絶大なる応援

俺の目の前に柵が立っている。

グラウンドと観客席を分けるための柵だ。高さは二メートルほどで、乗り越えるにはそこそこの労力を使う。


柵が設置されているのは、観客席にボールが入るのを防止したり、グラウンドに観客が侵入するのを防ぐため――というのが俺の認識だった。


そこにもう一つの用途を追加する必要がありそうだ。



「「「はっきゃあああああ!!」」」


グラウンドに出ていた一部の役者が、タクマ(応援団バージョン)の魅力に耐えきれず暴徒と化した。

顔を真っ赤な攻撃色にして、こちらへ突撃してくる。


勢いは凄まじく、南無瀬組がスクラムを組んでも止められるか怪しいものだった。

と、ここで柵さんのナイスセーブである。


『グラウンドの選手が観客を性的に襲うのを防止する』

新たな存在理由を誇示するように、雄々しく立つ柵さん。肉食女子の体当たりにも耐える頑強ぶりに惚れてまう。


肉食の方々は、柵さんの編み目に手足を入れて登ろうと躍起になる。その致命的な隙を南無瀬組が見逃すはずがない。


「ダウト」

「はい、ご注文はビリビリですね」

暴徒の群れに迷いなくテーザー銃を向ける椿さんと音無さん。俺の敵に対しては、容赦ない二人である。


「ストップ! ちょっと待ってくださいっ!」

職務に忠実なダンゴたちには悪いが、止めさせてもらう。


今、役者が撃たれたら撮影は続行不可能になるかもしれない。それならまだマシで、ドラマの関係者が強漢未遂で逮捕されてしまえば、ドラマ自体が立ち行かなくなる。


監督が一喝してくれないか、と期待してスタッフの方を見るも。


「あうあう……」


理性と本能が激しくせめぎ合っているのか、監督を始め皆さん前後不覚に陥っている。今、まさに飛び出しそうなスタッフもいて、あっちはあっちで危険な状況だ。



くそっ、こうなりゃ奥の手を……

地球規模で歌われている超有名な某平和ソングを披露して、場を鎮めるしかない。みんなイメージしてごらん。


歌詞のメッセージ性が強すぎて、人格の変わる人が出てくるかもしれないけど、番組存続のため致し方なし……ってことでよろしく。


喉を震わせるべく、俺が息を大きく吸った――その時。


バリバリバリ、と聞き慣れない音がした。


真矢さんだ、真矢さんがテーザー銃を上空へとぶっ放したのだ。


「ええ加減にせぇ! いい大人が自分を見失ってんやないで! 拓馬はんに指一本でも触れたモンは、地獄以上の地獄を見せたる! さあ、逝きたい奴から掛かってこいや!」


たまに忘れそうになるが、真矢さんも南無瀬の血を引く者だ。組長の妙子さんに負けない威勢のいい啖呵が、それを証明している。


真矢さんの迫力に押され、肉々の人々が我に返り、

「……うう、わ、わたしは、なんてことを……」誰しも己の過ちに気付き、おずおずと持ち場に戻っていく。


ふぅ、何とか俺の貞操の危機と、肉食女性たちの人格改変の危機は去ったか。


「た、助かりました、真矢さん。ありがとうございます」


「拓馬はんがずっと頭を悩ませて練習してきた晴れ舞台や、つまらん事で台無しにはさせへん」


何という頼もしさか。

信頼感マシマシの我がマネージャー兼プロデューサーに俺は何度も礼を言うのであった。





冷静さを取り戻したスタッフが、慌ただしく撮影再開の準備をしている。

彼女らの仕事の妨げにならないよう、静かに出番を待っていると――


「さすがですね」


男役のトップスターであるジュンヌさんが声をかけてきた。

俺の応援団衣装を目にして挙動がおかしくなる人多数の現場で、この人の立ち振る舞いはいつもの如くヅカッっている。


「その衣装、どうやら本気の役作りをしてきたご様子で」


「男という性別の上に胡坐あぐらをかくつもりはありません。男役の方々の素晴らしい萌え演技に負けない。その気概で俺はここに立っています」


「演技は下手だけど、男にしてはよくやっている」と世間に思われるのは御免だ。ジュンヌさんがライバル視するほどの強烈な一発をかましてやる!


