第5話 他人のオタサーの姫を嗤うな

今さらながら、オタサーの姫について考えている。最近は日々オタサーの姫の事で頭が一杯になってしまっている。


先日、仕事先に明らかなオタサーの姫とその取り巻き達がやって来た。私自身、初の生オタサーの姫であった。


御一行は姫と四人の騎士たちというパーティでやって来た。


意外というか変な話少し残念だったのは、思いのほか姫が可愛いかった事だ。それこそオタサーでなくても十分チヤホヤされる外見をしていた。ルックスもさる事ながらスラッとしてスタイルも良く、ブリブリのロリータファッションだとまるで西洋人形の様であった。


一方の騎士たちはと言えば、これは世間の噂に違わぬ装いで。あからさまな「ザ・オタクファッション」という鎧に身を包み四人中四人がメガネだった。彼らのテンションは一様に高く、しきりに姫を楽しませようとしているのが見て取れた。


中でも、常に姫の傍らに寄り添い妙なテンション具合でご機嫌を伺っているチェックシャツの彼。私は彼をアーサーと呼ぶ事にした。アーサーは姫から勅命を賜る役目らしく、姫が彼らに何か伝えたい時はまずアーサーの肩を叩いて耳打ちするところから始まる。現に店の前で呼び込みをしていた私の目の前で以下のやり取りがあった。


「えーどーする?ここに入る?」


「でもなー、もう少し行ってみない?」


「でも暑いよ。歩くのキツい」


「姫は?(驚くべき事に彼らは本当に彼女を姫と呼んでいた)姫はどうしたい?」


すると姫はアーサーに耳打ちする。アーサーはうんうんと頷く。


「姫ちゃんもここが良いって」


そんな感じである。


かくして御一行は我が職場に入店したわけだが、私は彼らが通り過ぎる際に一つの問題がある事に気が付いた。姫が何かをムシャムシャやりながら店に入って行ってしまったのだ。当店は持ち込みを御断りしている。本来なら私が声をかけるべきだったのだが何というか御一行の勢いに気圧されて、つい通してしまった。職務怠慢である。


案の定、すぐに御一行が店から出てきた。店頭で姫がムシャムシャし終わるのをみんなで待っている。


私が驚いたのは彼らの態度である。誰も姫を責めない。誰も店に対して文句を言わない。ただあるがまま。姫の咀嚼が終わるのを待っている。


「今のうちにメニュー、何頼むか決めとく?」


「そうだね。俺、メニューもらってくる!」


そう言って一人の騎士が店内にとって返した。この、ひときわ気の利くチェクシャツの男を私はランスロットと呼ぶ事にした。ランスロットはとにかくフットワークが軽い。


「姫、暑くない?」


「姫、水いる?」


ちょこまかと良く動き姫の為に働く。姫はあくまで発言はアーサーを通してだが、ジェスチャーでランスロットに反応を示す。ランスロットはそれをとても嬉しそうに見ている。


そうこうしているウチに姫が食べ終わった。しかしあんまりモタついていたもんだから先に団体客が入ってしまい、彼らはどの道外で待ち続けるハメになった。


アーサー「どうする?俺もう暑くてヤバい」


ランスロット「他の店行く?別にここじゃなくて良い?」


「いや、ここで下手に動いて何処か行くよりここで待った方が良い。ネットで調べたらここ評価も高いし、見たとこ回転も速いメニューばっかだ。今ちょうど混んでる時間帯だから、どこ行っても空いてない可能性がある」


「そっか‥そうだね」


この、論理的かつどっしりとした物言いで頼れる男系発言をしたチェクシャツの彼を私はガウェインと呼ぶ事にした。ガウェインは太い眉毛の昭和面した男子で、体格もパーティの中では比較的大柄だ。


「もう少し待とう。店員さんに外で待っている旨を伝えようか?」


とガウェイン。


「姫ちゃんもここが良いってさ」


とアーサー。


「じゃあ俺、店員さんに言ってくる」


とランスロット。


完璧な連携プレイである。


ガウェインがこちらに来たのだがさっきから至近距離で余さず彼らの会話を聞いていたので私は


「では、こちらでお待ちください。店内空き次第すぐご案内します」


と言われる前に反応してしまいガウェインは


「あっハイ」


と出鼻を挫かれてスゴスゴと隊列に戻っていった。


しばらく待機状態にあったパーティ。その中で必要以上にオーバーアクションで皆を和ませるムードメーカーがいた。


「うお!俺コレにしよ!アイスヤバいアイス!」


ランスロット「さっきもアイス食ってたじゃん」


「えへへへ」


天然か自ら徹してか、人知れず場の空気を和ませているこのチェクシャツの男を私はしゅんぺーと呼ぶ事にした。アーサー、ランスロット、ガウェインときて何故彼だけしゅんぺーなのかと言えばあだ名をつける前にガウェインが


「しゅんぺー、この間も腹壊してたんだからアイス食い過ぎんなよ」


と彼の名前を言ってしまったのだ。目の前でしゅんぺーをしゅんぺー呼ばわりされたらもうしゅんぺーはしゅんぺー以外に見えない。


しかししゅんぺーもさすがのムードメーカーで、姫はしゅんぺーの挙動を見て常に笑っていた。それを見て、他の騎士たちも微笑ましい表情をしていた。


何と素晴らしいパーティではないか。


勅命係のアーサー。


フットワークのランスロット。


不動のガウェイン。


道化のしゅんぺー。


そして唯一無二の姫。


まさに理想的なオタサーの姫パーティではないだろうか。


私は、彼らを非常に羨ましく思った。男なら、女なら誰もがこの状況に一度は憧れるものではないだろうか。たった一人の女の子を数人の男で付かず離れず見守り愛でる。もしくは数人の男が自分のことを大事に扱ってくれる。夢の様なシチュエーションではなかろうか。誰もが状況に酔いしれること間違いなし。


人は誰しも女王蜂とその兵隊になりたがるのだ。


私の青春にはそんな1ページはなかったので、心底彼らが羨ましい。


ただ一つ言うなれば、否二つほど言いたい。


まず姫、店に入る時に他店の食い物を食いながら入ってくんな。常識だろ。他の奴も事前に注意しろ。それ姫とかかんけーねーから。


あと姫、良い大人なんだからちゃんと喋れ。キャラとしてやってるならせめて「うあー暑いわぁ」とか普通に言うな。我慢しろ。


と、こんな事が最近あった。これが真実あったかどうか信じるか信じないかは読者の皆さんの自由である。


かしこ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る