第7話 他人のパンツの色を嗤うな
人それぞれ色々な性癖がある。
この世には多種多様な趣味の人間がいる。夜空に瞬く星の数と性癖の種類はほとんど同じくらいだと言って良い。
私が今まで出逢ってきた中で、最も衝撃的だった性癖は‥と言いたい所だがあまりに舌筆し難い内容なので泣く泣く割愛させていただく。
ただ本当に色々な趣味の人間がいた。
下着しか愛せない男。ピンク色の髪をした二次元キャラしか愛せない男。鎖骨に欲情する女。指の形だけで相手を好きになる女。B専。D専。海千山千。
何というか、こういうのは食事の好みみたいなものなので他人がその趣味にとやかく言う必要は全くない。もちろん他人に迷惑をかけてしまう様な趣味はいけないが、あくまでも自分の範疇で楽しめていればそれで良い。
しかし時々、何とも鼻もちならない連中がいる。
それが「異常性癖デュエリスト」である。もちろんこんな名前の人種は存在しない。私が勝手に名付けているだけだ。
彼ら彼女らは己の性癖がどれほど稀有で異常であるかをさも自慢げに話し、日々その優劣を競い合っている。彼らを見ていると人間がいかに愚かで小さい世界に生きているかを実感できるので、私としては月に一度くらいは自分への戒めを込めて遠巻きに眺めておきたいと思うほどである。
自分の性癖を一ミリも臆せず世間へ提示するばかりか、他人と比べて公衆の面前で異常性を競い合う。なんと非常識な事だろうか。
性癖というのはもっとこう、静かで、仄暗くて、後ろめたさや背徳感という物に覆われてなきゃいけないんだ(ここですかさずアームロック)異常な性癖に世間のスポットライトを当てる必要はない。大声で暴露する必要はない。もっと自分の中の奥深く深淵の部分に隠しておかなきゃいけない。そうして普段は何食わぬ顔で社会に溶け込み、時々真夜中に蓋を開けて密かに楽しむものだ。
そうでなきゃいけない。何故か。簡単である。堂々としてると興奮しないからだ。
羞恥こそが興奮へのカンフル剤。背徳感こそが快楽への起爆剤。それなくして、何が性癖か。堂々と他人へ提示できる程度ならば、それは身に付けている服の色の話と同じレベルだ。
「ワタシ〜なんか〜男の人の?背中の臭い?に凄い興奮すんだよね〜」
「あ〜臭いわかるう〜ワタシもぉ、イケメンの汗とかたまに嗅いじゃう〜」
「あ〜分かるかも〜でも、ワタシはどっちかって言うと頭皮の臭いかな〜」
「え〜ヤバ〜イそれはないわ〜」
こんな会話をしてる連中が電車の中にいたとする。正直どーでも良いと思う。言い換えれば、ワタシはピンクが好き、ワタシはスカイブルーみたいな話をデカい声で話している。
またこんな場合もある。
飲み会にて。
「○○さんて、なんか、変態ぽいですよね?」
「そうかな。そんな事ないけど」
「え、ちなみにどんなシュチュが好きですか?」
「え〜、なんだろ。ナースとか好きかな」
「えええ。なんかフツー。がっかり」
誠に遺憾である。ふざけている。勝手に決め付けた結果、勝手にがっかりしている。私はこの現場に居合わせていたが、実際質問されていた彼が不憫で仕方なかった。
きっと質問した彼女は
「アブノーマルな趣味に対応できるアタシ。アダルティでイイオンナ」
みたいな勘違いをしているのだろう。しかし実際に彼女の性癖について伺ってみると、びっくりするくらい平凡で(平凡な趣味が悪いというワケではない)それこそがっかりだった。
一体彼女にとって、どんな言葉が求めていた答えなのか。今となっては知る由もないが、別段知りたいとも思わない。
電車の彼女らにしても平凡彼女にしても自分は変態だ異常な性癖だという割に、いざ目の前にそういう人物が登場するとサッと後退りするタイプだろう。
あくまで私の経験上に過ぎないが、人とは違う変わった趣味を持つ人間というのはソレをとかく隠したがる。ましてや、人の趣味を見下したりする人間はあまりいない。
人と違っているからこそ、ソレが言い出せなくて抱え込んでいるからこそ他人の趣味を見下したりはしないはずだ。
例えるなら、異常性癖デュエリストたちは自らは服の色の話をしてる癖に相手には下着を見せろという。そして挙句の果てに
「おま何だとそのパンツーwwっw」
と笑うのだ。冗談じゃない。
そんなに言うならパンツを見せろ!
お前も!お前も!
パンツを見せろ!話はそれからだ!
まずはパンツを見せろ!
ちなみに言っておくが、私は特定の下着に執着がある人間ではない。あしからず。
とにかく、デュエルがしたいならパンツを見せろ。そういう事だ。
かしこ
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