第141話 乙女の園③
その後、魔窟館で開かれた歓迎会は、大いに盛り上がった。
遅れてきたシャルロットも交え、各自の身の上話や最近の話題、ルカの故郷の話――特にシャルロットは興味津々で聞き入っていた――など。
イベントは多岐に渡って豊富だった。
中にはジェイクが小話をして微妙に滑るといったこともあったが、場は実に和気藹々としたものだった。特にゴーレム達の
何にせよ、歓迎会は夕刻まで続いた。
そうして和やかな雰囲気の中、夕食を済ませた一行は少し談話をした後、いよいよ絆がより深まる今夜のメインイベントを迎えようとしていた。
一糸も纏わぬ裸の付き合いだ。
すなわち、魔窟館の大浴場にて、『乙女の園』が開園されたのである。
◆
――パシャアァ……。
桶に汲まれたお湯が、細い肢体に注がれる。
そして背中についた泡と共にお湯がメリハリのある肌に沿って流れ落ちた。
その様子をリーゼは嘆息混じりに見つめた。
「……何とも見事なものですね」
「え? 何が、ですか?」
と、背中を流してもらったルカが振り向いて尋ねる。
その際に豊かな胸がたゆんっと揺れた。リーゼの頬が微かに強張る。
(これでわたくしより年下ですか……)
リーゼは思わず自分の胸元に目をやった。
形は綺麗だと思うし、主張するぐらいには張りもある。しかし、どう贔屓目に見ても豊かとは言えなかった。
「はあ……」リーゼはより深い溜息をついた。「どうすればそうなるのですか?」
「え、えっと。それは……」
直球過ぎる質問にルカは困ってしまった。
「だ、だけど、リーゼ先輩は凄く綺麗です。腰とか私より細いし、足も長くてすらりとしているし……」
と、リーゼの良い点を褒める。が、別に先輩に対しお世辞を言った訳ではない。
凜としたリーゼは本当に綺麗だった。
細い腰にしなやかな脚線美。肩から胸にかけては水気を帯びた蜂蜜色の長い髪が張り付いており、それが彼女の肢体をとても艶めかしく魅せた。
「す、凄く綺麗です」
ルカはもう一度告げる。
「まるで故郷にいるもう一人のお姉ちゃんみたい、です。彼女も凄く綺麗で男の人によく声をかけられていました。そ、それに、私もこの国に来た頃は胸なんて全然なかったん、です。だから、きっとリーゼ先輩もすぐに、その、大きくなります」
と、恥ずかしそうに自分の胸を両手で隠しながらルカが言う。
するとリーゼはカッと目を見開き、
「一体何を食べたのです?」
そう言って、座り込むルカの肩をグッと掴んだ。
「え?」ルカは目を丸くする。「ふ、普通のものです、けど……」
「一体何を食べたのです?」
「え? どうして二回目?」
ルカは頬を引きつらせた。自分の両肩を掴むリーゼの蜂蜜色の瞳からどんどん輝きが失われていたからだ。
「一体何を食べたのです?」
「お嬢さま」
不意に後ろから声をかけられた。
「あまり後輩を怖がらせるものではありません」
そう続けたのはシャルロットだった。
普段ならばたとえ親しくともメイドである彼女が主人であるリーゼと入浴を共にすることはないのだが、今日だけは無礼講ということでこの場にいた。
リーゼはルカの肩を離して振り向くと、
「……シャルロット」
少しばかり拗ねたような眼差しを姉のように慕うメイドに向けた。
「あなたも充分すぎるぐらい一級品ですわ。恵まれたあなたに、わたくしの不満など分からないでしょう……」
大きな湯船の縁に腰を掛け、足だけを湯に浸からせるシャルロット。
藍色の髪が美しい彼女も相当なプロポーションを有していた。平均以上の胸に、リーゼにも劣らないくびれ。普段は召喚器をベルトで巻き付けている太腿もとても柔らかそうで扇情的だ。成熟した大人の魅力に溢れている。
「あなたはいいですわね。もうすでに手に入れているのですから。あなたほどのスタイルと美貌ならば意中の殿方を落とすことなど容易でしょう」
と、リーゼが少し皮肉気に言い放つのだが、シャルロットは嘆息で返した。
「何を仰いますか。この程度の武器で『彼』を落とせたら苦労しません。それに上には上がいるもの……と、まあ、私のことはいいでしょう。それよりも――」
そこでシャルロットはリーゼを見据えた。
「お嬢さまにはお嬢さまにしかない魅力があります。成長を諦めない姿勢も必要でしょうが、まずは自分の武器を磨いてみては?」
と、進言する。リーゼは一歩後ずさり、「うゥ」と呻いた。
「負けたくはないのでしょう? お嬢さまが出遅れているのも事実です。ならば、相手の有利なステージではなく、自分の得意分野で勝負すべきです」
「そ、そうですわね」リーゼはあごに手をやった。「確かに今からメルティア並みのスタイルを手に入れるのは無理があります。ならば別の魅力で攻めるべきですわね」
