第五章 面談
第214話 面談①
その時、コウタは一人、ハウル邸の渡り廊下を歩いていた。
窓の外に目をやると、どこまでも続く広い庭園。
コツコツと足音が響く床は、埃もないほどに輝いている。
時折見かける観賞用の鎧や絵画も美麗の一言だ。
「……本当に凄いや」
思わず独り言を呟いてしまう。
アシュレイ邸に慣れたコウタでさえ、息を呑むぐらいの見事な館だ。
ただ歩くだけで少し緊張してしまう。
「やっぱりボクってどこまでいっても村人なんだよなぁ……」
と、素直な本音を零しつつ、コウタは歩き続けた。
コウタが廊下を進んでいるのは、メルティアの部屋に行くためだった。
滞在五日目。時刻は昼過ぎ。
昼食後、リーゼ達は街へと出かけたのだが、コウタだけは残った。
理由は簡単。メルティアが引き籠もっているためだ。
「……そろそろ限界だとは思ってたけど」
コウタは心配そうに眉根を寄せる。
元々、メルティアは魔窟館でも引き籠もることが多い。ましてや今は見知らぬ国。見知らぬ館だ。精神的なストレスは、少しずつ蓄積していったのだろう。
そうして迎えたのが今日だ。
とうとう、メルティアは部屋から出たくないと言い出してしまった。
いつもの我が儘とは違う。本当に少しキツそうな感じだ。
そんなメルティアをリーゼ達も心配してくれたが、そもそも研修でもある滞在期間にはやるべきことも多い。従って、メルティアの面倒はコウタが受け持ち、リーゼ達には当初の予定通り行動して貰うことにした。
ちなみにゴーレム達もリーゼ達に同行している。迷惑をかけてしまったと落ち込むメルティアがせめてと言うことで同行を命じたのだ。
「まあ、この国に来ただけでもメルは凄く頑張ったから」
言って、コウタは頬をかいた。
今朝からメルティアは、ずっと「ブレイブ値がぁ……ブレイブ値がぁ」と子猫がミルクをねだるように言い続けていた。
部屋に行けば、間違いなく『いつもの奴』を要望してくるだろう。
だが、それも仕方がない。彼女が無理をしてまでこの国に来てくれたのは、コウタの願いを聞いてくれたからだ。
無理を通せば、こうなることは想定できた。
ならば、自分がフォローをするのは当然のことである。
「……平常心だ。とにかく鋼の平常心を持つんだ」
また、あのおっぱいを押しつけられる。
きっと、いつものように良い匂いもするのだろう。
だがしかし、それでも耐えきるしかないのだ。
「――よし」
グッと拳と決意を固めるコウタ。
と、その時だった。
「おお。ヒラサカ君か」
廊下の向こうから一人の人物が現れる。
赤髭の老人。ジルベール=ハウル公爵だ。
「ふむ。一人でどうかしたのかね? アルフは?」
「他の皆は街に出かけています。ボクは体調を崩されたメルティアお嬢さまのお世話をするために残りました」
「……ほう」ジルベールは髭をさすった。「そう言えば、今朝方、アシュレイ公爵令嬢は体調を崩したと聞いていたな」
そこでコウタを見やる。
「ヒラサカ君はアシュレイ家の使用人だったな。難儀なものだ」
「いえ。お嬢さまをお守りするのがボクの役目ですから」
「……ふむ。義理堅いな君は。しかし」
ジルベールは同情するように苦笑した。
「君も運がない。相手がレイハート嬢なら少しは面倒身のしがいもあるというもの。それがあの巨漢の娘では……」
すると、コウタはムッとした表情を見せた。
「メルはああ見えても可愛いんです。そりゃあ完璧なリーゼ――お嬢さまに比べれば悪い点も多いかも知れないけど、凄く可愛い子なんです」
と、反射的にメルティアを弁護する。
それに対し、ジルベールは「ほう」と目を丸くした。
「君は彼女に本気なのか?」
「え? あ、いえ。本気って……」
コウタはこれまた反射的に困惑した表情を見せた。
(……なるほどな)
ジルベールは少し驚く。
どうやらこの少年は、本当にあの巨漢の少女にご執心のようだ。
しかも、すでに愛称で呼んでいるらしい。
甲斐甲斐しく面倒を見るのも、ただ使用人だからという訳でもなさそうだ。
だが、そうなってくると、折角用意しようとしていた数々の見合い相手も役不足だと言わざるを得ない。
「――残念だ。容姿以前に、流石に公爵令嬢クラスは儂でも用意できん。愚鈍娘もすでに売約済みだしな。本当に残念だ。とは言え……」
そこでジルベールはふっと笑った。
「己が才覚だけですべてを手に入れようとする男にそんなものは野暮だな」
唯一の後継者である公爵令嬢を手に入れると言うことは、アシュレイ公爵家そのものを手中に収めるということだ。
優しげな風貌からは想像できないほどの強欲さ。
平民の身でありながら、この少年は恐るべき野心を抱いている。
「ふふ、君は中々傲慢だな」
「え? ま、まあ、それは結構言われることもありますけど……」
どうも話が噛み合っていないような気がしてコウタは眉根を寄せた。
「ほう。自覚もあるのか。いや、そうでなければ野心など抱けんな」
ジルベールは破顔する。
「ふむ。そろそろ儂は行こう」
言って、後ろ手を組んで赤髭の公爵は歩き出す。
――が、コウタとすれ違ったところで。
「ああ。折角の機会だ。どうせなら今ここで完全に落とすのもいいぞ。相手が弱っている時こそ勝機。これはすべてに通じる摂理だ」
「へ?」
「良いか。有無を言わせぬ攻めこそが勝利の鍵だ」
「は、はぁ……」
いまいちジルベールの言葉の意味が分からずコウタが首を傾げていると、
「では、楽しんでくるといい」
ジルベールはふっと笑って告げた。
「はい……ん? 楽しむ?」
「それではまた会おう。未来のアシュレイ公」
「あ、はい……え?」
そうして、ジルベールは優しげな笑みと共に去って行った。
コウタは一人、その後ろ姿を見送っていたが、
「あれ?」
漠然とした不安と共に呟く。
「何だろう? 何だかもの凄く誤解されたような気がする」
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