【最強の狂信者】
目覚まし時計の設定時間より一時間早く起床する。
分かっていた事だけど、昨日からの懸念事項が安眠させてくれなかった。
「はぁ……」
不安を吐き出し、洗面台に向かう。
拓馬君に会う時は、いつも最高の私でありたい。
だから、研鑽を重ねた拓馬君好みのメイクを自分に施す。
汗と根性で均整も維持する身体は、クリーニング仕立てのスーツの中へ。
姿見の前で十分間、不自然な所はないかズボラがハミ出ていないかチェック。
うん、今日も最高の私だ。拓馬君の前に立つに相応しい私だ。
「ほな、行きまっせ!」
止めるに止められなくなった痛い口調で、私は自室を後にした。
「おはようさん、二人とも」
「おっはようございます! 真矢さん」
「グッモーニン、真矢氏」
拓馬君の部屋前に待機する音無さんと椿さん。
二人は夜中も交代で警護に当たってくれる。私の半分しか寝ていないはずなのに、寝ぼけた様子はない。
相変わらずのタフネスぶりだ。でも、いつもより少し元気が……
「拓馬はんに何かあったん?」
「それなのだが、三池氏は一睡もしていない。由良氏からの贈り物をずっと読んでいたと思われる」
「はっ!? ほんまに? 拓馬はんがそう言ってん?」
「いえ、寝ている時の気配がしなかったんです。就寝中の三池さんが放つ音波も受信できませんでしたし」
気配? 音波? 扉越しなのに?
えっ、ここって北大路邸の客間だよね? 仮にも領主の屋敷なんだから壁は厚いはず? そもそも音波を受信ってナニ?
ツッコミ所の多さに一瞬、声が出なくなるが。
「ま、まあ音無はんや椿はんが言うんなら、そうなんやろなぁ」
やや性格と性癖に難があっても、それを補っても余りある超人的能力を持つからこの二人を雇っているわけで。
私は常識を引っ込めて、彼女たちの見解を受け入れた。
「一睡もせぇへんかった原因は、あの日記やな」
「ですね。間違いなく」
「マサオ氏の影響は大きいものだった」
昨夜、由良様が持って来たアタッシュケースは、貴重品収納に特化の内部構造をしていた。
中にはあったのは、マサオ様が書いた一冊の日記。
先日、拓馬君が「日記を読ませてほしい」と由良様に電話していた。
気を利かせた由良様が、中御門邸に保管されていた一冊を持って来たのだろうか?
私は拓馬君の翻訳作業を手伝っていたので、ニホン語が少し読める。
たしか、日記の表紙は『不知火群島国・〇〇記 109巻』だったかな?
〇〇の文字はどう訳せばいいか分からなかった。
それにしても、109巻って凄い巻数だ。マサオ様は自分の人生を何冊の本に書き残したのだろう?
「あの日記を読み始めてから、三池さんの様子がおかしくなったよね」
「うむ。挙動不審でコミカル。総じて美味しそうだった」
「なんが書いてあったんやろ? うちら、すぐ追い出されたさかい」
一人にしてください! おやすみなさい!
と拓馬君に拒絶されたショックで、私は廊下で気絶した。ダンゴたちも同様だったらしい。
組員さんに介護されて、二時間後に意識を取り戻したけど、あんな体験は二度と御免だ。
「あっ! 三池さんが来ますよ」
「あと四秒で接触」
音無さんと椿さんが色めき立つ。
私の耳には拓馬君の足音も息遣いも、扉に阻まれて聞こえない。
でも、胸や
扉が開いて、拓馬君が見飽きない秀麗な出で立ちで現れた。
「おはようございます」
「おはようさん、拓馬は……ん……」
「おはっ、ぅぅぁよぅごます……あー、みっふぃさん」
「オッははふぅーミイケC」
私は挨拶に詰まった。
ダンゴたちは尋常じゃない詰まり方をした。
拓馬君の目が赤くなっている。
それだけなら徹夜したのだなと思うけど。
さらに瞳が潤んでいる。
もしかして拓馬君……泣いていたの?
拓馬君はピンチになると、泣きの入ったリアクションを取りがちだ。けれど、真に迫る涙目になったことはなかったのに……
さらにさらに、涙の跡があるからと言って、拓馬君の目は悲しみに染まっていなかった。
悲壮なる覚悟。
一大決心をしたような、不退転の心構えが見て取れる。
徹夜を心配するべきか、涙の理由を聞かず慰めるべきか、悲壮な覚悟の意味を尋ねるべきか。
選択に迷っているうちに、拓馬君が重厚な物言いで。
「今日、俺は皆さんにとてつもない御迷惑をおかけます。もしかしたら今後のアイドル活動に支障が出るかもしれません。いや、出ます」
拓馬君はアイドルながら謙虚な性格をしている。物事を大袈裟には言わない。
そんな彼が「とてつもない御迷惑」と表現するなら、アイドル事業部どころか南無瀬組が傾くレベルなのだろう。
早くも私の内臓が傾きだす。うぉぉぇぇぇ。
「協力してくださいとは申しません。ただ、俺の行動を止めないでください。どうか見逃してください」
拓馬君が深々と頭を下げる。
卑怯よ、拓馬君!
