第170話「擦れ違いの、再会」

 セラフ級パラレイド、ゼラキエルの出現から時は過ぎ……すでに時刻は深夜、日付が変わろうとしていた。

 だが、青森校区には多くの明かりが灯り、突貫工事で作業が進んでいる。

 トール一号機の陽電子砲ユニットを、狙撃用に臨時改修しているのだ。

 不夜城バビロンの如き格納庫ハンガーから今、少年の手を引き真道歩駆シンドウアルクは歩を進める。


「おい待て、待てって! 俺はまだ、【氷蓮ひょうれん】の整備が……修理があるんだよ! なあ!」


 彼の名は、摺木統矢スルギトウヤ

 歩駆は先程、統矢を連れていくように頼まれた。それも、リジャスト・グリッターズの司令官である東堂清次郎トウドウセイジロウにである。

 最初は意味がわからなかった。

 だが、自分が言われるままに医務室に入った時、全てが理解できた。

 そして次は、統矢がその現実に……真実に向き合うだろう。

 しかし、作業着のツナギ姿で彼は歩駆の手を振り払った。


「離せって、歩駆! 俺はまた、【氷蓮】を直すんだ。何度でもそうして戦う……奴らを、パラレイドを駆逐するために!」

「……りんなちゃんの仇討あだうち、復讐か?」

「そうだ。そのためなら俺は」

「なら、やっぱり来いって。お前の確認も必要なんだよ」


 周囲の整備士や生徒たちも、二人の声に振り返っていた。

 視線を感じて、歩駆は再び歩き出す。

 だが、もう統矢の腕を掴んだりはしなかった。そうするまでもなく、彼は歩駆の真剣な眼差しに少しだけ納得してくれたらしい。

 とはいえ、時間が惜しいのも確かだ。


「統矢、【氷蓮】は……直りそうか?」

「ん……俺は、馬鹿だな。みんながせっかく直してくれたのに、また壊して」

「そうだな、お前は馬鹿だよ。ったく」

「お、おいっ! ……本当のこと言うなよ、傷つくからさあ」

「冗談だ。でも、直るんだろ? 直すさ、またお前と俺と、みんなとで」

「……ああ」


 徐々にだが、かたくなな統矢も話を聞いてくれるようになった。久々に再開した時は、歩駆には別人に思えて目を疑ったものである。

 その理由はもう、この世のどこにも存在しない。

 統矢にとって大切な人が死んだのだ。

 そして今夜、その現実がひっくり返るかもしれない。

 歩駆にも訳がわからないが、事実は正しく受け止めなければいけない。ヒーローはいつだって、理想と現実の両方が見えていなければならないのだ。


「なあ、統矢……例の所属不明機アンノウン、あったろ。パンツァー・モータロイドっぽいやつ」

「ん? ああ、俺が連れ帰った機体か。信じられるか? あれ、次元転移ディストーション・リープの光から出てきたんだぜ? どこの試作機だよ、ったく。そういう機体があるなら、前線に回せってんだ」

「そうだな、どこかの試作機だったらよかったんだけどな」

「……違うのか?」


 ことの発端ほったんは、統矢が戦闘のさなかで保護した所属不明機である。既存きぞんの機体系統としては、PMRパメラが最も近いように見えるが、詳細は不明だ。

 次元転移で現れたことも含め、謎の究明のためにコクピットが開封された。

 その時、リジャスト・グリッターズの誰もが新たな謎を突きつけられることになったのだ。歩駆が大人たちに呼ばれたのも、事実確認のためである。

 結論から言うと、模造獣による擬態コピーたぐいではなさそうだった。

 足早に廊下を歩けば、外でもまだ作業が夜通し続いているのが見えた。


「例の機体のパイロット、な……その、面通めんとおししてほしいんだ。お前が一番、そいつのことについては詳しいと思うからな」

「へえ、じゃあもしかして……北海道の仲間が誰か生き残ってたのか?」

「そうだといいんだけどさ。あ、こっちだ」


 医務室へと角を折り返して、忙しく行き来する生徒たちと擦れ違う。幼年兵ようねんへいたちは皆、徹夜での作業に全員が駆り出されていた。

 そうでなくても、恐らく眠れないだろう。

 この青森校区、市街地から目と鼻の先にセラフ級パラレイドが出現したのだ。

 セラフ級、それは戦略兵器級の災厄。

 こことは違う地球に生まれ育った歩駆でも、沈んだ北海道の惨劇を見せられれば納得するしかない。こちらの地球は今、滅亡の危機にひんしているのだ。

 そんなことを考えていると、丁度自動販売機の前に見知った二人が一服してるのが見えた。


「おっ、歩駆じゃん。お疲れ様、なんか飲む? 私がおごったげるよん?」

「統矢君、それに、真道君……ええ、はい。真道君……だと、二人いるので都合が悪いですね」


 一人は、この寒い中でも作業着を上だけ脱いだ神塚美央カミヅカミオだ。彼女はツナギの上を腰に結んで、上はタンクトップだけである。

 そして、もう一人は五百雀千雪イオジャクチユキだ。

 彼女は律儀に襟元えりもとまでシャンとツナギを着ているが、細いおとがいに手を当て考え込む素振りを見せる。そして、得心した様子でうなずいた。


「歩駆君、とお呼びしていいですか?」

「ああ、そうだな。美李奈ミイナと俺と、名字が同じだし。そういや、響樹ヒビキアキラ、この二人も同じ御門ミカドなんだよなあ」

「……響樹君はスサノオンのパイロットですね。無事だといいんですが」

「なーに、リジャスト・グリッターズのスーパーロボット軍団を舐めちゃいけないぜ。きっと大丈夫さ。それに、大丈夫でいられるうちに俺たちが助け出す」

「で、お二人はこんな深夜になにを? 二人で……密会? 逢引あいびきですか?」


 千雪は真顔で、大真面目に真っ直ぐ見詰めてきた。

 この人は綺麗な顔立ちに長い黒髪と、美人なのに……どうしてこう、がっかりな残念属性でフル武装してるのだろう。怜悧れいりな美貌は表情が乏しく、優等生なのに時々言ってることがトンチンカンだ。

