新しい拠点

『こちらA号車、炎ターテイメントテレビを出発し、順調に国道三号線を移動中。予定通り、中御門なかみかどグランドホテルへ向かいます』


『B号車、ファンの襲撃を受けています。何とか振り払って進みます。中御門センターホテルへは予定時刻より遅れるかもしれません』


『C号車、やられました。道路にマキビシのような物を置かれていました。タイヤがパンクしたため路肩に車を止め、籠城中です』


「C号車の場所は把握しとる。警察に連絡するさかい、ちょっとの間耐えてや」


『了解です!』


D号車内。

助手席の真矢さんが、他の車からの報告をパソコンで受けつつ、同時に地図アプリを操作して安全ルートを割り出そうと躍起になっている。


「あかん、今日はいつもより層が厚い。中御門ニューイヤーホテルに泊まるつもりやったけど、別のホテルに変えた方がええかもしれへん。次の角を右に曲がって、しばらく直進や」


「はっ!」

真矢さんの指示に従って、運転する黒服さんがハンドルを切る。


何という慌ただしさか。

真矢さんの鬼気迫る様子や、黒服さんたちの緊迫した声、両隣の音無さんと椿さんから放たれるオチャラケなしの真面目な空気。


それらが、危急の事態であることを告げている。

だが、俺は焦っていなかった。南無瀬組のことを信頼しているし、何よりもう慣れてしまったのだ――このテレビ局からの脱出劇に。



あのドラマが放送されてから、俺の人気はさらに上がってしまったらしい。

ファンの動きが機敏でアクロバティックになっているのを肌で感じ取れてしまう。


中御門は不知火群島国で最も人口が多い島だ。ということは、必然的に俺のファンが南無瀬みななせ領より多く、分母が増えればそれだけ頭のネジがぶっ飛んだ人々が現れる。


テレビ局の出待ちファンというのは、日本にもいた。

大抵「きゃああ~~、○○くぅ~ん! こっち向いてぇ~」とアイドルの乗った車に手を振るくらいで、実に可愛らしい存在だった。


それが不知火群島国ではどうだろう――


「きゃあああ! タクマくんが乗った車よ! 張り付くわよ!」と、ボンネットに飛び乗るのは当たり前。


車の屋根に四肢をガッチリ固定して、アクション映画ごっこを楽しむ者も多数出没。


車の進行方向に無謀にも回り込み、ねられる人もいた。幸い徐行運転中だったため速度はなかったが、「やったぁ! タクマさん(の乗った車)にキズモノにされちゃったぁ」と即座に起き上がる姿を目撃すると、そのタフネスぶりに開いた口が塞がらない。


もうね、不知火群島国の女性を地球人と同じだと思っちゃダメだと痛感したね。



そんなこんなで中御門に来て以来、俺たち南無瀬組男性アイドル事業部は、アイドル活動『以外』に悩まされていた。


ダミー車を用いての攪乱作戦もいずれは攻略されてしまいそうだし、どうしたものか……




「最悪、中御門からの撤退も考えんと」


ようやくたどり着いたホテル、寝る前の『第六十七回 男性アイドル事業部ミーティング in 中御門』で真矢さんがそう切り出した。


「えっ、そ、それはちょっと……」


「私と凛子ちゃんの意見も同じ。しかし、それは三池氏の本意に反する」


「ファンの人たちに警告したらどうですか? これ以上、三池さんに凸するなら中御門での活動を止めちゃうぞ! って」


「警告くらいで止まらんやろ。どんなに自重しようと思っても、拓馬はんの姿を見たら理性が吹っ飛んで突撃するのが関の山や」


「くっ、何とかなりませんか? 中御門に進出したばかりなのに、撤退だなんて……」


ようやく中御門での活動に慣れてきたところだ。『タクマさんを観るだけで生きる活力になります! 応援しています!』という善良な人々からの応援メッセージがファンクラブのWebページにわんさかと届いている。せっかく多くの人が俺に注目して影響を受けてくれているのに、活動縮小なんて勘弁してほしい。


「うちに妙案はない。せやけど、妙子姉さんには何かあるらしいで」


「妙子さんが?」

南無瀬領主にして南無瀬組長の妙子さん。あの人が動いてくれているのか。


「妙案? それって中御門出張班の増員を考えてくれているんですか?」

「凛子ちゃん、それは違うと思う。入組審査を続けているものの、全体の組員数はさほど増えていない現状。三池氏に人数を割いて、南無瀬領の治安を疎かにする愚を妙子氏はおかさない」

「だよねぇ。今の人数でやりくりするしかないよね」


「妙案が何なのかはうちも分からへん。実現出来るかハッキリするまで話せない、って妙子姉さんに言われてもうたし」


「妙子さんにしては、もったいぶった言い方ですね。思ったことはちゃんと伝える人なのに」

らしくないな、と俺は首を捻った。


「妙子姉さんにも色々あるんやろ。明朝、南無瀬組に電話して妙案の件を問い合わせてみるわ……で、次の議題やけど、拓馬はんにインタビューしたいと言う出版社が四社おってな……」


それからミーティングは三十分ほど行われ、解散となった。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




……っ、なんだ?


