第452話 御子の凱旋④

 その頃。

 謁見を終えたコウタは、とある部屋に向かっていた。

 エルの部屋ではない。

 まだ会議中の可能性もあるので、先に会うべき相手の方に向かっていた。

 渡り廊下を歩く。

 その手には、短剣化した断界の剣ワールドリッパ―を携えている。

 そうして、その部屋の襖の前で止まった。


「コウタだけど、入っていい?」


 そう尋ねると、「……ウム。入ルガイイゾ」と声が返ってきた。


「じゃあ入るよ」


 コウタは襖を開けた。

 小さな和室。そこには小さな人影があった。

 紫色の鎧と短い竜尾。ちょこんと乗った小さな王冠。

 自律型鎧機兵ゴーレムたちのリーダー機。零号である。


「おはよう。零号」


「……ウム。オハヨウ」


 互いに挨拶して、コウタは零号の前まで進むと、そこで胡坐をかいた。

 そして断界の剣ワールドリッパ―を零号の前に置いた。


「アドバイスありがとう。この剣には本当に助けられたよ」


「……ウム」


 零号は満足そうに頷く。


「……脱出、見事ダッタゾ」


「うん。ありがとう。けど、零号。単刀直入に聞くね」


 コウタは真剣な眼差しで零号を見据えた。


「ボクを『御子』に指名した人。焔魔堂の里の人たちが言う『勇猛なる御方おんかた』って零号のことなんでしょう?」


 そう尋ねる。

 これは、あの異世界に囚われた時からずっと考えていたことだ。


 ――あの異世界についても。

 ――この剣に関しても。


 零号はあまりにも知っていることが多すぎる。

 そして、それは適当な出まかせではなく真実ばかりだった。


「……君は何者なんだ? 零号?」


 コウタは、静かな眼差しを見せる。


「……いや、もしかしてゴーレムたち全機が……」


「……ソレハ違ウゾ。コウタ」


 零号は言う。


「……弟タチハ、紛レモナク、メルサマノ愛シ子タチダ。違ウノハ、ワレダケダ」


 そう告げると、同時に零号の影が大きく伸びた。

 コウタが瞠目する中、影は壁にまで伸びて三つに分かれる。

 それは一つ一つが竜頭を象っていた。


「……ワレダケハ……」


 竜頭の一つが、アギトを開いた。


「……零号機ヲ、ヨリシロ二シテイル」


「……依り代」


 コウタは反芻した。


「ライガさんが会話した相手ってやっぱり君なんだ」


「……ウム」


 三つの竜頭が首肯した。


「……アレハ偶然ダッタ。懐シサモアリ、声ヲカケタ」


「……そう」


 コウタは、視線を零号機の方へと向けた。

 小さなゴーレムは完全に沈黙していた。


「零号の本来の人格はどうなっているの?」


「……零号ハ、最初カラ眠ッテイタ」


 竜の影が答える。


「……意図シタ訳デハナイガ、ウマレタ直後二、ワレノ意識ト一体化シタノダ。ソノタメ上手ク起動デキナカッタノダロウ。今モ眠ッテイル」


「……そっか」


 コウタは竜の影に目をやった。


「じゃあ、君がボクやメルと一緒に過ごした零号なんだ」


「……ウム」


 竜頭たちが頷いた。


「……ソレハ、間違イナイ」


「……なら」


 コウタは瞳を閉じた。


「ボクは君を疑わない。君がメルを傷つけないことは誰よりもボクが知っている」


「……感謝スル」


 竜頭たちは双眸を細めた。


「……ワガ誇リニカケテ、誓オウ。ワレハ、メルサマヲ必ズ守ルト」


「……うん」


 コウタは少し表情を和らげた。


「それを聞けたら充分だ。けど、やっぱり気になるからもう一ついいかな」


「……ナンダ?」


 竜頭が問う。


「……ナニヲ、キキタイ?」


「君がゴーレムじゃないのは分かったよ。メルの味方をしてくれることも信じている。けど、君は一体何者なんだ?」


「…………」


「君が焔魔堂の主であることも分かっている。けど、君の名前を、長老さんたちは一度も口にしなかった」


「……ウム。ソウダナ」


 竜頭たちが首肯した。


「……コウタハ、ワガ御子ダ。ワガ名ヲ伝エテモ、ヨカロウ」


「……いやいや。その御子っていうのも君と相談したいんだけどさ」


 コウタは頬を引きつらせてそう言うが、竜の影は構わず続ける。


「……焔魔ハ、名二重キヲオク戦士ダッタ。ソノ子ラガ、ワガ名ヲ、伏セルコトモ分カルガ、ソレ以前二――」


 そこで竜の影たちは器用に苦笑をして見せた。


「……有名スギルノダ。悪名デハアルガ」


「へ? そうなんだ?」


 コウタが少し驚いた顔をした。


「それって君の世界でのこと?」


 コウタは、何となくだが、零号を依り代にする『御方おんかた』が、ステラクラウンの住人ではないと察していた。

 異世界の存在などいうとリアリティが全くないが、なにせ、閉じ込められていた二年間といい、ここ最近は超常現象の体験が多すぎた。

 異世界という言葉にも、違和感を覚えなくなっていた。


 すると、竜の影は――。


「……確カニ、ソコデモ有名デハアルガ、実ハソノムカシ、コノ、ステラクラウンデ、カナリノ迷惑ヲカケタコトガアル」


 一拍おいて、


「……ワガ名ハ、コウタモ、知ッテイルハズダ」


「え? そうなの?」


 コウタは目を瞬かせた。

 竜頭たちは「……ウム」と頷き、


「……デハ、改メテ名乗ロウ」


 同時にアギトを動かした。

 そして――。


「……ワガ名ハ、煉獄王バロウス


 初めてコウタの前で、彼は名を名乗った。


「……煉獄ヲ統ベル魔王。ワガ名ハ《煉獄ノ覇竜ディノ=バロウス》デアル」


 ――と。









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