第283話 始まりの《星》③

「――アハハっ!」


 リノは、満面の笑みを浮かべていた。

 彼女はずっとコウタと手を繋ぎっぱなしだった。

 大通りを歩く時も、店舗に入る時も決して離そうとしない。

 メルティアの推測通り、かなり深刻にコウタ成分不足だったのだ。

 それを今、存分に補給していた。

 時折、ぎゅうっと腕に抱きついてくる。

 その度、豊満なおっぱいを押し付けられるコウタは真っ赤になっていた。


「コウタ! コウタ!」


 と、意味もなくコウタの名を呼ぶリノ。

 あまりにも仲睦まじすぎて、端からみると完全にバカップルである。

 大通りの通行人達が羨まし――もしくは恨めし――そうに二人を一瞥していた。

 まあ、厳密に言えば、もう一人――いや、もう一機、同行者がいるのだが。


「……ヒメ。トテモゲンキダ! ヨカッタナ! コウタ!」


 蒼いゴーレム。三十三号こと、サザンXである。

 サザンXはガシュン、ガシュンと足音を立てて、コウタ達の後についてきていた。


「う、うん……」


 コウタは、サザンXに目をやった。


「リノは元気なのはいいことだよ。けど、君って三十三号だよね?」


 見事なまでに蒼くなったゴーレムに、コウタは話しかける。

 ゴーレムは「……ウム!」と頷いた。


「……ヒサシイナ! コウタ!」


「うん。元気そうで何よりだよ」


 コウタは笑う。


「当り前じゃ」


 その時、リノも会話に加わった。


「サザンXは今やわらわの騎士。丁重に扱っておる」


「……う~ん、そっか」


 しっかりと自分の腕を掴むリノに、コウタは複雑な表情を見せた。


(……メルがどう思うかな?)


 言うまでもなく、ゴーレムはすべてメルティアによって作られた鎧機兵だ。

 メルティアにとっては愛しき我が子達。

 その一機が、いくら丁重に扱われているとしても、真っ青に染められていてはどう思うのだろうか。そもそも三十三号は強奪された機体である。


(……怒るだろうなぁ)


 もしくはギャン泣きか。

 そう思うと、コウタは溜息が零れそうになるが、ともあれ今は――。


「ありがとう。ボクとの約束。守ってくれているんだね」


 ――リノを守って欲しい。

 かつて交わした約束を、律義に守ってくれているゴーレムに感謝の言葉を告げる。

 するとサザンXは、


「……ウム! キニスルナ!」


 陽気な声でそう答えた。コウタは笑みを零す。と、


「……ソレニ、ヨロコベ! コウタ!」


 サザンXが、さらに言葉を続けた。

 コウタが「え?」と目を瞬かせると、サザンXは、ゴンと自分の胸部装甲を叩く。


「…‥モウヒトツノ、ネガイモ、カナエズミダ!」


「へ? もう一つって?」


 コウタが眉根を寄せた。

 何故か、サザンXは自分の装甲を叩き続けている。

 そこに何かあるのだろうか?

 そう思っていたら、


「サ、サザンX!?」


 リノが、唐突に叫び出した。

 どうしてか彼女の顔は真っ赤だった。

 リノはコウタから離れると、両手でサザンXの肩を抑えた。


「お主! 何を言っておるのじゃ!」


「……??? イマ、ワタシタラ、ダメナノカ?」


「時と場所を考えよ!」


「……ダイジョウブ。キレイニ、トレテイル。ホカンモ、バッチリ」


「そういう問題ではない!」


 と、そんなやり取りをしている。

 コウタとしては首を傾げるだけだ。


「ま、まったくもう……」


 ともあれ、リノはサザンXを説得(?)したようだ。

「……ウムウ」と呻きつつも、サザンXはそれ以上語るのを止めた。


「危なかったのう。あんな物を今のタイミングで出されては、わらわが羞恥心で死ぬところであった」


「え? 何それ?」


 コウタは目を丸くする。

 対し、リノはコホンと喉を鳴らし、「今は気にするでない」と返した。


「それよりもじゃ」


 リノは再び笑顔を見せて、コウタの腕に抱きついた。


「リ、リノ……」


 コウタの顔が赤く染まる。

 何度抱きつかれても、これだけは一向に慣れない。

 何せ、彼女は色々な部位も含めてメルティア並みに可愛いのだ。


「わらわはまだまだ満足しておらん」


 すりすり、と腕に頬を摺り寄せる。


「何せ、ギンネコ娘、蜂蜜ドリル、ロリ神と違って、わらわはずっとお主に会えなかったからのう。成分不足が深刻なのじゃ」


「……ええっと」


 コウタは頬を引きつらせた。


「なんでだろう? いま挙がった不思議な名称が全員分かるような気がする」


 と、呟いてから首を傾げた。


「けど、メルはともかく、リーゼとアイリって、確かリノと直接の面識はなかったよね? なんで知っているの?」


「そんなもの調べたからに決まっておろう」


 リノは鼻を鳴らした。


「コウタに近づく女どもじゃ。知っておくのは当然じゃ」


「い、いや、女って……」


 コウタは困った顔をした。すると、リノはさらに続ける。


「他にも知っておるぞ。ジェシカとかな」


「………え?」


 これには、コウタも目を剥いた。

 それは、あまりにも予想外の名前だった。


「え? なんで、リノがジェシカさんのことを知っているの?」


「ふん。あやつとも多少、縁があってのう。それよりも」


 リノは、コウタの顔を両手で挟んだ。


「またマナー違反じゃな。わらわといる時にあまり他の女の話をするでない」


「う、で、でも……」


 気になるものは気になる。

 コウタが言い訳しようとするが、リノはそれを許さなかった。


「罰じゃ」


 すっと手を離し、流れるような動きでコウタの右腕を抱きしめて拘束する。


「近くの工芸アクセサリー店に行くぞ。わらわに何かプレゼントするのじゃ」


「へ? プレゼントって……」


 コウタは困惑するが、リノは「さあ! 行くぞ!」と言って歩き始める。コウタもつられて歩き出した。


(……まあ、いっか)


 リノとは久しぶりの再会だ。

 プレゼントの一つをするのも悪くない。


「うん。分かったよ」


 そう言って、コウタが、リノと並んで歩き出そうとした時だった。




「……中々仲がよろしいようですな。姫」




 不意に、背後から声を掛けられた。

 ――ぞわり、と。

 コウタの背中に悪寒が走る。

 そして、コウタは振り向いた。


「何じゃ。お主か」


 リノも同じく振り向く。


「わらわの至福の時に、わざわざ声を掛けるとはどういうつもりじゃ?」


 と、不機嫌そうに、その男をジト目で睨みつける。

 年齢は三十代後半ぐらいだろうか。

 黒いスーツで全身を固めた男。右側の額に大きな裂傷を持つ、頬のこけた人物だ。

 まるで研ぎすぎた刃のような印象を抱かせる男だった。


「申し訳ありません。姫」


 男は、恭しくリノに頭を垂れた。


「ですが、その少年に用があるのは吾輩も同じですので」


 言って、コウタを一瞥する。

 一方、コウタは緊張を隠せなかった。

 喉が渇き、無意識の内に腰の短剣の柄に手が伸びる。

 全身の細胞が、危機を告げていた。


「やめておけ」


 しかし、男は手を突き出して、コウタを制止させた。

 周囲に目をやる。そこはまだ大通りの一角だ。通行人の姿も多い。

 男は、ふっと口角を崩した。


「こんな場所で刃傷沙汰は、互いに面倒なだけであろう」


「…………」


 コウタは無言のまま、表情だけ険しくした。

 そんな敵意むき出しの少年に、男は肩を竦めた。


「久しいな。少年よ」


「……ああ」


 コウタは、ポツリと返す。

 コウタにとっての始まりの《星》。

 傷の男――《金妖星》ラゴウ=ホオヅキは、不敵に笑った。

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