「ほぅ。俄然、君の演技に興味が湧いてきました」

強者の余裕とも取れる笑みを浮かべるジュンヌさん。


「ええ、刮目してください。この衣装以上の驚きを提供してみせます!」


「それはそれは、楽しみでなりませんね」


俺たちの視線が強くぶつかり合った――かに思われたが、すぐさまジュンヌさんは目をそらした。


「……勘弁してよ……どんだけ気高いのよ……」


「ジュンヌさん? 何か言いました?」


「――なんでもありません。自分は正常です。これ以上はお邪魔になりますから失敬」


ジュンヌさんが華麗にターンして去って行く。最後あたり盛大に目が泳いでいたように見えたが、気のせいかな?





☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆





ついに応援シーンの撮影が始まった。


サラシを巻いた胸を大きく張り、腹から声を出して選手たちに呼びかける。


「僕は見てきました! ジュンコさんがキャプテンとしてみんなを引っ張って行こうと日々努力していたことを!」

「メリルンがムードメーカーとして、チーム内の空気が悪くならないよう気を遣っていたことを!」

「ケイさんが自分を犠牲にして後輩たちを支えていたことを!」

「周りに厳しいユッカが、チームの実力向上のためにあえて嫌われ役を買って出ていたことを!」

「あまり目立たないコニーちゃんだけど、健康面を考えた食事メニューを練って裏からフォローをしていたことを!」


ハッピに刺しゅうしたメンバーの名前と、この呼びかけによって、俺が主人公チームの一人一人に着目していることを示す。

不知火群島国の女性は、男性に対し『わたしを見て』と熱望しているようだし、効果はあるはずだ。


果たして、効果はあった。あり過ぎた。絶大だった。


グラウンドにいた主人公チームの役者たちが、俺に呼ばれた順にパタパタと倒れていく。


「か、カァーット!」

たまらず監督の声が上がり、撮影は一時中断となった。役者を介抱するべくスタッフが駆ける。


「残当、それ以外の言葉が見つからない」

「むしろ三池さんから個別に声援を受けておいて、倒れない方が礼儀に反しますね」

「う、うう……」


椿さんと音無さんのコメントを聞きながら、これは撮影が難航しそうだ、と俺は頭を抱えた。




その後、役者たちには耳栓をするか、南無瀬組御用達ごようたしの興奮抑制剤を投与されるかの二択が突きつけられた。

役者の皆さんは満場一致で後者を選んでいたが、医者の診察を受けていない人にホイホイとお薬を処方して良いのだろうか……いや、深くは考えまい。



ともかく撮影再開だ。

お次は、応援歌を披露する。俺の歌は肉食女性に多大な影響を与えるので、歌詞が単純な頑張れソングをチョイスした。

アイドルなのにまったく歌の仕事をしていなかった俺である。歌メインの仕事ではないが、初めてカメラの前で歌うにあたり、否応なく気合が入る。


さらに応援と言えば踊りが欠かせない。チアガールのような激しいダンスは、衣装をはだけさせてしまうので即除外である。

そこで選択するのは、腰を深く落とし両腕を大きく広げての演舞スタイル。能のようなゆっくりとした動きで、なかなか堂に入った動作に見えるのではなかろうか。大声で歌いながらの踊りとしては、肺への負担が少なく悪くない。


