毒蛇の醜姫とハイエナから生まれた犬皇子

崖の国レストニアへの蟲襲撃と同日、北西の毒蛇の姫とハイエナの皇子、天敵同士の祝言が執り行われていた。


休戦の象徴。


政略の契り。


差し出されたのは醜姫と犬皇子。



***



豪華絢爛な花嫁衣装を纏う乙女とティダは手を取り合った。手袋越しでも分かるゴツゴツした骨ばった男みたいな手。四角い輪郭に腫れぼったい瞼。左の瞳は灰色に濁っている。皮膚は硬そうで小さな凹凸が頬に集中していた。顔しかでない純白の衣装がより醜さを強調している。短身短躯で丸まった背中かと思っていたら、奇形のようで首と背中の境が大きく盛り上がっていた。


ドメキア王国末の醜姫シュナ。


見た目は成る程噂通りの化物、そして中身も愚鈍な化物と聞くがどうであろう。ティダは誓いの場へ足を進めながら手を握ったシュナとの今後を憂いた。焦点の合わない目線にニヤニヤ笑いを浮かべ民衆に手を振るシュナ。この女とこれから死ぬまで共に過ごす。覚悟はしていたが前途多難そうだ。


ドメキア城大砦の最上階。城を取り巻く四種の砦。そのうち1番最外に位置するこの砦。機能の少ない国と外を分断する大壁。いつ弓矢で射抜かれてもおかしくない、いやそれを促す為に婚礼の場に選ばれたのだろう。この婚儀は実施されさえすれば良い。花嫁と花婿の明るい未来への道ではなく死刑台への経路。


司令塔まで、残り数十歩というところで眼下の群衆から何本か弓矢が放たれ発砲音が響いた。ティダは太刀で矢を払い落として気に留めないように足を進めた。銃弾は流石に避けられない。死ぬときは死ぬ。チラリと視線を向けると、シュナがティダに顔を向けてニコニコと笑っていた。


「シュナ姫よ恐ろしく無いのか?」

「んー?」


笑顔のままシュナが不思議そうに首を傾けた。意思疎通の出来ないのは初対面で理解していた。これからどう接していくべきなのだろうか。出そうになるため息を飲み込んむ。喉を鳴らしたと同時に群衆から劈くような悲鳴が上がった。ティダは足を止め視線を下げた。


騒めく民衆を引き裂く五つの紅旗。反目しあう双頭竜の国旗を掲げる鎧戦士達が鮮血の花火を打ち上げていた。逃げる民衆により空いた隙間に華麗に馬を操る兵士達が剣や槍を振り回していた。紅旗の騎馬隊。ドメキア王国とベルセルグ皇国の国境沿いで度々見られたドメキアの血塗れの戦乙女が率いる第四軍。醜姫には不釣り合なシュナを傀儡とする少数ながら勇猛で優れた軍。


ティダはシュナを横目で見た。壊れていない右の青い瞳に宿った鋭い眼光で騎馬隊をじっと観察している。ティダは騎馬隊に目を移した。女の騎馬兵が高々と紅旗を掲げている。5つの旗の中で一際大きな国旗には反目する双頭竜とそれを貫く槍。歓声を上げる群衆に見せびらかすように、騎馬隊は国旗を翻して城の方へと去って行った


「置き人形と聞いていたがそうでは無いようだな。」


この四軍は、騎馬隊だけかもしれないが確かにシュナの兵士達。迅速な護衛に我が主ここにありと言わんばかりの主張。そこまで慕われる理由がシュナにある。それがティダの妻。思わずティダは笑った。シュナが一瞬驚きを示したが、直ぐ間抜けな笑顔の仮面を被った。恐らく仮面のはずだ。剥がしてみたい。



***



ベルセルグ皇国の第三皇子ティダ。


シュナは微笑んだティダに一瞬面食らった。あまりの敵意のなさに、人懐こい雰囲気に圧倒される。シュナは気づかれないように表情を取り繕った。


「縁あって夫婦となる。俺は妻以外を女として愛さない。意思疎通できる者で良かった。」


突如告げられた言葉に驚かないようにとシュナは表情筋に力を入れた。ティダが笑みを消して表情を引き締めるとシュナの手を引く。黄色気味の肌。ドメキア人はベルセルグ人を東の猿と蔑称する事も多い。しかし切れ長の細い目に凛々しい太い眉毛。深い黒の髪や瞳。ティダはドメキア人から見ても美しいと言われるであろう容貌で、城仕えの女達は見惚れていた。女など困らなかったに違いない。


