第171話「朝霧の激闘、開幕」

 朝の静けさは今、冷たく凍りついている。

 そんな空気は、吐息といきを白くくもらせていった。

 今、時刻は朝六時……皇立兵練予備校青森校区こうりつへいれんよびこうあおもりこうくは、眠れぬ夜をようやく脱した。だが、幼年兵ようねんへいたちにとっての悪夢はこれから始まる。

 そして、それが終わりを連れてくる。

 あの北海道の惨劇のように。

 少なくとも、リーアにはそれが不可避の未来に思えた。だからこそ、目の前を歩く少女が不思議でならない。エリカ・ジョウノウチは今、ジャージ姿で校区内の森林エリアを颯爽さっそうと進んでいた。


「あ、音が聴こえる。あっちじゃないかな」

「……この音は、レヴァンテイン。数は、二機。ハイトーンの駆動音から、かなり徹底したチューニングがされてると推測」

「詳しいのね。んじゃ、行ってみましょ!」


 この時間、訓練用の森林エリアが使用されるという予定はない。

 少なくとも、校区内のサーバをクラッキングした時には、そんな情報はなかった。だからリーアは驚いたし、エリカに誘われた時は興味を持った。

 エリカは不思議な少女だ。

 無力で世間知らずなお嬢様というには、あまりにも快活で意思が強い。そして、妙なはながあって誰でもとりこにしてしまうのだ。

 だが、リーアは自分にあくまで任務だと言い聞かせる。

 エリカについても、組織からは難しい命令を受けているのだ。


「なんとしても守れ、か……何故なぜだ? 戦略的価値のない人員に想えるが」

「ん? なにか言った? リーア」

「いえ、なにも。それより……やはり戻ったほうがいいのでは」

「嫌よ」

「しかし」

「いーやーでーす!」


 妙に子供っぽいことを言いつつ、エリカが振り返る。

 その表情には、言葉とは裏腹にりんとした気品が感じ取られた。

 自分と違って、いい家に生まれ、いい物を食べて育った少女……そういう先入観を忘れる程に、リーアも気付けば目を奪われていた。


「なんかさ、極秘の特訓? 練習? してるんだって。ロボット同士で」

「……先程の音は、じゃあ」

「そう。でも、私ってパイロットじゃないから、そういう話が入ってこないの。それに……うちのクラス、女の子のパイロットもいるじゃない」

神塚美央カミヅカミオ真道美李奈シンドウミイナ、シファナ・エルターシャ……他多数。準戦闘員も存在する」

「そうよ。……ずるいじゃない、私だけちょっと仲間外れってさ」


 それだけ言って、またエリカは歩き出す。

 聞けば、昨晩の作業中にクラスメイトたちのやり取りを聞いてしまったらしい。

 怪我をされても困るので、リーアも周囲に気を配りながら歩いた。

 すると、向かう先に人の気配。

 数は、二。

 寒い中で自然と、リーアは隠し持ったナイフの手触りを確かめた。

 だが、すぐにそれが不要だと察する。

 エリカが無防備にも声をかけて、その二人が返事をしたからだ。


「おーいっ、確か……東城世代トウジョウセダイ君、よね? そっちの子は、えっと」

「おや、ジョウノウチさん。おはようございます。こっちは仲間の御門晃ミカドアキラ君」

「はっ、はじめまして。えっと」

「私もエリカでいいわ。世代、そしてアキラって呼ぶけどいいかしら」


 世代とアキラ、どちらもリジャスト・グリッターズの構成員だ。リーアは緊張感をとがらせたが、すぐに殺気を隠す。


「あれ、リーアさんも……この取り合わせ、珍しいね」

「私とリーアは、普通の女の子仲間だもん。で、世代とアキラはなにしてるの?」

「……山の方に今、北海道を消し飛ばしたセラフ級パラレイドが来てるんだけど」

