第八章 天上の《星》と煉獄の《竜》

第120話 天上の《星》と煉獄の《竜》①

「……随分と静かになったな」


 魔窟館の四階。メルティアの寝室でジェイクが神妙な声で呟いた。

 次いで零号達を見やり、「決着がついたのか?」と尋ねる。

 すると、ゴーレム達はそれぞれかぶりを振り、


「……ロリコン、逃ゲタ。コウタガ、オッテル」


 代表して零号がそう答えた。

「そうか」ジェイクは両腕を組んだ。そうしてしばし考え込んでから、アイリの側に寄り添い、二人してベッドの縁に腰をかけるメルティアに視線を向け、


「なあ、メル嬢」


 と、声をかける。


「何ですか? オルバンさん」


 首を少し傾げ、そう応えるメルティアに、ジェイクは真剣な声で提案する。


「敵がいねえ内に場所を変えようぜ。ここより地下の工房の方が頑丈だ。ゴーレム達も一階に集合させて警備を固めるチャンスだ」


「……そうですね」


 メルティアは少し思案した。確かにここよりも地下の工房の方が安全だ。周辺に散っているゴーレム達も一度集めた方がいい。

 メルティアはもう数瞬だけ考え込んだ後、決断する。


「分かりました。今の内に移動しましょう」


 そう言って、一度アイリの髪を撫でてから立ち上がった。

 次いで零号に目をやり、


「零号。魔窟館の警備に就いている全機を一階に集合させてください。地下工房を防衛拠点にします」


「……了解シタ」


 ぐっと親指を立てて応える零号。その後、「……リンクスル」と呟き、零号の意思は魔窟館にいる全ゴーレムに伝わった。

 メルティアはこくんと頷き、


「ではアイリ。移動しましょう」


「……うん。分かった」


 アイリを立たせて二人は歩き始める。

 重い音と共に開く寝室のドア。一行は四階の渡り廊下に出た。

 そしてメルティアとアイリを中央に、零号を筆頭に工具で武装した十機のゴーレム達が囲い、さらにはジェイクが腰の短剣の柄に手をかけながら、進んでいく。

 伏兵がいるとは考えにくいが、それでも油断する訳にはいかない。

 一行は何も語ることなく歩を進めた。

 そして緊張感と共に階段を降り、三階に着いた時だった。


「……ふむ。中々の警戒ぶりではないか」


「「「――ッ!」」」


 不意に聞こえてきたその声に、全員が息を呑んだ。

 コツコツ、と。

 杖をつきながら、渡り廊下を歩いてくるのは黒い貴族服を纏う一人の紳士。

 獅子の相に不敵な笑みを刻んだ男の姿がそこにあった。

 メルティア達は知る由もないが、三人目の《死面卿》がこの場に現れたのだ。


「ぬふふ。ようやく会えたな。《星神》の乙女よ」


 怯えるアイリを凝視し、《死面卿》が言う。

 それからアイリがしがみついているメルティアの方も一瞥し、


「その上、これは思わぬ拾い物だな。獣人族の娘か。それも素晴らしき美貌だ。ぬふふ。まさか乙女の他にもこれほどの逸材がいようとはな」


「……ッ!」