それなのに何て言った?そして何故こうもシュナの手を力強くも優しく握りしめる。


初めて顔を合わせた際も奇怪だった。落胆も嫌悪もない、ただシュナを観察するような黒い瞳。シュナと対面してそのような目をする人間など1人たりともいなかった。


ティダの噂は耳にしている。王位継承権に手が届く地位だというのに、欲がなく、戦場では兵士の先頭に立ち軍を守護する剣豪。皇帝や兄弟に逆らわず忠実に従う、唯一軍を持たない皇子。故に毒蛇に差し出された婿と言う名の、人身御供。野心のない王族失格の男。


シュナとティダは司令塔へと足を進める。その間シュナは奇妙な男に対しての警戒心を募らせた。会って初日、時間にすれば一時間も経過していないのにシュナの演技を見破った。本人も高い演技力を備えているからか。一体何を企んでいる。


司令塔の入り口前に着くと護衛兵が扉を開けた。狭い出入り口にまずティダが身体をくぐした。シュナの白い衣装を片手で持ち上げてゆっくりとシュナを中へ促す。狭く暗い廊下をティダが先に歩く。導くように片手でシュナの手を握りしめたまま。階段を上がる際も同じような気遣いをして一段一段慎重に上がっていく。常にシュナの様子を観察し、母親が幼子を心配するようだ。このような扱いをシュナにするのは世界にただ1人しかいない。


「手抜きの掃除か。」


吐き捨てるような呟き。ティダが階段の天井に張っていた蜘蛛の巣を手袋で払い壁に擦り付けた。開け放たれた司令塔の屋上への扉の前、光の射す場所でティダは手袋を脱いで汚れを払った。それからシュナの方へ体を屈めて、ドレスの裾を持ち上げて手ではたいた。シュナの黒くなっていたドレスの裾がましになる。


「あーり。がっと。」


何でも言うことを聞く素直で子供みたいな愚図で醜い姫。それがシュナ。まだ戻せるかもしれないとティダに向けていつも通りに振る舞った。


「どういたしまして。」


悟られたと感じたのは勘違いか。抑揚のない淡々とした声からは読み取れない。ティダがシュナの手を離し、それからシュナの手を二人が腕を組む姿へと動かした。光への扉へ身を進めると大歓声が二人を迎い入れる。純粋な祝いではなく、奇天烈を楽しむ嬌声。醜い化物に売られた猿への嘲笑の幻聴がした。列席するドメキア王族とベルセルグ皇族、それに各々の護衛兵も侮蔑の笑みを浮かべていた。


これが毒蛇の巣だ。なのに哀れな花婿は涼しい顔で血のように赤い絨毯を躊躇なく進む。何がしかの決意があるのだろう。そういう者は強い。ドメキア王とベルセルグ皇帝が座る玉座の間にシュナとティダが立った。両国の最高権力者が剣を掲げると民衆が静まり返った。


「ここに休戦を宣言する!我が娘を象徴として!」


肥えた豚との陰口が相応しいドメキア王が叫んだ。眼下の民は潰れた蛙のような声に失笑を堪えているだろう。王への侮辱は不幸しか呼ばない。シュナ同様に愚図そうな見た目に反して強かで狡猾、そして残虐な王は恐れられている。


「ここに同盟を宣言する!我が息子を象徴として!」


ベルセルグ皇帝はティダに良く似て端正な顔立ちに不敵な笑みを浮かべた。重厚な黒い鎧から鍛えられた太く逞しい黄褐色の腕が覗く。


2人の最高権力者が引きつった笑顔を交わし、握手した。予定通りティダがシュナの肩を抱いた。ペジテ大工房の侵略が済めば即座に対立するだろう、泡沫の平和。戦争で疲弊し悲劇の幕引きを望んでいた民衆が大歓声を上げている。誰も永遠など信じていないが、それでも束の間の休息が長く続けばと期待している。だから歓喜は決して偽りではない。


シュナはそれを祝福として受け取る事で、屈辱を忘れようと道化の笑みの下で奥歯を強く噛んだ。それで見世物は終わりのはずだった。


「平和という安らぎの為に愛を誓おう。運命として従う。」


ティダがシュナの肩から腕を離し、すぐに両手でシュナの頬を包んだ。額でも頬でもなくティダはシュナの唇を奪う。触れただけなのに込み上がる熱と抵抗心に混乱、シュナは演技も忘れて呆然と立ち尽くした。




