第360話 そうして、彼女は運命を知る②

 ぼんやりと光る大空洞にて。

 開口一番に、アンジェリカは、こう呟いた。


「……最悪だわ」


 アンジェリカは、愛機から降りていた。

 彼女の後方には、膝から火花を散らす《烈火帝》が仰向けに倒れている。

 アンジェリカは視線を壁の方に向けた。

 そこにいるのは、岩盤に背中を預けて座る大巨人である。

 大巨人も片膝から火花を散らしていた。


「ねえ! 大丈夫!」


 アンジェリカは両手を口元に添えて、声を掛ける。

 すると、大巨人――《フォレス》から『は、はい。大丈夫です』という声が返ってきた。

 突如、起きた地震と地割れ。それに巻き込まれた二機は、重なった状態で滑り台を勢いよく滑っていくように、この大空洞へと落ちてしまった。

 時間にして三分ほどだろうか。大分深い場所まで滑り落ちてきたようだ。

 二機の膝は、その振動に耐えきれず、損傷してしまった。


「私の機体は無理だけど、あなたの機体は立てる?」


 再び、そう声を上げると、


『残念ながら無理です』


 巨人の中から少女が言う。


『私の《フォレス》は自重が桁違いですから。流石に膝の損傷が激しいようです』


 そう返して、巨人の胸部装甲が開いた。

 アンジェリカは、少し目を丸くした。

 てっきり上に上がると思っていた胸部装甲が、城門のように横に解放されたのだ。

 しかも、その中から出て来たのは、玉座のような椅子に座るこれまた巨人だ。

 巨人は、ズシンと足音を立てて地面に立つと、大巨人の方に視線を向けた。


『零号。四十一号。六十三号』


 巨人――メルティアは尋ねる。


『あなたたちは出れますか?』


『……無理ダ』『……ウヌウ、ハッチガアカナイ』『……コッチモ』


「へ?」


 アンジェリカは、再び目を丸くした。


「もしかして、他にも人が乗っているの?」


『人ではありません』


 メルティアが、かぶりを振った。


『私が造ったゴーレムたちです。零号たち。一度、あなた達を帰還させてから再召喚します。問題ありませんか?』


『……ウム。問題ナイ』『……リョウカイ』『……ラジャー!』


 と、零号たちが答えた。

 メルティアは掌を《フォレス》に向けて彼らを一度魔窟館に帰還させた後、今度は自分の傍に掌を向けて、三機を再召喚した。


「ええッ!?」


 当然ながら、アンジェリカは驚愕した。

 目の前には、紫色の小さな愛らしい騎士たちがいる。


「なにこれ!? 分身!? あなたは分身を召喚できるの!?」


『彼らはゴーレムです。私が造った小型鎧機兵です』


「ええッ!?」


 目を瞬かせるアンジェリカ。

 そんなやり取りをしつつ、二人と三機は徐々に状況を把握していった。


『まさか、地面の下にこんな大空洞があったとは驚きです』


 メルティアが呟く。

 周囲を見渡す。

 空間としては三十セージルほど。天井までは二十セージルぐらいか。日の入らない場所だが、周囲はかなり明るい。岩盤そのものがぼんやりと光っているのだ。


『蛍蘭石ですね』


 メルティアが言う。


『恒力の街灯が波及されるまで重宝されていた鉱石です。そう言えば、この山は、昔は採掘場でもあったという話でしたね』


「ああ。そういう話だったわね」


 アンジェリカは、自分たちが滑ってきた穴に目をやった。


「まあ、明かりがあるのはありがたいけど、ここを生身で上るのは難しいよね」


 腰に両手を当てて、アンジェリカが渋面を浮かべた。

 傾斜が、かなりキツい上に先が見えないのだ。


「自力で脱出は無理か。救出に期待するしかないわね」


『そうですね』


 メルティアは、ゴーレムたちに目をやった。


『四十一号。あなたをもう一度、魔窟館へと帰還させます。お父さまへの救出要請をお願いできますか?』


『……ラジャー! マカセテオケ!』


 四十一号が親指を立てた。メルティアは手をかざして四十一号を帰還させた。


「うわあぁ……」


 アンジェリカが何とも言えない顔をした。

 説明は受けたが、流石にこれには驚いてしまう。


「便利よね。でも、ありがとう。これで救出は期待できるわね」


 そこで眉をひそめる。


「けど、フランの方は大丈夫かしら。向こうも似たような穴に落ちたみたいだし」


『それなら心配ないでしょう』


 メルティアが言う。


『向こうにはオルバンさんがいます。彼は、実力面でも、人格面でも、コウタが最も信頼している友人です。彼女はきっと無事です』


「……そうなんだ」


 アンジェリカは、メルティアの方を見た。


(まあ、それならそれでフラン、大丈夫かしら。好きな人と、こんなムードたっぷりのところで二人きりなんて……)