 何よりも苦手とする『好奇』の混じった嬲るような視線に、メルティアは声も出せずただ震えた。主君の恐怖を感じ取り、ゴーレム達の瞳の色が変わった。

 そして不躾な敵に怒りを覚えたのはジェイクも同様だった。


「……おい、おっさんよ」


 眼光を鋭くするジェイクと零号達が《死面卿》の前に立ち塞がる。ゴーレム達はそれぞれ工具を構え、ジェイクは短剣を抜刀した。

 次いでジェイクは短剣の切っ先を《死面卿》に向けて尋ねた。


「オレっちのツレの大切なお姫さまをエロい目で見てんじゃねえよ。そもそも何でてめえがここにいるんだ。コウタの奴はどうした?」


「……ふむ。コウタとはあの黒髪の少年のことか」


 《死面卿》はあごに手をやった。


「彼ならば、今頃、我と死闘を演じているはずだ」


 と、意味不明な台詞を告げる。問い質したジェイクは勿論、メルティアやアイリも眉根を寄せ、ゴーレム達も小首を傾げていた。


「どういう意味だ? てめえはここにいるだろうが」


 ジェイクが続けてそう尋ねると、《死面卿》はくつくつと笑い出した。


「ふむ。そうだな。後はお主らを全滅させて乙女達を攫うだけか。ならばチェックメイトとなった今、ここでタネ明かしするのも一興かもしれんな」


「……おい、出会い頭に勝利宣言とは随分と余裕じゃねえか」


 ジェイクは忌々しげに呟く。こうも露骨に雑魚扱いされては怒りも湧いてくるが、ここは少しでも時間を稼ぐべきだった。


「まあ、いいさ」


 ジェイクは「ふん」と鼻を鳴らして《死面卿》に告げる。


「そんじゃあタネ明かしをお願いするぜ。おっさん。話してみな」


「ああ、よかろう」


 よほど余裕なのか《死面卿》はあっさりと乗ってきた。と言うよりも、元々、《死面卿》は芸術家だ。本質的にはなのだろう。


「では、まずはこれを見てもらおうか」


 言って、《死面卿》は自分の胸に左腕を深々と突き立てた。

 ギョッとするジェイク達をよそに《死面卿》はゆっくりと左腕を引き抜く。するとその手には銀色に輝く手槌が握られていた。


「……何だ、それは?」


 ジェイクが短剣の柄を強く握り直しながら問う。

 対し、《死面卿》は銀色の槌をかざして、


「ふむ。これは我の核とも呼ぶべき物だ。若き日のあの日。東方の大陸アロンより手に入れし神秘の魔具」


 高らかにその名を告げる。


「――《ゴルディアの槌》よ」


 シンとした空気が流れる。と、


「……やはりアロンの魔具ですか」


 沈黙を破ったのはメルティアの声だった。

 《死面卿》に対する恐怖よりも職人としての知識欲がわずかに上まった結果だ。

 メルティアは言葉を続ける。


「アロンの魔具は、常識では考えられない不可思議な効果を発揮するとは聞いた事はありますが、その槌もそうなのですか?」


「ぬふ、いかにも」


 《死面卿》は銀色の槌を眩しそうに見据えて答える。


「この槌はあらゆる金属を操ることが出来る。形状の変化は無論、材質さえも思いのままに作り替えることが出来るのだ。ぬふ。我のような彫刻家にとっては喉から手が出るほど欲しい逸品よ。しかしな」