***




披露宴と称して開かれた晩餐会の上座。ティダは両側のドメキアとベルセルグの嘘にまみれた褒め合いのせいで食欲が無かった。それに隣に座っているはずのシュナがひょこひょことテーブルの周りを動き回り、手掴みで他者の食事を漁るのも不快だった。仮面であろうと予想していたが、ここまでくると己の勘を疑いたくなる。


ベルセルグの皇族は嫌悪感を隠さずにシュナを睨む。ドメキア王族は嘲笑っている。何が正解なのか分からずに、ティダは淡々と料理を口に入れて噛み砕いた。濃すぎる味が受け付けられずに、酒で薄めて飲み込むしかない。


「失礼します。」


ドメキアは食糧難だというのに食べきれない程の料理を運ぶ給仕に混じって、女の兵士が入ってきてドメキア王へ敬礼した。金髪をきっちりと結い上げた気の強そうな美女。


「遅過ぎる。早く阿呆……ではなかった。可愛い我が娘の調教……ではなく身の回りの手助けをしなさい。カール。」


「遅くなり大変申し訳ありませんでした。シュナ様お手と口を拭かせていただきます。」


甲斐甲斐しくシュナの汚れを白いナプキンで拭き取るカール。大人しく従うシュナが母を慕う子のようにカールに抱きついた。


「いっぱい。いらない。」

「かしこまりました。」


父親そっくりの潰れた声を出して嫌々と首を振るシュナの腰にカールが手を回した。ドメキア王が手でひらひらと出て行けという仕草をし、王にそっくりな太った二人の王子が大笑いする。カールがにこりと笑みを浮かべてシュナと部屋を後にした。シュナは思わず立ち上がった。つまらない愚かな食事にうんざりしている。抜け出す口実が出来た。


「夫である私も失礼します。」


一同面食らったように目を丸めた。それからくすくすと笑い声を漏らす。ティダは無視して部屋を出た。


「ふはははははは!好きにするが良い!ここは毒蛇しか生き残れぬぞ婿殿!」


扉を出る瞬間にドメキア王の愉快そうな声が背中にぶつかった。愛情のかけらもない声色。仮初めの休戦に、その為の婚礼。用済みのティダは明日にも葬られているかもしれない。毒の匂いがした食前酒が良い例だ。


長い廊下の向こうに右折するシュナとカールの姿を捉え、ティダは音を立てず、しかし足早に追った。角を曲がる際にそっと先の様子を伺う。廊下の半分過ぎにカールがシュナの腰に手を回したままゆっくりと歩いている。手前に巡回する兵士。その奥はまた右方向にのみ曲がれる。ティダは2人が角を曲がるのを確認すると再び歩き出した。


「こんばんは。頑張ってくれ。」

「え。あ。ティダ様。どちらか向かわれるのでしたら案内……いたしましょうか?」


兵士はたどたどしい言葉とは裏腹に殺気の篭った目。更には兵士の手はさりげなく腰の剣の柄に伸びている。ティダは右腕を背中に手を伸ばし仕込んでいた短旋棍トンファーを握ると、声を掛けてきた兵士の後ろに回り込んだ。短旋棍トンファーを回転させて兵士の首筋を素早く見定め殴りつける。倒れる兵士を支えて壁にもたれさせた。脳を揺さぶられて当分起き上がれないだろう。ティダは再び廊下を進んだ。


毒蛇の巣。歓迎されてはいないと理解していたがこれでもう二度目。とんでもない場所へと婿入りしてしまった。


貴重なランプを幾多も使用した明るい廊下。よく磨かれた乳白色の大理石。明かりと丁寧に織られた赤いカーテンが床に反射して目が疲れる。王族であろう太めの戦士の彫像が並びまるで見張られているようだ。扉を過ぎる度に、その豪華な装飾の意味の無さに呆れる。壁に並ぶ黄金の額で飾られた絵画。天井に描かれる地獄絵図のような争いの様子。


これから死ぬまで、下手したら殺されるまでティダはこの城で過ごす。今までも同じように命を狙われてはいたが、質素で狭い屋敷が恋しい。しかし婿入りしてしまったのだから仕方がない。ティダがこの国に留まる限り休戦が続くかもしれない。そうでなくてもそうするのがティダの役目。母の願い。


砦から城までの道のり、最外層の農村地区の腹ばかり出た手足の痩せ細った子供。ああいう者は減らさねばならない。農耕こそ未来を担うというのに、ドメキアもベルセルグも腐った権力者ばかりだ。