 今頃、ボンっと爆発していないか心配だった。

 ともあれ、フランの身の安全は大丈夫のようだ。

 あとは救出を待つだけだ。そして救出までには時間がある。

 そうなると、気になることがあった。


「あ、あの、アシュレイさん」


『……? 何ですか?』


 メルティアが、アンジェリカに視線を向ける。

 自分より頭二つは高い巨人に少し委縮しつつも、アンジェリカは口を開いた。


「じ、実は、あなたを幼馴染の達人プロと見込んで、ご相談があります」


 ……………………………。

 ………………………。

 ……………………。

 ……そうして。


「……というのが、私たちの現状なんです」


 アンジェリカは、メルティアに自分と幼馴染の関係を語った。

 語ること十五分。

 アンジェリカは正座を。メルティアは大きな岩に腰を降ろしていた。

 零号たちは、メルティアの左右に控えている。

 光景だけ見ると、罪人のお裁きだ。

 メルティアは沈黙していた。

 アンジェリカは緊張した面持ちで、ちらちらとメルティアに視線を送っていた。


『………はァ』


 メルティアは、力なく嘆息する。


『どこをどうすれば、そこまで拗らせれるのですか』


「あ、あう……」


 両手を膝に、アンジェリカは縮こまる。


『私も女なので、たまに恋愛小説などにも目を通すこともあります。最近の物語ではウザいけど可愛いという主に幼馴染系のヒロインがいるそうですね。私が見たところ、あなたは、それに近いと思います』


「……ウザカワ、ダナ」「……ウム。ウザカワダ」


 零号も反芻する。

 アンジェリカは「う、うん! そうかも!」と顔を上げた。

 可愛いという部分に反応したか、少し嬉しそうだ。

 もしかしたら、何かしらの光明を見たのかもしれない。

 しかし、メルティアは容赦がなかった。


『あの手のヒロインは、かなり過激にウザいです。幼馴染の気安さで迷惑をかける程度ならともかく、中にはパワハラにも近いモノもあります。ですが、それでも可愛いと言われるのは、抜群の容姿に加えて、マウントを取っているようで、必ずどこかでポカミスをしてしまうような隙を見せるからです。不意打ちに弱くて赤面するところがあるからです。ですが、あなたは……』


 はァ、と溜息をつく。


『まったく隙を見せない。どんな状況でも態度がブレない。拉致監禁までされてどうして強がれるのですか。率直な感想を言いますと、あなたは――』


 メルティアは、ビシイッとアンジェリカを指差した。


『ウザカワではありません。ただのウザい人です』


「――はぐッ!?」


 アンジェリカは、銃撃されたように仰け反った。


『もはや最悪のケースです。知ってますか? ウザい女を制裁するかのように「幼馴染ざまぁ」というタイプの物語もあることを』


「――ひぎゃあッ!?」


 アンジェリカは、電撃に打たれたように頭を抱えた。


『手料理で胃を掴むという言葉がありますが、あなたはストレスで相手の胃を制圧してどうするのですか。このままだと、アルフレッドさまに絶縁されてしまいますよ』


「~~~~~~~~~~~」


 アンジェリカは、もう言葉も発せられなかった。

 今にも灰になってしまいそうな感じだ。目も完全に虚ろである。

 メルティアは嘆息した。


『まあ、まだ完全な手遅れではないようですが』


「――ッ!」


 アンジェリカが、クワッと両眼を見開いた。

 そしてガバッと両手を地面につき、土下座する。


「――我が師マイマスター!」


『何ですか? その呼び名?』


「どうかご教授を! 私に起死回生の秘策のお授けくださいいィ!」


 もはや形振り構わない懇願だった。

 メルティアは着装型鎧機兵の中で「ええ~」といった表情を見せるが、ここで見捨てるのも忍びない気持ちになった。


『……そうですね』


 メルティアは、一応助言をすることにした。


『まずは、そのデレ0%はどうにかしてください。出来れば、デレ100%を目指してください。正直、あなたにはウザカワは無理です。あなたの場合、今さら隙を見せてもどうしようもなくウザいだけのような気がします。もう「ざまぁ」の対象にされてもおかしくないです。ですので、ウザいのを限界まで薄めて、どうにかツンデレを目指しましょう。長いツン期を終えたデレになるのです』