リーゼは顔を上げた。
「分かりました。シャルロット。アドバイス感謝致しますわ。やはりサラさんといい、経験豊富な大人の女性は頼りになりますわ」
と、感謝と賛辞を贈るリーゼに、シャルロットは無言になった。
なにせ、経験豊富どころか、自分にはその手の経験が一切ないのだ。
齢二十六になる穢れなき乙女は、何も答えられないまま遠い目をした。
すると、その代わりか、
「……サラ、さん?」
と、ずっと様子見をしていたルカが聞き覚えのない名前に小首を傾げた。
それに気付き、「ああ、サラさんですか」とリーゼが説明を始める。
「以前、街中で偶然お会いし、激励をくださった方ですの。長い黒髪がとても綺麗な方でしたわ」
その時の出会いを思い出しつつ、リーゼは言葉を続けた。
「年齢はわたくしよりも少し上でしょうか。けれど、とても包容力があって、ずっと年上のような雰囲気を持つ方でしたの」
そこで一拍おいて、ルカを見やり、
「わたくしには愛する殿方がおります。とても優しくお強い方です。まだ片想いではありますが、わたくしはすでに将来を彼と共に生きようと考えております」
「わあぁ……」
口元を軽く両手で押さえ、ルカは感嘆の声を上げた。
自分自身の恋愛にはまだ興味はないが、やはり恋バナは乙女心をくすぐるのだ。
ルカは興味津々の眼差しでリーゼを見つめた。
「ですが、彼は魅力的なためか、とても女性にモテるのです。わたくしが知るだけでもわたくしを含めて四人の少女が彼に想いを寄せています。その中でも、わたくしは多少出遅れている方なのです」
リーゼは苦笑を見せつつ、自分の髪の毛先を指で巻いた。
「正直焦っていたのでしょう。わたくしは出遅れている不安で押し潰されそうになっていました。ですがその時サラさんと出会い、こう激励して下さったのです」
「な、なんて言ったの、ですか?」
ルカが水色の瞳を輝かせてリーゼに問う。
リーゼはふっと微笑み、
「そういう人を好きになった以上、動揺してはダメだと。サラさんの恋人もその系統だったそうですわ。そういう人はもう覚悟を決めるしかないそうです。この戦いは結婚しても終わらない。それこそ死ぬまで続く、果てしなきバトルだそうです」
「……とても身に染み入る言葉です」
と、呟いたのはシャルロット。
何やら重たい雰囲気が滲み出ていたが、リーゼは構わず言葉を続ける。
「そう。この戦いで肝心なのは諦めないこと。サラさんはそうも仰っていました」
リーゼは決意を込めて空――正確には大浴場の天井――を見上げた。
「そう! わたくしは諦めませんわ! 覚悟を決めたのです!」
そうして彼女は拳を固め、慎ましい胸を微かに揺らして反らして宣言する。
「幼馴染が何ですの! 《妖星》になんて負けたりはしませんわ! もちろん、幼女にもです!」
「「おお~」」
気迫に満ちた少女の言葉に、シャルロットとルカは反射的に拍手を贈った。
リーゼはフーと息を零す。と、その時だった。
「……メルティア。早く」
「ま、待って下さい。アイリ。まだ心の準備が」
大浴場の入り口付近でそんな声が聞こえてきた。
裸の付き合いに恥じらっていた、魔窟館の主人のようやくのご登場だ。
リーゼ達は視線をそちらに向けた。
そこにいたのは二人の少女。
一人はアイリ。流れるような長い薄緑の髪が印象的な少女だ。
全裸の彼女は両手でもう一人の少女の手を引いていた。
リーゼはアイリをまじまじと見つめた。
まだ幼い彼女の身体には流石に凹凸が少ない。だが、肌のきめ細かさは見事なものだ。女神の眷属と謳われる《星神》は侮れない。将来性の高さが窺える。
が、今それ以上に気になるのは、やはりもう一人の少女――メルティアだ。
「も、もう少し心の準備を……」
「……そんなこと言ってたら皆お風呂から上がるよ」
最後の抵抗のようにタオルで身体の前面を押さえたメルティアの肢体は本当に見事なものだった。透き通るような白い肌に、タオルに押さえられてもなお存在感を大いに示す豊かな双丘。細い腰つきもしなやかな脚線美も申し分ない。
ボン、キュッ、ボンを体現できる十五の少女が世界にどれだけいるだろうか。
リーゼは遠い理想郷を見たような気分になった。
そして呟く。
「本当に、わたくしはあれに勝てるのでしょうか?」
死んだ魚の目をする。それを見て、シャルロットは嘆息した。
「いきなり挫けないで下さい。とにかく頑張りましょう」
そう言って、とりあえず主人を励ますメイドさんだった。
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