第六章 戦いの地へ

第253話 戦いの地へ①

 ――鉱山街グランゾ。

 王都ラズンから、馬車で二日ほどの距離にある鉱山街だ。

 しかし、鉱山街と言ってもむさ苦しい場所ではない。

 意外なほど綺麗な街だった。

 街を構成するのは石造りの建物。ほとんどの道は石畳で舗装されている。

 街中を行きかう人々も鉱員だけではなく、女性や子供の姿もちらほらとある。

 食品店などもあり、普通の街と変わらない雰囲気だ。


「……ふむ」


 そんな街中を、馬車に揺られて進む彼女は、不機嫌そうに眺めていた。


「綺麗な街並みじゃが、どうして王都をスルーしてまずここなのじゃ」


 ぶすっと呟く。

 ――リノ=エヴァンシード。

《九妖星》の一角だ。


「折角、王都には義兄上がおられるというのに」


「……ウム」


 リノの隣に座る蒼いゴーレム――メルティアから強奪後、蒼くカラーリングしたサザンXが頷く。

 なお、サザンXの隣には、カテリーナ=ハリスが微苦笑を浮かべて座っている。


「……コウタノ、アニニハ、アッテミタカッタ」


「そうであろう? お主もそう思うであろう」


 ますますもって、リノは頬を膨らませた。


「……はは。そうむくれないでください。姫」


 そう言って笑うのは、リノの前に座る四人の男の一人。

 ボルド=グレッグだった。


「クラインさんにご挨拶すると、ここに来るのは困難になりますからね」


「まあ、俺など即座に殺し合いになるな」


 そう皮肉気な顔で嘯くのは、ボルドの隣に座るレオス=ボーダーだ。

 流石に狭い馬車内では煙草は控えている。


「……姫」


 その時、落ち着いた声が響いた。

 レオスに続いて、四人の内の三人目。

 ラゴウ=ホオヅキの声だ。


「お許しを」ラゴウが厳かに言う。「ですが、この国に来た以上、やはり一度は行くべきだと具申致します」


 続けて、愚直に頭を下げる。

 ちなみにラゴウの隣に座る四人目は、リノの懐刀というか、副官というか、ただの悲惨な犠牲者というべきか、ゲイルだった。

 彼は《九妖星》だらけの馬車内で、石像のように硬直していた。


「……分かっておる」


 不機嫌は直らないが、リノは言った。


「わらわとて支部長の一人じゃ。同僚の死を悼む気持ちぐらいはある。個人的には気に食わん相手でもな」


「感謝致します。姫」


 ラゴウは、再び頭を下げた。

 リノは「ふん。気にするな」と言って、馬車の窓に視線を向けた。

 そうこうしている内にも、馬車は街中を進んでいく。


「おっと。そう言えば」


 不意に、ボルドが呟く。続けて馬車内の御者台に繋がる配管に、「すみません。少し止めて頂けませんか」と告げた。

 馬車が速度を徐々に落として停車した。


「……? どうした? ボルド」


 レオスが訝しげな様子で尋ねると、


「いえ。手ぶらでは何ですし」


 言って、ボルドは立ち上がり、馬車のドアを開けた。


「花を……というのは、彼に似合いませんね。上等な酒でも手に入れてきますよ」


「ふむ。そうだな」


 ラゴウも立ち上がった。


「吾輩も行こう。あやつとは酒の趣味だけは合ったしな」


「……そうか」


 レオスは少し考えた後、立ち上がった。


「ここで待つのも暇だな。俺も参加しよう」


 そう告げて、レオスを含めて三人が馬車から降りた。


「では姫。カテリーナさん。ゲイルさん。この近くで少し待っていてください」


 ボルドが和やかに告げて、三人は歩いて行く。

 三人とも黒服なのだが、とても自然に街中に消えていった。

 カテリーナがドアを閉めると、しばらくして馬車が動き出した。

 近くで停車しても良い場所を探しているのだろう。


「……ぷはあっ」


 その時、ゲイルが息を吐き出し、ずるずると長椅子から落ちた。

