第116話 魔窟館攻防戦②

 ――並び立つ大きな木々。

 そこは、周囲が深い森に覆われた場所だった。

 空だけが開かれており、雲のない晴天が見える。そして心地良い陽光が注ぐ広場には壁の一部に樹のツルが絡みつく古風な館が構えていた。

 アシュレイ家の別館。通称・魔窟館だ。

 その敷地内にて、ガシュン、ガシュンと足音が響く。

 言うまでもなくゴーレム達の足音だ。その数は三機。

 工具で武装した彼らは、三機でチームを組んで裏庭を巡回しているのである。


「……ウム。イジョウナシ」


 と、ゴーレムの一機が周囲を見渡して言う。その気になればそれこそ壊れるまで半永久的に動ける彼らは、文字通り不眠不休で警護を続けていた。

 疲労すらないゴーレム達に一切の隙はない。

 だからこそ彼らは、その異常に迅速に気付いた。


「……ム!」


 一機のゴーレムが不意に警戒した声を上げた。


「……ドウシタ? ナナゴウ?」


 同僚(?)のゴーレムが尋ねるが、すぐに彼も異変に気付いた。

 遥か上空にて、銀色に輝く鳥が群れを成して旋回しているのだ。

 それも一羽や二羽ではない。数十羽はいる異様な光景だ。


「……トリ? イッパイノ、トリ?」


 困惑した声を上げるゴーレム。

 すると、いきなり鳥達は森の中へ落下した。滑空ではない。完全な墜落だ。

 鳥達は羽ばたくことを止め、まるで銀色の雨のように次々と森の中に落ちていったのである。

 恐ろしく不自然な状況に、機械であるゴーレム達も困惑した。

 しかし、警戒は緩めることはない。むしろ強めていた。

 こんな異常な事態、何も起きない方がおかしかった。

 ゴーレム達は互いの顔を見合わせた後、工具を構えて森の奥を見据えた。

 そうしてしばらくすると……。


「……ぬふ。邪魔するぞ。人形どもよ」


 一人の男が森の奥から現れ出た。

 右手に杖。身体には黒い貴族服を纏う獅子の相の男。

 現在アシュレイ家において最も警戒されている人物――《死面卿》当人だ。


「……キタ! キタ! ロリコンダ!」「……オノレ! ロリコン!」「……デタナ! ヘンタイメ!」


 ゴーレム達は騒ぎ出す。

 そして一斉に工具を突き出し、《死面卿》に対し身構えた。


「……ぬふふ。無駄なことを」


 人形達の様子に《死面卿》は顎鬚を撫でて侮蔑の笑みを見せる。


「お主らでは我には敵わぬことはすでに知っているであろう。まあ、お主らが先日出会った機体と同じなのかまでは知らぬがな」


 言って、今度は余裕の笑みを浮かべた。この人形達はそこそこ強力な兵器のようだが、所詮は自分の敵ではない。それは先日の戦闘で把握していた。

 その上、三機程度ならば無力化するのに数秒もかからないだろう。


「悪いが他の者に知られる前に排除させてもらうぞ」


《死面卿》は「ぬふふ」と笑い、杖を細剣のように構えた。その獅子のような顔には未だ余裕が見受けられた――が、次の瞬間、表情を一変させた。


「「「……エマージェンシーコール!」」」


 同時に赤い瞳を輝かせる三機のゴーレム。

 杖の先端をピクリと動かし、《死面卿》は眉根を寄せる。と、


「……な、なに!?」


 思わず唖然とした声を上げた。何故なら突如、機械人形達の瞳が光を放ち、けたたましいほどの大音量が周囲に響き渡ったからだ。


「ぬ、ぬうぅ……」


 あまりの音量に、片耳を押さえて呻く《死面卿》。

 音源は三機の機械人形達の内部からだった。異様なほど高性能な人形だとは思っていたが、よもや警報機まで内蔵していたとは……。


(いささか侮っていたか)


 表情を強張らせる《死面卿》。

 何にせよ、まずこの音を止めなければまずい。《死面卿》は杖を強く握りしめ直すと、警報を鳴らすゴーレム達を仕留めようとする――が一歩遅かった。


 ――ガシャン! ガシャ―ン!


