第422話 グッドエンディング➄

 コウタは苦戦を強いられていた。

 それも仕方がない。

 処刑刀を失い、さらに今は同乗者がサザンⅩのため、《悪竜ディノ=バロウス》モードも使用することができないのだ。ノーマルモードではこの白い鎧機兵とは出力が違いすぎる。


 ――ゴウッ!

 風を切る刺突を、《ディノス》は重心を横にずらしてかわした。


(……強いな)


 コウタは、冷たい汗を流した。

 素性が分からず、実力も読めない。

 かなり困惑する相手ではあるが、その力量は脅威であることは確かだ。


(それにあの機体、恒力値だけじゃない)


 一見するとオーソドックスな機体だが、人工筋肉、鋼子骨格ともに相当に強靭だ。

 洗練な剣技に紛れて出してくる荒々しい闘技。あの無茶な機動にも耐えている。下世話な言い方になるかもしれないが、とんでもなく高価な機体なのだろう。


『逃げるなあ!』


 そんな叫びと共に、恒力の奔流を纏って白い鎧機兵が襲い掛かってきた。

 後方へ跳躍する《ディノス》。

 長剣が振り下ろされ、またしても大地に陥没が生まれた。

 この広場は、もはや爆撃の後のような惨状になりつつあった。

 だが、それでも、敵機に目に見えた消耗はなさそうだった。


(無茶な機動による自滅も期待できないか)


 斬撃を回避しながら、コウタは考える。


(《三竜頭トライヘッド》モードなら使用可能だけど……)


 あのモードは《ディノス》の消耗が激しすぎる。

 第一の竜頭を解放しただけでも、使用後は必ずメルティアにメンテナンスをしてもらっていた。メルティアが傍にいない今、出来ることならば使いたくない。


(くそ、せめて代わりの剣があれば――)


 と、考えていた時だった。


「……ヌ?」


 おもむろに、コウタの腰を掴んで後ろに座っていたサザンⅩが口を開いた。


「……コレハ、ドウイウ状況ダ?」


「え?」


 敵機に目を向けたコウタは尋ねる。


「いや、どういう状況って……あ」


 ふと思い当たる。


「もしかして零号?」


「……ウム。ソウダ」サザンⅩは頷いた。


「……サザンⅩノ、カラダヲ、カリテイル」


「そっか。じゃあ、やっぱりメルは近くにいるんだ」


「……ウム。リノモ、リーゼモイル」


「……良かった」


 コウタはホッとした。

 どうやら、ライガと戦闘にはなっていないようだ。

 だが、今となってはコウタの方が結構ピンチだった。


「……戦闘中ナノカ?」


「うん。そう」


 胴薙ぎから《ディノス》を回避させて、コウタは頷く。


「知らない人に襲われている。武器が砕かれちゃって苦戦しているんだ」


「……ヌ?」


 零号は首を傾げた。


「……剣ガナイノカ? 焔魔ノ里二、焔魔ノ大太刀ハ、ナイノカ?」


「は? え?」


 零号の問いかけに、コウタは困惑した。


「え? どういうこと?」


「……死シタ尾カラ、ヒトガ造ッタ、カノ剣トハ違ウ。アレハ、生キタ牙カラ、造ッタ。意志ト、命ガアル剣ダ。コウタガ危機ナラ、来ルハズダガ?」


 そこで零号は「……ナルホドナ」と頷いた。


「……マダ、出会ッテナイノカ。ソレデハ焔魔ノ大太刀モ、勝手二ウゴケナイ」


「いや。何を言っているの? 零号」


 眉をひそめて、コウタが尋ねる。

 その間にも、白い鎧機兵の猛攻は続いていた。

 流石にもう《三竜頭トライヘッド》モードを使うしかないかと考え始めた矢先だった。


「……スマヌ」


 零号が、何故か謝ってきた。


「……今回ハ、メルサマニモ、コウタニモ、迷惑ヲカケタ。ユエニ」


 零号は、どこか遠くにいる何か・・に目を向けた。

 そして、


「……父タル、ワレガ許ス。ウヌガアルジノ元ヘ、馳セサンゼヨ」


 そう告げた。

 コウタが「え?」と呟いた時。

 ――フォン、と。

 唐突に、光の陣が上空に展開された。

 まるで鎧機兵の転移陣のようだが、紋様が見たこともないモノだった。

 コウタも、相手の白騎士もギョッとした。

 そして光の陣から、何かが出てくる。

 それは雫のごとく地表へと落ち、大地に突き刺さった。

 丁度、《ディノス》の目の前である。

 コウタは、茫然と眼前のそれを見つめた。


 ――それは、一振りの剣だった。

 恐らくは、鎧機兵用であろう巨大な直刀だ。

 剣腹は広く、刀身も柄も、闇よりも深い黒一色の剣である。


(……え?)


