第82話 救出作戦③

(……なんて不甲斐ないの……)


 薄暗い鉄製の部屋の中で、イザベラは静かに歯を軋ませた。

 鎧機兵を喚ぶ召喚器こそ奪われたが、特に拘束もされていない彼女はおもむろに壁に近付くと、すっと指先で触れた。すると、微かに振動が伝わってきた。

 それに加え、時折部屋全体が大きく揺れる。

 この部屋――イザベラ達を監禁するコンテナ式の馬車が移動している証だ。

 イザベラは壁から手を離すと、軽く拳を握りしめた。

 何と言う失態か。むざむざと敗北し、その上虜囚になるなど……。


(ああ、ごめんなさい。アベルさま)


 心の中で想い人の顔を思い浮かべ、ひたすら謝罪し続けるイザベラ。

 と、その時だった。


「……隊長」


 部下の一人である二十代半ばの女性騎士が片腕を押さえて近付いてきた。

 彼女の腕には包帯が巻かれていた。

 傷の手当ては黒服達が行ったものだ。部屋の中には負傷者が多く、うずくまる者や壁に寄りかかる者もいるが、全員手当てはされている。

 こうやって虜囚にした以上、どうやら《黒陽社》の奴らは今すぐにイザベラ達に危害を加えるような意図はないらしい。

 しかし――。


「我々はどうなるんでしょうか……」


 と、不安を隠せずに部下が問う。それと同時に、彼女のみならず部屋にいる十四名の部下達が全員イザベラに注目していた。

 対するイザベラはすぐには答えられなかった。

 答えが分からない訳ではない。自分達の未来は簡単に想像できる。

 だからこそ、言葉に出来なかったのだ。

 それは質問をした女性騎士も、他の部下達も察したのだろう。

 全員が絶望に沈んだ表情を浮かべた。

 イザベラはそんな彼らを見やり、嘆息する。


「まだ……諦めるには早いでしょう」


 と、彼女は言う。部下達は大きく目を剥いてイザベラに注目した。


「幸いにも部隊は二つに分けていました。我々が消息を絶ったことは騎士団もすでに気付いています。アベ……アシュレイ将軍ならばすぐさま状況を把握し、救援部隊を送ってくださるはずです」


 と、淡々と語る隊長に、「お、おお……」「そ、そうだよな、将軍なら」「ああ、そうさ! すぐに救援は来る!」とにわかに沸き立つ部下達。

 イザベラの前に立つ女性騎士も少し安堵した表情を浮かべていた。

 そんな部下達に、イザベラは告げる。


「信じましょう。私達の仲間を」


 凛とした声に部下達は一瞬静まり返るが、


「そ、そうですよね! 隊長!」


「ああ、諦めんのは早いぜ!」


「うん! 信じましょう!」


 部下達の士気が俄然上がった。

 イザベラは、表情は変えずに心の内で小さく嘆息した。

 とりあえず今はこれでいい。所詮は不安を誤魔化すための虚勢かもしれないが、早くから落ち込み続けるよりはまだマシだろう。

 エリーズ国の地形は複雑だ。今移動しているルートを見極め、本当に救援に来られるかどうかは、かなり運に左右されるのが現実であっても。

 胸中の絶望は隠し、イザベラは再び壁に触れて、再び想い人の顔を浮かべる。


(………アベルさま)


 自分の不甲斐なさに腹が立つ。

 確かにあの少女は怪物だった。噂に聞く《九妖星》。かの皇国の《七星》にも匹敵する戦士と囁かれていたが、まさに人外レベルの化け物だった。

 しかも、あの妖術めいた不気味な機体。それなりに操手としての腕に自信を持っていたイザベラであったが、あの怪物の前ではほとんど抗うことも出来ず、瞬く間に愛機の四肢を粉砕されてしまった。

 それは他の者達も同じだ。一体どうやって自分が敗北したのか。未だイザベラは勿論、部隊の者全員が理解できていなかった。


(……化け物め)


 イザベラは静かに歯を軋ませる。

 そして思う。救援をただ願うしかないこの状況。だが、正直なところ、このまま救援は来ない方がいいかもしれない。下手すれば、救援部隊までもあの怪物に敗北し、虜囚が増えてしまうだけの可能性が高かった。

 あの怪物に太刀打ち出来る者など、恐らく今の騎士団にはいない。


(なら、犠牲になるのは私達だけでいい)


 部下達には決して言えないが、イザベラは「騎士」としてそう考えた。

 だが、同時に一人の「女」としては――。


(ああ、アベルさま。せめて……)


 壁に視線を向けたまま、苦悶の表情を浮かべるイザベラ。

 そして彼女は心の中だけで素直に想った。


(あと一度だけでも、貴方にお会いしたいと願うのは我儘なの?)