「デ、デレでございますか」


 アンジェリカは膝の上に両手を置いて、メルティアの言葉に聞き入る。


『次にそのおっぱいです』


 メルティアは、アンジェリカの豊かな双丘を指差した。


『あなたは、ちゃんとその武器を活用していますか? これまで、どれぐらいアルフレッドさまに触れさせてきましたか?』


「ふ、触れさすって!?」


 アンジェリカは、顔を真っ赤にした。


「そ、そんなことさせてる訳ないじゃない!」


『……愚かな』


 メルティアは、かぶりを振った。


『私も大きい方なので分かります。これは私たちにとって強力な武器です。いいですか。その武器を使う時の極意は一つです』


 着装型鎧機兵の中で、流石に頬を赤くしてメルティアは告げる。


『おっぱいは当たっているのではなく、当てにいくのです』


「……当たっているのではなく、当てにいく……?」


 呆然とした表情で反芻するアンジェリカに、メルティアは頷く。


『偶発的に当たるはずもないでしょう。だって胸ですよ? 女性が一番異性を警戒する部位です。あなたも女性なら分かるでしょう』


「た、確かにそうだけど……」


 アンジェリカは、自分の胸元に視線を落として頬を染めた。


「け、けど、そんなの恥ずかしい……」


『……はァ。ならば、私の経験も合わせて言い直しましょう』


 メルティアは、着装型鎧機兵の中で自分の胸元に手を当てて告げる。


『私だって異性に胸を触れられるなど御免です。恥ずかしいですし、きっと嫌悪感だって抱きます。ですが、コウタだけは別です』


 一拍おいて、メルティアは自分の考えを示す。


『私はコウタ相手なら抱き着くことにも躊躇いません。こうは考えられませんか。あなたにとってその人は、女性として最も警戒することを、信じて預けられる人だと』


「ッ! 我が師マイマスター!」


 アンジェリカは、目を見開いた。

 その表情は、まさに目からうろこが落ちた顔だった。


『あなたは、アルフレッドさまを信じていないのですか?』


「そんなことはありません!」


 アンジェリカは、立ち上がって叫んだ。


「私はアル君を信じているわ! 私のすべてを預けてもいいぐらいに! 私は――」


 大きく息を吸って、


「私はアル君を愛しているから!」


「「……オオォ」」


 今まで沈黙してたゴーレムたちが拍手を贈った。

 すると、アンジェリカは、自分がいま何を口走ったのかを遅ればせながら気付いたようで、カアアアっと顔を赤くして、再びペタンと座った。

 メルティアは少しだけ微笑んだ。


『分かっているではないですか。その想いがあれば充分です』


 顔を上げてメルティアを見つめるアンジェリカに、言葉を贈る。


『頑張ってください。きっと、まだ間に合います。幼馴染の絆を信じるのです』


「……我が師マイマスター


『まずはデレ0%からの脱却です。もう少し素直になってください』


 メルティアがそう助言すると、アンジェリカは子供のように頷いた。


我が師マイマスター。幼馴染ロードを極めし、偉大なる師よ」


 アンジェリカは立ち上がり、片膝を突いた。


「これからもご指導、ご鞭撻のほどをよろしくお願いいたします」


『……いえ。助言ぐらいはしてもいいですが、その変な名称は止めてくれませんか?』


 と、メルティアが苦笑を浮かべた、その時だった。

 ――ザ、ザ、ザ……。

 不意に、足音らしき音が響いた。


「え?」


『救出班? こんなに早く?』


 アンジェリカとメルティアが、足音の方に目を向けた。

 かなり大柄な人影らしきものが、こちらに近づいてきている。


「……ふむ」


 声が響く。

 かなり年配の男性の声だ。

 人影だったその姿は、徐々に明るくなっていった。

 やはり年配の男性だった。灰色の髪を持つ四十代の男性。

 同じく灰色の和装を纏う人物だった。


「すまんな」


 男は呟く。


「途中から話は聞かせてもらった。しかし、アンジェリカ=コースウッドよ」


 不意に名前を呼ばれて、アンジェリカは表情に警戒心を浮かべた。

 男は言葉を続ける。


「悪いが、お前の望みが叶うことはない」


「……どういう意味よ。それ」


 アンジェリカは、短剣の柄に手を添えた。

 本能が、この男が敵だと告げていた。


「……なに。簡単な話だ」


 その男。

 ライガ=ムラサメは、自嘲のような笑みを見せる。

 そして、


「お前の未来は、すでに別のもので決まっているからだ」


 淡々と、そう告げるのだった――。

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