第8話 黒髪の被疑

執務室を思わせる室内から、魔導街灯によって幻想的に照らされた街並みをミビタは窓越しに見下ろす。


室内には主となる照明があるようなのだが、今は間接照明だけを使用しているようで、室内は比較的暗めだ。


壁面にはびっしりと分厚い本が収納されており、大事にされてはいるようだが、


どれにも使用感というか、適度にくたびれていることからみて、これがインテリアではなく、


実用書としてここに存在しているということがわかる。


本棚の一角には数冊分の隙間があり、その隙間に収まるであろう本は、執務机の上に置かれ、


一冊はどうやら読みかけのようだ。



タイトルは……


魔導ノ断リ禁忌至ル業 第六章――――――


開かれていたページを見てみると、どうやら己の限界を超える……


それを可能にする儀式……そのような内容について書かれているようだ。


下のほうに目を向ければ、やはり……かなりレアな素材やおぞましい物に高位の術者を必要としており、


なによりとてつもないリスクを伴う……と言う一文が見えた。



「くそっ!!」


外を見つめていたミビタは突然声を荒げると執務机に戻り、ショットグラスのような物に注がれた液体を一気にあおる。


ミビタの眉間に深いシワが刻まれた後、大きなタメ息とともにそのシワがゆっくりと消えていく。


すべてのシワが消え去るのと同時に、ミビタはドカッと執務机に備え付けられていた椅子に腰かけた。


どうやらかなり強い酒だったようだ。


先ほどまでの苛立った表情が、幾分かではあるが穏やかになっているのがわかる。


「…………くそ」


そして今度は心の底からにじみ出た様に呟いた。




コンコン――――




目を閉じ、椅子に体を預けきり、考えることをあきらめかけていたミビタの意識をノックの音が呼び戻す。


「なんだ?」


「確認が終わりましたので、一応報告に……」


ドアの外からの返答にミビタは深いため息を着いた後、


「入れ」


ぶっきらぼうに声をかけた。


普段のミビタでは決して見せないひどい態度だ。


自身の部屋に戻ってきているから……勿論そんな理由もあるだろうが、


このような態度をとる理由は、まず間違いなく別の要因による所が大きいのは誰が見ても明らかである。


「失礼します」


そんなミビタの返答に少しばかり萎縮しながらも、リプスとの取引の際、後ろに控えていた部下の女が部屋へと入ってきた。


ミビタはその女を確認すると再び目を閉じる。


「先ほどの取引の金貨ですが、書面に書かれていた枚数分、きっちりと入っていました」


ミビタの眉間に少しばかりしわが寄る。


「私は確認しなくていいと伝えたはずだが?」


「ですが……さすがにそのままポンと金庫に入れるわけにもいきませんでしたので……」


女の言うことはもっともだ。


個人的に受け取った祝儀袋などの中身を、確認せずにそのまましまっておくならまだしも、


商会の売上金として回収した物を、取引相手の言い分を鵜呑みにし、そのまま……というのは無理がある。


そんなことをした方が大問題だと思うのだが、ミビタは自分の言いつけに背いた部下達に苛立ちを見せる。


「先ほどの御令嬢のことをそこまで信頼していらっしゃったのですか?」


ミビタのなかなか治らない機嫌に女はたまらず声をかけた。


「信頼だと!? 笑わせるな……信頼などしているものか!」


ミビタの目が開かれ、部下の女を睨みつけた。


「で……ではなぜです?」


今までで一番大きなタメ息を突きながらミビタは頭をかきむしる。


そのせいで整えられていたオールバックの髪型が崩れ、だらんと前髪が垂れる。


それに伴って、まるでミビタ自身に影が差したような印象を受けた。



「あの女が……あの場面で、金額をちょろまかすなんて言う真似をすると思うか?」


女の部下は少し考える。


「それをしないと考えているミビタ様は、やはり信頼しているから……ではないのですか?」


「逆だ。私はあの女を一切信頼などしていない」


ミビタはショットグラスに再び酒を注ぐと一気にそれを飲み干す。


「中身を確認しなくていいといったのは、単純にあの女はそんな手を使わないと思った……いや、そんなことをすると言う考えが恐らくない……と感じた」


女は首をかしげる。ミビタの言葉が理解できていないようだ。


「あの女が提示してきた金額があったな?」


「ええ……ミビタ様が客側の提示金額をあんなにあっさり飲まれるとは驚きました」


「部下の育成は早急な課題か……」


女の返答にミビタはボソボソとつぶやく。


「あの金額だが……今回の取引において、私が最終的に落とし込む予定としていた金額と下二桁しか違わなかった」


女もやっとのことでミビタの苛立ちの原因を理解し始めたようだ。


「優秀な効果付きの道具を153種類だぞ? それに細々した物も合わせたすべての合計金額の差額が下二桁だ!!」


ドンッ!!


