している。セリムはティダの方に顔を戻した。遠目で表情が見えにくいがティダの気配も相当恐ろしい。ティダは何かに激怒している。


--蛇の子アンリは死ぬかもしれない


 これだ。これしかない。それなら本気で穴を埋めるかもしれない。セリムはおののいた。子供達が危ない。ティダの予想では安全なのだろうが、間違えがあると死ぬ。ティダが冷静でなさそうなのが不安をあおった。


 蟲の王レークスの気配がした。しかし何の言葉もない。大蜂蟲アピスの中蟲も大蠍蟲アラクランも巨大な鳴き声を上げているが動く気配がない。何だ?蟲の王レークスは何を考えている?


〈バムバムも蛇の子になった。あと孤高ロトワ龍の皇子の妃もなったって。大蜂蟲アピスの子があげた毒消しで元気一杯。蛇の子アンリが後で遊んでくれるって言ってる。アングイスとセルペンスの末蛇すえへびはもう脱皮するかもしれないって〉


 大蜂蟲アピスの子の呑気そうな声がした。パズーが蛇の子?孤高ロトワ龍の皇子?妃?


〈アンリさんはどうした?おい誰か答えろ!ティダ!聞こえているのか?〉


 誰も無反応。この直接話す方法という不思議な術、ちっとも便利じゃない。この距離なら実際の声が届くとセリムは口を開けた。その瞬間、地震におそわれた。


 地面が盛り上がった。割れた大地から巨大な蛇と、それよりは遥かに小さい蛇が現れた。小さいといっても三十メートルはある。巨大蛇は三倍近い。


 大蛇蟲の王バジリスコス小蛇蟲の王ココトリス。見た目がまんま大蛇蟲アングイス小蛇蟲セルペンスなのでそう思った。子もそこそこ大きさが違うがこんなに体格差が出るのか。それにこれほど巨大に成長するのか。セリムは思わず足を止めた。何て雄大な姿。夕日を背にした美しい二匹の蛇は、確かに竜と呼ぶのが相応しい。これがドメキア王国を守り続けてきた近海の民の王。


〈孤高ロトワ龍の皇子。妃に友好を示し我等の身内にした。会談を求めている。しかし我等の子に何をしている?〉


 二匹の美しさに見惚れていたらティダが大蛇蟲の王バジリスコスの背中を駆け上がっていた。孤高ロトワ龍の皇子はティダか。子蟲アピがティダから孤高ロトワの匂いがすると言っていたが、皇子?孤高ロトワはベルセルグ皇国の異名なのか?会談?


〈おい。何をする?〉


 大蛇蟲バジリスコスが軽く身をよじった。ティダが飛び降りた。角を掴んでいる。


 まさか。


 ティダが背負い投げのように大蛇蟲バジリスコスを地面に叩きつけた。それも岩が多い場所。ティダが地盤沈下させた場所とは離れている。


 岩場に大蛇蟲の王バジリスコスがめり込み、岩と青い液体が霧散した。


 無敗神話の大狼兵士。


 ティダの本気がここまでとは予想外。セリムの腰は抜けそうになった。とても人とは思えない。ああ、大狼か。人の形をした大狼。ラステルと同じく何か人とは違うのだろう。納得したら震えは止まった。それにしても出鱈目でたらめな強さ。


〈バジリスコス⁈〉


 小蛇蟲の王ココトリスが慌てたように岩場へ向かっていく。


〈孤高ロトワ龍の皇子⁈そんな肩書き知らん!我が名は帝狼ていろうフェンリスまたはベルセルグ皇国皇子ティダ・ベルセルグ也。呼ぶならティダと呼べ。名も名乗らぬ礼節知らずの無礼者。我が妃に友好示したと言ったな?その過程で害したというのも知っている。即座に謝罪しないとは不信もいいところ。しかし治したのか、治させたか知らんが死んでないようなのでこれにて手打ち。勿論説明を求めるがな。はっきり言って妻に手を出した奴は殺してやりたいが、これでも小さな群れを囲う身。俺が守る者の為に勝手は出来ない。だからこれで手打ちだ。おそいかかってこないならば会談の要求を飲もう〉


 名も名乗らずに先手必勝とばかりにおそい掛かったのはティダだ。案の定大蛇蟲の王バジリスコスが怒りをあらわにするように大咆哮してティダに牙を剥いた。会談するつもりがあるなら最悪の手ではないか。


〈バジリスコス落ち着け!〉


 なだめるように小蛇蟲の王ココトリス大蛇蟲の王バジリスコスに向かって這っていく。


大蜂蟲アピス達よ一気に直線状に飛んで穴より高く飛んだ後に霧散しろ。強風に負けないように飛んでみよ。花火にみえる楽しい遊びだ。アングイスとセルペンスの子は飛べないから別のを考えてある。しばし待てと伝えよ〉


 地盤沈下の穴から大蜂蟲アピスの子達が打ち上げ花火のように広がっていった。とても楽しいのか大騒ぎしている。蛇達はずるいと騒いでいる。殺気立った光景と、あまりにも呑気な声。何だこの状況。


 大蜂蟲アピスの子達が縦横無尽に空を飛び回る。大蛇蟲の王バジリスコスとティダの間も例外ではない。ティダの狙いはこれか。なんていう真似を!