そんなこと言われて、ハイじゃあ傍観します――なんて言えるわけないじゃない!
見逃さない! とも言いにくいし、どうすればいいのよ!
「ふふんっ。水臭いですよ、三池さん! 音無凛子、あなたのためなら地位も名誉も命も道端にポイです!」
「すでに本名も実家も捨てた身。三池氏のダンゴになってからは、あの世にコンビニ感覚で逝っている。何の問題があろうか」
ああもう、ダンゴ共め! ちゃんと話を聞かずに死地へ飛び込むな!
ここで
「しゃーないなぁ。うちはマネージャー、拓馬はんのサポートをするのがライフワークや!」
だあぁぁぁ、場の雰囲気に流されて言ってしまったぁぁぁ!!
なにが「ライフワークや!」よ! ナルシストやっている場合じゃないわよコレェ!
「三人ともありがとうございます! では、真矢さん。早速お願いがあります」
「な、なんや?」
お手柔らかにね、拓馬君! 協力してみれば「あれ? 意外と半死で済んだ」って案件にしてぇ!
「ござる……もとい陽南子さんって、今現在監視されていますか? 昨日の話し合いで南無瀬組から監視用の追加人員を出すと言っていましたよね?」
「あ、ああ、せや。事情を知った妙子姉さんが血反吐をドバドバしながら許可したで」
「良かった。監視している組員さんに伝えてください。陽南子さんが不審な動きを取ったらすぐ拘束するようにと。それでなくても、俺が合図をしたら拘束出来るようスタンバイお願いします」
「はっ? ええっ?」
「今までの俺はどうかしていました。マサオ教の危機が迫っているのに、あからさまに怪しい陽南子さんを野放しにするなんて。疑わしきは罰する。俺自ら、陽南子さんを尋問して何から何まで吐かせます」
ああわわわあぁ。拓馬君が一線を越えているぅぅ。
「それと、もう一つ。しずかさんとクルッポーはご在宅ですか?」
「そ、それなら……しずかはんは式典の準備で会場に泊まり込みや。由良様も一緒にな。クルッポーはんは、まだここに居るんやないかな?」
「よし、ならクルッポーだ」
「ちょちょい待ちぃ、拓馬はん!」
踵を返す拓馬君を慌てて引きとめる。
「クルッポーはんをどないする気ぃ!?」
「この屋敷の展示室に保管されたマサオ様の日記を読ませてもらいます。クルッポーならショーケースの鍵を持っているでしょ」
「い、いけませんよ! だって、三池さんがニホン語を読めるってクルポッポに知られたら……」
「まくる氏は『日記を読める=マサオ様の生まれ変わり』という独自式の持ち主。大変危険」
そうそう! ダンゴたちの言う通り!
わざわざ狂信者をストーカーにするなんて変態危険よ!
「可笑しなことを言わないでください」
ヒッ!? 拓馬君が目だけ笑わず微笑している、怖いけど素敵!
「俺がマサオ様の生まれ変わり? 冗談にもなりませんよ。マサオ様は俺なんかと比べられないほど偉大な御方なんです」
あっ! 拓馬君が深く慈しむように「マサオ様」って言ってるぅ!!
なんで狂信的ムーブ!? どうしちゃったの拓馬君!?
「それで三池氏、なぜ日記を所望?」
「俺の予想が合っていれば、保管された日記に、マサオ教復興の方法が書いてあるはずです」
「な、なんやて……」
「さあ、時間がありません。行きましょう!」
拓馬君が大股で進んでいく。その足取りに迷いは一切ない。
「どうしたんだろ、三池さん? まさかパイロットフィルム撮影の時みたいに役に憑りつかれたとか? ほら、早乙女たんまの」
「それならば私が感知できる。が、憑かれた反応はない。今の三池氏は頭のてっ辺から男性器の先まで100%三池氏」
「じゃあ除霊は出来ないかぁ……こりゃあ、あたしも覚悟を決めようかな」
「元よりそのつもり」
ダンゴたちが拓馬君に付き従う。
がぁぁ! みんな簡単に覚悟完了しないで!
「俺は絶対にマサオ様の思いを守ってみせる。マサオ教を貶める者も、マサオ教を信じる者も、誰を犠牲にしても必ず」
これ以上、不吉なことを宣言しないでよ拓馬君!!
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