第122話 天上の《星》と煉獄の《竜》③

 場所は変わり、森に覆われた戦場。

 強い風に木々がざわつき、木の葉が舞う中……。

 ――ガゴンッ!

 白き一条の輝きが閃く!


『ぐううッ!』


 牙を強く軋ませて呻く《死面卿》。

 白金の鎧機兵――《雷公》が放った突撃槍の刺突は《死面卿》の右肩を射抜いた。


『――チイィ!』


 そして肩の大半を失ったことで、獅子の右腕がブツリと落ちる。

 が、獅子の怪物はすぐさま腕を拾い上げて体内に取り込んだ。すると、もがれた部位から新しい腕が生えてきた。続けて指の動きを確かめる仕草に不自然さはない。

 それを見て《雷公》の中でアルフレッドは眉をしかめた。


『その再生力は本当にキリがないな』


『黙れ! 化け物め!』


 苛立ちを露わに言い放つ獅子の怪物。

 二人いた《死面卿》は、すでに一人だけだった。

 戦力を分散してよい相手ではないと判断し、戦闘直後に二人は融合したのだ。

 結果、二機分の質量を持つ怪物と化したのだが、それでも戦力差は歴然だった。


 ――《極星》の名を背負う鎧機兵。

 その実力は身を以て知っていたつもりだったが、末席でさえこれほどとは……。


(まだ十代とはいえ『あの男』の同胞ということか)


 獅子の怪物はギリと牙を鳴らした。

 が、退くことなどもはや考えない。所詮、自分は使い捨ての複製だ。

 ならば、生み出された意味として一秒でも長く時間を稼ぐだけだ。


『――グオオオオオオッ!』


 まさに獅子の雄叫びを上げて突進する怪物。

 しかし、白金に輝く騎士が萎縮することはない。

 縦横無尽に襲い来る爪を時にはかわし、時には突撃槍で打ち払う。

 その動きは優雅の一言だった。


『くそッ!』


《死面卿》は後方に跳び、右腕を鞭のようにしならせて伸ばした。

 鋭い爪が《雷公》に襲い掛かるがそれも通じない。

 ――ズガンッ!

 と、森の中に轟く雷音。爆発するような勢いで加速した《雷公》は爪による遠距離撃をかいくぐり、左の拳を獅子の眉間に叩きつけた。『ぐ、あ!』と呻き、大きく仰け反る《死面卿》。そこへすかさず突撃槍の攻撃が炸裂する!

 それも一撃ではない。刹那の瞬間に五撃も繰り出されたのだ。


『ぐあああああああッ!』


 両腕、両脚、脇腹へと次々大穴を開けられ、獅子の怪物は吹き飛んだ。

 四肢は無残にもげて、ズン、ズンと重い音と共に数回バウンドし、木に叩きつけられることでようやく《死面卿》は止まることが出来た。


『……ぬ、ぐ、どこまで化け物なのだ、お主は……』


 四肢を失った《死面卿》は地に伏せたまま、忌々しげに呻く。

 ――もはや時間稼ぎさえも難しいのか。

 自分の存在意義を否定されたようで《死面卿》は苛立った。

 ズンッと無意味に地面へと拳を振り下ろした。

 が、怒りに身を委ねてもまだ思考だけは冴えていた。

 放っておいても、いずれは自壊するだけの作り物の『命』。

 だが、そんな紛い物にも意地と欲望はある。


 ――せめて一矢。


 この白金の化け物に決して消えない傷を刻みつけてやる!

 横たわる獅子は敵に悟られないよう一瞬だけとある方向に目をやった。

 そこには二人の女性がいる。

 十代後半の少女と、二十代半ばほどの娘。《穿輝神槍》が連れていた二人だ。

 短剣で武装こそしているが、彼女達は《雷公》の圧倒的な戦闘力に魅せられ、鎧機兵を喚び出すことを忘れていた。

 巨獣と巨人が戦うこの場においてかなり無防備な姿である。


(……ぬふ)


 そして《死面卿》は卑しい笑みを浮かべた。

 どうせじきに消え失せるのなら、最後は自分のしたいことをするのもまた一興か。それがあの少年の心に消えない傷を刻むことにもなる。


(ああ、ならば)