ミビタが執務机を力いっぱい殴ったため、空のショットグラスが暴れる。


「事前に準備できる物のリストは渡してはいた。それにしてもだ! あの女はこの2日間市場を見て回っただけでこの金額を導き出したという……」


女は思わず口を押えた。


「向こうの要望として、馬鹿みたいに安い金額を提示されるのなど日常茶飯事だ。あの女と初めて会った時”価格交渉は致しますが”と言った。今回もそうなるだろうと踏んでいたらこれだ」


「ミビタ様の予定金額とほぼ同じ金額を提示してきた……」


「今回の品達がいかに特別かを説いた後、一般的な価格を提示し、そこからあの金額に落とし込むことによって、うちがどれだけ優良な商会かを知らしめ、今後に繋げるはずだった! それだけじゃない! 成功報酬まで含めてだぞ! これがどういうことかわかるか? あの女はうちの商会の必要経費などを割り出しているということだぞ!?」


「確かに……」


「ありえない……ありえないだろ!?」


ミビタの怒りは再び燃え上がろうとしている怒りを収めようと、部屋の中をせわしなく動く。


「全てあの女の手のひらの上で転がされていたんだ。私があれ達を多数所持していたことも恐らく漏れていたに違いない。ウズウェルの紹介で気が緩んだ。魅力的な話だと思った……有力令嬢との人脈……」


「この数日の間で町でも話題になっていましたね。”黒髪の美姫びき”と……」


「……私から言わせれば”黒髪の被疑びぎ”だ」


ミビタは執務室内にあるソファに座り込む。


「まず……ウズウェルに近づいたのは私と接点があることを事前に調べた上だろう。私のもとに直接来るのではなく、ウズウェル経由とは恐れ入る……」


ミビタはソファにもたれかかり天井を見上げる。。


「ウズウェルは仕事柄、貴族連中との繋がりが濃い。そこからの紹介ともなれば私の注意も緩むからな。そして何よりあの風格だ……あれを見せられれば疑う余地がなくなる」


「ええ……確かにあれは今まであってきたどの貴族……もしかしたら王族以上でした」


「そうだ。実際私も信じきった。これは大きなチャンスになると」


「ミビタ様がこの話を持ち帰ってきたとき、私共もそう感じました」


「予定が狂いだしたのはあの女と朝市で会った時だ……」


ミビタが女の方に顔を向ける。


その眼光は鋭かった。


「大誤算だ……あの女には物の是非を見極める確かな”眼”があった!」


「鑑定魔法ですか……」


「ああ……それもとびっきりだ。さらにあれは先天的な物だ。努力や術式でどうにかなる類のものじゃない! あれのせいでそれなりの道具をあてがおうという私の予定がまず狂った」


「以前買い付けたあれですね」


女にもこの道具に思い当たるものがあるのだろう。


「ああそれだ。あれであれば及第点といえる出来のはずだ。苦情を言われるような物でもあるまい。最初の取引として相応しい物だと考えていたのに……」


「あれを出してはだめだったのでしょうか?」


「あの女の後ろについている……”父上”という話が本当だとすればだが、その父上は間違いなく大物だ。それもとんでもなくな。その人物との人脈が欲しいのに、あの女の鑑定の段階で門前払いをされては意味がない。それどころか、ミビタの名にどんな傷がつくかわからない」


「ほかの貴族達との取引にもかかわってくると?」


「そうだ。この程度の物しか用意できないと思われれば次はない」


「では、納期を伸ばす……など交渉することはできなかったのでしょうか?」


「そこで効いてくるのがウズウェル経由だ……あれが間に入っていなければ、うちの評判を下げることを最小限に食い止めながら、準備の時間を作ることも可能だったかもしれないが、あれが同席している前で契約を結んだのだ。期限までに用意できませんでした……などと言ってみろ。あの自分の利益以外には口の軽い男のことだ、貴族中にあることないこと吹き込んで回るぞ。あの男は上手く使えば見返りは大きいが、しくじれば痛いしっぺ返しを食らうからな。あの女は恐らくここまで考えてのウズウェル経由なのだ。このことにより退路を断たれ、あの品達を出すほかなくなった。これだけ頭の回る”ただの”令嬢がいてたまるものか。私はとても美姫などと呼ぶ気にはなれない」


