エピローグ

第233話 エピローグ

 ラスティアン宮殿七階。団長室。

 今、そこには三人の騎士がいた。

 ソフィア=アレール。

 ライアン=サウスエンド。

 ブライ=サントスの三人だ。


「……しかし、とんでもねえことになったな」


 ボリボリ、とブライが頭をかく。


「まさか、あの総合S級の姉ちゃんが《黄金死姫》とはな」


 一週間前のハウル邸の騒動。

 その場には当然、ブライもいた。

 どこか緊迫した空気と、三人目となる総合S級の美貌に目を奪われて――ちなみに、隣にいた総合A級の黄色い髪の女の容姿を拝むのも忘れていていない――手出しできなかったが、その一部始終を自分の眼で目撃している。


「しかも、アルフとミランシャの話だと《ディノ=バロウス教団》の盟主なんだろ? 一体何があったらそんな肩書きが付くんだよ」


「全くだな」


 ライアンが嘆息する。


「もはや迂闊に手出しも出来ん。かといって放置も出来んしな」


「……そうですね。ですが、私としては」


 一人、執務席に座るソフィアは、額に青筋を立てて微笑んだ。


「あのハウルのくそお爺さま。彼女の生存という重大な情報を掴んでおいて、騎士団に全く伝えてこないとは」


「……まあ、そうですな」


 公私混同を絶対にしないライアンが、副団長としてソフィアに同意する。


「ジルベール公にも困ったものです。この情報があれば、クラインを団に呼び戻す口実としても充分だというのに」


「けど、そりゃあ仕方がねえんじゃねえの? あの爺さんってアッシュと仲悪りいしな。呼び戻したくねえって思ってるかもしんねえぞ」


 と、ブライが腕を組んで呟く。

 確かにアッシュ=クラインと、ジルベール=ハウルの馬は合わない。

 しかし、実際のところ、ジルベールが孫娘をくれてやる――すなわち、ハウル家の直系に迎えてもいいと思うほど、かの青年に執着していることは誰も知らない事実であった。ゆえに、ジルベールは情報を秘匿し、秘密裏にサクヤ暗殺を目論んでいたのである。

 今さら過去の婚約者など、邪魔者以外何者でもないからだ。


「あのお爺さまが何を考えているなんて、今さらでしょう」


 ソフィアが深々と溜息をついた。

 ブライは苦笑して。


「そうだな。ま、それはともかく、オレはアッシュの弟の方にも驚いたぜ」


「……コウタ君のことですね」


 ソフィアは、視線をブライに向けた。


「アッシュ君に弟がいるなんて全然聞いてませんでしたし、二人の容姿もあまり似てませんでしたから。正直、私も驚きましたね。彼の実力にも」


「……確かに」報告の内容を思い出しながらライアンが首肯する。「私としては、彼をみすみすエリーズに渡してしまっていたことが本当に口惜しいですな」


「……ですよねぇ。ただでさえ人手不足なのに、アルフ君並みの才能を隣国に放出していたのですから、もう目も当てられません」


 ――この一週間。

 コウタ=ヒラサカを含め、エリーズ国の学生達とは何度も会合した。

 もちろん、彼らの保護者達ともだ。

 隣国であるエリーズ国とは、転移陣を利用した郵送施設が完備されている。

 それを使って、幾度となく手紙でやり取りしたのである。

 流石に、ヒラサカ少年の素性に関しては二大公爵――特にアシュレイ公爵は驚きを隠せないようだったが、その交渉で決まった方針が一つある。


「今回の判断は、仕方がないでしょう」


 ソフィアは、苦笑を浮かべた。


「特に、コウタ君の後見人であるアシュレイ公の意見は無視できません」


「こちらとしては、しばらく《七星》が一人欠けるので痛いのですが……」


 ライアンが仏頂面でそう呟く。

 愛しい人の不機嫌ぶりに、ソフィアはクスクスと笑った。


「どちらにせよ、今回の件は騎士団としてアッシュ君に伝えなければいけません。なら彼女が適役なのは間違いないでしょう」


「まあ、内容的に言っても、オレやアルフが出向くよりもいいしな」


 ブライが「ははっ」と笑う。

 アルフレッド=ハウルがこの場にいないのは、彼らの見送りに行っているからだ。


「ともあれ、後は彼らに任せるしかないでしょう。私達としては祈るだけです」


 そう言って、ソフィアは微笑んだ。


「彼らに幸多からんこと。良き旅路になりますように」



       ◆



 ――ザザザザ……。

 波が揺れる。

 その時、コウタは船上の人になっていた。

 潮の香りがする船首。目の前には蒼く広がる大海原。

 そこに、一人で物思いに耽っていた。


(本当に色々あったな)


