第121話 天上の《星》と煉獄の《竜》②
――ああ、どうにか間に合った。
愛機・《ディノス》の操縦席の中でコウタは深く安堵していた。
二人の《死面卿》の姿から影武者を思いつき、即座に戻ってきたのは正解だった。
しかし、ホッとしたのも束の間。徐々に苛立ってきた。
《ディノス》のモニターに映る眼前の光景。
子供の頃から慣れ親しんだ魔窟館。緊急事態だったとはいえ、自ら破壊してしまった事と、その無残な姿には心が痛む。
そして何よりもここはメルティアの心を守る『城』だ。
言うなれば、彼女が本当に気を許す者しか立ち入れない『聖域』だった。
だというのに、ここまで敵の侵入を許してしまうとは……。
自分の不甲斐なさに、コウタは強く歯を軋ませた。
が、すぐに溜め込んだ怒りを解放するように呼気を吐き出し、
『ジェイク』
館内の相棒に声を掛ける。
『奴はここでボクが仕留めるよ。君とゴーレム達は、アイリを安全な場所にまで避難させて欲しい』
対し、ジェイクはニヒルな笑みと共に「おうよ」と応えた。
零号を筆頭にしたゴーレム達も、一機がアイリを抱え上げることで意思を示した。
「……コウタ」
その時、メルティアが一歩前に進み出た。
「私は……」
胸の前で指を組み、不安そうな眼差しで《ディノス》を見やる。
コウタは静かな瞳でメルティアを見つめ返した後、
『メルはボクと一緒にいて』
そう言って、《ディノス》の
続けて操縦席から身を乗り出し、三階にいるメルティアに手を差し伸べる。
「あの男は未知の敵だ。出来れば切り札を使いたいんだ」
と告げるが、それは理由の一部だった。コウタの本音としては、
無論、ジェイクや零号達のことは信頼している。だからこそアイリも託した。
しかし、コウタにとってメルティアだけは特別なのだ。
――そう。たとえ、彼女を戦場に巻き込むことになっても。
メルティアだけはこの手で守りたい。
それが、コウタの疑いようもない本音だった。
「一緒に来てくれる? メル」
わずかに緊張した面持ちでそう告げるコウタに、
「……はい。コウタ」
メルティアは柔らかな笑みで答えた。
次いで一セージルほど下段にある《ディノス》の操縦席へとメルティアは飛び乗った。コウタは空中で彼女の手を掴み、強く抱き寄せる。
そうして一瞬だけ彼女の鼓動を確かめた後、
「じゃあ行くよ。メル」
力強い声でそう告げる。メルティアはこくんと頷いた。
《ディノス》の
そして二人の主人を乗せて万全の状態となった悪竜の騎士は瞳を輝かせた。
◆
一方その頃――。
「複製体では足止めさえも難しいとはな……」
裏庭の地で杖を握りしめ、《死面卿》が呻いていた。
あの二人の怪物を足止めするために、複製体らには黒犬から得た鎧機兵二機分の質量を分配していたのだが、それでもなお足りなかったのか。
「やむを得んか」
《死面卿》は空を見上げた。そこには銀色の鳥の群れが旋回している。
その数はおよそ数百羽。あれらもまた《死面卿》の分身の一つだ。事前に街の工房から鎧機兵を三機ほど拝借し、確保しておいた予備の素材である。
そうして鳥達は《死面卿》に降り注ぐ。
こうなれば戦闘は避けられない。だが、あの少女達を諦めるつもりもなかった。
ならば、全力で障害を排除するだけだ。
徐々に肥大化する《死面卿》の体。
そして十数秒後、そこには巨大な魔獣がいた。
姿そのものは怪物に変貌した複製体とさほど変わらない。
手甲を纏った二足歩行の獅子だ。しかし、全高は五セージル近くあり、体格は二回りほど大きい。その上、棘のついた尾は四本もある。
これこそが劣化していない《死面卿》本体の戦闘形態だった。
『……ぬふ。この姿になるのも久しいものよ』
この姿になるには鎧機兵数機分の質量が必要なため、滅多になることはない。
だが、一度変貌してしまえば、その力は《七星》にも劣らないと自負している。
――ただし、規格外の怪物である『あの男』を除けばではあるが。
『……ふん』
敗北の苦い記憶が一瞬脳裏をよぎるが、《死面卿》は鼻を鳴らして振り払う。
そして視線を今の敵に向けた。
そこには、処刑刀を下ろした竜装の鎧機兵の姿があった。
獅子の怪物は目を細め……ふっと笑った。
(恒力値は六千四百ジン程度か。学生の扱う機体としては破格ではあるが、精々上級止まりの機体だな。我の敵ではないか)
瞳に映った恒力値に揺るぎない勝利を確信する。
《死面卿》のこの姿は鎧機兵を素材にしたものだ。その気になれば一部の機能――《万天図》を再現する事も可能だった。彼は自分の双眸にその機能を残していた。
《死面卿》はニヤリと口角を歪めた。
(ぬふ。怪物と言っても《穿輝神槍》と違い、この少年はただの学生だったな。愛機の性能も限界があって当然か。今更だがそこまで警戒する必要もなかったのか)
余裕からそう考える。
――すでにこの少年は自分の敵ではない。
だが、そうなってくるともう一人の怪物の方が気がかりだった。この場いない以上、複製体が足止めしているとは思うが、そう長くは持たないだろう。
なにせ、向こうは本物の怪物なのだ。
複製体には荷が勝ちすぎることは重々承知していた。
なればこそ――。
(ここは《穿輝神槍》が来る前に早々と始末するか)
と、判断して前傾に身構えて《死面卿》は前へと踏み出した。
足の爪で地を強く掴み、獅子の怪物は牙を剥き出しにする。
ここは一分以内に決着をつける。
そう考えていた――矢先のことだった。
――ゴオオオオオオオオオオッ!
唐突に轟音が鳴り響き、《死面卿》は呆気に取られた。
『……なん、だと?』
そして徐々に表情が凍り付いていく《死面卿》。
突如、竜装の鎧機兵の全身から凄まじい業火が迸ったのだ。
まるで煉獄が顕現したかのような激しい炎だ。もしや機体不備による暴発かと一瞬思ったのだが、全身から溢れ出る炎の中で悪竜の騎士は平然と佇んでいた。
どうやらこれはアクシデントの類ではなさそうだ。
が、動揺から立ち直る間もなく、《死面卿》はさらに驚くべき事実を知る。
彼の双眸に映る恒力値が、途轍もない勢いで跳ね上がったのである。
それも天井知らずに数値が更新されていく。
そして――。
『ば、馬鹿な……』
思わず冷たい汗を流す獅子の怪物。
ようやく落ち着いた恒力値。それは、七万二千ジンに至っていた。
嫌でも『あの男』が操っていた《真紅の鬼》を思い出させる数値だった。
《死面卿》はごくりと喉を鳴らした。
『……お、お主は一体何者なのだ……?』
しかし、その問いかけには答えることなく。
――ズン、と。
業火を纏う悪竜の騎士は、力強い一歩を踏み出した。
訪れる静寂。
かくして、魔窟館の守護者の怒りを込めた戦闘が今始まった。
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