第六章 宿敵再び
第285話 宿敵再び①
「……ふむ」
ラゴウは、香り立つコーヒーをすすった。
「中々美味であるな。意外と良い店だ」
「ふむ。そうじゃな」
そう告げるのは、同じように紅茶を飲むリノだった。
彼女の隣には、コウタとサザンXの姿もある。
それぞれ椅子に座っていた。
ここは、市街区にあるカフェの一つ。
裏通りにのっそりとある、人がほとんどいない店だ。
さびれた様子の店内にはカウンターに壮年の店主が立つだけ。最悪、刃傷沙汰も考慮してチョイスしたカフェである。
そこでコウタは二人の《妖星》とティータイムをしていた。
まあ、コウタ自身は一度もコーヒーに口を付けていなかったが。
(……まさかこの男までいるなんて)
静かに、丸テーブルを挟んで座るラゴウを睨みつける。
――《金妖星》ラゴウ=ホオヅキ。
コウタが初めて戦った《九妖星》だ。
あれから随分と時間が経った。コウタの力量もあの頃とは違う。
しかし、それでも緊張を隠せない。
優雅にコーヒーを楽しむ男に、全く隙が無いからだ。
恐らく今コウタが斬り込んでも、この男は容易く凌ぐだろう。
(やっぱり強い……)
危機感が募る。しかもそれに加えて――。
コウタは、リノにも目をやった。
《水妖星》リノ=エヴァンシード。
《地妖星》ボルド=グレッグ。
《金妖星》ラゴウ=ホオヅキ。
信じがたいことに、今この国にはその内の三人も来訪しているのだ。
率直に言って、とんでもない状況である。
(一体、何が目的なんだ?)
コウタは、目を細めた。
わざわざ《九妖星》が揃うなど企みがないはずがない。
(……もしかして、兄さんが目的なのか?)
表情を険しくする。
今は騎士ではないが、兄は《七星》の一人だ。
それも、今なお最強と謳われている。
そんな兄を倒すために、《九妖星》が揃ったとも考えられなくもない。
ただ、奇しくも《七星》もまた、この国に三人いるのだが。
「…‥そう身構えるな。少年」
その時、ラゴウが苦笑を浮かべた。
「色々と勘ぐっているようだが、企みなどない」
「うむ。そうじゃな」
リノが続く。
「少なくとも、わらわは義兄上に牙を剥くことはない。わらわの来訪の目的は、コウタに会うことと、義兄上にご挨拶することじゃからな」
(……それはそれで胃が痛くなるんだけど)
リノに敵意はなくとも、立場的には兄と敵対関係になる。
正直、リノについて兄がどう判断するかは、コウタにも分からなかった。
「挨拶は出来たのですか? 姫」
ラゴウが、リノに目をやって尋ねる。
「うむ!」
リノは、にぱっと笑った。
「まあ、コウタに連れられて中途半端にはなってしまったがな」
「そうですか」
ラゴウは、どこか困ったような笑みを浮かべた。
コウタは眉根を寄せる。
どうも、ラゴウとリノのやり取りに違和感を覚える。
――いや、これは《地妖星》に関してもだ。
「……そういえば」
情報は少しでも多く入手しておきたい。
コウタは、率直に尋ねてみることにした。
「《地妖星》もそうだったけど、どうしてお前達はリノを『姫』と呼ぶんだ?」
リノとラゴウ達は同格の地位だ。
しかし、《地妖星》と《金妖星》の態度は、リノを敬っているようにも見える。
二人に比べてまだ幼い少女であるにも拘らずに、だ。
二人の性格といえば、それだけのことかもしれないが。
「ふむ? 何だ? ヌシは知らんのか?」
すると、ラゴウは不思議そうに眉を寄せた。
続けて、リノを見やる。
「まだ話されてなかったのですか?」
「う、うむ」
リノは少し口籠った。
「どうも話す機会がなくての……」
紅茶をカチャリと置き、気まずげにそう呟く。
「……リノ?」
コウタは眉根を寄せた。
リノは「う、うむ」と視線を逸らした。
奇妙な沈黙が訪れる。と、
「ふむ。姫からは言い出しにくいようですな」
ラゴウが口を開く。
「吾輩から語ろう。宜しいですかな? 姫」
「う、うむ。任せる」
リノは少し躊躇いながらも承諾した。
「では」
ラゴウはコーヒーを置き、コウタに視線を向ける。
コウタは、ラゴウを見据えた。
「《黒陽社》第1支部・支部長。《水妖星》リノ=エヴァンシードさま」
ラゴウは語り出す。
「この方は、確かに吾輩やボルドと同じ地位に就き、そして《九妖星》の称号を持っておられる。それは実力によって得た地位と称号だ。その点においては他の《九妖星》も姫に敬意を抱いている。この若さで実に見事なものだと。だが、それとは別に姫にはもう一つ肩書があるのだ」
「……もう一つの肩書だって?」
コウタは眉根を寄せた。
ラゴウの台詞。どこか緊張しているように見えるリノの様子。
酷く嫌な予感がした。
「我らが主君。偉大なる《黒陽》さま。姫は《九妖星》の地位とは関係なく、我が主君に心から愛されているのだ」
「え?」
コウタは、リノに目をやった。
「愛されているって……」
リノは群を抜いて美しい少女だ。
メルティアにも劣らない。宝石とも評せるほどの美貌。
たとえ歳が離れているとしても、彼女に魅了される男は多いだろう。
そんな彼女に愛情を抱く。
単純に考えるなら、男女の関係だ。
幹部の一人と愛人関係。犯罪組織でなくてもあり得ない話ではない。
しかし、コウタはそうは思わなかった。
彼女は誇り高い人間だ。
相手が主君というだけで、そんな関係になるとは思えない。
だとすれば――。
「……リノ。まさか君の父親って……」
その可能性に気付き、コウタは恐る恐る尋ねた。
一方、リノは、ただ視線を逸らす。
代わりに答えるのは、ラゴウだった。
「ほう。勘がいいな。少年」
どこか皮肉気な笑みを浮かべて。
「そういうことだ。姫は《黒陽》さまのご息女。すなわち」
そして《金妖星》は、はっきりと告げた。
「《黒陽社》の社長令嬢。我らが主君の姫君なのだ」
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