 だが、すかさず美央がフォローしつつ千雪の長身をひじつつく。


「私と千雪じゃないんだからさあ。歩駆は普通の男の子だし、脈はないんじゃないかなあ」

「そ、そうですか」

「お、今すっごい安心した顔見せたね! だよねー、統矢がそっちの人だと困るもんねえ」

「……顔に、出てましたか?」

「はは、否定はしないんだ」


 なんだか勝手に危ないカップル認定されそうなので、歩駆は思わず笑いを引きつらせる。統矢は統矢で、心底意味不明といった顔で首をかしげていた。

 とりあえず、急ぎの用事があるので二人に挨拶して再び歩き出す。

 だが、千雪の腕を抱き締め引っ張りながら、なんだか楽しそうに美央がついてきた。


「ねね、二人でどこいくの? あっ、そうだ! 千雪、さっきの話」

「え、ええ……でも、【氷蓮】は再修理と改修作業で動けませんし」

「あー、そっかあ。じゃあ、私が手伝ったげるよ。相手は六人なんだしさ」

「いいんでしょうか? いえ、そもそもそんなことをしてる余裕はないとも思うんですが」

「女の覚悟ってさ、千雪……大事なんだよねえ。ムフフ」


 なんの話かはわからないが、とにかく歩駆は統矢を医務室へと連れて歩く。扉の前まで来て、そっと入室をうながした。

 きっと、統矢は酷く驚き動揺するはずだ。

 それは、さっきの自分と同じリアクションになるのだろう。


「入ればいいのか? なんだよ、ったく……失礼し――ま、す……? えっ? ……!?」


 引き戸をガラガラ開いた瞬間、統矢は固まった。

 その視線の先には、宇宙戦艦コスモフリートの船医であるバウリーネ・ブレーメンの姿がある。そして、その奥で……ベッドに身を起こした少女が振り返っていた。

 それは、歩駆が記憶する限りでは、更紗サラサりんなという名前の女の子だ。

 皇立兵練予備校こうりつへいれんよびこん北海道校区のエース、今はもういない統矢の幼馴染おさななじみ……りんなと瓜二うりふたつなのだ。そしてそれは、誰よりも一番親しかった統矢にはわかる筈だった。


「……驚かせてごめんな、統矢。俺も信じられないよ……でも、彼女はりんなちゃんか?」


 歩駆の言葉に、返事はなかった。

 うめくようになにかを言いかけては、その都度つど言葉を飲み込む統矢。彼はそのまま、目を見開いてベッドに駆け寄った。バウリーネが静止する声も聞かずに、まるで掴みかかるように詰め寄る。


「りんなっ! 生きてたのか、りんな! りんな、だよな……なあ! 俺だよ、統矢! 摺木統矢だ! 小さい頃からずっと一緒の……りんな?」


 取り乱してはいるが、統矢も気付いたらしい。

 少女はくちびるを震わせ、怯えたようにうつむき黙る。

 そのしおらしさ、そして統矢を見ても明らかに他人行儀な反応……彼女はりんなであって、りんなではなかった。だが、歩駆の目にはどう見てもあの日のりんなその人である。

 白いトリコロールカラーの所属不明PMRの中で、彼女は気絶していたのだ。

 そして、バウリーネの言葉が真実をそっと統矢へ突き立ててゆく。


「統矢君、落ち着いて。彼女も怖がってるわ。ね? さ、離れて」

「……す、すみません。でもっ!」

「よく聞いて、統矢君。彼女の名は……。それ意外は今は思い出せないらしいの。戦闘時の極限状態と、次元転移の余波もあるかもしれない……一時的な記憶喪失ね」


 やはり、別人だ。

 だが、他人の空似そらにという話では解決できそうもないほどに、れんふぁはりんなに似ている。さらにバウリーネは、簡易的なDNA検査を行ったと話す。皇立兵練予備校のデータバンクに登録されているりんなのものと、ほぼ完全に一致するとのことだった。

 その場にガタリ! と統矢はひざを付いた。

 その目が、既に色を失っている。

 そっと歩み寄って、歩駆はその肩を優しく叩く。


「俺、さ……模造獣イミテイト仕業しわざだと思うけど、俺にも偽物がいるんだよ。で、そいつにゴーアルターを奪われちまった」

「歩駆? で、でも俺は……あ、ああ、そうだ……俺は、確かに……血塗ちまみれで死んだりんなを……この手で、抱いて」

「統矢、もういい。やっぱり、この子はりんなちゃんじゃない。でも、今は怯えて震えてる。守らなきゃいけない人たちの一人だってこと、わかってほしい」

「……そんな、でも。ああ、そ、そうだ……りんなは、死んだ。俺を、かばって」


 歩駆はそれ以上、言葉を選べなかった。

 他ならぬ自分自身、目の前で幼馴染のガールフレンドに死なれている。そしてそれは、歩駆次第では避けられたかもしれない悲劇だった。歩駆にはあの時、渚礼奈ナギサレイナを救うことができたかもしれないのだ。

 今はただ、重苦しい沈黙だけが夜の闇を冷たく凍らせているのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る