深愛なる者 (後編)

南無瀬邸の離れを訪ねてきた由良様。手には外国産の高級菓子があった。中御門邸では外国からの来賓を招く機会が多々あり、その度にお土産の品をもらっている。由良様は、ちょくちょくそれを南無瀬邸にお裾分けしてくれるのだ。

さすが由良様、混じりっけなしのお優しさである。


そんな由良様に、俺は現在抱えている悩みを打ち明けることにした――と、言うより。


「拓馬様、顔色が優れないご様子ですが、何かお困り事があるのですか? ワタクシでよければお話しくださいませ」


由良様の方から話を振ってきたのだ。渡りに船とはこの事である。俺は由良様のご厚意に甘えることにした。



「コンペ対決でございますか。天道家の間でそのような争いが起こっているのですね」


「祈里さんたちは負ければ先代が決めた男性と結婚する羽目になります。他人事ながら不憫です」


相談は周りに人がいない方が望ましい。

食堂から外に出た所にあるテラスで、由良様と二人っきりの状況だ。

夜でもなく昼でもない時間帯。あかねさす世界はどこか神秘的で、由良様の神聖なる色気を助長している気がした――が。


「……」

「……」

「……」


俺と由良様に『過ち』が発生しないよう、室内から注がれる南無瀬組の監視の目。

それと、テラスの目と鼻の先に建てられた俺の性欲処理ログハウスが良い雰囲気を全力で殺しにかかっていた。


そう言えば、天道家のコンペ対決で忘れがちだがマイサンことジョニーはここ一ヶ月くらい死んだままだ。ピクリともしない。

俺、まだ性欲旺盛なはずの若者なのに……今回の問題に肩を並べるくらい由々しき事態じゃないかこれ?


「拓馬様はどうして祈里様に協力しようとしているのですか? お話を聞いた限りでは拓馬様が率先して関わる理由はないと思いますけど」


「そ、それは……」

椿さんこと天道てんどう歌流羅かるらについて、由良様には教えていない。プライバシーに引っかかることだからな。おいそれと口には出来ない。


だから驚いた。

「あのダンゴ様へのご配慮ですか」と指摘してきた由良様に。


「いっ!? だ、ダンゴ様って……由良様は知っているのですか?」


「拓馬様の男性身辺護衛官の椿静流様。お名前を変える前は天道歌流羅様、でしたね。承知しています」


「な、なぜそれをっ?」


「以前、妙子様とお電話している時に耳にしました。領主同士の定期連絡後の雑談で」

一瞬、由良様の目がスイスイと泳いだ気がした。まあ、気のせいと思うが。


意外である。妙子さんは口の固い人だと思っていたのに。今度会ったら、椿さんの本名を軽々しく広めないよう言わないと。


「拓馬様は恩義のある椿様のために一肌脱ごうとしているのですね」


「正直、不安なんです。直接椿さんから『助けてほしい』って言われたわけじゃないので。もしかしたら俺の一人相撲かもしれません」


「いいえ、拓馬様の尊いお心に間違いはございません」

由良様が俺に一歩近付き、強い言葉と視線を向けてくる。


「ゆ、ゆらさま?」


「かつて、ワタクシは天道歌流羅様とお会いしたことがあります」


「っ!?」


不知火しらぬいの像の授与式の時でございます」


不知火の像……そ、そうか。

各分野で一年間で最も活躍した人々に贈られる不知火の像、のレプリカ。

それを毎年渡しているのは由良様で、歌流羅さんももらったことがあるのだ。二人に接点があって当然だ。


「言葉を交わしたのは僅かな時間でしたが、ワタクシは感じました。あの方の自我はとても儚いと」


「自我が儚い?」


「天道歌流羅様は憑依型の役者様。お仕事毎に仮面を変えて被っていらっしゃいました。不知火の像の授与式の時でさえ、何かしらのキャラクターを演じていたようでございます。歌流羅様は多くの者を演じるあまりご自分を疎かにしているのでは……そうワタクシは危惧しました」