 だが、それはすぐに変化した。

 突如、猛烈な炎柱に包まれたのである。

 コウタが呆気に取られていると、


「……古キ姿ヲ捨テ、自ラヲ、鍛エナオシテ、オルノダ」


 零号がそんなことを言った。

 そうして数秒後、劫火は消えた。

 そこに突き刺さっていた剣は、明らかに姿を変えていた。

 柄と刀身は同じく漆黒だが、黒い蓮華座のような鍔が生まれていた。

 剣腹は広く、切っ先へと立ち昇るような黄金に輝く炎の紋が刻まれていた。


「……コウタ」


 零号が言う。


「……手ニトレ。コウタノ剣ダ」


「え? じゃあ、さっきのってやっぱり転移陣だったの? これって零号が喚んだの?」


 困惑するが、それ以上、質問している余裕はなかった。


『させるか!』


 奇妙な転移陣、不可解な現象ではあったが、目の前に武器が現れたのだ。

 白い鎧機兵は、例の地を抉る闘技で突進してきた。


 ――もはや、困惑している場合ではない。

 コウタ――《ディノス》は、目の前の剣を手に取った。

 引き抜いた黒い大剣の切っ先は、小さな片手斧のような形をしていた。

 ドクンッと大剣が喜ぶかのように震えた気がしたが、それに構う時間もない。

 すでに白い鎧機兵は、目前で長剣を振りかぶっていたからだ。


(回避は間に合わない! 剣筋を反らすしか!)


 相手の剣を見据え、《ディノス》は新たな剣を振るった。

 途端、

 ――ザンッッ!


(――――え)


 目を見開き、唖然とした。

 コウタはもちろん、相手の騎士もである。

 長剣は、半ばから切断されていた。

 それも、刀身に纏っていた恒力の奔流ごとだった。

 さらには切っ先が届いていないはずの、ヘルムの翼飾りの片方まで切断している。


「……は? ちょっと待って!?」


 あまりの結果に、コウタは思わず叫んでいた。


「なにこれ!? いま恒力の塊まで斬ったの!? ボクの《断罪刀》よりえげつないよ!? メルの新兵器!?」


 ほとんど衝撃もなく剣を振り抜いていた。

 信じ難いほどの切断力である。

 コウタは、モニター越しに新たな剣を凝視した。


「おっかな!? メル!? こんなおっかないの造ったの!?」


「……メルサマガ、造ッタノデハナイガ」


 零号が言う。


「……ソレハ、マダ、コウタガ、慣レテイナイダケダ。斬ルベキモノヲ、斬ル。コウタナラバ、三年モ修行ヲ積メバ、出来ルヨウニナル」


 一拍おいて「……ソレト、ソレハ、スデニ、焔魔ノ大太刀デハナイ。アトデ、アラタナ銘ヲ、ツケテヤレ」とも告げた。


「えええェ? なにそれ?」


 コウタが怪訝な顔を見せた、その時。


『――くそッ!』


 長剣を捨てて、白い鎧機兵は後方に大きく跳んだ。

 拳を固めて身構えるが、明らかに動揺しているのが分かる。

 やはり、アンバランスな相手だと思った。

 実力は一流以上だというのに、感情が巧く制御できていないようだ。

 いずれにせよ、形勢は逆転だ。

《ディノス》は、黒剣の切っ先を白い鎧機兵に向けた。

 これで撤退してくれればいいのだが……。

 静かに対峙しながら、そう期待していた時だった。




「……驚いたね」




 不意に、新たな声が聞こえた。


(――新手か!)


