第303話 義姉、戦場に来たる②
「……うお……すげえ美人……」
エドワードが、思わず喉を鳴らした。
ロックも大きく目を見開いて、彼女を凝視している。
「……おいおい」
一方、ジェイクは緊張していた。
「これは驚いたな」
「……うん」
コウタが頷く。次いで、ゆっくり廊下を進んでいく。
一歩一歩踏みしめて、義姉の元へ近づいていく。
よく見ると、サクヤの後ろには、ジェシカが控えていた。
(ジェシカさんも……)
失われた故郷で出会った女性。
彼女は義姉の友人だと言っていた。あの時、本当のことをすべて語ってくれた訳ではないが、恐らく、それだけは真実なのだと今も思う。
(後でゆっくり話を聞きたいな)
コウタが視線をジェシカに向けると、彼女はビクッと肩を震わせて姿勢を正した。
次いで、視線をキョロキョロと泳がせている。
どうも、コウタを直視するのを避けているようだ。
(前にちょっと酷い目にあわせちゃったから、苦手意識を持たれたのかな?)
そんなことを考える。
ともあれ、今はサクヤのことだ。
コウタは、さらに前に進んでいこうとした時だった。
「お、おい、コウタ!」
事情を知らないエドワードがコウタに声をかけてきた。
コウタは一旦足を止めて、エドワードの方に視線を向けた。
「あのすっげえ美人、お前の知り合いなのか?」
と、率直に尋ねてくる。
ロックの方は事情を知らずとも、コウタの緊張した雰囲気から沈黙しているのだが、エドワードはどうにも空気を読むのが下手な少年だった。
しかし、友人に問われては、無視も出来ない。
「……うん」
コウタは一度サクヤを一瞥してから頷いた。
「彼女は……その、ボクの姉さんなんだ」
「「…………え」」
その回答に、エドワードはもちろん、ロックも目を剥いた。
一拍の間を空けて、ロックが「ま、待て!」と叫ぶ。
「コウタの姉ということは、あの人は師匠の実の妹さんなのか!」
「嘘だろ!? こんな美人な妹までいたのかよ!?」
と、エドワードも愕然とする。
「へ? い、いや」
コウタは目を丸くした。
改めて見ると、サクヤの見た目はコウタと大差がない。
クライン村にいた頃と全く変わっていなかった。
顔立ち的には少しだけコウタに似ているので、実の姉弟と勘違いされたようだ。
「ち、違うよ。サクヤ姉さんは……」
と、コウタが慌てて誤解を正そうとした時だ。
不意に「クスクス」と、サクヤが片手で口元を抑えて笑った。
次いで、ゆっくりとコウタ達に近づいてくる。
「ふふ。あなた達はロック君とエドワード君だよね?」
「え、あ、はい」
「え? なんで俺らの名前を?」
と、困惑する二人に、
「初めまして。二人とも」
サクヤは微笑んだ。
それぞれ想い人がいるロック達でも思わず魅入ってしまうような笑みだ。
「私の名前はサクヤ=コノハナと申します。コウちゃんと、トウ……アッシュが、いつもお世話になっています」
言って、頭を深々と下げた。
ロック達は慌てて「ロック=ハルトです」「エ、エロ、いや、エドワード=オニキスっす」と挨拶を返した。
「けど、驚いたっすよ」
続けて、エドワードがボリボリと後頭部をかきつつ、
「コウタのことは聞いてたっすけど、まさか師匠に妹さんまでいるなんて……」
「いや、エド。それは違うよ――」
と、コウタが再度誤解を解こうとしたら、
「あら。それは違うわ」
サクヤ自身が、それを否定した。
「私はトウ……まだちょっと慣れないわね。コホン。失礼」
喉を軽く鳴らして。
「私はコウちゃん達とは同郷だけど、兄妹じゃないの」
「へ? そうなんすか?」
「ええ。それだとむしろ私が困るもの。だって、私はアッシュの婚約者だし」
………………………………。
…………………………。
…………数瞬の間。
「「―――はあっ!?」」
ロックとエドワードは声を張り上げた。
「こ、婚約者!? 師匠の!?」
「そんな話、初めて聞いたっすよ!?」
エドワードはコウタの方に振り向いた。
「マジなのか!? コウタ!?」
「う、うん」
嘘ではないのでコウタは頷いた。
「サクヤ姉さんは、兄さんの幼馴染で婚約者なんだ。ボクが生まれた時から面倒を見てもらってて……だから、ボクも昔から姉さんって呼んでて」
「お、おい……」
ロックが静かに喉を鳴らした。
「このことは、エイシスやフラムは知っているのか……?」
「えっと、それは……」
コウタが困った顔で頬をかくと、
「そうだな。少なくとも――」
様子を窺っていたジェイクが、代わりに口を開いた。
「ミランシャさんと、シャルロットさんは知っているよ」
「いいえ。彼女達だけじゃないわ」
すると、サクヤがかぶりを振って、微苦笑を浮かべた。
「全員、もう知ってるわ。その二人はもちろん、オトハさんも、ユーリィちゃんも、サーシャちゃんも、アリシアちゃんも、ルカちゃんもね」
そこで豊かな双丘を揺らして、胸を張る。
「なにせ、今から私は、その彼女達とお話をしに行くところだしね」