「そこまでお考えをめぐらされていたのですか」


女はひどく関心をしている。


「先の先の先……最低でもそれくらいは読めるようにならなければこの世界ではやっていけはしない」


ミビタは乱れた前髪をやっと指でかき上げる。


「あの品達をものにできたのだ、さぞ満足したことだろう。極上ともいえる道具達だ。姿を見せなかった付き人の内の誰かは間違いなく父上に一報を入れるために走っただろうさ」


「すべてはあの令嬢の思った通りに事が運ばれていった……だから金額をごまかすなどという小さなことはしない……」


「する必要がないだろう? それに……どうせ……いや……なんでもない」


「…………確かに、おっしゃる通りです」


「あの女がただ物ではないことは間違いない。貴族というのが本当で、貴族のままいてくれるならまだいい」


「貴族のままでですか?」


「あの経済力とあれだけの”眼”の持ち主だぞ? 私達側の世界に踏み込まれてみろ!? パワーバランスが一気に崩れる。そうなられては私がのし上がっていくためにここまで積み重ねた物全てが崩壊しかねない」


「すでに足を踏み入れているという可能性はないのですか?」


「ない。言い切れる。あれほどずば抜けた者が出てきていれば目立たないわけがない。優れたアイテムなどは根こそぎ持っていかれるぞ。そういった事例は……聞いたことはない。

………私が初めてだろう」


「では……今回の取引はうちにとっては大失態ということなのでしょうか?」


「いや……そうとは言えないから恐ろしいのだ」


「恐ろしい……ですか?」


ミビタは前かがみになり組んだ指の上に顎を乗せる。どうやらこれはミビタの癖のようだ。


「商品には満足している様子だった。今後の人脈は問題ないだろう。ミビタの名にも傷はついていない。支払いも間違いなく即現金払いだ」


「つまり?」


「この取引自体は何の問題もなく終わったのだ。得体の知れないもの相手だったことと、見透かされた金額と言うとてつもない不気味さ……を残してな」


この事実に女は何か言おうとしたが、言葉が見当たらず開いた口はそのまま閉じられた。


女の表情がみるみる曇っていくところを見ても、考えれば考えるほどに不気味なこの取引の謎から、不安にかられているのだろう。


お互い無言のまま時間が過ぎていく中で、女がやっとのことで口を開く。



「次の取引の件なのですが……」


「ああ……そうだな」


「大丈夫でしょうか?」


「予定が大きく狂いすぎているが大丈夫だ。あてはある」


「流石はミビタ様です! 正直に言いまして、商品を用意できないのではないかと一同心配しておりました」


「イレギュラーな取引が飛び込んできたせいでバタバタとしたが、次の取引が商会にとって大きなものだ。ミスは許されない」


「はい! 一同気を引き締めてかかります。 では準備がありますから私はこれで」


「頼む。明日の夕刻までには揃えておく」


女はミビタに頭を下げると執務室から出て行った。




執務室に静けさが戻ると、ミビタは立ち上がり、再び窓際へと移動する。


「次だ。今度こそは、私の思惑通りに運ばなければ……」


先ほど見えたミビタの影――――


消えたかに思われたのだが、街並みを見下ろすその表情に、深く寄り添っていた。




――――――――――――――――――――

あとがき


読者の皆様ご愛読ありがとうございます。

更に、評価や応援をしてくださっている皆様。

本当にありがとうございます。通知があるたびにすごく喜んでいます。

これからも面白い作品になるように努力していきます!



そして、お知らせです。


この小説の素敵すぎるメインの絵を描いてくださった双木ロウカさんTwitterID(@hmhm_rouka)が、なんとファンアートを描いてくださいました!!

描いてくださったのはルーウィン王子です。

ロウカさんのTwitter上に掲載されていますので是非ご覧ください!

自分のTwitterID(@zintojp)でもリツイートしております。

よろしかったら絵の感想をロウカさんに伝えてあげてくださいね。



自分の小説を読んで、ロウカさんが思い描いてくれたルーウィンです。

すごい主人公してますよね! かっこいい!!

この物語の主人公ですと言われてもすんなりと入ってきま……


あれ? リプスにイヴまで……どうした?


あ……待って! 待ってください!! 勿論この物語の主人公はレオ……


ひぃ………


【完】

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