 コウタは表情を鋭くして声の方――頭上へと顔を上げた。

 そして、絶句する。

 そこには一人の少年がいた。

 白い騎士服。黄金の髪を持つ少年である。

 その髪の色にも驚いたが、最も驚いたのは彼が宙に浮かんでいたからだ。

 上空十五セージルぐらいか。そこに彼はいた。


『な、何者だ!?』


 と、白い鎧機兵が叫ぶ。

 どうやら騎士の方も知らない相手らしい。

 異様な光景に動揺しているのが、声から分かる。

 だが、それ以上に動揺していた者がいた。


「……ナン、ダト?」


 コウタの後ろに座る零号である。


「……何故、《奴》ガイル? ドウシテ? イヤ、ココマデ、チカクニイテ、ワレガ気ヅカナカッタ? イヤ……」


 零号は「……ヌウゥ」と唸った。


「……サザンⅩノ体ダカラカ。零号体トハ、定着率ガ違ウ。鼻ガツマッタ」


 そんなことを呟いている。

 コウタが「……零号?」と眉をひそめていると、


「……本当に驚いたよ」


 黄金の少年が、柔らかな髪をかき上げた。

 それから、《ディノス》を見やり、


「……まさか《煉獄》の武器を召喚する者がいようとはね」


 双眸を細める。

 対するコウタは、沈黙していた。

 ――こいつは危険だ。

 これまでの経験が、最大の警鐘を鳴らしていた。


「本当は」


 少年は言葉を続けた。

 いや、それは独白だったのかもしれない。


「ガンダルフとダイアン君に頑張ってもらって、僕は極力干渉しないつもりだったんだ。ここにいるのも『彼女』の目を盗んでの状況だしね」


 小さく嘆息する。


「けど、これは流石に仕方がないか」


 そう告げて、《ディノス》から黒剣に視線を移した。


「《煉獄》の武器を喚び出すような者は放置できない。僕が処理しよう」


『――待て!』


 その時、白騎士が声を張り上げた。


『お前は何者だ! どうしてガンダルフ司教の名を知っている!』


「……ん?」


 そう問われ、初めて気付いたように、少年は視線を白い鎧機兵に向けた。


「ああ。ごめん。君もいたね。う~ん、君は今回の報酬ってことでダイアン君とは話がついているんだけど……」


 腕を組んで少年は言う。


「まあ、彼の一番の望みは王になることだって言ってたし、代用は可能か。君にはお姉さんたちもいるそうだしね。うん」


 ポンと手を合わせる。


「ごめん。君にも退場してもらうよ。ここに居合わせたのも運命だ。君には彼のイブになってもらおう。大丈夫。きっとダイアン君の相手よりもずっと幸せだから」


『は? お前、何を言って――』


 と、問い質そうとした白い鎧機兵だったが、

 ――ふっと。

 唐突に消えた。跡形もなくだ。


(――――な)


 コウタは絶句した。

 少年を見やると、彼はいつ取り出したのか、水色の小さな宝玉を握っていた。


「僕はね。慈悲深いんだ」


 少年は言う。


「特に勇者には敬意を以て接したいと思っている。そう。君のような勇者にはね」


『………………』


 コウタは無言だった。

 何かしらの攻撃をした。だが、それが全く分からなかった。

 ひたすらに警戒だけをしていた。

 そんな中、少年は優しく微笑んだ。


「だから、直接手を下すような真似はしないよ。君には、すべてに満たされた場所で安らかな人生を送ってもらいたいんだ」


 言って、水色の宝玉をコウタの方へと向けた。


「……コウタ!」


 その時、零号が叫んだ。


「……アレハ、マズイ! 逃ゲロ!」


 その指示に、コウタは即座に反応した。

 渾身の力で《ディノス》が跳躍する!

 天へと羽ばたくような飛翔だ。

 ――が、


「遅いよ」


 少年は微笑んだ。

 慌てることなく《ディノス》を映すように宝玉を動かした。

 すると、


「……ふふ」


 零れ落ちる笑み。

 宝玉が過ぎ去った時、《ディノス》の姿はどこにもなかった。

 水色の宝玉の中に二つの光が現れた。

 そして――。


「では勇者殿。さようなら」


 優雅に一礼して、黄金の少年は告げた。


「どうか、彼女と良き終焉グッドエンディングを」

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