一拍の間が空いた。
目を瞬かせて沈黙するコウタ達。ジェシカだけは溜息をついた。
そして――。
「「「「――――はあああっ!?」」」」
少年達は、一斉に叫んだ。
「サ、サクヤ姉さん!? ミラ姉さん達に会いに行くの!?」
「ええ。これからのことを話しにね。けど安心してコウちゃん」
サクヤはグッと両の拳を固めた。
「私は誰にも負けないから! トウ――アッシュの正妻は私なのだから!」
「――正妻って!? サクヤ姉さん!?」
コウタは義姉の台詞に、ギョッとした。
「な、何をする気なの……?」
サクヤは淑やかな見た目に反し、意外と嫉妬深く、過激な一面も持っている。そのことをよく知るコウタは、思わず喉を鳴らして尋ねた。
すると、サクヤはふっと笑った。
「大丈夫。危ないことも、彼女達を傷つけるようなこともしないわ」
彼女は黒い双眸を細める。
「もう二度とトウヤを苦しめるような真似はしたくないから」
それは、とても小さな呟きだった。
一番近くにいたコウタでなければ聞き取れないような声だ。
(……ああ、そうなんだ)
コウタは察する。
そして微かに口元を綻ばす。
「サクヤ姉さん」
確信を以て、尋ねる。
「兄さんと、再会できたんだね」
コウタの問いかけに、ジェイクはハッとした表情を浮かべ、ロックとエドワードはキョトンとした。ジェシカは瞳を優しく細めている。
対し、サクヤは微笑んで。
「……うん。やっとね」
ただ、それだけを告げる。
片肘を抑えて、彼女は微笑み続けていた。
誰も声を出せずに静寂が続く。と、
「ごめんね。コウちゃん」
サクヤが、そっとコウタの頬に両手をやった。
「昔は私よりもずっと小さかったのに、今はもう私よりも背が高いんだね」
「……姉さん」
コウタは、彼女の腕を掴んだ。
――懐かしい。
本当に懐かしい想いが溢れ出てくる。
サクヤはそのままコウタの頭に手を回して、自分の胸元に寄せる。
――ぽふんっと。
コウタの顔は、サクヤの豊かな胸元に埋もれた。
「ごめんね。コウちゃんに会いに来るのがこんなに遅れちゃって」
「……サクヤ姉さん」
コウタの肩が微かに震えた。
サクヤは優しく義弟の頭を撫でた。
「一人でずっと頑張ってきたんだよね。村の皆がいなくなっても一人で」
「……………」
コウタは何も答えない。
ただ、先程より肩を震わせて、サクヤの腕をより強く掴んでいた。
――あの日から。
ずっと、ずっと頑張り続けてきた。
いつの日か、兄と義姉と再会できると信じて。
それがようやく叶った。
(……本当にサクヤ姉さんなんだ)
溢れる想いが強すぎて言葉もない。
そんな義弟を気遣ってか、サクヤはただ黙って少年の頭を撫で続けた。
そうして――。
「……うん」
おもむろに、サクヤはコウタの頭を離した。
コウタは顔を上げた。
泣いてはいない。けれど、とても幼く見える顔だった。
サクヤは義弟の頬に再び触れた。
「ようやくコウちゃんを抱きしめることが出来て、お姉ちゃんは嬉しいよ。本当はもっと抱きしめてあげたいけど……」
そこで手を離し、悪戯っぽく笑った。
「これ以上ギュッとすると、ジェシカが嫉妬しちゃいそうだし。そもそも私の胸はあなたのお兄さん専用だからか、続きはジェシカとしてね!」
「……え? ジェシカさん?」
コウタは目を瞬かせてジェシカを見つめた。
「……サクヤさま」
ポツリ、とジェシカが呟く。若干顔が赤く、少し怒ったような声だ。
「お戯れもほどほどに。コウタさんも困惑されています。それよりも……」
ジェシカは、ポケットから懐中時計を取り出した。
「そろそろ会合のお時間です」
「あら。じゃあ急がないと」
サクヤはコウタを始め、改めてロックやジェイク達に目をやった。
「じゃあ、私はここで失礼するわ。コウちゃん。今度はゆっくり会いましょう」
「え、あ、うん」
状況が分からないまま、コウタは頷く。
サクヤはジェイク達にも頭を下げた。
「それじゃあ皆さん。私は用があるので、ここでお暇します。コウちゃんのこと、これからもよろしくお願いしますね」
「あ、はい」「う、うっす」「……はい」
三人とも動揺しながらも頷いた。
サクヤは満足げに頷くと、
「じゃあ急ごうか。ジェシカ」
と、ジェシカに声をかけて早足で廊下を駆けていった。
あっという間に、サクヤ達の姿は廊下の奥に消えた。
残された四人はしばらく茫然としていたが、
「おい。コウタ」
おもむろに、真剣な顔をしたエドワードがコウタの肩を叩く。
コウタは「え?」と目を瞬かせた。
見ると、エドワードだけでなく、ロックも厳しい顔つきをしている。
ジェイクは額に手を当てて苦笑いを浮かべていた。
そして、
「とりあえずコウちゃんよ。あの姉ちゃんのこと、色々と教えてもらうからな」
エドワードは、意地悪く笑って告げるのであった。
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