病む人々
椿さんが天道歌流羅。
驚愕の真実を前にして、俺の声は震える。
「歌流羅って呼ばれていましたよね? それが椿さんの本当の名前なんですか?」
黙っていた事に文句を言うつもりはない。ただ純粋に知りたかった、いつも傍にいる椿静流さんの真実を。
「こうなれば仕方ない」
十秒ほど寡黙な人となった椿さんだったが、踏ん切りが付いたのか顔を上げ。
「――と、言うと思ったら大間違い。果たして私が天道歌流羅だという証拠があるのか?」
「つ、椿さん」しらばっくれ出したぞ、この人。
「皆、散々私のことを歌流羅と呼称するが
「歌流羅!? 先ほどまで観念したようにこちらと喋っていましたのに!」
「祈里氏は思い込みが強い人の模様。私は戯れに話を合わせていたに過ぎない」
「ええい、往生際が悪いですわよ!」
「だが、ちょっと待ってほしい。証拠もなく私を別人呼びする者が、往生際を語るとは滑稽ではないか」
ふんぞり返って、知らぬ存ぜぬな態度を取りだした椿さんだったが。
「そうお逃げになるのを想定して、指紋を採っておきました。こちらが歌流羅様の私室から採取したもの。こちらが以前ホテルで南無瀬組様と会食した時に椿様から採った指紋。
メイドさんがペラッと上質紙を取り出した。相変わらずどこから物を出しているのか不思議だ。
「ぬっ! 確かに一致したと書いてあるッ。しかも検査機関の正式なサインも付きだッ! げに恐ろしき天道家のメイド!」
炎情社長がメイドさんの方を向いて身構える。メイドさんの悪辣さは先代今代共通認識らしい。
「この証明書が偽物とお疑いになるのでしたら、どうぞ検査機関にお問い合わせください」
「だ、だがちょっと待ってほしい(震え声」
哀れ椿さん。ふんぞり返っていた姿勢が猫背に早変わりする。
四面楚歌に追いやられていた彼女だが、ここで助っ人が現れた。
「もうやめてください! 泣いている静流ちゃんもいるんですよ!」
音無さんである。大切な同僚を
美しい友情だ。音無さんのスカートのポケットからヨレヨレになった俺のハンカチが顔を出していなかったら最高に決まった場面だろう。
「り、凛子ちゃん。感謝する。ちなみに泣いていないから」
「誰にだって触れられたくない過去はあります。たとえ静流ちゃんの本名が歌流羅ちゃんだとしても見て見ぬ振りするのが優しさってもんでしょ!」
「ちょ、凛子ちゃん、ちょ!」
「だいたい静流って良い名前だと思いませんか? 芸能界を辞めて静かに生きたいっていう歌流羅ちゃんの意を汲んであたしが名付けたんですよ!」
「だまっ! 凛子ちゃん、だまりゃ!」
「でも本来のルーツを全て捨てるのは忍びないです。そう思って歌流羅の「流」を残しました。「静」かに生きたい歌「流」羅ちゃん。略して静流。ふふ、あたしのセンスもなかなかのものですよねぇえええげええ」
「凛子ちゃんはお喋りが過ぎた」
椿さんの腕が音無さんの首に巻かれ、スリーパーホールドの形となる。そこに手心はない。頸動脈を重点的に攻め、対象の顔色を青白く変えていく。
「ぐぅぇ、や、やめっ、ごめ、ちょうし、のったぁぁ」
音無さんがタップして降参の意を示すものの。
「沈黙は美徳と知るべし」
椿さんは簡単に技を外そうとはしなかった。
こうして、なんか勝手にダンゴたちが自爆して、椿さんの正体は露見したのであった。
「如何にも天道歌流羅と呼ばれていた時期があるのは認める。しかし、現在の私とは無関係。天道祈里の頼みを聞く義理はない」
「ぐっ、ですがあなたは私の」
「姉妹制を脱退した私と天道家にはもう何もない」
音無さんが黙した後、ようやくシリアスさんが返り咲いた。
「それよりタクマ氏。収録は?」
「あっ、うっかりしていました。もうすぐです」
「そういうわけで私たちは行く」
「……今日のところは引きますわ。また話しましょ歌流羅」
「またはない。タクマ氏、スタジオまでは私が護衛する」
俺は椿さんに連れられスタジオへ戻ることになった。