〈楽しそうな大蜂蟲アピスの子を巻き込むとどうなるだろうな?バジリスコス〉


〈貴様、何ていう卑怯者也〉


 ティダが地盤沈下した穴へと走っていく。セリムは苛々しながらティダの元へと移動した。手段を選ばないのは知っているが、無関係の、それも幼い赤子のような子蟲達を巻き込むなど言語道断!


〈卑怯者?たかが人間一匹に巨大蛇二匹。妻を人質にとっている。俺から見たらお前らこそが卑怯者だ。この通り小さな体なので知恵を絞る。でないと滅ぼされる。戦に必要なのは貪欲な勝利への執念。俺には俺以外の命が乗る。何でもするさ〉


〈たかが人間一匹?孤高ロトワ龍の皇子ティダよ、どう見ても人間ではない。人間がバジリスコスを投げ飛ばすなど無理だ。貴方の妃を人質になどしていない。蛇の子は我らの宝。蛇の子とした。友好の提示である〉


 どっちもどっちだ!しかしティダの怒りは理解出来た。大蛇蟲の王バジリスコスが暴れないのをみると、ティダは蛇一族と蟲達が同盟関係だと知っているのだろう。しかし安全そうだからといって子供達を争いに巻き込むなぞ許されない。大蛇蟲の王バジリスコス小蛇蟲の王ココトリスはティダに誤解されるような手落ちがあった。それを未だ謝罪していない。どっちもどっちだ!


 苛立ちで会話を聞き逃したがティダが穴に土を蹴り入れたので脅迫したというのは明らか。今、穴の中には大蛇蟲アングイス小蛇蟲セルペンスの子が残っている。


 大蜂蟲アピスの子の三つ目は若草色で、夕焼けの大空を楽しそうに飛んでいる。ティダが大蛇蟲アングイス小蛇蟲セルペンスの子ともこれから遊んでくれると、疑心一つない信頼を寄せている。これに対する裏切り、ティダはしないだろうが今の行為だけでも裏切りだと腹が立った。


〈バジリスコスよ。この意味分かるな?手打ちにしないなら俺は容赦しない。手を組みたいから我が妃に牙を剥いたというなら、手打ちにしろ。蛇の子というのに敬意を示すべきだと俺の勘が言っている。俺はこの穴を埋めたい程怒っている。それほど妃が大切だ。しかしそれでも許す。我が妃に蛇の子という特別そうな地位を与えた上で会談を要求した相手には一旦敬意を示すべきだからだ。話くらいする。バジリスコスよ、ココトリスとやらの進言通り怒りをおさめよ〉


 ティダがにこりと屈託無く微笑んだ。セリムは虚を突かれた。この豹変振り、とても真似出来ない。大蛇蟲の王バジリスコスから殺気が減った。


〈バジリスコスもこのココトリスも争うつもりはない。貴方の妃、蛇の子になれると見極めたつもりが爪が甘く辛い思いをさせた。すまない。謝罪が遅れたことも謝ろう。しかし今はとても元気である。心配なら連れてこよう〉


〈誰にでも過ちはある。俺も怒りで判断を間違えた。いきなり襲いかかって申し訳ありませんでした〉


 ティダが胡座をかいて頭を地面につけるくらいまで下げた。怒りで判断を間違えた。計算なのか本気なのかさっぱり判断出来ない。しかし、ティダにはもう怒りも殺気も綺麗さっぱり消えている。


 本当に分別つかないくらい激怒していたのだろう。


〈分かった。手打ちにしよう〉


 大蛇蟲の王バジリスコスもティダに頭を下げた。


 セリムは走る速度を落とした。走り続けてさすがに息が切れた。もうティダと大分近い。


「ティダ!何をしている⁈」


 返答なし。ティダはまだ頭を下げている。むしろ先程よりも頭を低くしていて、額が大地についていそう。これ程反省しているのなら、セリムから何か言うこともあるまい。ティダは何もかも分かった上でそれでも子供達を利用した。ティダなら大いに己を省みて改善に励むだろう。


「ティダ!何をしている?」


 顔を上げたティダは笑っているのに、殺すというように鋭い眼光放っていた。セリムは思わず後退した。何か誤解されている。


「何を?突然色々あって混乱している。ヴァナルガンド何もかも許すがこれは何なんだ?何が起こってる⁈俺のアンリに手を出させたのなら、それなりの代償払ってもらうぞ?蟲と人との案件はどうした。蛇と何している?俺はこれからこの蛇達バジリスコスとココトリスと会談する」


--俺のアンリに手を出させたのなら、それなりの代償払ってもらうぞ?


