第七章 悪党の矜持

第52話 悪党の矜持①

『……これはどういうことかしら?』


 誰もが困惑して硬直する中、リーゼがルッソに問う。


『ルッソさんと仰いましたわね。説明して頂けるかしら?』


『ええ、勿論です。レイハートさま』


 言って、ルッソの乗る機体が一歩前に進み出た。

 その場にいる全機が制止した状態で、ルッソの機体に注目した。

 そして、ルッソの操る鎧機兵は、両手に手斧を持つ機体――ワイズが搭乗する《ダグン》を指差して告げる。


『実はその男――グリッド=ワイズは皇国における犯罪者なのです』


『…………』


 その指摘に、ワイズは無言だった。

 彼の周囲の部下達は『お、お頭……』と動揺するが、それにも答えない。

 ルッソは淡々と言葉を続ける。


『その男は数年前まで、皇国にて人身売買を生業にする盗賊団の団長でした。しかし、とある傭兵に団を壊滅させられ、このエリーズ国まで流れて来たのです』


 その話は、紛れもなく真実だった。

 だからこそ、今度はワイズの部下達も沈黙した。


『どうしてそんな男が伯爵の執事に?』


 と、リーゼは眉をしかめて尋ねる。

 当然出てきたその質問に、ルッソは少しの間も置かず即答した。


『当時、我が主人は腕の立つ護衛も兼ねた執事を募集していたのです。我が主人は寛大かつ公平なお方。実力のある者ならば経歴や出自は深く追求しません』


 そこで一呼吸入れ、


『それが間違いでした。最近のサザンの失踪者の増加を訝しみ調査したところ、まさかその四割がこの者達の手で拉致されていようとは……』


 ルッソの声には、沈痛な響きがあった。

 心から悔やんでいる。

 リーゼを始め、全員が静かにその声に耳を傾けていた。


『事実を知った我が主人はワイズの行方を捜したところ、その男の次の狙いがレイハートさまとアシュレイさまの誘拐であると知り、急きょ私をここに遣わせたのです』


 そして、ルッソは説明の締めに入る。


『レイハートさま。そして、恐らくはどなたかの機体におられるアシュレイさま。ご安心ください。このならず者どもは、この場にて我らが捕縛致します』


 言って、自機に恭しく礼をさせるルッソ。

 リーゼは腑に落ちない顔――実はコウタを始め、リーゼの仲間達は全員同じような顔をしていた――をしていたが、しばしの沈黙の後、ふうっと息をつき、


『分かりましたわ。救援ありがとうございます』


 とりあえず、そう告げた。

 どうにも胡散臭いルッソの言葉を鵜呑みにする気はないが、今はこの周囲の部隊を味方として受け入れるしかない。

 一方、この状況に緊張感が増したのは、ワイズ一党だった。

 ここまで説明されれば、どういう事態なのかは嫌でも分かる。

 要は、自分達は伯爵に切り捨てられたのだ。


(……やってくれるぜ。伯爵の旦那)


 団長であるワイズは、愛機の中で眉をしかめた。

 リーゼ=レイハートを強引に攫うよりも、ワイズ達を悪役にして、レイハート家とアシュレイ家に恩を売ろうという魂胆か。

 しかもルッソが語った内容。それには、ほとんど嘘がなかった。

 あえて真実を語ったということは信用を得るため。この状況は演技ではなく、本気でサザン伯爵は、ワイズ達をここで潰す気なのが窺い知れた。


(くそ、小銭を稼ぎすぎちまったってことか)