「ええ、聞いてるわ。昨日からてんやわんやじゃない」

「それをやっつける作戦があって、誰が狙撃手スナイパーをやるかって話で」

「えっ、じゃあこの早朝練習っていうか、そういうのは」

「うん。候補に上がった二人をフラッグ機にした、パンツァーゲイムのチーム戦してるんだ。勝者のチームの狙撃手が、運命のトリガーを受け持つことになるね」


 それを観戦しつつ、パンツァー・モータロイドを色々みたいというのが、世代とアキラの目的だった。

 だが、逆にエリカは少し落胆したように肩を落とす。


「……ちなみに、ユートは」

「参加してないけど?」

「そ、そうなんだ」


 ユート・ライゼス、それは先日リーアが撃墜した強襲可変機レイダーのパイロットだ。いいセンスをしているが、データで見た人物像とは大きく違う。与えられた資料では、もっと冷静沈着で氷の判断力を持つ……そう、まるで殺人機械キリングマシーンのような少年だったはずだ。

 それが、ここでは仲間たちに協力もするし、合理や論理とは程遠い集いにも参加している。

 リーアは少し失望したものだ。

 先日こそ自分が勝ったが、あそこまで自分に戦わせた相手は初めてだったからだ。

 そのユートは、無愛想ぶあいそうだがどこにでもいる男の子だったなんて、幻滅げんめつである。

 そう思っていると、先程の駆動音が近付いてくる。

 すぐに少年少女たちの前に、二機のレヴァンテインが現れた。

 世代とアキラが真っ先に、嬉しそうな声をあげた。


「世代さん、こないだ見た新型ですよ。ほら、格納庫ハンガーで調整中だった」

「あっちはメリッサ系列のラインが見て取れるね。もう一機は円月型えんげつがたのカスタム機か」


 すぐさまリーアは、脳裏にデータベースを広げて読み取る。

 確か、スフィカと朧月五式ろうげつごしきだ。前者はあのメリッサの再設計機で、ややマイルドに調整されたカスタムタイプ。後者は堅実な設計の長所を生かした特殊仕様、巨大なシールドで鉄壁の防御力を誇るという。

 搭乗員は二人共、オスカー小隊の新人だ。

 向こうもどうやら、足元に人間がいるのに気がついたようだ。

 スピーカーを通して、若い青年の声が響く。


『うおっ!? ひ、人がいるのか!? ……えっと、君たちは確か、リジャスト・グリッターズの』


 そこで少し、世代とのやりとりが交わされた。スフィカのパイロットである郡山氷助コオリヤマヒョウスケは、とがめはしなかったが気をつけろと言ってくれる。どうやら、観戦は構わないようだった。

 新型の戦いを直接見れるとあらば、リーアにとってもありがたい。

 今後、レヴァンテインとの戦闘も視野に入ってくるからだ。


『しっかし、どこから聞きつけたんだ? なあ、ヒイラギ

『ですね。……ふふ』

『ん、なんかおかしいこと言ったか?』

『いえ、男の子なんだなーって。世代君もアキラ君も、あと、氷助君も』

『おいおい、俺は男の子って歳じゃ――』


 その時だった。

 異なる駆動音マシンノイズが近付き、瞬時にリーアは振り向いた。

 世代もアキラも視線を滑らせ、エリカだけが「えっ、どこ? どこどこ?」と周囲を見渡している。

 瀬戸柊セトヒイラギの朧月五式が、スフィカを守るように盾を身構えた。

 瞬時にリーアは、接近する音が高速で移動しているのを察知した。距離を縮めてくるが、その方角を悟らせようとしない動き……明らかに、訓練された人間のそれだ。


「オスカー小隊のフラッグ機は恐らく、狙撃手である一条灯イチジョウアカリのヴァルキリー……いや、新型のレギンレイヴか。そのシェクダウンも兼ねてるとして、戦技教導部せんぎきょうどうぶのこのサウンドは」


