第17話 インポッシブル
とてつもない風切り音と、バタバタと激しくはためくロングコートからの騒音を一身に受けながら、目的地点を目指し、落下していく。
当初は地面と平行に全身を広げて落下していたのだが、思いのほか風の影響を受けるのと……これが一番の理由だが、予想よりも落下速度が遅くて暇だったので、今では頭を下にして垂直降下の状態をとっている。
空気抵抗の大きさをここまで実感する日がくるとはなぁ……
先ほどの倍以上のスピードでの落下に伴って、地面がみるみる迫ってくる。
でもこれ……マズくないか?
着地は問題なくできるが、その際にとんでもない轟音と衝撃を辺りに響かせるのは間違いない……
更にはいくら速いとはいえ、このスピードじゃ黒い何かが庭に落ちてきたってバレると思う……
直接城壁に飛び移るなら、角度と速度のおかげでまぁ誤魔化せる気はしてた。
だが、空から垂直に落ちてくるとなると、仮に空を見ていなくても兵士の位置によっては気が付かれる気がする……
結局こうなるなら、最初からこうすれば良かった……
俺は自分の考えの浅さに呆れながら、この状況に対処すべく動き出す。
背中を強く意識し、力の開放を”ソコ”のみに行うイメージを明確に持つ。
元の自分にはないこの部分の存在を、強く意識できるのは、まぎれもなくゲームのレオンのお陰だろう。
ソレは俺の呼びかけに答え、自らを解き放つために実体化をはじめ……一気に展開された!
本来であれば相容れることのない、この2つの存在。
しかし、相容れてしまった矛盾な存在。
俺が”人間種”ではないことの象徴ともとれるこの翼――――
そんな大層な物も、意識すれば思い通りに動いてくれる……
「ヨシ……」
俺はその場でクルリと一回転すると、翼をはためかせ、更に加速。
SF映画なんかを観た時によく”ワープ”なんて言う表現を目にする。
戦艦の艦長がワープを宣言するのと同時に、目の前の星々が線のようになり、とてつもなく離れている目的地にもあっと言う間にたどり着いているアレだ。
俺の視界もそんな風に変化……するんだろうと、転移したての時はそう思っていた。
でも、実際は違った。
”龍”と戦った時もそうだったし、今もそうだ。
速度が恐ろしく速くなっていることは認識しているのだが、不思議なことに俺の視界はその速度に反比例して世界がゆっくりと動いていくのだ。
自分なりの解釈にはなってしまうが、この”身体”がこの速度に対応できることの証明みたいなものなのだろうと思っている。
ただ凄まじい速さで突き進んでいくだけならば、そこまで難しいことではないと思う。
それこそ元いた世界で、ロケットエンジンでも括りつければ驚くような速度がでるだろう。
でも、その速度域で対処ができるだろうか?
景色が伸びていき、線だけ世界が視界に広がるということは、つまり対処できる限界を超えているということの表れではないだろうか?
そんな無駄ごとを考えながら、目指していた生垣の中心地から少しズレた自分の位置を翼を微妙に動かし修正する。
これで狙い通りの場所に降りれそうだ。
緩やかに動いていく視界にも、ついに地面が迫ってくる。
この速度でぶつかれば、俺は無傷だったとしても、地面に大穴が開くことは間違いないどころか、城すらも衝撃で大破するかもしれない。
翼をはためかせて急ブレーキをかける?
仮に止まることができたとして、それを可能にする風量を発生させると、正直周囲への被害は大差ないだろう。
勿論両方とも却下だ。
じゃあどうするのか?
簡単なことだ。
その場で急停止すればいい――――――
俺は地面とぶつかる直前に身体を地面と平行に向け、翼を全開にする。
すると俺の身体はピタリとその場で停止した。
何事もなかったかのようにそのままゆっくりと庭に降り立つと、翼は飛散するように消えていく。
俺のこの翼は、鳥達の翼とは根本的に違う。
鳥達が翼で揚力を発生させて飛ぶのに対して、この翼は掴むことで跳んでいる……こう表現するのがしっくりくる気がする。
じゃあ何を掴んでいるのか? となると思うだのが、この翼がつかんでいるのは空間。
――――――空間をつかんでいるので、空中で停止する際に翼は動かない。
――――――空間をつかむので、空中でも思うままに急な動きができる。
つまり……今のような急停止を行うことができる。
そして、翼も俺も、この急停止の衝撃に難なく耐えることができる。
ありえない? でもありえてしまったんだ……この身体は。
周囲の様子を探る。
警報みたいな音が鳴るでもなく、兵士達の怒号が聞こえてくるでもなく……
どこかに噴水でもあるのだろう。規則正しい水の落ちる音が穏やかに辺りに響いているのみだ。
「潜入成功……かな」
返事が返ってこないとわかっていてもつぶやいてしまう。
物足りなさを感じながら迷路のような生垣の外に出るべく移動を開始したのだが、意外に手が込んであったこの迷路……最終的に左手法を用いて攻略した……
生垣を飛び越えたら……負けな気がしたからだ。
「くそ……こんなとこでゲーマーの血が騒ぐとか……」
出口を振り返りながら迷路に悪態をついていると、背後から声をかけられた。
「お? 無事に生還できましたかな?」
しまった……とんだ間抜けだ。
無駄な達成感に気をとられ、気配を探るのを忘れてた。
しっかり意識しとかないと、こいつらの気配はすぐに頭から外れる……
「ええ……なんとか」
とりあえず質問に応えながら声の方に振り向く。
「中々やりますね。先日挑戦した方は中から助けを呼んでいたのですが」
声をかけてきたのは、門番と同じような兵士なのだが……あれ? 警戒されてない?
「では、引き続き滞在をお楽しみください」
そう言うと兵士はスタスタと庭の奥へと消えて行ってしまった。
「もしかして客と認識してくれたのか? あ~そういうことか」
俺は自分の背後を見る。
そこにあるのは空の2つのホルスターだ。
俺の前に入っていった商隊の護衛達が武器を預けてたな……
つまり……
空のホルスター=正門をパスしてきた客人
こう言う認識になってくれてるんだな。
となると、堂々と城の中を歩いてても不審がられないってことか。まぁ場所にもよるだろうが……
そうと分かれば、とりあえず城の中に入って誰かに謁見の間の場所を聞けばいいな。
俺は近くに見える城への扉を目指すのだった。
――――――――――――
あとがき
ご意見、ご感想、☆評価、レビューなど是非お気軽にお寄せ下さい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます