第一章 こっそり隠れてネコを飼う

第268話 こっそり隠れてネコを飼う①

「……どうかしたのですか? コウタ」


「……え?」


 不意に声をかけられて、コウタは顔を上げた。

 視線の先にいるのは、紫銀色の髪にピコピコ動くネコ耳。

 いつもの黒いタイトパンツと、白いブラウスを着たメルティアだ。

 彼女は金色の眼差しで、コウタを見据えていた。


「ええ。まるで食事が進んでおられませんわ」


 そう告げるのは、リーゼだ。

 毛先の部分に、きつめのカールがかかっているのが印象的な蜂蜜色の髪。それを紅いリボンで頭頂部にて結いでいる、コウタと同じ制服を着た少女。

 レイハート公爵家の令嬢である。


「い、いや、そんなことは」


 コウタは言い淀む。

 今、彼らは朝食を取っていた。

 長く大きな視覚上のテーブルに椅子が複数並ぶ、広い食堂には、三人の姿とゴーレム隊の隊長である零号の姿しかない。

 本来ならば、コウタ達は、この食堂に見合うだけの大所帯なのだが、コウタの親友。メルティアの小さなメイドさんと二機のゴーレム達。リーゼのメイドさんと、皇国の公爵令嬢さまは席を外していた。

 それぞれ理由があって行動しているらしい。

 まあ、メンバーの半分以上は兄の店――クライン工房に行っているようだが。

 ちなみに、ルカは朝食だけは家族と共にしていた。


「やはり悩み事ですか?」


 と、スープを掬っていたスプーンの手を止めて、メルティアが尋ねてくる。

 身内しかいないので、彼女の着装型鎧機兵パワード・ゴーレムは食堂の片隅で出番待ちをしていた。


「ユーリィさまのことですか?」


 と、リーゼが、メルティアの言葉を継いだ。

 ――コウタの兄の義娘。ユーリィ=エマリア。

 コウタは彼女と不仲だった。

 正確に言えば、一方的に警戒されているようだった。

 確かに、彼女との関係は悩みの種ではあるが……。


(今は、それ以上にリノだよ)


 コウタは、内心では顔を引きつらせていた。

 昨晩、再会した彼女。

 まだ、そのことを、コウタは誰にも話していなかった。

 せめて、ジェイクだけには相談すべきだったが、コウタも軽いパニックを起こしていたのだ。昨夜の時点ではそこまで頭は回っていなかった。


 そして今朝。

 とりあえず、リノには部屋に待機することをお願いして、ジェイクの所に相談に行ったのだが、親友は早々とクライン工房に行っていた。

 親友としては、恐らく偵察の意図があったのだろう。

 何せ、兄は親友の恋敵なのだから。


(けど、タイミングが悪いなあ)


 コウタは、深々と嘆息した。

 彼女のことは、一体どうすればいいのか。

 朝食も、ほとんど喉を通らなかった。


(ああ、そうだった。リノにも朝ご飯を用意しなきゃ。後で厨房に寄らないと。メイドさんにパンでも貰ってきて……)


 と、自分の朝食に目を落としつつ、コウタが考えていたら、


「本当にどうかしたのですか?」


 いつの間にか、メルティアが傍に立って顔を覗き込んでいた。

 思わず、コウタはギョッとした。


「顔色が悪くありませんか?」


 と、リーゼが言う。

 彼女もメルティアとは反対方向に立って、コウタの顔を覗き込んでいた。

 二人とも、すでに食事を終えていたようだ。


「い、いや、大丈夫だよ!」


 そう言って、コウタは立ち上がった。

 次いで、及び腰で下がっていく。

 メルティア達は、揃って眉根を寄せた。


(……うう)


 彼女達の心配そうな眼差しは、コウタの胸を強く締め付けた。

 彼女達にリノのことを伝えていないことに、強い罪悪感さえ覚えてくる。


(け、けど、リーゼはともかく、メルの方はリノと仲が悪いから……)


 と、自分自身に言い訳しつつ、


「ご、ごめん。あまり食欲がないんだ。ちょっと気分転換に出かけるよ」


 そう告げて、コウタは逃げるように食堂を出た。

 メルティア達の眼差しに、耐えきれなくなったのだ。

 食堂に残されたのは、メルティアとリーゼ。興味深そうに、コウタ達のやり取りを見物していた零号だけだった。

 しばしの沈黙。

 メルティアとリーゼは、互いの顔を見合わせた。


「メルティア。どう思いますか?」


 リーゼが問う。

 メルティアは「そうですね」とあごに手をやった。


「あれは悩んでいるというよりも、隠し事をしていますね」


「やはり、そうですか」


 リーゼが頷く。

 幼馴染であるメルティアよりも付き合いが短いとはいえ、リーゼも、すでにコウタの心理を読むことにおいては相当なものだった。


「しかも、どこか疚しさを持っておられるようにも見えましたわ」


「ええ。そうですね」


 今度は、メルティアが頷く。


「ユーリィさんの件の可能性もありますが、それとは違う気がします」


「わたくしも同感ですわ」


 リーゼは、メルティアを見つめる。


「ユーリィさまのことならば、疚しいことなどありませんから」


「はい」と頷くメルティア。


 そして、彼女は壁の近くに待機させている着装型鎧機兵パワード・ゴーレムの元へと足を進めた。


「これは要調査ですね」


「ええ。そうですわね」


 言って、リーゼも面持ちを改める。

 かくして動き出す少女達。

 いつの時代も、女の直感は鋭かった。

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