 そこで《死面卿》は皮肉気な笑みを零した。


「多くのアロンの魔具がそうなのだが、魔具は超常の力を発揮する反面、副作用もまた多いのだ。この槌も例外ではない」


「……副作用ですか?」


 メルティアが眉根を寄せる。《死面卿》は肩を大仰に竦めた。


「まあ、この槌に関しては副作用と言うよりも追加機能と言うべきか。例えばな」


 言って《死面卿》は胸の奥にズブリと槌を突き立てた。そして取り出した時と同じく槌は《死面卿》の体の中へと沈んでいった。


「この能力がまさにそれだ。《ゴルディアの槌》は使用すればするほど使用者の肉体を金属へと変貌させていくのだ。今の我はすでに九割が金属。生きた金属人間よ」


「……おいおい」


 《死面卿》の説明にジェイクが喉を鳴らした。


「お前、ガチで人間やめてんのかよ」


「結果的にはな。だが、この身体はとても便利なのだぞ」


 《死面卿》は笑う。


「我が今この場にいるのもこの体質のおかげだ。槌の効果で変幻自在の上、鎧機兵のような他の金属を取り込めば巨大化さえも出来る。その上……」


 そこで左手を前にかざした。

 一瞬、渡り廊下に沈黙が降りる。


「ああン? 何の真似だ。てめえ?」


 行動の意図が読めず、ジェイク達は眉をひそめたが、すぐに絶句した。

 突然、《死面卿》の左手が膨れあがると銀色の塊と化し、その後、塊に《死面卿》の顔が浮かび上がったのだ。


「………うぅ」


 あまりの気持ち悪さにアイリがメルティアにより強くしがみついて呻く。

 ゴーレム達が「……ロリコンガ、ヘンタイシタ!」「……ブサイク」「……シンシュ! シンシュノロリコンダ!」と騒ぎ始めた。

 そんな中、浮かび上がった《死面卿》の顔が言葉を続ける。


「……ぬふふ。これは我の複製品よ。個体を増やすほど記憶が劣化するため、二体以上を作り出すのは困難だが、影武者としては実に役に立つ」


「ああ、そういうことかよ……」


 ジェイクが渋面を浮かべた。

 ようやく今回のからくりが見えたのだ。


「要するに今コウタが戦ってんのはてめえの影武者レプリカってことか」


「そういうことだ。意外と聡いな。少年よ」


 そう返すのは本体である《死面卿》だ。同時に左手は元の形状に戻る。


「さて」


 それから、くるりと杖を回して一歩踏み出す。


「タネ明かしもここまでだ。納得したところでお主らには舞台から降りて頂こうか」


 そう告げる《死面卿》だったが、その眼差しはジェイクとゴーレム達ではなく、アイリとメルティアを見据えていた。鎧機兵を喚べない屋内ならば敗北する要因はない。彼の中ではすでに勝利は確定済みということだ。

 《死面卿》は悠然とした足取りで進み始めた。

 対するジェイクとゴーレム達は、


「けッ、やれやれだな」


 一斉に武器を身構えるも、さほど緊張した様子はなかった。 

 《死面卿》が訝しげな表情を見せて足を止める。


「……ふむ。先ほどのお主の台詞ではないが随分と余裕ではないか。その機械人形も含めても総数は十一。そんな数で我を止められると思っているのか?」


「いやいや、流石に人間やめてるような奴に素手で勝てるとは思わねえよ。しかもてめえはチビどもの天敵みてえだしな」


 と、敗北宣言に似た台詞をジェイクは言う。

 しかし、その後には続きがあった。


「てめえはコウタを舐めすぎだ」


 ジェイクは不敵に笑ってそう告げる。


「特に身内の危機を前にしたあいつは恐ろしく冴えてんかんな。もうオレっち達が戦う必要もねえ。てめえは呑気にしゃべりすぎなんだよ」


 そして肩を竦めて余裕の態度を見せるジェイク。

 その直後のことだった。


 ――ズズンッ!


「な、なに!?」


 揺れる渡り廊下に、大きく目を剥く《死面卿》。

 突如、館を突き破り、黒い壁が立ち塞がったのだ。


「ば、馬鹿な!? もう戻ってきたのか!?」


 目の前の壁は巨大な剣の腹だった。それが城壁のように渡り廊下を分断し、ジェイク達と《死面卿》を分けたのである。

 そして――。

 ――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!

 館を粉砕しながら、黒い剣が《死面卿》に迫る!


「ぐ、ぬ!」


 咄嗟に逃走しようとする《死面卿》だったがここは狭い廊下だ。逃げ場などない。

 ミシリと嫌な音を立て、黒い剣は《死面卿》の身体を撃ちつけた。

 だが、そこで終わらない。剣はさらに勢いを増し、魔窟館の壁を吹き飛ばして《死面卿》を宙空へと弾き飛ばした。


「――ぐううううッ!」


 砲弾の勢いで地面に叩きつけられる《死面卿》。

 人間ならば即死する攻撃でも人外の《死面卿》にとっては致命傷ではない。

 砕けた肉体を槌の力で復元し、即座に立ち上がる。

 そして自分を吹き飛ばした憎き敵を睨み据えた。

 ――それは処刑刀を携えた黒い竜装の鎧機兵だった。

 本来ならば、この場にいないはずの姿だ。

 その雄姿を前にして《死面卿》はギシリと歯を軋ませて叫ぶ。


「おのれ! どこまでも邪魔をするのか! 少年よ!」

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