 憎々しげなティダに、セリムの全身から血の気が引いていった。大蜂蟲アピスの子を利用したのはセリムへの激怒からだ。


〈誤解かすまなかった。まああそこまで一途な子蟲を死なせるなど万死。そのくらいお前も分かってるだろう?何だあの赤ん坊みたいなのは。それに扉をいくつも抱えて妙な奴め。しかも中心にいるようだし奇想天外な男だな。守りたいならしっかり守れ。俺には優劣あるから利用出来るものは何でも利用する。あの蛇二匹、支配下にする。特大の大駒になるだろう〉


 ティダが大蛇蟲の王バジリスコス小蛇蟲の王ココトリスに親しみ込めた笑顔を向けた。二匹ともティダがセリムへ向けた言葉は聞こえてないのか、弛緩していった。


 ティダがラステルに頭を下げたことを思い出した。それからドメキア王国の大地に足を下ろした時の事も。ティダは腹に一物抱えて二匹の蛇の王に頭を下げた。


--俺はこれより先、今まで以上に優劣をつける。俺は力があり過ぎて時に踏み外す。人を惑わし不本意な騒動も起こす。必要があれば俺を壊せ。


 ドメキア王国の大地に降り立った時のティダの言葉を思い出して、セリムはティダに手を伸ばした。


「間違えれば死なせるような事に無関係の、それも赤子のような子を巻き込むな。何もないだろう、でも所詮はだ。子蟲達はすぐに信じる。ティダ、君のような僕の友をとても慕い何でも信じる。その信頼を利用するな。その時点で誇りがけがれたと君なら分かるだろう?最初に脅迫したのは君だ。その件を謝り、己を省みて二度としないでくれ。ティダ、君はもっと己に相応しい言動を取るべきだ」


 ティダがゆっくり立ち上がった。それから不敵な笑みを浮かべた。セリムはたじろいだ。


「俺には俺の矜持よりも上のものがある。妻、大狼、そして友ヴァナルガンドと妻ラステル。次は愛娘シュナ。その次はムカつくが劇薬至宝。俺の矜持はその下だ。目的の為に手段を選ばないのも知っているよな?よくよく覚えておけ。分かっていて子蟲も子蛇も利用した。俺なりの最善だったが確かに何があるか分からない。俺もお前がそこまで子蟲を想うというのを覚えておこう。本能的に嫌悪しているからつい利用してしまったが二度としない。ヴァナルガンドよ、脅迫はお前もしているではないか?それについて話をしよう。座れ。正座だ。知らぬなら胡座でも構わない」


 ティダが腰に手を当てて仁王立ちした。セリムは気圧されて素直に腰を下ろした。正座が何か分からないので胡座をかいた。


大蛇蟲の王バジリスコス小蛇蟲の王ココトリスよ申し訳ないが友と大事な話がある。会談はその後に願おう。我が勘違いで怪我をさせたので休んでいて下さい。それから不安でしょうから子供達を巣へ帰すと良い。しばし待たせる無礼、お許し下さい〉


 ティダが大蛇蟲の王バジリスコス小蛇蟲の王ココトリスに深々と頭を下げた。それからセリムに向き合ってまた仁王立ちした。


 ティダがセリムの前に胡座をかいた。


「さて一応訳の分からん蛇は抑えた。悪かったなヴァナルガンド。出来が良いからまだ幼いのをつい忘れてな。もっと気にかけてやれば良かった。俺は何でも背負う男だ。潰れないように適当な荷を捨てる判断力もある。無駄に長生きしてる訳じゃねえ。丁度シュナを手放したところで随分と余裕もあるぞ。それから人の中で唯一無二の友の件は全部背負うさ。覚えとけ。気づかずに悪かったな。どれ、色々話してみろ」


 泣き笑いしたティダにセリムは面食らった。ティダの腕がセリムにゆっくり伸びてきた。何をされるのか分かったので大人しく受け入れた。ティダがセリムの髪をぐしゃぐしゃに撫で回した。


 思わず涙がこぼれた。

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