第301話 駆け抜ける者たち③

 丁度、その頃。

 彼女達は、二人で並んで長い廊下を並んで歩いていた。

 一人は、頭頂部で蜂蜜色の長い髪を紅いリボンで結んだ少女。

 年の頃は十五~六。美麗な顔立ちに、スレンダーな肢体。纏う衣装こそ男物寄りのエリーズ国騎士学校の制服であるが、淑女の高貴さが溢れ出す姿勢で歩く少女だ。


 ――リーゼ=レイハート。

 エリーズ国・四大公爵家の一つ。レイハート家のご令嬢である。


「……まったく」


 リーゼは頬に手をつき、溜息を吐いた。

 それに呼応するように、同行者はリーゼの顔を見上げた。

 もう一人は小さなメイドさんだった。

 年齢は八歳か九歳か。歩くたびになびく薄緑色の長い髪の上に、銀色の小さな王冠が付けられたカチューシャを頭に付けた少女だ。

 幼いため、当然ながら幼児体型なのだが、その顔立ちの美しさはリーゼにも劣らない。

 が、それもそのはず。彼女は他者の《願い》を叶える能力と、美男美女ぞろいで知られる神秘の種族――《星神》の少女でもあるのだ。


 ――アイリ=ラストン。

 アシュレイ家に住み込みで働くメイド幼女である。


「……どうしたの? リーゼ?」


 アイリがリーゼに尋ねると、


「いえ。コウタさまのことですわ」


 視線をアイリに向けて、リーゼが呟く。


「最近のコウタさまは、いささかリノさんに構いすぎだとは思いませんか?」


「……うん。それは思う」


 アイリが、神妙な様子で頷く。


「……というより、あの人、コウタに抱きつきすぎだよ」


「……それは、わたくしから見れば、アイリもそうなのですが……」


 と、苦笑を浮かべた。

 すると、アイリは「……私はいいんだよ」と答える。


「……私はまだ子供だから、コウタに甘えるのは自然なんだよ。ユーリィ先輩だって、まだお義兄さんに甘えているみたいだし」


「まあ、そうですが……」


 そこで、リーゼは再び溜息をついた。


「正直、ないがしろ感がありますわね。このままではまずいですわ」


「……うん。そうだね」


 アイリは頷く。


「……私達は完全に押され気味だよ。ただでさえコウタの優先順位ってメルティアが一番なのに、あの人が割り込んできて出番が全然ないし」


「……確かに」


 リーゼは足を止めて考え込んだ。


(けれど、どうすればよいのでしょうか?)


 眉をひそめる。

 こういっては何だが、自分はすでにコウタの女である自覚がある。

 ――あの新徒祭の日。恐らく、彼から離れられる最後の機会に、結局、誇りから何まで根こそぎ食われてしまったのだ。

 だから、もう彼からは離れられない。

 自分は、悪竜の騎士の贄に選ばれたのだから。


(わたくしの心は、すでにコウタさまのものです。とは言え……)


 彼の力となることが本懐の贄といえども、寵愛は欲しい。

 それが女としてのリーゼの本音だった。

 だが、それがままならない。

 揺るがないアドバンテージを持つメルティア。

 あどけなさと、妖艶さを併せ持つリノ。

 あの二人の存在が、あまりにも圧倒的過ぎた。

 これを覆すには、生半可な覚悟では無理だろう。


(……ここはやはり)


