第189話 星が映る湖面にて⑤

「中々派手な怪物ね」


 湖面の前にてミランシャが言う。

 視線は今も轟音が響く森の奥に向けている。


「あれは一体何なの?」


「少し珍しい程度の骨董品ですよ」


 サクヤは苦笑を零しつつ答えた。


「あれは移動式砲台。拠点から拠点へと移動する砲台です。名前を『山歩城さんほじょう』と呼びます。なんでも《星導石》を内蔵した初めての兵器で、鎧機兵よりもはるか以前に創り出された兵器だそうですよ。系譜的には鎧機兵のご先祖さまになるのかしら」


「へえ~。そうなんだ」


 ミランシャは森に轟く砲撃音に耳を傾けた。

 魔獣ではないかと推測していたターゲット。けれど上空から愛機で確認した山歩城とやらはとても生物に見えなかった。

 その姿はまるで巨大な山。金属製の山腹に幾つもの砲身を持ち、太い八本足で移動する怪物だ。一目で兵器であると判断できた。


「ただ、実際のところ、あまり戦果は上げれなかったそうです。とにかく鈍足で移動にはとても時間がかかるし、言ってしまえば孤立した小さな城塞ですし、戦時中は真っ先に狙われてしまって、すぐにボロボロにされたそうですから」


「何それ。完全な企画倒れじゃない」


 ミランシャは腰に手を当てた。


「知らないはずだわ。けど砲台ってことは人が操っているの?」


「いえ。本来は人が操るそうですけど今回は人手がなくて。指定したコースの巡回と、武装した鎧機兵に遭遇した時のみ迎撃するようインプットしています」


 そこでサクヤは悪戯っぽい笑みを零した。


「一応あれは私が改良した最新型――山歩城になりますね」


「……そう」


「正直言って、私の能力でも《星導石》内蔵の兵器を創るのはしんどいかなって思っていましたけど、どうにかなりましたね。自律機能の方はみたいな凄いのは無理でもシンプルな命令ぐらいなら出来るかなって思って」


「ふ~ん……」


 ミランシャは赤い双眸を細めた。


「メルちゃんねぇ」


 どうやらこの女、メルティアを知っているらしい。

 しかも、自律型鎧機兵ゴーレムの存在まで知っているようだ。


「あなたはメルちゃんの何なのかしら? 知り合いなの?」


「いえ。まだ知り合いってほどでもないです。ほんの少し会話をしただけ。彼女に私のことを尋ねても同じような回答をすると思います。ただ……」


 一拍おいて、サクヤは頬に指を当てた。


「将来的には家族になるかも」


「はあ? 何よそれ?」


 ミランシャは呆れた様子で嘆息した。

 このふてぶてしい女は真面目に答える気がないようだ。


 果たしてメルティアと一体どういう関係なのか……。


 気にはなるが、メルティアの名を呼ぶ時の女に敵意や悪意はない。

 少なくともメルティアに対して何かを仕掛ける気はないように思える。


「まあ、いいわ。メルちゃんのことは置いとくとして、それ以外はある程度の推測はできたわ。どうやらあなたはあんな骨董品を復元できるような技術者か……」


 そこでサクヤの尋常ではない美貌に目をやる。


「もしくは過去の遺物さえも創造できる《星神》ってことなのね」


「……ふふ、鋭いですね」


 サクヤは口元を綻ばせた。


「正解は《星神》の方になります」


「あら。こっちは随分と率直に教えてくれるのね」


「それは隠しても仕方がないことですし」


 腕を組んで睨み付けてくるミランシャに対し、サクヤは笑みを崩さない。

 しばし二人の間に沈黙が訪れた。


「……それで」


 長い沈黙を破り、ミランシャが尋ねる。


「結局、あなたは何をしたかったの?」


「それは簡単な話ですよ」サクヤはポンと手を叩いた。


「山歩城はあなたにここへ来てもらうためのただの誘いです。一度あなたとはゆっくりお話がしたかったので。出来ることならシャルロットさんともでしたけど、流石に二人を同時に呼び出すのは難しくて……」


「――シャルロットさんですって?」


 思いがけない名前が飛び出しミランシャは眉をひそめた。


「私はともかく、どうしてそこで彼女の名前が出てくるのかしら?」


 皇国において知名度を持つ自分。

 もしくはエリーズ国の公爵令嬢であるリーゼやメルティアなら分かる。

 しかし、出てきたのは公人ではメイドに過ぎないシャルロットの名前。


(一体、何が目的なの? この女?)


 どうにも読めない女だ。

 ミランシャは内心で眉をしかめた。

 それに、どうもさっきから落ち着かない。

 何故かこの女を見ていると、強い不安を覚えるのだ。

 自分の大切な何かを奪われてしまいそうな……そんな不安を覚える。

 そんなミランシャの心情を知ってか知らずか、サクヤはクスクスと笑った。


「それも今から話します。では、ミランシャさん」


 そして彼女は告げた。


「改めて女同士、華やかなトークでもしましょうか」

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