第10話 いきなりの自殺衝動

 もう大丈夫だからと言う雉家さんと別れ、夕日色の坂道を下る。

いや、柿色かな、蜜柑色かな。

でも、そんなことはどうでもいいな。

店に着いた私に映は、「今日は休んでていいぜ」と言う。

お言葉に甘えて休むことにして、ホワに会いに行こうと

廊下を歩いていたら電話が鳴っている。漣乃ちゃんからだった。

「今会えますか」

「うん、行けるよ。久しぶりだね」

「じゃあ7時に釜飯屋で」

 なんてやりとりして、手短に切り上げて、

おちおち休んでもいられず、指定された釜飯屋へ。

漣乃ちゃんは釜飯が好きなのか。

「久しぶりです。何頼みますか」

「私は五目釜飯で」

「わかりました。私はほたて釜飯にしようっと」

 そうして釜飯が来るのを待ってると、

漣乃ちゃんは紙袋をごそごそやっているではないか。

「あの、詩瑛さんもらってください」

 指輪が入っている独特なケースを私に渡した。

開けて見ると桃色の花びらの指輪。

「何で私なんかに!?」

「困ったとき助けてくれたじゃないですか。

七千円くらいですけど、どうしても渡したくて」

 蒔さん以外にプレゼントされたことは無い。

力になれたかわからなかったが、こうして指輪を贈られると嬉しい。

でも後ろめたいような、どこかためらう気持ちが混ざっているのは

あの後一度も彼女の元に行っていなかったからだ。

「お姉さんに渡すべきなのでは?」

 そう私が遠慮気味に言うと、漣乃ちゃんは、

「いえ、姉さんが何かお礼でもしないとって言ったんですよ」と返した。

ならば、もらってもいいのか。

「ありがとう。うん、ちょうどいいわ」

 きつすぎずゆるすぎず、しっくり指輪をはめられた。ちょうど五目とほたても来た。会計は私が全額出して、なんとなく漣乃ちゃんの頭を撫でると幸せそうに笑った。

 いつぞやの公園にまた来て、色々話した。

相変わらず学校には行けないが、絵を描いたり音楽を聞いて

毎日を過ごしているという。

橙乃さんは本屋でアルバイトをしながら、漫画家を目指しているっていうし。

それなりに順調な近況を一緒に伝え合って、それなりの笑顔で別れた。

私は申し訳なさと戦っていたのだ。


 胸が苦しい。漣乃が自殺をしようとして、こけおどしに首を絞めたことを思い出して、馬鹿なことをしてしまったと思う。今更ながら。

トラウマを植えつけてしまったかもしれない。

悪夢になって苦しめるかもしれない。

指輪を贈られる資格も何も無いのに、こんな人間のクズに。

ホワにもなかなか構ってやれない。

もっと適した、ふさわしい飼い主がどこかにいるんじゃないか?

映もなぜ私についてきたのだろう。

別に仲が悪い訳でも無いのに、私は彼に近寄りがたい想いを抱いている。

結局私は人を救ったと思い込んで自己満足に浸っているアホな女なのか。

いてもいなくても変わらない人間じゃないのか、私は。

1秒後も1ヶ月後も10年後も私はダメなままなのかな。

守っているつもりで傷つけてしまっていないかな。

あっ、そうだ。何で今までひらめかなかったんだろう。死んだら蒔さんに会えるよ、きっと。ダメだったって言って謝ったら許してくれるかな。

本当にごめんなさい。そんなことを考えながらベランダに立っている。

生きるも死ぬも半分半分。人生の距離感が掴めないまま、ここまで生き延びてきた。乗り出してぼんやり遠い地面を見ていると、がっと体を後ろに引っ張られた。

「おっどろいたなー。まだ早いぞ。まだ、まだまだね」

 涙でぐしゃぐしゃな顔をハンカチでごしごし拭かれる。痛いってば。

「な……何で、わかった……の?私はあなたに……ひっく、とんど構わな……のに」

「お前が死んだら、おっぱい触ったりするぞ。それでもいいのか。恥ずかしいポーズとらすぞ、おまけに」

 さすがにそれは嫌だ。こんな変態の思い通りになってたまるか。

やらしいのにまじめに聞こえるのは状況が状況だからか。

映はさらに、「きつめの応急処置をしておくよ」と言って、

懐からつまようじを出して映写。ぐん、と意識が遠のいた。

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