第313話 嵐の予感③

 コツンコツン、と。

 石畳に足音を響かせて、少年は歩く。

 灰色の髪に、少年とは思えない鋭利で老獪な眼差し。

 黒いスーツで身を包んだ、レオス=ボーダーだ。


 時刻は夜の十時過ぎ。

 レオスが歩く場所は、お世辞にも治安のいい場所ではなかった。

 薄暗い路地裏。大通りには所々に設置されている恒力を利用した街灯も、この路地にはほとんどない。光といえば、月と星の明かりぐらいだ。

 大通りの賑やかさに比べると、まるで深夜のような路地。


 しかし、こういった場所こそ、レオスにとって落ち着く場所だった。


 コツンコツン、とさらに歩き続ける。

 奥に行くほど路地裏は、暗くなっていく。

 しばらくすると、明るい場所に出た。この路地では珍しい街灯のある場所だ。

 そこには、五、六人の男女がいた。

 全員が十代後半から二十代。ラフな服装をさらに着崩している。温暖な気候であるこの国は『五の月』末でも暑いため、半裸に近い者もいる。彼らは壁に背中を預けたり、その場に座り込んだりして談笑していた。


「……ふん。ようやくか」


 レオスが、ポツリと呟く。

 すると、屯っていた男女が「あン?」とレオスに注目した。


「何だ、このガキは?」


「新入りか? 誰が連れてきたんだよ」


 そんな声が聞こえてくる。

 レオスは気にせず足を進めた。

 と、そこでふと気付く。

 彼らの足元に、何かが落ちている。

 くしゃくしゃに丸められた包み紙のようだ。すでに、ほとんど人間を辞めているレオスには、嗅覚でそれが何を包んでいたかを判別できた。

 これは少々意外な物だった。


「……ほう。薬物か」


「あン? お前、『飴玉キャンディー』の客か?」


 と、一番の年長らしき男が尋ねてくるが、レオスは無視した。


「『平和の国』と謳っていてもこの程度のモラルか。いや……」


 レオスは、包み紙に目をやって苦笑を零す。


「失言だったか。薬物ではあるようだが、成分的にはただの興奮剤、軽い催淫効果がある程度だな。薬物と呼ぶにはお粗末な品だ」


 匂いだけで成分まで分析する。人外に至るほどの狂気の薬物を開発してきたレオスからしてみれば、随分と幼稚なものだった。


「多少の依存性はありそうだが、女をその気にさせる程度には役に立つぐらいか。くだらん。まあ、『平和』な国らしいといえば、らしいが」


「おい。ガキ」


 レオスの言い草が気に入らなかったのか、男の一人がレオスの胸倉を掴んだ。


「さっきから何をブツブツ言ってやがる。ぶっ殺されてえ――」


 レオスを威圧する男だったが、それ以上は何も言えなかった。

 レオスが、容赦なく男の股間を蹴り上げたからだ。

 ぐしゃり、と鈍い音を立てて、男は泡を吹いてその場に倒れ込んだ。


「年長者は敬え」


 レオスは、襟元を正して言う。


「何しやがる! てめえ!」


 レオスの太々しい態度に、二人の男達が跳びかかった。

 しかし、多少の腕自慢だろうが、所詮は素人の集団。

 もはや、半ば以上に人外である《木妖星》に敵うはずもない。


「元気なガキどもだ」


 無造作に向かってくる男の一人の喉を掴んだ。

 ギョッとする男を、軽々と引きずり寄せると、その場で勢いよく反転。目を剥くもう一人の方に放り投げた。


「ぐぎゃッ!」


 とても人間を投げたとは思えない勢いで激突する二人。

 そのまま二人は壁際にまで吹き飛ばされて、動かなくなった。


「て、てめえ!」「おい! 応援呼べ!」


 残りの者が騒ぎ出す。同時に女の一人が走り出した。

 恐らく応援を呼びに行ったのだろう。


「ああ。手間が省けていいな」


 レオスは双眸を細めた。

 次いで、残りの男達の方に視線を向ける。

 ――が、流石に半数を瞬く間に潰されて警戒したのか、男達はナイフを構えつつも襲ってくる様子はない。応援が来るのを持っているようだ。


「思のほか、冷静だな」


 レオスは少し感心した。

 意外と、自分の故郷のゴロツキどもよりも上等なのかもしれない。

 だが、このまま、ただ睨み合うのも何とも間抜けな姿だ。

 何より、これでは手持ち無沙汰だった。

 そこでレオスは、最初に倒した男の懐をあさることにした。

 ナイフを持つ男達は「何してやがるてめえ!」と恫喝の声を上げるが、やはりまだ襲い掛かってくる気配はない。

 レオスは、のんびりと探す。


「……これだな」


 暇潰しになる物は、あっさりと入手できた。

 黄色い包み紙に包まれた『飴玉キャンディー』だ。

 包み紙を剥がず。中から水色の『飴玉キャンディー』が出て来た。

 それを一度頭上に掲げてから、口に含む。コロコロと舌の上で転がした。『飴玉キャンディー』だけあってかなり甘い。


 しかし、これは……。


「……ふん」


 レオスは、皮肉気な笑みを見せた。

 同時にガリっと『飴玉キャンディー』を噛み砕き、吐き捨てた。

 水色の欠片が、石畳に散乱した。


「想像以上に不出来な品だな。口にする価値もない」


 と、そうこうしている内に複数の足音が響く。

 恐らく人数は二十人を超える。レオスは瞬く間に囲まれた。

 全員がナイフか鉄パイプなどで武装している。

 しかし、レオスに慌てる様子など微塵もなかった。


「ふむ。収穫としては充分だな」


 コキン、と首を鳴らす。


「まさか、この歳になって自分で現地調達する羽目になるとは思わなかったが、まあ、たまには初心に帰るのもよいか」


 レオスは、周囲の若者達を見渡した。


「さて、と」


 そして少年の姿をした怪物は、老獪な笑みを見せる。


「よくぞ集まったな。不出来な種子どもよ。何の実りもない貴様らを、少しは有効活用してやるから感謝するんだな」

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