第53話 悪党の矜持②

 ――数分前。

 全身が炎に覆われた異様な鎧機兵・《ディノ=バロウス》の中で、操手であるコウタは困り果てたように眉をしかめていた。

 だが、そんな面持ちになるのも仕方がない。

 何故なら《ディノ=バロウス》は今、十機以上の鎧機兵に包囲されているからだ。

 彼らはワイズの部下ではない。ルッソの部下達だった。

 一応コウタ達の味方であるはずの彼らが、それぞれの武器の切っ先を《ディノ=バロウス》に向けているのだ。


(……いや、これって……)


 コウタは周囲に目をやり、嘆息した。

 自分の包囲する鎧機兵達が、緊張しているのがよく分かる。


「ねえ、メル。ボクらって完全にワイズとかいう人の仲間扱いされているよね?」


 と、コウタは後ろにいるメルティアに尋ねた。


「まあ、そうですね」


 対するコウタの幼馴染は、苦笑をこぼして告げる。


「《ディノ=バロウス》は、どう贔屓目に見ても正義の味方には見えません。見事なまでに悪役――と言うより、悪の首領です」


 そこでメルティアは、ふふっといたずらっぽい笑みを浮かべた。


「そもそも、コウタの二つ名も《悪竜顕人》ですしね」


「……やめてよメル。まだその名前、誰にも教えてないんだよ」


 そう呻くように呟き、コウタが渋面を浮かべた。


 ――《悪竜顕人あくりゅうけんじん》――


 それは、とある男から贈られたコウタの二つ名だった。

 あまりにも悪役っぽいので、最も親しい友人であるジェイクにさえまだ教えていない名前である。何と言うか、爆笑されるイメージしか湧かないからだ。


「まあ、コウタの二つ名は置いとくとしても。知らない人間が《ディノ=バロウス》を見たらこの反応は当然でしょうね」


 と、この機体を製作したメルティアが、まるで人ごとのように言う。

 力なくかぶりを振り、コウタは深々と溜息をついた、その時。


『……お、お前は、完全に包囲されている』


 周辺を包囲する鎧機兵の一機が、一歩前へと進み出てきた。

 そして長剣を《ディノ=バロウス》に突きつけて、


『お、大人しく投降するんだ』 


 そう勧告した。ただ、その声はかなり震えている。

 コウタは思わず苦笑をこぼした。やはりと言うべきか、推測通り《ディノ=バロウス》は敵――ワイズの配下だと認識されていたらしい。

 他の機体にも目をやると、少しずつ間合いをいるようだった。

 警戒されているのは明らかだ。


「……ふふん。完全に腰が引けていますね」


 すると、メルティアが不意に自分の腰に手を当てた。

 それから、大きな胸を反らしつつ、誇らしげに微笑んだ。

 製作者としては、自作品が注目を浴びることはやはり嬉しいのだ。


「まあ、今の《ディノス》って本当におっかないからね。見た目も恒力値も」


 と、コウタも同意する。

 今の《ディノ=バロウス》の恒力値は七万二千ジン。まあ、半分以上の恒力を不要なモノとして炎の形に変えて排出しているため、実際は三万五千五百ジン程なのだが、それでも異常なレベルの恒力値だ。腰が引けるのも無理はない。

 事実、コウタがその気になれば殲滅するのも容易い戦力差だった。


「それでコウタ。どうしますか? 一応彼らは敵ではないようですが」


 と、再びコウタの腰に手を回して、メルティアが尋ねる。

 その問いに対し、コウタは少しばかり眉をしかめた。


(さて。どうしようか)


 メルティアの言う通り、周囲を囲う鎧機兵達は敵ではない。

 今は誤解しているようだが、武装を解いて会話をし、リーゼに証言してもらえれば簡単に誤解は解けるだろう。捕縛されるような事にはならないはずだ。

 しかし、その場合だと――。


(捕縛はされなくても、この場から動けなくなるか)


 コウタは、不本意そうに表情をしかめた。

 リーゼ達がこの状況を訝しんでいるように、コウタもまた腑に落ちない状態だった。

 どうにも怪しすぎるのだ。

 特にだと言うのは、あまりにも疑わしい。

 そもそもこの別荘に来た初日。一体どこから情報を仕入れてサザン伯爵はここにリーゼがいることを知ったのか。それが、ずっと疑問だった。


(やっぱり今回の黒幕は――)


 コウタは、操縦棍を強く握りしめた。

 どうしても、一人の人物の姿が脳裏によぎる。

 コウタはわずかな間、考え込み――そして決断した。


「……メル」


「何ですかコウタ?」


 少女は身体を寄せて少年に応える。

 すると、コウタは申し訳なさそうに目を細めて、


「ごめん。少し無茶をするよ。いい?」


 と、告げる。メルティアは微かな笑みを浮かべた。


「ふふ、構いません。コウタのしたいようにして下さい」


 まるで長年連れ添った妻のように、彼女はコウタを受け入れる。


「うん。ありがとう。メル」


 コウタは笑った。

 そしてその直後、悪竜の騎士の足元から雷音が轟いた。

 ――《黄道法》の放出系闘技・《雷歩》。

 両足から集束した恒力を、一気に噴出して加速する高速移動の技だ。

 しかし、恒力値が三万五千ジンを超える《ディノ=バロウス》の《雷歩》は、尋常なレベルではない。地面は陥没し、爆発したように粉塵が舞い上がる。


『う、うわあ!?』『て、抵抗する気か!?』『ひ、ひいィ!?』


 絶叫を上げたのは、粉塵に巻き込まれた周囲の鎧機兵達だった。

 そんな彼らをお置き去りにして、宙へと跳び上がった《ディノ=バロウス》は、全身の炎を揺らして風を切る。


『コ、コウタさま!』


 その時、地上からリーゼの声が聞こえてきた。

 目をやると、白銀色の鎧機兵――《ステラ》の姿が確認できた。

 近くにはジェイクの《グランジャ》。シャルロットの《アトス》の姿もある。


『――リーゼッ!』


 コウタは、声を張り上げた。


『ここの対応を頼む! ボクは逃げた頭目を追う!』


『ッ! 分かりましたわ! お気をつけて!』


 すれ違いざまの一瞬の指示だったが、リーゼは迅速に答えた。

 ほぼ説明なしの呼び掛けでありながら、この即座の判断は見事だった。

 しかし、そのやり取りに唖然とする者もいた。

 コウタの腰にしがみついていた、メルティアである。

 ――今、コウタはリーゼを何と呼んだ?


「……えっ?」


 彼女の顔には、先程までのすべてを受け入れるような雰囲気はなかった。


「コ、コウタ!? 今リーゼを呼び捨てにしませんでしたか!?」


「え、あ、いや、それは後で説明するよメル」


「どういうことです!? 答えて下さい!」


「い、いや、だからその、えっと、今はしっかり掴まっていて!」


 と、誤魔化すように指示をするコウタ。

 ともあれ、今優先すべきことはあの男の追跡だった。


(……よし)


 森の中にズズンと一旦着地し、再び《ディノ=バロウス》は《雷歩》を使った。

 地面が軋み、炎を纏う悪竜の騎士は、再度空高く飛翔した。

 そして月の輝く夜空を背に――。

 コウタは、静かに黒い双眸を細めた。


(グリッド=ワイズ。少し話を聞かせてもらうよ)


 かくして、処刑刀を片手に《ディノ=バロウス》は跳躍する。

 この森のどこかにいるはずの男を追って――。

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