第四章 黒意の騎士

第459話 黒意の騎士①

 御前試合は多くの人間が集まることになった。

 行われるのは焔魔堂本殿の中庭。

 中央には本殿へと続く石畳の道。左右は整地された地面だ。

 普段ならば中庭は広く開放されているのだが、今は本殿を中心に、胸の高さほどの敷居を並べて囲っている。

 その外には、多くの見物者がいた。

 当然ながら、そのほとんどは焔魔堂の里の者だ。


 そして本殿の前。

 そこには、左右に分かれて二つの勢力が集まっていた。


 右側は焔魔堂サイド。長老衆に護衛の者たち。

 その中でも、明らかに特別そうな座席にはメルティアたちの姿もあった。

 リノやリーゼだけではなく、アルフレッドやジェイク、アヤメや零号、サザンXの姿まである。コウタ以外の全員がそこにいた。みな豪勢な椅子に座っている。

 まあ、その中でもメルティアはいつものごとく着装型鎧機兵を装着しているため、王者のような貫録を放っていたが。


 左側は、聖アルシエド王国サイド。

 腕を組んで座るエルを筆頭に騎士たちの姿がある。

 ゴルド上級騎士や、ダイアンもそこにいた。

 ちなみにエルはずっと不機嫌そうだった。

 メルティアたちを見て、ふくれっ面を浮かべている。

 本当は自分もそっちサイドなのに、と目が訴えかけていた。


 これが両サイドの面々だ。

 なお、武舞台となる予定の中庭には、すでにホランの姿があった。

 商人姿ではない。

 木刀を片手に、エルと同じ白い騎士服を纏っている。

 腰には短剣も帯刀し、今は静かに瞑想して佇んでいた。

 まごう事なき、凛々しき女性騎士がそこにいた。

 ただ、その心奥がいかなるものかは誰にも窺い知れないことだが。


『……思っていたのより』


 メルティアが呟く。


『凄く大掛かりな舞台になりましたね』


「ええ。確かに」


 リーゼが頷く。


「多少舞台は整えるとは思いましたが、ここまでの規模になるとは……」


 そう言って、舞台の外に目をやる。

 見物者の数は十や二十どころではない。

 下手をすれば、二百人近くはいるのではないだろうか。

 まさかの大舞台である。


「……うん」アイリも頷いた。


「……むしろ身内だけで小さく片付けると思ってた。ねえ、アヤメ」


 そこでアイリは隣に座るアヤメに目をやった。


「……どうしてここまで大掛かりになったの?」


「それは私にも分からないのです」


 アヤメはアイリを見やり、かぶりを振った。


「こればかりは長老衆の意向なのです。コウタ君も今頃ビビっていると思うのです」


「……まあ、これはコウタの趣味じゃねえよな」


 ジェイクが、観衆に微苦笑を向けて言う。


「あいつ、なんか平民であることにこだわりを持っているような節もあるからな」


「……はは」


 その感想に対し、アルフレッドが苦笑いを浮かべた。


「コウタにとっては災難だね。けど、何となくこれの意図は分かるよ」


「ええ。そうね」


 アルフレッドの隣に座るアンジェリカが腕を組んで首肯した。


「ヒラサカ君の現状からすると、要はこれってお披露目なのよね」


「ああ。なるほどの」


 リノがポンと手を打った。


「そのために今回の件を利用したのか。渋々ながらも試合を承諾したのはこの思惑があってこそか。焔魔堂……中々に食えん奴らよな」


『……どういうことです?』


 着装型鎧機兵の中でメルティアが眉根を寄せた、その時だった。

 ――ドォンッ!

 突如、大きな音が鳴り響く。

 それは連続して轟く。

 音に合わせて、零号とサザンXが「「……セイセイセイ!」」と何かを叩くように腕を動かしていたので、それが太鼓の音だとすぐに気付いた。

 太鼓の音が轟くたびに、観衆の声も大きくなっていく。


「メルティアさま。要するにこれは」


 アルフレッドが、メルティアを見て言う。


「アンジュも言った通り、彼らにとってお披露目なんです。一族に対するコウタの」


『え? 何故コウタを……』


 と、メルティアが疑問に思った時、


「――控えよ」


 長老衆の一人。

 ハクダ=クヌギが立ち上がって告げた。


「我らの御子さまのご出座である」


 その声は決して大きくはない。

 だが、興奮し始めていた観衆は一気に静まった。

 ゆっくりと。

 スローペースになった太鼓の音だけが場を包む。


 そうして――。

 焔魔堂本殿の奥から一人の人物が現れた。

 アロンの赤い和装に黒い手甲と脚当て。両手には異形の黒い長剣と木刀。

 炎が刺繍された白い羽織を纏った少年。

 焔魔堂の御子。コウタ=ヒラサカである。


(コ、コウタ……?)


 メルティアは、思わず息を呑んだ。

 静謐な和装は、黒髪黒眸のコウタにはとてもよく似合っていた。

 今のコウタ自身が無表情なのでさらにである。

 ただ、コウタ自身は極度の緊張で表情が固まってしまっただけではあるが。

 コウタもこんな状況になるとは思っていなかったのだ。


 しかし、ここまで来てしまっては止める訳にもいかない。

 とにかく、平然を装って中庭へと降りていく。

 その姿が、静謐かつ勇ましい装束もあって実に雰囲気がある。

 長老衆は立ち上がって頭を垂れ、観衆たちも御子の姿に魅入っている。

 敵である騎士たちも息を呑んでいた。

 そしてメルティアを始め、《悪竜》の花嫁たちは揃ってコウタを見つめていた。


 誰も言葉を発さない。

 初めて見るコウタの姿に、彼女たちの誰もが言葉を失っていたのだ。

 そんな中、


「コウタの奴、緊張してんな」


 親友の気安さか、ジェイクが苦笑を浮かべた。


「アロンの和装か。ありゃあきっと御子さま用に拵えたモンなんだろうな」


「うん。そうだね」


 アルフレッドが頷く。


「メルティアさま。さっきの話ですが」


 一拍おいて、アルフレッドは言う。


「要は焔魔堂の人たちは、この試合の場を、自分たちの主君たる御子を一族にお披露目する儀式の場として利用した訳なんです」


 そのための大観衆だった。

 恐らく可能な限りの一族を集めたのだろう。


「リノさんの言う通りだ。長老衆はかなり強かなようですね」


 と、アルフレッドは長老衆を一瞥して言った。

 アンジェリカやフラン、またジェイクは、アルフレッドの言葉に納得するように頷いていたが、肝心のメルティアは聞いていなかった。


 ただ静かに――。


(……コウタ)


 愛しい少年の凛々しい姿に、少女として心をときめかせていた。













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