椿さんが天道歌流羅だと判明してから、俺は歌流羅について調べた。

過去の映像を観てみると、神がかった演技に驚愕すると共に違和感を覚えたものだ。それが何かは分からなかったが、いま由良様の言葉を聞いてハッキリした。


映像には素の天道歌流羅がどこにも映っていなかったのである。

番宣でインタビューされる場面はあったが、常に時々のキャラクターになりきって受け答えしていた天道歌流羅。

本来の彼女はどんな性格なのか、どんな喋り方をするのか、どんな表情を作るのか、まったく把握出来なかった。


自我が儚い。由良様の感想は的を射ている。


「でも、椿さんは姉や妹に対して親愛の情を抱いている。俺にはそう感じられました」


「血を分けた姉や妹に対する情。それは歌流羅様にとって数少ない自我なのかもしれません」


もし、コンペ勝負に負けて祈里さんたちが望まぬ結婚をすることになったら、椿さんの自我はどうなってしまうのか。

先ほど「バグった」とベッドに座り浮かない顔をしていた椿さんを思い出す。もうあんな顔にはさせたくない。


「――ありがとうございます、由良様。おかげで迷いがなくなりました」


祈里さんチームに肩入れする理由が見つかった。ようやく本腰入れて、コンペ勝負に介入出来る。


「拓馬様の憂いを晴らすことに一役買えて光栄です」

由良様が、えげつないほど清楚に微笑んだ。

その美しいこと美しいこと。あかん、アイドルとして恋愛禁止を己に課しているのに、思わず告白の一つや二つしてしまいそうだ。


「あ、あの、厚かましいんですけど、コンペ勝負についてもご意見を聞かせてくれませんか?」

甘い空気に流されないよう、俺は必死に話題を変えた。


「先代の天道美里さんは『親愛なるあなたへ』という感動的なホームドラマを製作する気です。それを凌駕する案をずっと考えているんですけど、なかなか浮かばなくて」


「そうでございますね……」

由良様は我が事のように真剣に思案してくれる。

「脚本家様は、毒のある物語にしたいとおっしゃっているのですよね?」


「はい、人の汚い部分を描くのに快感を抱く変たぃ……ごほごほ、お人なので」


「素人意見ですが、その方針は正しいと思います」


え、マジで?

純潔な由良様と汚濁な寸田川先生。二人がマッチングするとは驚天動地である。


「『親愛なるあなたへ』の詳しいストーリーは存じません。しかし、良質な感動ドラマなのでしたら、同じ感動物で争うのは厳しいです」


ぬっ、確かに!

あれを超えるお涙頂戴話は想像出来ない。


「いっそのこと人が持つ負の感情を前面に出した毒のある物語の方が、審査基準に幅が生まれ『親愛なるあなたへ』に対抗可能だとワタクシは愚考します」


「愚考だなんて、由良様のおっしゃる通りですよ! 『親愛なるあなたへ』を超えようとして、俺は似たような物語ばかりを考えていました。けど、違いますね。『親愛』という美しい愛の物語とはまったく違うストーリー。愛なんて皆無の世紀末的な殺伐とした話にしないといけないかな。だとしたら――」


腕組みしながら、思ったことを口にしてアイディアを整理していると。


「あの拓馬様。差し出がましいですが、愛はあって良いと思います」


「えっ? でも愛があると綺麗な感動物になってしまうのでは」


「愛とは、それほど美しいものでございましょうか」


ゾクッとした。

いつも柔らかい由良様の表情が硬質化している。


「親が子に抱く愛は麗しいものです。しかし、愛と言っても人の数ほど千差万別。思うに、愛ほど毒を含むものはありません」


俺は目を見張った。

語られる内容に驚いたのではない。それを語ったのが由良様だから驚いたのだ。

何度も言うが、由良様は清楚の化身。愛を賛美こそすれ非難するとは考えられない人だ。


「独占欲や嫉妬、愛する人に裏切られた際の憎しみ。愛が素晴らしければ素晴らしいほど副作用の毒は致死率高めになります」


ひょっとして由良様は愛にネガティブな感情を持っているのか?

尋ねてみたい気が僅かに起こるが、すぐに引っ込ませる。明らかに見えている地雷だ。踏んだらタダではすまない。


「い、今のアドバイスは取り入れさせてもらうとして……」


寸田川先生の意向や由良様からの助言を並べてみる。


目指すべき物語には愛という名の毒があって――

人間の闇がありありと表れていて――

フロンティア祭出展作にふさわしい革新性を持っていて――

せっかく男性アイドルの俺が起用されるんだから、男性の出る必然性があって――


漠然と散らばる思考を一つ一つ組み立てようとしていた、まさにその瞬間。




「ああっ!!」

俺はテラスチェアを倒しながら激しく立ち上がった。


「きゃっ、どうなさいました!? 拓馬様!」


「……思いつきました。『親愛』を超えるアイディアを」


「本当でございますか!」


「い、いやでもこれはっ」

アイディアは生まれたばかりでフワフワしている。早く固めないとバラバラに飛び散ってしまいそうだ。早く!


「由良様!」

無意識に俺は由良様の両肩に手を置いていた。


「ひゃぁ拓馬様ぁ」

すぐさま朱に染まる由良様のお顔。しっとりとした巫女服から彼女の震えが伝わってくる……が、今はどうでもいい!


「……!」

「……!」

「……!」


室内からぶっ刺さる南無瀬組の視線が剣呑なものになった。

しかし、ええい! それも今はどうでもいい!