 忌々しげに、ワイズは舌打ちした。今はやむをえず執事をやっているが、自分には使用人など窮屈なだけで性に合わないとワイズは感じていた。

 いずれは盗賊団を再建する。

 そんな野望を抱き、サザン伯爵に気付かれないように、人身売買や時には強盗まがいのことをしていたツケがここに来たか。

 周辺を包囲する集団は、サザン伯爵の私兵だ。逃走は難しいだろう。


 だが、それでも――。


『クク、クハハハッ、クハハハハハハハハハハハハハハッ!』


 ワイズは突如、哄笑を上げた。

 その笑い声はさらに大きくなり、収まる様子がない。

 ワイズの部下達も含めて、全員がギョッとした。

 そうして皆が唖然とする中、十数秒間に渡って笑い声は続き――。


『くそったれがッ! 舐めてんじゃねえよ! サザンの犬どもがッ!』


 いきなり哄笑は、怒号へと変わった。

 その直後、ワイズの愛機・《ダグン》が両手の斧を振り下ろした。

 すると、突風が巻き起こり、遠く離れたライトの一つが粉砕される。

 恒力を操る《黄道法》。その放出系闘技の一つであり、恒力の刃を放つ《飛刃》と呼ばれる技が炸裂したのだ。

 人工の光の中に、一か所だけ闇が生まれる。

 ワイズの愛機はそこの目指して走り出し、全力で跳躍した。


『――てめえら!』


 鎧機兵の囲いを越えて飛翔する《ダグン》が吠える!


『捕まりゃあ殺されるぞ! 全員散開しろ! 一人でも多く生き延びやがれ! 悪党の悪あがきを見せてやりな!』


 団長の檄に、部下達はハッとした表情を浮かべた。

 まさしくその通りだ。いつまでも呆けている訳にはいかなかった。

 たとえ、大人しく投降しても、あの伯爵が自分達を生かすなど考えられない。

 今ここで捕縛されれば、待っているのは間違いなく死だった。


『う、うおおおおおッ!』


『ちくしょう! 殺されてたまるか! お頭に続くぞ!』


『邪魔すんじゃねええええェェ!』


 次々と雄たけびを上げるワイズの部下達。

 ある者はワイズの後に続き、ある者は他のライトを破壊して別ルートから逃走する。

 人工の光で満ちた広場は、静寂から一転、一気に混乱の坩堝と化した。


『――クッ! 追え! 誰ひとり逃すな!』


 と、ルッソが部下達に指示を飛ばす。

 数十機の鎧機兵達は、一斉に動き出す。その隊行動には澱みはなく、それぞれ標的を決めると、無言のまま追跡を始めた。

 その状況に唖然としたのは、リーゼ達だ。


『……なあ、お嬢』


 ズシン、と地を踏みしめて、ジェイクの乗る《グランジャ》が近付いてきた。


『いきなり混戦になったな。どうするよ。オレっち達も奴らを追うか?』


 そう尋ねるジェイクの声は、わずかに困惑している。

 都合よく現れた援軍、いきなり始まった追走劇。

 話は勝手にどんどん進み、今や彼らは蚊帳の外にいるようだ。

 まるで狐にでも化かされたかのような気分だった。


『……そうですわね』


 リーゼも、即座に返答は出来なかった。

 彼女も困惑しているのだ。

 ルッソの言葉は胡散臭いが、矛盾点はなく敵意もない。

 一方、ワイズという名の男は弁解もなく逃げ出した。恐らくルッソの挙げた罪状は事実なのだろう。何より、あの一党はリーゼ達に悪意を持っていた。

 普通に考えれば、ルッソ達に協力すべきなのだが……。


『……お嬢さま』


 今度は、《アトス》に乗ったシャルロットが声をかけてきた。


『いかが致しましょうか。彼らに協力するのも選択肢としてはありますが……』


 と、告げるシャルロットの声は、どこか乗り気ではなかった。

 彼女もこの状況に不審感を抱いているのである。

 ルッソ達の登場からして、あまりにも都合よすぎるからだ。

 二人の仲間にそう尋ねられ、リーゼは眉をしかめていた。


 ここはどう動くべきか。

 そう深く悩んでいた――その時だった。


 ――ズガンッッ!

 突如、広場の中央辺りから轟く凄まじい雷音。

 同時に濛々と砂煙が舞い上がる。


『な、何事ですの!?』


 リーゼは驚愕の声を上げた。

 先程見た限りでは、この広場での戦闘はなかったはずだ。

 一体、何の音だったのだろうか。

 そう思い、彼女は轟音のした方へと目をやり――。


『………え?』


 一瞬確認したのは、夜空を駆ける紅い光。

 その姿を見て、リーゼは目を丸くするのであった。

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