シュナとカールは階段を通り過ぎてそのまま突き当たりの扉へと向かっていった。ティダは彫像に隠れるようにして距離を縮めた。襲撃しやすい1階の角に寝室。シュナの冷遇のされ方から考えれば当然か。槍を持った兵士が2人、扉を挟んで立っている。1人は老兵。もう1人はまだ若い。シュナとカールが兵士に開けられた扉の奥へと消えていった。


ティダは兵士達が丁寧に扉を締めているその隙に、全速力で廊下を走った。流石に足音で兵士達が振り向く。ティダは左腕で背中に隠していた短旋棍トンファーを出して両腕で構えた。ティダに気がついた兵士が遅れて槍を突き出す時、もう既に懐に飛び込んでいた。


「カッ!」


カールと呼ぼうとしたのだろう。その前にティダは兵士のこめかみを短旋棍トンファーで殴りつけた。それからもう1人の兵士が槍を捨てて殴り掛かって来ようとするのを、身を屈めて避ける。廊下を蹴り上げて短旋棍トンファーで後ろの首筋を叩きつけた。兵士が倒れるとティダは扉を少しだけ開いた。


丁度正面に白い毛皮の置かれた椅子があり、シュナが踏ん反り返っていた。その前にカールが跪いている。シュナは薄くまばらな眉をひそめている。シュナがトントンとこめかみを人差し指で叩いた。


「あの男の監視と観察はニールに任せよ。」


笛の音、それも銀で作製された精巧な笛のような音で発せられた台詞。見た目に反して美しい声。これがシュナの本当の声。ティダは勢いよく扉を開いた。



***



突然開いた扉に思わず身構える。現れたティダがつかつかと部屋へ入ってきた。カールが鞘から剣を抜いてシュナに背を向けた。


「婿殿。寝室なら別に用意してあります。」

「必要ない。剣を収めよ。」


ティダが先に手に握っていた棒状の武器を足元に落とした。好機とばかりにカールが剣を振り上げた。


「止まれカール。」


ピタリとカールの動きが停止し、それからカールはゆっくり腕を下ろした。愚かな真似は意味が無さそうだと判断してシュナは立ち上がるとカールの隣に立った。ティダの後方に気絶している護衛兵の姿がある。四軍でも中々の実力の二人が声もあげぬうちに倒れたのか。噂通りティダの腕は立つようだ。


「御用は?」

「夫が妻を訪ねる理由がいるか?」

「片腹痛いわ。回りくどいのは好きではない。単刀直入に話してもらおう。私は貴方を見定めて戦力として手の内にしようと考えていた。我が四軍には兵力が必要だ。」


ティダが困ったように眉を下げた。


「戦争の為に?」

「生きる為だ。」


ティダの黒曜石なような目がじっとシュナを探るように見つめる。


「そうか。協力しよう。お互い日陰者同士通じるところがあるはずだ。だが争いは好まない。」

「ふん。後ろの惨状が物語るのとはえらく乖離した主張だな。シュナ様こんな嘘つき必要ありません。」


カールが手を握って親指だけ立てた。それからその手で自身の喉元を一文字になぞった。それも勢いよく。血気盛んそうな女だ。


「じき目覚める。そしたらあの者達に謝罪する。俺は妻の真実の姿を知りたかった。」

「いつ察した?初めてだ。」


シュナの疑問にティダはすぐには答えなかった。生まれてから共に育ったカール、それから亡き母の残した親衛隊しかシュナの頭が正常だとは知らない。見破られた事など一度もない。


「願望だ。妻が噂通りの愚図で意思疎通出来ないのは流石に困る。言っただろう。俺は妻以外を女として愛さない。」

「その言葉。変な男だな。まるで私を愛そうと言っているようだ。気が触れているのか?」

「美しい声だ。会話も成り立つ。努力するには十分だ。いくつもの女を抱えるのも権力に群がる女も虫唾が走る。誓いを立てたからには従う。」

「ならば誰か妾を選ばせてやろう。形だけの夫婦だ。好きに本物の嫁を取るがいい。代わりに四軍で励んでもらおうか。」

「今日の騎馬隊で一際大きな旗を掲げたのはそのカールだろう。あのように慕われる者なら人生を共に歩む価値がある。シュナ。お前で良い。」


心の底からの本心、と言うようなティダの顔付きにシュナは呆れて何も言えなかった。あまりにも嘘があからさま過ぎて心配になる。何を企てているかはこれから探れば良いが頭は悪そうだ。こんな見え透いた餌にこちらが釣られる可能性は零。己の醜さと扱いは誰よりも自分が知っている。見え見えの嘘のなんたる白々しさ。