「思いのまま、俺の質問に答えてください!」


「ひゃ、ひゃい」


「由良様に胸がときめいたり張り裂けそうになるくらい好きな男性がいたとします。もしもです、仮定です。それ前提で、由良様は男性を手に入れるためにどうしますか!?」


「監禁します」


「なっ!?」

最初からクライマックスだとっ。


「あ、まあワタクシったら。申し訳ございません、咄嗟とっさのご質問でしたので思ってもないことが口から出てしまいました。あるいは場を温めるための冗談と受け取っていただければ幸いでございます」


「は、はぁ」

咄嗟だと普通思ったことがそのまま出るんじゃね?

場を温めるどころか俺の身体がヒエッ冷えしたんですがそれは。


諸々言いたいことはあるが、とりあえず今はアイディア固めが先決だ。うん、そういうことにしよう。先送りって言葉好き。


「懸想する男性がいるとすれば、そのお方に愛慕されるようワタクシは全力で尽くします」


「ふむふむ。具体的にはどうやって?」


「そのお方を囲って衣食住を握り、献身的に支えます」


「なるほど。囲って衣食住を握ると」

参考になるな。何だか既視感めいたものを覚えるが。


「じゃあ、その男性には別に好きな女性がいたとします。その場合」


「はっ? いらっしゃるんですか。拓馬様には、ご好意を抱く女性が?」


ヒエッ。俺の言葉に被せて、由良様から静かなるお声が発せられた。

感情が完全に廃されていて、凍えるような冷たさがある。


「あ、あくまで仮定の話ですし、実在する人物・団体には一切関係ありません。ちなみに俺が恋愛方面で好きだと思う女性はいませんよ、誠ですよ」


「……そうでございますか。ふふふ、ワタクシったら、はしたない」

お上品に手を口に当てて小さく笑う由良様。めっちゃ怖いけど、とても勉強になるリアクションだ。


「人の想いはゆらゆらと羽ばたく蝶のようなもの。捕まえて自分の思う通りに飛ばすことは出来ません。懸想する男性が幸せになるのでしたら、その方の隣にいるのがワタクシでなくても……構いません」


しっかりと考えながら由良様はお気持ちを吐いた。

すでに『思いのままに答えてください』という条件をぶっちぎりで無視しているが、由良様らしい清楚なご意見である。きっと本心に違いない、たぶん。


「もう少し訊いてもいいですか?」


「何なりと。拓馬様の力になるのでしたら幾らでも」


それから俺は由良様に質問を重ねた。

その度に由良様はノータイムで刺激的な回答をくれたり、長考して清楚的な回答を返した。




「以上で質問は終了です。ありがとうございました。由良様のご協力でコンペ勝負の道筋が見えましたよ」


「何よりでございます。それで、拓馬様はどのような物語を作るつもりなのですか?」


「寸田川先生と打ち合わせしていないので、確定じゃないんですけどテーマは『深愛』で行こうと思います。どこまでも深い愛が織り成す破滅的なストーリーです」


「まあっ、深愛! 先ほどのご質問から察するに、拓馬様演じる男性を執拗に狙って襲うストーカー女性の話でしょうか?」


「いいえ、逆ですよ由良様」


「逆、と言いますと?」


由良様が不思議そうに小首を傾げる。無理もない。この世界で観たどんな作品にもなかった発想だ。女性たちは自分が襲撃側だと思い込んでいて、逆の発想が出来ない。


俺が襲うんです・・・・・・・


「……拓馬様が、襲う? あらっ? あらあらっ?」

目が点になっている由良様に、逆転のアイディアをぶつける。


「襲うと言っても怒りによる暴力じゃありませんよ。愛ゆえに、です。愛がないと毒がない。その愛が深ければ深いほど、毒は全身を回り狂気に取り憑かれることになります。だから、この作品のテーマは『深愛』なんです」


愛に狂った男性が、ストーキングしたり襲ってくる。

これほどフレッシュでインパクトのある設定はないだろう。


「わ、分かりません。拓馬様のおっしゃることがワタクシには分かりません。拓馬様に襲われるなんて……ヘブンで絶許です(ボソッ」


「おあつらえ向きに祈里さんたちは容姿に秀でたアイドル姉妹。その見た目 (だけ)は男性を惚れさせるのに十分なものです。しかし、簡単にお近付きになれない高嶺の花なので、会うのに焦がれた男性が狂気に陥ってもおかしくはないと思います」


天道美里さんが万人向けの『親愛』で攻めてくるなら、こっちはどこまでも独りよがりで身勝手な『深愛』で対抗だ。


俺は演じてみせる、『深愛なる者』を――って、こいつは仰々すぎる言い方だな。

もっと使いやすい言葉に変換するとすれば……


俺は己に言い聞かせるべく力強く宣言した。


「コンペを制す勝利の鍵とは――俺自身がヤンデレになる事です」

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