 すぐにリーアの中で、答が浮かび上がる。

 それは、マッシブな空色の機体が姿を現すのと同時だった。

 真っ先に声をあげたのは、世代だ。


「おおっ! 見て、アキラ。あれは確か、千雪チユキさんの89式【幻雷げんらい改型参号機かいがたさんごうき。無手の格闘術で戦うために、重装甲と突破力を詰め込んだカスタムモデルだ」

「えっ、授業で使ってる旧式のやつですよね、【幻雷】って。……別物に見えますけど」

魔改造まかいぞう……だが、それがいい」

「あ、それはわかりますっ!」


 少年たちがひとみをキラキラさせているが、リーアは咄嗟とっさにエリカの手を握った。

 どうやら、改型参号機の五百雀千雪イオジャクチユキからはこちらが見えていないようだ。模擬戦とはいえ、戦闘に巻き込まれればただでは済まない。せない話がだ、一応エリカを守れとも言われているのだ。


「来い、エリカ」

「ちょ、ちょっと、リーア!」

「ここは危険だ。ギーグロホオタクコンビと一緒に巻き込まれて、死なれても面倒だからな」


 どうやら世代とアキラも、邪魔にならないように距離を取るようだった。

 だが、その必要性がなくなりかけていることにリーアは気付く。

 相対した両チームの戦力は、一対二……しかも片方は旧型の改造機で、もう片方は最新鋭のレヴァンテインである。

 この戦い、どう見ても――


「相手が悪い。……

「えっ? リーア、わかるの? だ、だって、数が」


 戦闘の火蓋ひぶたが、切って落とされた。

 双方、リーアから見ても感心するほどに士気が高い。それが機体の挙動によく出ている。先程の話では、セラフ級パラレイド殲滅任務の狙撃手を決めるための戦いらしいが……リーアから見れば非常に馬鹿馬鹿しかった。

 それは上官が決めることで、部下はその命令に従えばいい。

 兵士とはそういうものだ。

 まして、危険度の高い任務を自ら奪い合うとは……リーアにとっては理解不能だった。


「……そうさせるだけのなにかがあるのか? リジャスト・グリッターズには」


 リーアのその疑問に、答える者はいない。

 ただ、鋼鉄の咆哮ほうこうを叫んだ巨神たちが、この青森の明日を賭けた前哨戦でぶつかり合う。リーアに言わせればくだらないが、その挙動は双方共に洗練されたものだった。

 スフィカの氷助が攻めて、朧月五式の柊が守る。

 攻防一体のツーマンセルは、新人とは思えぬ程に高い練度を感じた。

 そして、それを知ってえて、千雪が改型参号機を踏み込ませる。

 その速度が、リーアの動体視力にも異常な加速を刻みつけた。


『氷助君っ、下がって! は、はやいっ!』

『柊、無理はするなよっ! 後ろの灯さんを守るフラッグ戦なんだからな!』

『う、うんっ。大丈夫、訓練通りにやれば――』


 勝負は一瞬だった。

 真っ直ぐ放たれたこぶしが、巨大な盾へと激突する。その瞬間、盾はそのままに……発勁はっけい遠当とおあてのようなものだが、それをパンツァー・モータロイドでやるというのは聞いたことがない。

 そのまま改型参号機は、瞬時に回り込もうとしたスフィカを見もせず攻撃。

 いかついシルエットが嘘のように、鋭い後ろ回し蹴りが炸裂した。

 やはり、リーアが思った通り……いそいそと避難する必要はなかった。

 圧倒的な技量差に加えて、機体の熟練度が勝敗を決したように見えた。そして、あとから気付く……自分たちの存在を知ってしまったため、どうやらオスカー小隊の二人はこちらの安全を考えてくれたようだ。


「やれやれ……とんだ甘ちゃんだな」


 だが、不思議と胸の奥が熱い。

 リーアはその奇妙な感情を、不要だと切り捨て心の奥底へと沈めるのだった。

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