「承知した。カール。彼を用意してある寝室へ。それから護衛をつけてやれ。しばしこの変人を見てやろう。」

「護衛と監視ですね。ティダ。ついてこい。」


カールがティダの横まで足を進めても、彼はジッとシュナを眺めていた。カールに腕を掴まれたティダがカールを軽く突き飛ばした。


「一人で下がれ。俺はここで休む。互いを知るのに共に過ごす時間は多い方が良い。」

「認める訳が無いだろう!馬鹿なのか貴様!さっきから大人しく聞いていれば下手な嘘ばかり。姫への侮辱の数々!許さぬ!」


カールがティダの胸倉を掴んだ。酷く冷えた目線をカールに向けてティダが鼻で笑った。


「信義な兵という評価は間違いだったか。手を離せ。疑うなら初夜を見張ってろ。勘弁して欲しいがな。」


ティダが告げた言葉の意味にシュナの全身に鳥肌が立った。嫌々そうな顔はシュナには向けられない。ティダはカールに出て行って欲しいというように、カールを睨んでいる。昼間の婚儀での態度といい、ティダの一挙一動が積み重なり早くも騙されそうだ。ここまでくると清々しい阿呆だ。


「どう言う意味だ!」

「主を愛そうという男の発言を侮辱だとはよく言えたものだな。心の中では見下しているのだろう。器量好しの典型だ。むしろ忠義の皮を被っている分たちが悪い。」

「屁理屈を!貴様が信用ならないだけであろう!折角のシュナ様の温情を踏みにじる無礼者め。付き人もなく贄として差し出された体とっとと蛇に食わせて……シュナ様?」


シュナはカールの背中に揺れるマントを掴んだ。


「私と同じ道化。目的の為なら手段を選ばない。それなら遊んでやろうではないか。下がれカール。」

「シュナ様……。」

「どうせ手を出さぬし出しても勃たぬ。私が絞め殺されたらその後は分かっているな?」

「分かりました。」


カールがふてくされた顔をしてティダの服から手を離した。それからティダを睨みつけると扉へと歩いて行った。気絶している兵士を揺さぶって起こそうとしているカールの後ろにいつの間にかいたティダが扉を閉めた。カールが苦々しげにティダを睨む顔が扉で見えなくなっていった。


「これから宜しく頼む。」


ティダがシュナに手を差し出した。ティダが床に落としたトンファーが消えている。注意不足だ。やはり殺されるのかと、手を握らずに逃走方法を検討する。走り出そうとした瞬間にふわりとシュナの体が浮いた。


「寝台はどこだ?入るまでは寝室かと思ったが違うのだろう?」


横抱きにされて呆気に取られていると、ティダがもう一度聞き直した。


「本気なのか?」

「どうせ老いれば醜い。見た目など大した意味はない。俺が反応できなければ暗がりにすれば良い。声には興奮できそうだ。」

「あははははははは!いいぞ。私も手段は選んでこなかった。清々しいわ!」

「心外だ。」


ティダが少し寂しげに微笑んだ。こうまでして何を成したいのか必ず皮を剥いでやる。


「下ろせ。地下室だ。」

「そうか。」


ティダは素直にシュナを離した。ソファの奥の狭い空間に体を入れて隠し扉を解錠し、扉を押して半分回転させた。


「地下室が化物の住処だ。似合うだろう?ようこそ婿殿。歓迎する。」


ティダがシュナの手をそっと握った。司令塔の時と同じように優しくそうっと。シュナには確信があった。本能は騙せない。


真っ暗な闇の中、ティダはシュナの骨ばって形のおかしい体を触り寝具へ押し倒した。躊躇う様子もなくシュナの体を触り続ける。遠慮なく口にも体にもキスが注がれる。いつ殺されるかという恐怖、そして愛撫による妙な高揚が混じる不思議な気分だ。男はここまで醜くても打算で女を抱こうとするのかと冷静な気持ちで横たわっていた。


「そんな目で見られると流石に萎える。皆年老いれば醜くなる。見た目に価値などない。」

「ここまでして何を求める?」

「嘘はない。誓いと運命に従う。あと直感だ。」

「直感?」


シュナは押し入ろうとされる痛みに顔を歪めた。ティダがそっと頭を撫でた。


「俺は必ずベルセルグに舞い戻る。優秀な片腕が必要だ。そして互いを裏切らない相手でなくてはならない。シュナ綺麗な髪だな。」


その一言でシュナの身体から思わず力が抜けた。押し入ってきたティダの背中にシュナは思わず手を回した。痛みと屈辱と期待が揺れる体でぐちゃぐちゃに混ざる。

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