第五章 彼は静かに怒る
第463話 彼は静かに怒る①
「――申し訳ありません」
明け方。ムラサメ邸の一室にて。
ライガは両手を突き、深々と頭を下げた。
「現在も捜索中ですが、件の娘の行方は未だ掴めず……」
「……そうですか」
上座に坐すコウタは嘆息した。
「重ね重ね申し訳ありません」
ライガは顔を上げて渋面を浮かべる。
「監視までつけて、よもや脱走に気付かぬとは……」
「……いえ」
コウタはかぶりを振った。
「あの状況で彼女の失踪に気付かなかったということは、恐らく通常ではあり得ない手段で消えたのでしょう」
「……あり得ない手段?」
ライガは眉をひそめて反芻した。
「……御子さま。それは一体?」
「ボクにも確信はありません」
コウタは微かに双眸を細めた。
「ですが、失踪は彼女の意志ではないと思っています」
言って立ち上がった。
「引き続き捜索の方はお願いします」
「……は」
ライガは再び頭を下げた。
コウタは「よろしくお願いします」と一礼して退室した。
コウタは渡り廊下を進む。
すると、ややあって、一人の少女の姿を見つけた。
騎士服姿のエルである。
彼女は険しい顔で腕を組み、コウタを待っていたようだ。
「エル」
「……うん」
エルはコウタの顔を見つめた。
「そちらの捜索はどうだった?」
コウタはかぶりを振って、
「ごめん。何も掴めなかったよ」
「……そうか」
エルは表情に陰りを落とす。
「私たちの方もだ。まったく足跡が掴めなかった」
「……そう」
コウタとエルは並んで歩き出す。
「流石におかしい」
コウタは言う。
「そもそも護衛者が二人もいたんだ。彼らは並みの戦士じゃない。彼らに全く気付かれずに行方をくらませるのはあり得ない話だ」
例えば、コウタやアルフレッドならば、脱出は出来る。
だがしかし、それは護衛者たちを無力化させてだ。
彼らに一切気付かれずに姿をくらませることまでは出来ない。
「では、ホランは一体どうやって?」
エルがコウタの横顔に目をやった。
「分からないけど……」
コウタは眉をしかめた。
「仮に護衛者たちに気付かれず部屋の中に入れたのなら。そしてその人物が
「……
エルは一瞬怪訝そうに眉をひそめるが、すぐにハッとして、
「そうか! 異界の宝珠か!」
「……うん」
コウタは神妙な顔で頷いた。
「あれなら誰にも気付かれずに彼女を拉致できる」
「……ホラン」
エルは眉を逆立てて拳を固めた。
「もし、そうだとしたら、ホランがああも変わってしまっていたのは……」
「……うん。以前にも誰かに拉致されて、そして――」
コウタは言葉を詰まらせる。
彼女は誰もが認めるような美しい女性だ。
もし、彼女を攫ったのが男であるのならば、もはや言葉にも出来ないような凄惨な目に遭わされた可能性は極めて高い。
そして、洗脳同然の行為を受けたのだろう。
「…………」
エルは唇を強く噛んだ。
自分もその身で経験した異界の宝珠。
だが、自分は良かった。
一緒にいた相手がコウタだったからだ。
あの異界での思い出も幸せなモノばかりだった。
しかし、相手が外道ならば、あの異界は最悪の場所になることだろう。
どこにも逃げだすことも出来ない閉ざされた世界。
まさしく悪夢そのものである。
「……誰がホランを……」
「……分からない。けど、あの黄金の少年ではないと思う。あの少年は基本的に傍観者気取りだと零号は言っていたから」
一拍おいて、
「相手はたぶん、彼から宝珠を受け取った人間だ。ただ、ボクやメルたち。アヤちゃんを始めとする焔魔堂の人たちは、ホランさんとほとんど接点がない。昨日、初めて彼女のことを知ったぐらいだ。彼女を拉致する理由なんてない」
「…………」
エルが無言で渋面を浮かべた。
そして、
「可能性が高いのは私の騎士団の人間か……」
そう呟く。
コウタは返答できなかった。
「信じたくはないが……」
エルは、重々しくかぶりを振った。
「確かにその可能性は高い。だが、親衛隊は流石に除外できると思う。全員が今もホランを心配して探している。可能性があるのは――」
親衛隊以外のメンバー。
しかし、彼らは彼らで父王がエルのために選出した精鋭たちだ。
ゴルド=バイクを筆頭に古参の騎士たちもいる。
そんな彼らの中に、裏切り者がいるとは考えたくはないが……。
「……分からない。一体誰がホランを……」
「現時点でホランさんと一緒にいなくなっている人がそうなんだろうけど、あの異界は時間の速さが違うから、もう戻ってきていると思う」
その間に、どれほど彼女が傷つけられたかなど想像も出来ない。
それを思うと胸が強く痛む。
「その人物はすでに帰還して騎士団に潜んでいる。再度ホランさんを洗脳してどこかに潜伏させて、自分自身は何一つ知らない顔をして騎士団に紛れ込んでいるんだ」
温厚なコウタにしては珍しく、明確な不快感を露にして告げた。
「ボクたちだと、その正体を掴むには時間がかかってしまう。もたもたしている内に次の手を打たれてしまう。けど、これ以上、後手に回る訳にはいかない。何より、これ以上、傷つけられたホランさんを放っておくことなんてできない」
決意の拳を固める。
エルも頷いた。
「しかし、どうするのだ? コウタ」
そう尋ねるエルに、
「うん。ボクの推測はメルやアルフたちにも話している。メルたちの力も借りるよ。特に不本意ではあるけど、ここはその道の元プロの彼女の力を借りようと思う」
コウタはそう答えた。そして一つの部屋の前で立ち止まる。
「入るよ。みんな」
言って、襖を開ける。
その和室にはメルティアたちがいた。
メルティアを始め、リーゼにアイリ、アヤメ。アルフレッドとジェイクに、アンジェリカとフラン。零号とサザンXの姿もある。
コウタの一行だ。この部屋に集まってもらっていたのである。
そしてもちろん、今回最も頼りにさせてもらうことになる彼女も――。
「……リノ」
コウタは彼女の名を呼んだ。
「……どう? 目星がついた?」
「うむ」
名を呼ばれた彼女――人身売買組織・《黒陽社》の元最高幹部にして社長令嬢。
リノ=エヴァンシードが立ち上がった。
そして――。
「いるぞ」
はっきりと、彼女は宣言する。
「騎士を気取っておるが、外道の匂いを漂わせておる男がの」
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