まだ言いたいことが沢山ありそうな天道家の人たちと、相方の首絞めによって絶賛気絶中の音無さんを残して。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
その日の夜。
俺は中御門邸内の自室に、真矢さんを招き入れた。
「真矢さんは知っていたんですか……椿さんの昔のことを?」
「そら拓馬はんのダンゴに素性不明なモンは付けられへん。正式に雇う時にきっちり調べたで……ビックリしたわ、椿はんの正体があの天道歌流羅なんてな。アホやっとる今に反してけったいな過去を持つダンゴ
「教えてくれなかったのはプライバシーの侵害になるからでしょうか?」
「黙っていて堪忍な。姉妹制を抜けた人の過去には触れない、それがマナーやねん。軽々しく公言したらアカンさかい、うちを除いて南無瀬組で知っとるのは妙子姉さんと音無はんとダンゴの経歴調査を行った数人くらいや」
姉妹制から抜けるというのは血の繋がった家族と縁を切ることを意味する。半端な覚悟では出来ないだろう。興味半分で踏み込まなかった真矢さんの判断は正しいと思う。
「そう言う事でしたら、俺の取るべき態度は決まりました。俺のダンゴは天道歌流羅さんではなく椿静流さんです」
歌流羅さんの神がかり的な演技を学ばせてほしい気持ちはある。しかし、身勝手な理由で椿さんの心を荒らすのは絶対に避けたい。これまで通りにムッツリスケベなダンゴとして適当にあしらいながら付き合おう。
「おおきに。うちも色眼鏡なしで接するよう心掛けるわ」
俺と真矢さんの行動指針がまとまったところで。
「果たして、それで良いのでしょうか?」
音無さんが気難しい顔で俺の部屋に入ってきた。
椿さんのスリーパーホールドによってグロッキー状態だったけどもう大丈夫なの? ノックもなしに入室するのはダンゴ的にいいの? 会話に自然と参加しようとしているけどなんで内容を把握しているの、ドア越しに聴いていたの、登場するタイミングを計っていたの?
ワンアクションで一気に疑問をバラまく音無さんだが、ツッコミが面倒なのでスルーする。
「静流ちゃんが気分が悪いって部屋に戻っていきました。明らかに体調が悪化しています」
「えっ!? 昼間は結構元気そうでしたのに」
音無さんを絞め落とす場面とか特に。
「無理していたんですよ。前々から天道家の人たちと接すると、調子が狂うみたいでした」
別人を装って姉妹と会っていた椿さん。いったい何を思っていたいのだろうか?
「今日だって、あたしが場を荒らしてシリアス空間を吹き飛ばさなかったら、静流ちゃんはあそこで倒れていたかもしれません」
「そこまで酷いんですか……って、音無さんのヒョウキンな行動は計算だったんですね」
てっきり素だとばかりに。
「七割くらいは本心から楽しんじゃいましたけどね。えっへん!」
「音無さんェ」
「静流ちゃんは三池さんを困らせたくないから色々我慢しています。このまま無理を続ければ静流ちゃんは……」
「……そもそも、なんで椿さんは姉妹制を抜けたんですか?」
体調不良に椿さんの過去が関わっているのは明白だ。音無さんなら知っているのでは、と期待したのだが。
「すみません。あたしが静流ちゃんと初めて会った時には、もう静流ちゃんは天道家から出ようか迷っていました。あたしがやったのは、その背中をドンと押したくらいで」
ずいぶん強めに押したね。
「天道家は特異的な家系やさかいストレスが半端なかった。あるいは、姉妹で一人の男をシェアすんのが嫌やったとか……ダメや、第三者のうちらじゃいくら考えても想像止まりや」
「でも、本人に訊くなんてとても出来ませんよ。姉妹制脱退の理由は置いておくとして、体調不良の理由は精神的なものですかね?」
「考えてみれば、天道美里はんが現れてから椿はんはおかしい。姉や妹が強制結婚させられる瀬戸際で心配なんかな」
もし、椿さんが歌流羅として今でも天道家に残っていたら祈里さんの芸能界引退はもっと早く行われ、限りなくゼロに近い可能性ながら婚活を成功させていたかもしれない。先代天道家のプレッシャーに晒されることもなかったかもしれない。
椿さんは責任を感じているのか?