       ◆



『……コウタさま。もうじき目的地に到着します』


 と、やや軽装な外装を持つ機体が報告して来る。

 右手に「刀」と呼ばれる鞘付きの長剣を携えた、深い紺色の鎧機兵だ。個体名は《疾風》と言う。東方大陸アロンの流れをくむラックスの愛機である。

 アシュレイ家の執事長であるラックス。いざとなればアベルの最後の防壁とも成る彼は武芸百般であり、鎧機兵の操縦も達人の域であった。


『うん。そうだね』


 そう言って振り返るのは、先頭を歩く黒い鎧機兵。赤を基調にした機体の上に、全体的に鋭利な甲鱗のような形状をした黒い鎧を装着した機体だ。

 恒力値は六千四百ジン。両手を覆う手甲は竜頭を象っており、頭部の側面部からは太く巨大な多関節の角が二本生えていた。わずかに開いた状態で固定されたアギトには鋭い牙まで並んでいる。その上、手には切っ先が丸い処刑刀を携えており、完全に悪役――それも幹部か首領クラスを彷彿させる鎧機兵である。


 この機体の愛称は《ディノス》。

 メルティアが心血を注いで造り上げたコウタの愛機だった。


『みんな気を引き締めて行こう』


 コウタがそう告げると、彼に続く《疾風》も含めた十機の機体がそれぞれ頷いた。

 彼らはアシュレイ家の私設兵団。そこにはコウタの知る者も多い。何気に普段は庭師やらメイドやらをして、影からアシュレイ家を警備する面々が主だったからだ。

 そんな彼らは今、深い森の中を鎧機兵に乗って進んでいた。

 目的地は渓谷。アベルが予測した逃走ルートの一つだ。

 ズズン、と重い足音が響く。


「…………」


 コウタは《ディノス》の操縦棍を握りしめ、木々が広がる前方を見据えた。

 処刑刀で邪魔な繁みを払いつつ、《ディノス》が率いる鎧機兵隊は進んでいく。

 本来ならばもっと急ぎたいのだが、これ以上、恒力の出力を上げると《万天図》で感知される。現状ではこの速度が全速力だった。


(……間に合うといいんだけど)


 わずかな焦りは口に出さず愛機を急がせるコウタ。

 すると、不意に視界が大きく広がった。

 月明かりに照らされる場所。

 そこは、元々は大河が流れていた渓谷が見下ろせる崖の上だった。

 ここには木々もない。そこそこ大きな広場だ。

 コウタは《ディノス》を崖の傍まで寄せて眼下を覗き込み――。


『……流石はご当主さま。大当たりだ』


 すっと黒い双眸を細める。

 眼下に見えるのは整地もされていない石や岩だらけのかつての大河の道。そこには今、馬ではなく二機の鎧機兵の手によって引かれる二台の大きな馬車の姿があった。そして、その馬車を護衛する黒い騎士型の鎧機兵が十五機、周囲を警戒している。

 よく見れば、直列で進む二台の馬車の後方側には窓はなく、コンテナのように鋼鉄製であるのが分かった。あの馬車の用途は考えるまでもない。

 流石に不快に思うが、ともあれ、どうにか間に合ったようだ。


(……今助けます。イザベラさん。他のみんなも)


 グッと操縦棍を握りしめ、静かに士気を高める少年。

 そしてコウタは《ディノス》を振り向かせると、同行する仲間達に告げる。


『それじゃあ、みんな行くよ』


 私設兵団の面々が乗る機体は、ラックスの愛機も含め、全員が頷いた。

 コウタの《ディノス》も首肯する。

 そして黒髪の少年は、おもむろに宣言した。


『救出作戦の開始だ』

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