 この一週間。ずっと今回の事件のことを考えていた。

 ――仇敵との遭遇。義姉との再会。初めて知った兄の今の素性。

 正直言って、頭の中が一杯一杯だ。

 環境も少しばかり変わった。


 まず、シャルロットは、コウタの呼び名を『ヒラサカさま』から『コウタ君』に変えた。親密さもグンと上がったようで、今まで以上に気を遣ってくれているのが分かる。時々リーゼと一緒に、コウタに手料理を振る舞ってくれるぐらいだ。コウタの好みの料理と、よく兄の好きな料理は何かを訊いてきてはメモを取っている。


 次に、ミランシャは、とにかく『お姉ちゃん』を強調してくる。それは別に構わないのだが事あるごとに抱きしめてくるのだけは正直霹靂している。彼女は美人で、身体も柔らかくてとてもいい匂いがするから嫌でもドキドキしてしまう。その度に、メルティアやリーゼ、アイリに何故か折檻されるのも少しキツい。


 他にも、ジルベールが以前以上に親切になった。今回もハウル家所有の鉄甲船を快く貸してくれた。親身すぎて少し不気味なぐらいだ。後は、バルカスがコウタを『叔父貴』と呼ぶようになった。何故『叔父貴』なのか?


 まあ、すべては兄に関わってくる変化なのだろうが。


(……兄さん)


 皇国騎士団とハウル公爵家。そして、アシュレイ公爵家とレイハート公爵家の交渉の結果、コウタ達は研修を中断。アティス王国に向かうことになった。

 そこに住む《七星》の第三座――すなわち、コウタの兄と面会するためだ。

 伝えるべき内容は、もちろん義姉についてである。

 義姉のことは、リーゼ達から色々と聞いていた。


 ――《金色の星神》だった義姉。かつて《黄金死姫》と呼ばれる《聖骸主》であったこと。そして今、彼女が《ディノ=バロウス教団》の盟主であることも。


 当然ながら、その内容は、どれもこれも、にわかに信じられないものばかりだった。だからこそ、コウタは兄に会うことを切望した。


 真実とは、一体何かを知るために。


 そのためにも、このハウル家の鉄甲船は、アティス王国に向かっているのだ。

 本来ならば、騎士団の代表としてミランシャ。弟であるコウタ以外は行く必要はないのだが、この状況で自分達だけ帰国するほどメルティア達との絆は弱くない。

 メルティア達も、一人も欠けることなく同行していた。


(……トウヤ兄さん)


 コウタは海に向かって息を吐いた。

 すると、


『……どうしましたか? コウタ』


 不意に、後ろから声を掛けられた。

 振り向くと、そこには着装型鎧機兵パワード・ゴーレムを着たメルティアがいた。

 彼女はキョロキョロと周囲を確認すると、プシュウ、と着装型鎧機兵パワード・ゴーレムの装甲を開いて顔を覗かせた。次いで、コウタに向けて手を伸ばす。

 コウタは彼女の手を取ると、機体内から引っ張り出した。

 降りてきた彼女の身体を全身で受け止める。少しの間だけ、ぎゅうと抱きしめて、彼女の温もりを確かめてから、メルティアを離した。


「……ちょっと考え事をね。流石に色々あったから」


 そう言って、笑う。

 メルティアも「そうですね」と微笑んだ。

 コウタは、ポリポリと頬をかいた。


「けど、まさか、メルが、サクヤ姉さんとすでに会ってるなんて思わなかったよ」


「す、すみません。伝えてなくて。私もサラさん――いえ。サクヤさんが、コウタのお姉さまだったとは夢にも思いませんでした」


「いや、いいよ。気付けという方が無茶だし。しかも話を聞くと、メルだけじゃなくてリーゼやアイリ、ジェイクまで姉さんのことを知ってたし」


 八年経って、初めて知る事実。

 どうやら、義姉は暗躍することが大好きらしい。


「いずれにせよ、サクヤさんとはもう一度会うのですね」


「……うん。今度は兄さんと一緒にね」


 コウタは頷く。


「けど、まさか、その場所がルカの故郷になるなんて……」


「はい。縁とは本当に不思議です」


 メルティアは、南の方角に目をやって呟いた。

 実は今回の来訪については、すでにルカに手紙を送っている。

 アシュレイ家と手紙でやり取りした結果、メルティア宛てにルカから手紙が届いていることを知ったのだ。メルティアは、詳細はあえて伏せて、近々アティス王国に向かうことだけを返信した。

 きっと、愛弟子はメルティア達を歓迎してくれるだろう。


「すべては、アティス王国にあるのですね」


「……うん。そうだね」


 あの日から止まっていた運命が、いよいよ動き出した。

 いささか詩的だが、コウタはそう感じていた。


(……トウヤ兄さん。サクヤ姉さん)



 船は進む。

 大海原をかき分けて。

 遙か南方の小国。アティス王国へと向かって――。



第7部〈了〉

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