 最後の方針を決めた《死面卿》は胴体の質量を削り、無理矢理四肢を生やした。体格は二回りほど小さくなったが、もはやどうでもいいことだ。

《死面卿》は両の拳を地面につき、文字通り獅子の構えを取った。


『……来るか』


 ――渾身の一撃が繰り出される。

 そう感じ取ったアルフレッドは《雷公》に身構えさせる。


『じゃあ、騎士として僕も全力で応えよう』


 言って、《雷公》は突撃槍を獅子の眉間にかざした。

 そうしてその直後、《雷公》の持つ突撃槍に変化が起きる。

 カシュン、と音を立て円錐形の槍からいくつもの刃が飛び出したのだ。さらにその刃は恒力を噴出しながら高速で回転し始める。

 柄を握りしめる鋼の手からは、盛大な火花が散った。

 これは、《黄道法》の操作系と放出系を同時に繰り出す複合技だった。


 ――高速回転する突撃槍。


 一度放たれれば防御は不可。城壁さえも穿つその技は《穿輝神槍》と言った。

 アルフレッドの二つ名にもなった必殺の闘技である。

 そのあまりの威容に、対峙している《死面卿》は勿論、戦況を見守っていたリーゼやシャルロットまでが息を呑んだ。

 そして一瞬の沈黙の後、


『があああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――ッ!!』


 絶叫を上げて《死面卿》が地を蹴った!

 防御は最初から考えない。渾身の体当たりだ。

 だが、それさえも天上に輝く《極星》には届かない。


『――穿て! 《穿輝神槍》ッ!!』


 そう叫び、必殺の刺突を繰り出した!

 高速回転する突撃槍は、わずかな抵抗も許さず獅子の眉間を貫き、大渦のような勢いで肉体を巻き込んで粉砕する。

 ――が、


「ぬ、ふ! せめてお主らだけはあああぁぁ!」


『――なに!』


 そこで初めてアルフレッドは焦りを抱いた。

 粉微塵に粉砕された《死面卿》の肉体の中で人間の頭ほどのわずかな欠片だけが破壊の渦を逃れ、遠方に避難していたリーゼとシャルロットに襲い掛かったのだ!


『く!』


 急ぎ《雷公》を反転させるが、すでに遅い。

《死面卿》の欠片は真っ直ぐ二人の元へ飛翔した。

 突然のことにリーゼは唖然としているようだ。ここままでは――。

 と、思った時のことだった。


「お嬢さまに不埒な真似をする輩は許しておけません」


 そこで動いたのはシャルロットだった。

 いきなりその場で身を翻すと、スカートを大きくなびかせて強烈な後ろ回し蹴りを《死面卿》の顔面に叩きつけたのである。

 まさかの反撃に《死面卿》は絶句し、地面に落とされる。ちなみにアルフレッドの方も恐ろしいほど華麗な蹴りに、呆気に取られていた。


「き、貴様……」


 最後の獲物と見定めていた娘の攻撃にもはや頭だけとなった《死面卿》が呻く。

 シャルロットはそんな男を一瞥した後、


「ご無事ですか。リーゼお嬢さま」


「え、ええ。大丈夫ですわ」


 コクコクと頷くリーゼ。

 それからかぶりを振って、


「不覚でしたわ。わたくしとしたことが戦場で油断するなど」


「それは仕方ありません。リーゼお嬢さまはまだ戦場に不慣れですから。さて」


 と、言ってシャルロットは再び視線を《死面卿》の残骸に向けた。


「無様ですね。《死面卿》とやら」


「ぐ、う……お主はただのメイドではなかったのか」


 喉の大半が崩れ落ち、すでに声帯の機能は失っているはずなのに、未だ《死面卿》ははっきりした口調で応えた。


「先程の身のこなし、お主は何者なのだ?」


 と、尋ねる《死面卿》に、シャルロットは少し小首を傾げてから腰を屈めた。

 そして囁くような小さな声でとある名前を呟いた。

 彼女にとって、とても特別な名前を。


「な、なに!」


《死面卿》は大きく目を見開いた。


「何故お主が『あの男』の名を! いや、さてはお主は『あの男』の女なのか!」


 地に落ちた《死面卿》は恨めしげな眼差しでシャルロットを見据えた。


「それは……」


 対し、シャルロットは一瞬だけ沈黙した。わずかに頬が赤い。

 が、すぐに決意を秘めた顔で立ち上がると、スカートを軽くたくし上げ、


「そうですね。それはまだ予定の段階ではありますが、いずれはそうなるつもりです。ですからそう考えて頂いても構いません」


 と優雅に一礼しながら告げる。


「くそッ! 最後まで『あの男』が関わってくるのか!」


 忌まわしい。本当に忌まわしい。

 あと一歩で『聖女』をこの手に入れられるはずだったあの日もそうだ。

 ――どこまでも、どこまで『あの男』は邪魔をしてくれる!


