幕間二 そして老人はほくそ笑む

第222話 そして老人はほくそ笑む

「……ふむ」


 ジルベール=ハウルはハウル邸の執務室にて一服していた。

 口に咥えた上質の葉巻から紫煙が昇る。


「やはり葉巻は上質のものに限るな」


 と呟いた後、ジルベールは執務机にある二通の封筒に目をやった。

 つい先程、したためたばかりの書簡だ。

 そろぞれ、アシュレイ公とレイハート公に宛てたものである。

 内容は共にこれからの友好を記したもの。

 ただ、アシュレイ公に向けてのものは少々熱が入ってはいるが。

 ジルベールはしばし葉巻を堪能してから灰皿に擦りつけた。


「このままヒラサカ君がアシュレイ公爵家を手に入れるのは良いことだ。彼はアルフとも強い友誼で結ばれている。生涯に渡っての付き合いになるだろう」


 だが、と呟き、ジルベールは髭をさすった。


「やはりあれだけの才を身内に加えられないのは実に惜しい。それに縁戚になればアルフにとっても良いことだしな」


 赤髭公はしばし瞑目する。


「確かエリーズでも一夫多妻は認められていたな。ヒラサカ君がアシュレイ家を掌握した頃を見計らって第二夫人でも送ってみるか。現時点では彼の好みに合う者はおらんが時間をかけて育成すれば――」


 と、思案していた時だった。

 不意に執務室のドアがコンコンとノックされる。


「……開いておる」


 ジルベールがドアを一瞥して告げると、「失礼します」という声と共に一人の男が入室してきた。ジルベールは眉根を寄せた。

 入ってきたのが執事ではなく、村民のような麻の服を纏う男だったからだ。


「お前は黒犬だな。その姿は例の任務中ということか」


「はっ。火急のご報告がございます」


 男は真剣な表情でそう告げると、ジルベールの前に立ち、その報告をした。


「……なん、だと」


 流石に、ジルベールも目を丸くした。


「あの女が自らこの邸にやって来たのか!」


「はい。しかも、旦那さまとの面会を望んでおります」


 ジルベールは渋面を浮かべた。


「では、今は応接室か?」


「はい。迂闊な真似は危険と判断し、現在、本邸の応接室へと案内しております。指示を仰げずに申し訳ありません」


「いや、それは構わん。あの女を刺激したくないという判断は正解だ」


 ジルベールは再び髭に手をやり、背もたれに寄りかかった。


「何を考えている。あの女……」


「旦那さま。さらにもう一件、ご報告がございます」


「……何だ?」


 ギロリと主人に睨み付けられ、男は少し萎縮しながらも答える。


「ミランシャお嬢さまのことです。実は現在お嬢さまも応接室に向かわれています」


「……なに? 愚鈍娘がか?」


「はい。どうもお嬢さまは、あの女の容姿に似た者が訪ねてきた場合は自分に教えるように執事やメイドに命じておられたようで……」


「そのルートであの女の来訪が愚鈍娘にも伝わったのか? だが何故だ? 何故そんな指示をした? 確か愚鈍娘にはあの女と面識がなかったはずだが……」


 ジルベールは眉根を寄せて腕を組んだ。

 しかし情報不足だ。考えても意味がないとすぐに切り捨てる。


「ふん。別に構わんか。愚鈍娘にとってもあの女は看過できん相手だ。女の直感とやらで敵を認識したとでも考えておくか」


 いずれにせよ、自分も動かなければならない。

 だが、その前に。


「アルフをここに呼べ」


 ジルベールは部下に命じた。

 多忙なアルフレッドだが、最近は姉共々来客のために邸にいることが多い。

 今日もまだ自室にいるはずだった。


「火急の用だ。武装も忘れずにと告げよ。それから黒犬、白狼も総員庭園に集めよ。各自最大限の警戒をせよ。サウスエンドにも鳥を飛ばせ」


「はっ。承知致しました」


 男は一礼すると、まずは急ぎアルフレッドの部屋に向かった。


(やれやれだな)


 ジルベールは深々と椅子に腰をかけた。

 ――《黄金死姫》。

 かつて『災厄』と呼ばれた女の唐突な来訪。

 アルフレッドには、この事態を事前に話しておいた方がよかった。

 なにせ、アルフレッドは一度だけだが、あの女と対峙したことがあるのだ。

《黄金の聖骸主》相手に生き残っただけでも御の字なのだが、孫にとっては自分の未熟さを思い知る苦い敗北だったと聞いている。

 何も知らずに遭えば、アルフレッドといえど動揺は避けられないだろう。


「動揺していてはいざという時に動きが鈍るからな。しかし、あの女め」


 よもや敵の城に乗り込んでくるは、想定外のことをしてくれる。

 だがしかし。


「儂を侮るでないぞ。小娘が」


 ジルベールは、それでもなお、ほくそ笑む。


「貴様の誘いに乗ってやろう。だが、くだらないモノを見せるようならば、それなりの代償は覚悟してもううぞ」

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