「――ぬう!」


 いきなり次々と割れる一階の窓。

 そこからは窓を開けている暇はないと考えたのか、装甲にモノを言わせてガラスを破壊し、砲弾のように飛び出してくるゴーレム達の姿があった。

 他にも裏庭の端から凄まじい速度で走る機体の姿も複数ある。

 その数、総数にして三十六機。

 裏庭・一階を警護するゴーレム達が、その場に集結していた。

 そして裏庭の指揮官の三十三号と、一階の指揮官である二十八号が一歩踏み出し、工具を《死面卿》へとかざした。


「……コンドハマケナイ! ロリコンメ!」


「……ブチノメス!」


 彼らは結構負けず嫌いな個体だった。



       ◆



 いきなり鳴り響いた警報音に、その場にいた者達は全員息を呑んだ。

 そこは魔窟館の四階。メルティアの寝室にて、零号を筆頭に護衛をしていたゴーレム達が一斉に大音量を鳴らしたのだ。

 これがどういう事態なのかは今さら説明などいらなかった。


「――コウタ!」


 ジェイクが鋭い声で相棒の名を呼ぶ。

 対し、コウタは真剣な表情でこくんと頷いた。


「うん。ゴーレムの内の誰かが接敵したんだ。零号」


 次いでゴーレム達の長である零号に目をやり尋ねる。


「どこで接敵したか分かるかい?」


「……分カル」


 零号は心なしか険しい声で答える。


「……南ガワノウラニワ。三十三号タチガゲイゲキシテイル」


 その回答に、コウタとジェイクは眉をひそめた。


「……おいおい、この警備網でいきなり裏庭にまでやって来やがったのか」


「一体どうやってここまで忍び込んだのか――いやそれよりも」


 コウタは瞳を細めて思案する。

 これはかなり危機的な状況であった。

 何の前触れもなく魔窟館の裏庭にまで侵入されるのは、完全に予想外だ。

 この厳重な警備網の中、どうやって誰にも気付かれずにここまで侵入したのかは気になる点ではあるが、この際侵入経路自体について詮索するのは後回しだった。

 一番の問題はすぐ傍に敵がいることだ。

 ゴーレム達は本邸側にもいる。この警報はすぐさま伝わるだろうが、増援には数分の時間を要する。それまでコウタ達はこの場にいる戦力のみで、どんな切り札を持っているか分からない《死面卿》を迎撃しなければならなかった。


(……どう迎え撃つか)


 コウタはさらに深く思案する。と、その時、


「……アイリ」


 メルティアがアイリの肩に触れ、声をかけていた。

 コウタの視線が彼女達に移る。


「心配無用です。あなたは必ず守ります」


「……メルティア」


 アイリは怯えた顔を上げると、メルティアに抱きついた。

 見ると、少女の細い肩はずっと震えていた。

 そんな妹分を豊満な胸で抱きしめつつ、メルティアはキュッと唇を噛んだ。

 彼女自身かなり怯えていることは一目瞭然だが、自身の不安は必死に抑えていた。アイリにこれ以上の不安を抱かせないためだ。


(……メル)


 当然、彼女の心に気付いたコウタは、幼馴染の少女に穏やかな笑みを見せる。

 やはり彼女は、本当に優しい少女だった。


「……大丈夫だよ。メル。アイリ」


 そしてメルティアの怯えた心を受け止めるように、アイリを挟んだままギュッと幼馴染の少女を抱きしめた。

 力強い両腕に腰と背中を押さえられ、メルティアは少しだけ痛みを感じた。

 それから小さな声で「コ、コウタ?」と少年の名を呟く。

 それは、守るべき者の存在を確かめるためか、普段よりも強い抱擁だった。二人に挟まれた圧力にアイリが「……むぎゅ」と呻く。

 抱擁は数秒ほど続く。

 そうして別の意味で緊張し始めたメルティアの髪に片手で触れ、


「君達はボクらが必ず守る。心配しないで」


 そう告げて、そっと彼女を離した。

 その時にはメルティアの顔は真っ赤になっていた。

 恥ずかしさから俯き、「は、はい。が、頑張ってください」と告げるメルティアに微笑み、次いでようやく圧力から解放されたアイリの髪をくしゃりと撫でてからコウタはジェイクに視線を向ける。


「ジェイク。打って出るよ。ここに鎧機兵で攻め込まれたらまずい」


「ああ、そうだな」


 ジェイクは力強く首肯した。


「その可能性は高けえよな。その場合ここじゃあ鎧機兵で迎撃できねえか。おし。ここはオレっち達に任せてくれ」


「……ウム! 任セヨ」「……ロリコン、ウツベシ!」「……コウタ、ツブスベシ!」


 と、零号を始め、護衛のゴーレム達が親指を立てた。

 彼らに対しても「うん。メルとアイリを頼むよ」と告げて、コウタは襲撃場所の案内役であるゴーレムを一機だけ伴い、寝室を出た。

 そして長い渡り廊下を走り出す。

 耳を澄ませば、裏庭の方面から轟音らしきものが響いていた。

 ここまで届く以上、やはり鎧機兵戦になっているのか。


「いよいよ来たか。《死面卿》」


 そう呟くコウタの声には、緊張が宿っていた――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る