 リーゼは、そっと自分の腹部に手をやった。

 いっそ一気に攻めに入るべきなのか。

 心だけではなく、名実ともにすべてを彼に捧げて――。

 と、難しい顔で考えていたら、


「……リーゼ」


「……え?」


 いつの間にか、アイリが彼女の前に立って睨みつけていた。


「……正直、それはずるいよ。それだけは私にはまだ出来ないし」


「……え?」


 再び呟く。が、すぐにリーゼは顔を赤くした。

 そして、あわあわと口元を抑えて。


「ち、ち、違いますわ! ア、アイリ! 誤解していますわ!」


 と、弁明するが、聡いアイリはジト目で睨みつけるだけだ。

 リーゼはますます赤くなった。


「……まあ、いいよ」


 すると、不意にアイリがそう呟いた。

 腰に手を当てて嘆息する。


「……私だけ不利だから、今はまだやめて欲しいのが本音だけど、それはもうただの時間の問題で、いずれは絶対に迎えることだし」


「ア、アイリ!?」


 リーゼは、耳まで真っ赤になった。


「……大丈夫だよ」


 対し、アイリは悟ったような笑みを見せた。


「……うん。それぐらい攻めてもいいよ。私も適齢期……というより、結構早めにお手つきしてもらって、一からコウタに教えてもらう予定だし。むしろ、コウタの経験が豊富の方がいいかも」


 両の拳を構えて、将来に意気込みを見せるアイリ。


「…………アイリ。少しお話をしましょうか」


 九歳児とは思えない問題がありすぎる台詞に、リーゼがアイリの両肩を強く掴んで、真面目な顔をした時だった。


「……ミツケタ!」


 不意に、そんな声が廊下に響いたのだ。

 リーゼ達は、キョトンとした顔で声の方に振り向いた。

 すると、そこには――。


「あら?」


「……ゴーレム?」


 ゴーレム達の姿があった。それも十数機もいる。


「どうかしたのですか――え?」


「……どうしたの――え、な、何?」


 ゴーレム達はいきなりリーゼ達に駆け寄ると、彼女達を持ち上げた。

 リーゼ達は目を丸くする。


「な、何を!?」「……え、え?」


 二人は困惑の声を上げるが、ゴーレム達は気にしない。


「……リーゼヲ、カクホシタ!」「……フクチョウモダ!」


 そう叫んで、一斉に走り出す。


「な、何をなさるの!?」


 リーゼが叫ぶと、


「……ダイジョウブ! キレイニトル! コウタノタメニ!」


 ゴーレムの一機がそう答えた。


「……え? コウタ?」


 アイリは目を丸くする。

 そうして、何も分からないまま、リーゼとアイリも連れていかれるのだった。

 この後、四人の乙女達はそれぞれの撮影所にて、ゴーレム達に熱く説得され、何だかよく分からないのに凄く乗り気になって、写真を撮られることになった。

 それも各自の身内がそれを見れば、遠い目をするのは請け合いの写真である。


 後日、四人は集まってこう話していた。


『な、何だったのでしょうか? あれは? ううゥ、あれはまずいですわ。わたくし、なんてことを……あんなに足を丸出しにして……』


『……はあぁ、何で私、あんなのOKしたんだろう? 気付いた時には、変なテンションになってて見たこともない服を着ていたし』


『……アイリもですか? 私もです。自分でもよく分からないのですが、気付いたら凄いハイテンションになっていました。衣装は……思い出したくありません。あのテンションは一体なんだったのでしょうか?』


『あのテンションは分からぬな。何というか、完全に押し切られるのじゃ。しかも、わらわなど二度目じゃぞ……』


 困惑して落ち込む四人。

 ともあれ、あの写真はコウタ専用だと聞く。

 とんでもない黒歴史の逸品だが、それだけが救いとも言えた。

 少女達は、ただただ沈黙した。

 ちなみに、この日に撮られた写真は合計で七枚。

 つまりサザンXが持っていた物も含めて、八枚の特別な写真が生まれたのである。

 これらは、サザンXも含めた選ばれし八機によって保管されることになった。

 彼らは『トレジャーズ・エイト』――後にさらに二枚増えて『トレジャーズ・テン』とゴーレム内で呼ばれることになるのだが、それはまた別の話である。

 ただ、いつの日か。

 この十枚の写真がコウタの手に渡るのか。

 それは、神のみぞ知ることだった。

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