「おのれ! 何故、『あの男』はいつも我の前に立ち塞がるのだ!」


「それはきっと貴方が悪党だからでしょう。なにせ『彼』は本当に悪党と遭遇する機会の多い人ですから。本人もよく『気付いた時には全く無関係のトラブルに巻き込まれているんだ』と愚痴っていました」


 と、昔を懐かしんでいるのか、少し愛しげな声で告げるシャルロット。

 しかし、すぐに表情を非情なものに改めて。


「ですが貴方は本当に不愉快な人間でした。幼いラストンさんを狙い、そして最後にはお嬢さままで襲おうとしたこと。断じて許せない存在です」


 言って、スカートの丈を再びたくし上げて片足をゆっくりと上げる。

 身動きの取れない《死面卿》は鬼の形相を浮かべた。


「おのれ! おのれ! おのれええエえ! 《 》! アッ――」


「黙りなさい」


 と、最後の最後に誰よりも憎き男の名を叫ぼうとした《死面卿》であったが、愛しい人の名前を猟奇殺人鬼ごときに叫ばれるのは不快と感じたのか、シャルロットは一瞬の躊躇いもなく片足を踏み下ろした。

 グシャリと果実が砕けるような音がした。すでに人の形を保つのも限界だったのか、《死面卿》の複製体は呆気ないぐらい簡単に砕け散った。

 一拍の間を開けて、


「え、えっとシャルロット?」


 リーゼが恐る恐る近づき従者の名を呼ぶと、


「はい。何でしょうか? お嬢さま」


 いつもの無愛想さで問い返すシャルロット。

 リーゼは少し気圧されながらも尋ねてみる。


「今のお話は一体……?」


 すると、シャルロットは少しだけ気恥ずかしそうに表情を崩しつつ、人差し指で自分の唇を軽く押さえて、


「女には色々と秘密があるものです。いずれお嬢さまにも分かるでしょう」


 と、表面上だけは凜々しい大人の女を演じた。

 そして呆然とするリーゼをよそに《雷公》へと視線を向けて。


「申し訳ありません。アルフレッドさま。決闘のお邪魔をしてしまいました」


『い、いえ。お気になさらず』


 と、反射的に答えるアルフレッド。

 あまりにも唐突な結末に少々面を食らっていた少年だったが、少しだけ表情を変えて気になることを尋ねてみる。


『その、スコラさんは、やはり「彼」のことを……』


 その声にはどこか確信が宿っていた。

 実のところ、アルフレッドはリーゼよりもシャルロットの事情に詳しかった。

 先程のやり取りだけで大まかな背景が掴める立場に彼はいたのだ。

 そのことはシャルロット自身も知っていたので流石に誤魔化しようがなかった。

 だからこそ、リーゼに対してだけは背中を向けた状態で、


「ええ。それが何か?」


 と、普段通りの平然とした声で答えた。

 ただし、その顔はかつて誰にも見せたことがないぐらい真っ赤であったが。

 アルフレッドは愛機の中で頬を強張らせながら彼女の顔を見つめ、


『そ、そうですか』


 と、呻くように呟く。

 それから一呼吸入れてから、


『貴女の「ライバル」は本当に多いと思いますよ。ですが、その、頑張ってください』


 シャルロットの表情が思いのほか可愛らしくて、実姉のこともすっかり忘れて応援するアルフレッドだった。


 まあ、それはともかく。


(これでこっちはカタがついたか。けれど)


 アルフレッドは、グッと操縦棍を握り締め直した。

 確かにこの場での決着はついた。ここに至って新しい《死面卿》の影武者が現れるようなこともないだろう。残りの問題は魔窟館の方だ。

 無論、今から急ぎ向かうつもりではあるが、戦闘には間に合わない可能性が高い。もはやそちらの決着はこの国で出会った新しい友人に委ねるしかなかった。


(口惜しいけど、今回は任せるしかないか……)


 アルフレッドは《雷公》を通じて魔窟館のある方向に目をやった。

 そして神妙な声で呟く。


「君の真価。見せてもらうよコウタ」

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