第21話 たった一つの危険な橋(10)
ロッテと別れ、地図に従って川沿いの界隈を一人で周り始めた。
ただブラブラと歩くのではなく、キビキビとした物腰で歩を進め、時折足を止めて周囲を見回す。
暇そうな屋台の店主たちに声をかけ、世間話をした。
「私、今さっき東南区から来たんですけれどね……最近、街で子どもの誘拐が多いじゃないですか? それで今朝がた、東南区で子供が保護されたらしくて……」
そんな感じで話題を切り出し、相手の眼をじっと見る。
店主たちは大抵その段階で、
(何だこの女……怪しいぜ。保安隊の犬か?)
と、不審そうな表情を浮かべた。
彼らは商売柄、一度見た顔は忘れない。
見かけたことのない女が、いきなりこんな話題を切り出してくれば怪しむのも無理はないだろう。
それがリサの狙いだった。
彼らに聞き込みをして、チャンを含む誘拐師一味の情報を得られることは、はなから期待していなかった。
もちろん、目撃情報でも聞くことができればそれに越したことはない。
だがそれよりも、
「東南区から来たっていう妙な女、知ってるか?」
「杖を持った長い黒髪の女だろ? それなら俺のところにも話を聞きにきたぜ?」
「お前もかよ! あの姉ちゃん、誘拐師の件で探りを入れてこなかったか?」
「ああ、してきたしてきた。あれさ、保安隊の密偵じゃねえのかな」
「やっぱりお前もそう思う? 俺もそう睨んでたんだけどよぉ」
「へへ、やっぱそうかあ。いやしかし、それにしてもいい女だったなあ」
といったような噂を広めることが一番の目的だった。
最後の『美女だったかどうか』はこの計画の成否に特に関係はないが、個人的には重要なことである。
酒場、茶店、散髪店、露店の立ち並ぶマーケットと、人が集まり噂話の飛び交う場所を選び、とにかく片っ端から歩き回って話をした。
リサに対して逆に探りを入れてくるような者や、いかにも長話が好きそうなおばさんなどは早々に話を切り上げる。
今は何より、広く浅く顔を売りまくることが先決だ。
それにそういう連中は、思わせぶりに話を一方的に切れば、尾ヒレや背ヒレをつけて噂を広めてくれる。
(でもこれで、今後は東北区で仕事をやりにくくなるかもしれませんが)
元々、まるで縁のなかった地区だけに不利益はないが、自分の知らない所で根も葉もない噂が信じられるというのはあまり気分のよいものではない。
だが、そうも言ってはいられないのが、今のリサの状況だ。
(さてさて、ロッテは上手くやってくれているかしらね)
彼女に頼んだのは、東北区を根城とする情報屋たちとの接触だ。
東南区ではそれなりに有名な彼女も、この地区では全く無名である。
そこで、ザイツの紹介ということにして彼らと通じ、裏社会にリサの存在を広めようというのが狙いであった。
街の噂話とは違い、彼らが扱う裏社会の情報は金で売り買いする商品だ。
重要度と緊急度、そして確度によって値段は様々であり、特に緊急度の高いものはあっという間に広められる。
「最近頻発している誘拐師のアジトが東北区ということを、保安隊が突き止めた」
「東南区の『人斬りグイード』が精鋭の『亡霊』部隊を今日、東北区に派遣した」
「その件に絡んでか、東南区の女傭兵が東北区で昼間から探りを入れてきている」
「その女傭兵は、保安隊ともグイードとも懇意にしているらしい」
「黒髪にポニーテールの若い女で、えらい美人らしい」
といった数々の情報とリサの似顔絵が、ロッテから彼らに流される。
最後の情報はやはり本件とは直接の関わりはないが、きっとロッテのことだから伝えられているだろう。
これらの情報は、街の噂話とは違う。
最後の件も含め、全て紛れもない事実だ。
後はこの情報を入手した者たちが、それぞれの情報をどう結びつけて考えるか、である。
ある者はリサを保安隊の密偵と考えるだろうし、グイードに雇われて探りを入れていると推測する者もいるだろう。
保安隊はともかく、なぜグイードが動いたのかを訝しむ者も当然いるはずだ。
裏社会に生きる連中は、街の『気配』に敏感だ。
見知らぬ者が動く気配を察すれば、ある程度以上の権力を持つ者や用心深い者、それに後ろめたいことのある者は警戒を強める。
また、リサのようにフリーで動いている者の中には「ここで一稼ぎしてやろう」と目論む者もいることだろう。
そうやって、街を『刺激』するのがリサの狙いだった。
当然ながら、これらの情報は誘拐師どもの耳にも届く。
連中がよほどの間抜け揃いでない限りは、裏社会の情報には常に気を配っているはずだ。
ましてや彼らは昨晩、仕事をしくじっているのだから。
情報を入手した首領がどう動くか、それが問題だ。
選択肢はいくつかある。
「荷物をまとめてさっさとアジトを引き払う」――一番安全な選択ではあるが、無闇に動けばかえって目立つ恐れもあるだろう。
「ここが潮時と考え、足を洗う」――そんな殊勝な連中ではないだろうし、保安隊の密偵程度でそこまで震え上がったりはしないはずだ。
「密偵など気にせず、これまで通り誘拐稼業に精を出す」――そこまでトンマな集団とは思えない。もしそうであればリサの仕事も随分楽になるが、とっくの昔に保安隊に捕まっていただろう。
「とりあえず、その女傭兵が何者かを探る」――これが最も妥当な選択だ。
保安隊は別として、グイードについては目的が不明だ。
リサもまた彼らにしてみれば目的が不明な存在ではあるが、少なくとも『亡霊』よりはくみしやすい相手と考えるだろう。
(もっとも、グイード様と誘拐師どもが裏で繋がっているとしたら、事情はだいぶ変わってきますけれどね)
名前こそ伏せて行動しているが、正体はすぐにバレるだろう。
リサが動いていると知れば、グイードはどのような対応を示すか。
だが、いざとなればアーシュラとザイツの手勢がリサの後ろには控えている。
危険ではあるが、絶対に助からないというほど絶望的ではない。
リサはその後も東北区の界隈を周り、夕刻の鐘が鳴る頃、ザイツにあらかじめ指定された木賃宿へと向かった。
(続く)
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