姉妹に迷惑をかけ一人だけ逃げたことに罪悪感を持っているのか?
自責の念が体調不良に繋がっている……のか。
「う~ん……んっ?」
思考を巡らせていると、音無さんがジッとこちらを見ているのに気付いた。
「音無さん、どうかしました?」
「いえいえ、あたしの事はお構いなく。あっ、これだけは言っておきますね」
音無さんは、らしくない慈愛の笑みで口を開いた。
「三池さんが静流ちゃんの事を想ってやる事なら全部正解です。全部静流ちゃんのためになります。あたしが保証します!」
その言葉の瑞々しさに、俺はダンゴたちの絆の深さを察するのだった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
さらに翌日。
本来ならオフの日だが、俺は炎タメテレビ局に来ていた。
目的の場所は局の奥の奥。弱弱しい電灯が照らす廊下の先にあった。
「ここが、軟禁部屋ですか?」
「元は局員用の仮眠部屋やったんけど、いつからか締め切りを守らない脚本家や放送作家を閉じ込めて書き上がるまで出さない部屋になったんやって」
さすが芸能界。人権という言葉が儚く聞こえる業界だ。
「せやけど寸田川センセは自分からここに入ったんや。必ず『親愛なるあなたへ』の脚本を超えるモノを書くゆうてな。で、それから五日、センセの姿は誰も見てへん」
「い、生きているんですよね?」
「それを確かめるんや」
真矢さんが炎情社長から借りた軟禁部屋の鍵を使ってドアを開ける。
ぎぃ、と不吉な音を立ててドアが動き――
「あっ!?」
俺は目撃した。
クシャクシャに丸められた紙が散乱する室内の中央、座卓テーブルにノートパソコンを広げて憑りつかれたように高速タイピングをする寸田川先生を。
ボサボサの髪でカサカサの肌でギラギラの目で執筆をなさっていらっしゃる。
す、すごい。どう表現すればいいか分からないが、寸田川先生から瘴気が漂っている。狂気がなせる技か風呂に入っていないからかは言及しないのが優しさだろう。
それにしても変だ。
寸田川先生はパソコンで仕事をしているのに、なぜクシャクシャにした紙が足の踏み場もないほど部屋中に捨てられているのか。一かたまり摘まみ上げて、紙を開いてみるが何も書かれていない。なんだこれは?
その疑問はすぐに解けた。
「あぅあがあうぅぅ……あがああああ!!」
突然、寸田川先生がテーブルに置かれていたノートを掴むと、乱暴に数ページを破き丸めて「ひゃひゃあ!」と思わず耳を塞ぎたくなる叫びを上げながら放り捨て出したのだ。
うわぁ……ドン引きである。
「な、なにしとるんやっ!?」
「ひゃひゃ、何ってマーヤ。決まっているじゃないか。昔の文豪ごっこだよ! アイディアに詰まったら文豪リスペクトでダメだダメだって紙を投げるんだよ! まったくアイディアは浮かばないけど、やっているうちに楽しくなってきたよーひゃあ!」
寸田川先生は変態である。
だが、性方向の変態のはずだったのに……現在、俺たちの目の前にいるのは全方向変態だ。ここまで追い込まれるほど脚本作りは難航しているのか。
椿さんの体調不良を解決するため、俺は祈里さんチームに協力するのもアリかと考えていた。
もっとも『コンペ勝負に負けたら、先代天道家が見繕った男性と結婚』というペナルティを排除するのが目的で、祈里さんたちとイイ仲になるつもりはない。
どっち付かずの優柔不断な行動だが、椿さんのためを思えば……
祈里さんへ協力申請する前に、現状祈里さんチームがどうなっているのか調べるべく寸田川先生を訪ねたのだが。
「ひゃはは、文豪ごっこたっのしー」
祈里さんチーム、負けるなこれは。
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