第1部

プロローグ

第1話 プロローグ

 見晴らしの悪い森の中。

 その一行は馬に乗り、木々の間を進んでいた。

 人数は十数人ほど。全員が白い騎士服の上に、真紅の外套を纏っている一団だ。

 彼らの外套には翼を広げる鷹の紋章――この南方大陸にある国の一つ、エリーズ国の紋章が刻まれている。彼らはエリーズ国の騎士団だった。


「……アシュレイ将軍。こちらです」


「……うむ」


 先導する騎士に声をかけられ、『将軍』と呼ばれた男性は頷いた。

 年の頃は四十代前半。白銀に近い総髪が特徴的な人物だ。

 彼の名はアベル=アシュレイ。

 エリーズ国の騎士団を率いる四将軍の一人だ。


(……よもやこんな状況に出くわすとはな)


 馬の手綱を引きつつ、アベルは内心で歯がみした。

 彼ら一行は会談のため、隣国であるこの国に訪れていた。

 そして特に問題もなく会談も終え、後は帰国するだけだった。

 しかし、帰路の途中、同行する騎士の一人が街道隣りの森で異常を察したのだ。

 その騎士曰く、森が燃える匂いがする、と。

 元々その騎士は山育ちで鼻の良さには定評があった。

 ここは隣国の領地だが、もし山火事ならば見て見ぬふりも出来ない。

 そこでアベルは斥候隊を森の中へ派遣したのだが――。


『……森の奥で村が焼けていました』


 それが斥候から戻った騎士の報告だった。


『恐らくは山賊かと。外部から襲撃を受け、火を放たれたようです』


 騎士は神妙な口調でそう続ける。

 現在、他の斥候隊は生存者の探索をしているそうだ。


『……そうか』


 それを聞いた以上、アベルもじっとしてはいられない。

 騎士団の一部を率いて、アベル自身も生存者の捜索に乗り出したのだ。

 人道的な処置と、ここで隣国に恩を売っておきたいという打算からの判断だ。

 かくして、アベル一行は森の中を進んでいるのである。


「もうじき森が抜けます」


 と、先導する騎士が告げる。

 その言葉通り、十分もしない内に森は抜けた。

 そして目に飛び込んできた光景に、アベルを始め、騎士達は息を呑んだ。


「こ、これは……」「ぬう……」「……惨いな」


 次々と上がる呻き声。この場にいるのは歴戦の上級騎士ばかりだったのだが、そんな彼らでさえも思わず呻くほど、その光景は酷かった。


「……むうぅ、これは……」


 アベルもまた眉をしかめて呻く。

 恐らくは、人口百人程度の小さな村だったのだろう。

 しかし、その面影はもう欠片もない。

 田畑や家屋は一つ残らず焼かれ、原形を留めているモノはなく、家畜まで炎に呑まれた無残な姿を晒していた。よく見れば未だ微かに火が燻ぶっている場所まである。

 そして、ここに暮らしていた村人達に至っては……。


「…………くそッ!」


 アベルは小さく舌打ちして馬から降りた。

 それから一番近くの遺体の元へ歩み寄ると、片膝をついた。

 焼き尽くされた遺体は性別すら判別できない。

 しかし、身体の大きさから十にも満たない子供なのは分かった。

 アベルはグッと唇をかみしめ、静かに手を合わせる。


「……やはり山賊の仕業なのでしょうか?」


 と、アベル同様に馬から降りた副官の騎士が尋ねる。

 だが、それはアベルにも判断しようがない。


「……分からん」


 山賊が村を襲うのはよくあることだが、この状況はあまりにも酷過ぎる。

 明らかに強奪ではなく、殲滅を目的とした惨状だ。


「これは調査が必要だな。だが、今はそれよりも生存者の捜索が先決だ。せめて一人だけも生き残りがいればいいのだが……」


 アベルは周囲を見渡した。

 すでに部下達は生存者の捜索に入っている。

 それを一瞥してから、アベルは副官を見やり、


「近くの街の屯所にも連絡しなければならないな。ああ、そうだ」


 ふと、重要な事を思い出して尋ねる。


「ところでこの村は何という名前なのだ?」 


 名前を知らなければ連絡も出来ない。

 アベルがそう問うと、副官はおもむろに懐から地図を取り出し、


「少々お待ちを。確かこの村は……」


 と、小さな地図を広げて場所を確認しようとした――時だった。


「おい! いたぞ! 生存者だ!」


 突如響いたその声に、アベル達はハッとする。

 そしてすぐさま声の方へ駆け出した。

 他の騎士達も一斉にその場所に向かった。

 すでに人だかりが出来ているそこはどうやら倉庫のようだ。

 土台の煉瓦だけは崩れずに残っており、その中央に騎士が膝を屈めていた。


「おい! 生存者がいたのは本当か!」


 と、叫ぶアベルに、


「あっ、はい! 大分衰弱していますが……」


 そう返す騎士の腕の中には、一人の少年がいた。

 年の頃は七、八歳。この大陸では珍しい黒髪の少年だ。


「ここの地下貯蔵庫にいました。遺体が不自然な形で覆っていましたので……」


 と、報告しつつ、騎士はちらりと横に目をやった。

 彼の視線の先には、うつ伏せに倒れた状態の遺体があった。

 損傷が酷いため、顔は判別できないが、身体の大きさからして成人男性だろう。


「恐らくこの子の父親か、身内なのでしょう」


 敬意を込めて、その騎士は語る。


「まるで貯蔵庫を守るかのように倒れていました。火に覆われる前に、この子を地下貯蔵庫に避難させたと思われます」


「…………そうか」


 アベルはそう呟くと、遺体に対し黙祷した。

 周囲の騎士達もそれに倣う。

 と、その時だった。


「……ゴホッ、ゴホッ」


 騎士の腕の中の少年が不意に咳こんだ。

 アベルはハッとして少年の顔を覗き込んだ。


「――坊や! 大丈夫か! 私の声は聞こえるか!」


 そう声をかけると、少年はうっすらと目を開けた。

 少年は焦点が定まらない黒い瞳でアベルを見ると、小さく口を開く。


「……兄、さん………サ……姉さ、ん……」


 意識が朦朧としているのだろうか。呟いたのは家族の名のようだ。

 そして、それだけを口にして少年は再び意識を失った。


「坊や! しっかりするんだ!」


 アベルは再度声をかけるが、少年は反応しない。


「これはまずいな。想像以上に衰弱しているぞ。――医療班! 急げ!」


「「「――はっ!」」」


 将軍の指示に、即座に答える医療班の騎士達。

 アベルはおもむろに立ち上がると、他の騎士達にも指示を下す。


「他にもまだ生存者はいるかも知れん! 周辺まで範囲を広げて捜索せよ!」


「「「――はっ! 了解しました!」」」


 そして騎士達は敬礼をして散開する。

 それを見届けると、アベルも外套を翻して歩き始める。

 指示は動きながらでも出せる。自身もまた捜索に加わるつもりだった。


「とりあえず近くの屯所にも連絡せねばな」


 そう呟き、アベルはふと副官に尋ねた。


「そう言えば、この村の名前は分かったのか?」


 すると、副官は「ああ、そうでした」と返し、地図に目を落とした。

 それから、おおよその場所を探して――。


「あっ、見つけました。多分、位置的にこれですね」


 国境近くに位置する小さな村を見つけた。

 近くに他の村もない。まず間違いないだろう。


「ええっと、この村の名前ですが……」


 そして地図に記載された名称に目をやると、副官はポツリとその名を告げた。


「どうやら『クライン村』と言うそうです」

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