深夜、俺は目を覚ました。


ピンポーンピンポーンピンポーン。

鳴り止まないチャイムの音と――


「三池さん! 三池さん! 起きてください!!」

「一大事、早めの起床を」


入口ドアの向こうから激しいノックとダンゴたちの声が聞こえてくる。


ただ事じゃないな。


ベッドから起き上がる。寝ぼけた頭を自らの手で叩き、無理矢理覚醒させる。


「何がありました!?」

部屋を出ると、深刻な顔の音無さんと椿さんがいた。廊下の向こうでは忙しく動く黒服さんと、指示を出す真矢さんの姿がある。


「襲撃です」


「襲撃!?」

音無さんの言葉に一瞬、声が詰まる。「えっ、このホテル、男性用に警備がしっかりしているって……?」


「警備システムがクラッキングを受けたか、ホテルの従業員が外部の女性らを手引きしたか、原因は幾つか挙げられるがまだ不明。襲撃者の人数など詳しいことも不透明。だが、この階に侵入を企てている者がいるのは確か」


「真矢さんが警察に連絡を入れました。救援が来るまで、三池さんはあたしたちと自室待機です」


「あの、他の組員さんたちは?」


「真矢氏の指揮で防衛と迎撃に出る。無問題、南無瀬組員は誰しも百戦錬磨。そこらのファンには負けない」


「そうですか……」

俺に出来るのは信じて待つだけ、か。


「窓の外は見ないでください。敵に三池さんの位置を知られるかもしれません」


「分かりました」


なんてことだ。

中御門炎ターテイメントテレビが用意した男性宿泊用の一流ホテル。それすらも安全地帯ではないのか。


俺は不安に苛まれながら、ダンゴたちと共に事態の収束と組員さんらの安全に祈るのだった。




深夜の喧騒は――


「ひぃぃぃ!!」

「おたすけぇぇええ!!」

「命だけはぁぁ……ぁ」


襲撃者たちの断末魔を残してだんだん小さくなっていき、一時間もかからず立ち消えた。

無茶しやがって……




「アホやった奴らはちゃんとシメといたで」


一仕事終えてスッキリした顔の真矢さんが俺の部屋を訪れた。


「やっぱホテルの関係者が手引きしたようや……ったく、一流ホテルが聞いて呆れるわ。たっぷり責任を取ってもらうで」


「お疲れさまでした! 組員さんたちにお怪我はありませんか?」


「ないない。一般人に後れを取る軟弱者はおらへんよ。せやけど、こない深夜の襲撃でみんな疲労は溜まっとるやろ。夜が明けたら拓馬はんの口からねぎらいの言葉をかけてやってくれへんか?」


「もちろんです。夜明けと言わず今すぐにでも」


「ええって、そう急がんで。明日は忙しくなるさかい、今からでもグッスリ眠ってや」


「忙しく?」


「せや。さっきの襲撃を妙子姉さんに連絡したら、とっておきの宿を紹介してくれたんや。明日からは、そこを中御門滞在中の拠点にするで」


「拠点とな。三池氏の居場所が固定されれば、今夜のような襲撃が頻発するのでは?」


「そらない。ある意味、南無瀬組の本宅よりおっかない場所や。襲うなんて恐れ多いで。いやぁ、妙案とは聞いとったけど、まさかあそこに許可を頂くなんてな。妙子姉さんも随分無理したもんや」


「真矢さんだって、もったいぶった言い方しているじゃないですか。教えてくださいよ、どこなんですか、拠点って?」


音無さんにせがまれ、「それはな――」と真矢さんはゆっくり口を開いた。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




「ほぁ~」

俺は呆然としながら車窓から流れていく光景を見やった。


広い、べらぼうに広い。入口の巨大な門をくぐって車で走ること三分。まだ目的地にはたどり着けないでいる。


「この巨大な庭には訓練された犬が百匹近く放たれとるし、偽装された監視カメラやセンサーがぎょうさんあるらしいで」


ゴルフ場のように見晴らしも良く、隠れる場所はほとんどない。対肉食女性の住まいとしては、とても頼りになりそうだ。


「あっ! 見えてきましたよ!」


隣の音無さんが指さす先に見えるのは、圧倒的な和の建築物だった。


南無瀬邸も和の様式だったが、あちらが『武家屋敷』ならば、こちらは『寺』だろうか。

ただの寺ではない。十円玉に描かれている某観光名所のように、柱と壁が赤く、黒い瓦屋根のド派手な建築物だ。

きっと、あの屋根や回廊や窓は専門的な様式で作られ、専門的な名称があるのだろう。

俺の貧弱な知識とボキャブラリーでは、表現出来ないのがもどかしい。


寺の正面に車が止まる。

降りて改めて建物を注目すると、その偉大さに武者震いが起きる。

横幅は五十メートルくらいか、奥行きは分からないがかなり広そうだ。


――と、建物ばかりに目をやっては失礼か。


ここに住む人々が表まで出てきている。俺を前にしても、みんな押し黙っているのが印象的だ。

多くはレディーススーツを着た有能そうな女性たちだが、私服の人やエプロンを付けた人もいる。

その中で異彩を放つのが、彼女だろう。


横並びになる百人ほどの集団の、ちょうど真ん中。

白衣に緋袴の彼女は目立っていた。服装のせいだけではない、そのビジュアルが群を抜いていて、ついつい目が追ってしまうのだ。


なんで寺に巫女装束?

などという神仏の違いを「こまけぇことはいいんだよ」と一蹴するほどの美貌。

天上人と言われても違和感のないそのお方は――


「ようこそいらっしゃいました、拓馬様と南無瀬組の方々。歓迎いたします。ご自分の家のようにゆっくりしてください」


中御門なかみかど由良ゆら様は、肉食女性にはない『清楚』を欲しいままにしながら微笑んだ。

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