撮影は、役者やスタッフさんに多数の失神者を出し、何度も中断しつつ収録されていった。


物語のクライマックス、俺の応援をバックに、ライバルチームと最後の死闘を繰り広げるシーンがある。

これまでの撮影で、たっぷり声援を吸収した主人公チームは人間を超えていた。

動きがキレキレどころか早すぎて目で追えない。高く上がったボールの奪い合いでは、自分の身長くらい平気でジャンプする。

シュートするシーンでは、一瞬ボールが燃えたり、トラやタカに変貌するなど超次元スポーツぶりを見せてくれる。

同じ人類のカテゴリーに入れていいのか悩むな、これは。


CG費用が浮いて製作費には優しいが、ライバルチームの役者たちにはまったく優しくない。

人の皮を被ったモンスター相手に怯える彼女らの姿にただただ同情を寄せ、俺はみんなが五体満足に撮影を終えることを願わずにはいられなかった。





☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆





一カ月後。

俺の初出演作は大々的に宣伝され、放送されることになった。


風の噂で聞いたのだが、撮影された映像を編集するにあたり、多くの編集者が犠牲になったそうだ。

長時間俺のシーンを観続けたことによって、脳がフット―してしまったらしい。

自分が映像兵器になっていて、もう笑うしかない。


ドラマの直前には『これから放送するドラマには刺激的なシーンが多数あります。心臓の弱い方や自制心のない方の視聴はご注意ください』とテロップが流れた。

「まあ、付け焼刃にもならへんやろうけど、やらんよりええやろ」とは真矢さんの弁。

自分が刺激物扱いになっていて、もう笑うしかない。


放送時間になると、飲食店や会社は臨時休業となり、街から人が消えた。

だが、各家庭からは女性たちの叫び声が轟き、人の姿はないが喧騒はありまくる不思議な光景が不知火群島国中に広がったらしい。



ともあれ、ドラマは大好評を博した……と思っていいのだろうか。


「タクマさんのシーンしか覚えていないですけど、タクマさんの元気な姿が映っているだけで神ドラマですよ。もうタクマさんのことで頭一杯で全体のストーリーは毛ほども覚えていませんけど」

という視聴者の声が大半で、喜ぶべきか微妙である。



後にドラマの影響で――


「主人公チームと同じ名前になれば、タクマさんが自分を応援している気分が味わえて最高!」と、不知火群島国中で空前の改名ブームが起こったり。


「応援シーンを試合前に観ると、調子が格段に良くなるんですよ。自分が自分でないみたい。ふふ、空だって飛べちゃいそう」と、多くのアスリートの間でタクマ視聴による歴代新記録樹立が続出し、タクマの存在がドーピングに値するか否かで大激論が発生したりするのだが。


それは、また別の話……ということにしたい、切実に。




ああ、そういえば、ドラマの撮影直後からジュンヌさんの姿を見ていない。

感想を聞きたかったんだけど、どこに行ってしまったんだろう?





★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★





「彼に『経験』を与える目論見、成功したようですね、炎情社長?」


「うむ! さすがは黒一点アイドル。この炎情の想像を超える飛躍を見せてくれた!」


「発破をかけに行ったジュンヌ君が逃げ戻ってきましたよ。『これ以上一緒にいたら女に戻ってしまう』って。男役にとってタクマ君は毒ですね。いやぁ、凛々しいあの子が、あんな羞恥に満ちた表情をして……たまらなかったなぁ」


「人が弱ったところを笑うのは良い趣味とは言えんぞ、寸田川先生」


「これは失礼。で、話は戻しますけど、今回の計画……タクマ君を成長させるだけが全てではありませんでしたね?」


「なに?」


「黒一点アイドルのレベルを上げる。それは目的の一つで、炎情社長には他にもやりたい事があったのでしょう? わざわざスランプの天道咲奈とタクマ君を共演させるよう仕組んだのもそのためですね」


「……くだらん邪推は止めよ。この炎情に、後ろ暗いものは何もない!」


「悪い事ではありませんよ。おかげで天道咲奈はスランプから脱しました。元天道家として・・・・・・・、内心安心したのでは?」


「……天道家とは随分前に離別した。今の私は炎情えんじょう熱生あつい、それ以外の何者でもない!」


「強情なんだから、社長は。ああ、でも残念だったなぁ。大事な妹のピンチなんですから、彼女・・が現れるのをちょっと期待したんですよ、ボクは」


「…………」


「天道歌流羅かるら、天道家の次女にして、消えてしまった大天才。多くの役者を見てきたボクですけど、彼女ほどの才能の塊は見たことがない。今度の件で姿を見せないか期待していたんですよ。社長もそう思っていませんでした?」


「彼女から受ける『熱さ』が格別だったことは肯定しよう! だが、彼女は彼女なりの葛藤の末、消えたのだ。それをあぶり出すような真似は無粋!」


「たはは、手厳しい。けど、ボクは感じるんですよ。このままタクマ君が中御門でアイドル活動をしていけば、いずれ天道歌流羅は現れるんじゃないかと」


「何の根拠もない話に聞こえるが」


「ありませんよ、根拠なんて。あくまでボクの勘です。でも、もしタクマ君と天道歌流羅が巡り合ったら、それはそれは『熱いモノ』を見せてくれると思いませんか?」


「……ふむ。否定はしないでおこう!」


「願わくば、その『熱いモノ』を形作るのにボクの脚本を活かせれば良いんですが……まっ、ちょっと欲張りな話かな」

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