 リノ以外の支部長が消えて、ようやく石化から解放されたようだ。


「情けないのう」


 リノが呆れるように呟く。


「この程度で緊張してどうする。カテリーナを見よ」


 リノが、優雅に座るカテリーナを、クイッとあごで差す。


「この余裕。流石はボルドの懐刀じゃな」


「恐れ入ります。姫」


 言って、頭を下げるカテリーナ。

 しかし、リノは知らない。

 冷静に見える面に対し、彼女の脳内は――。


(やった! 二回目! ボルドさまと二回目の旅行! やった! やった! 邪魔者は多いですが、何もずっと行動を共にする訳でもありません! だから、今度こそ! 今度こそは! ボルドさまと熱い夜を!)


 ずっと、大はしゃぎ状態であること。

 愛しい上司と一線を越える。

 そして、そのままゴールイン。

 これこそが、彼女の欲望にして野望であった。だからこそ、今回の旅行の機会を設けてくれたレオス=ボーダー支部長には、心から感謝していた。

 しかし、それを一切、表面には出さないのがカテリーナだ。


「これが私の仕事ですから」


 赤い眼鏡をクイッと上げて告げる。

 リノは腕を組み、「うぬ。良い心がけじゃ」と満足げに頷いた。

 一方、ゲイルは反論する気力もなく、項垂れていたが。


「……む」


 リノが目を細めた。

 馬車が、再び停車したことに気付いたのだ。


「ふむ。待つ間、わらわも少し降りるか」


 言って、ドアを開ける。続けて馬車を降りと、サザンXが後に付いてきた。


「ん? お主は中で待っていても良いぞ?」


「……オレ、ヒメノ、ゴエイ」


 と、胸を張って、サザンXが言う。


「……ヒメヲ、マモルト、コウタト、ヤクソクシタ」


「……ふふ。そうかの」


 リノは微笑む。

 その場所は少し広めの路地裏の横だった。大通りの角に当たる場所だ。

 この馬車ならボルド達も見つけやすいだろう。


「……ふむ」


 リノは大きな胸をたゆんっと揺らして、背伸びをした。

 続けて、軽くストレッチをしてから、


「……コウタは今、この国に到着したところぐらいかの?」


 リノは蒼い空を見上げた。

 そして、心底残念そうに呟く。


「ああは言ったが、やはり無念じゃのう。義兄上にはぜひ挨拶をしておきたかった。まったく。支部長というのも世知辛いものじゃ。それに――」


 そこで、リノは瞳を細めた。

 少女のものではない、妖しい光が瞳に宿る。


「最強の《七星》。《双金葬守》か」


 その噂は幾度も聞いている。

 ――闘神・《朱天》を駆る者。


(あのガレックを討ち取った男か)


 現在、《九妖星》は一名欠けている。

 何故なら、このグランゾの地にて《九妖星》が一角、《火妖星》ガレック=オージスが《双金葬守》――すなわち、コウタの兄に討ち取られたからだ。

 リノ達がこの地に来たのは、いわゆる墓参りのためだ。

 この地で散った同胞のために足を運んだのだ。

 だが、それは、やはりついでだった。

 そもそもガレックは女癖が悪い――娼館に通う程度ならともかく、一般人だろうが、敵だろうが、同僚だろうが、次々と女を食っていくことで有名な男だった。

 噂通りだと、自分が満足するまで抱き潰して遊ぶらしい。

 女癖においてはリノの父親も大概なのだが、まだ父は落とした女性を妻として迎えているので、まだマシ(?)な方だ。

 ともあれ、女性であるリノとカテリーナはこの墓参りにあまり乗り気ではない。


「やはり、気になるのは義兄上の方じゃな」


 リノは、心躍らせて妖艶に笑った。


「義兄上。その実力、果たして、どれほどのものなのか見てみたいのう」

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