第127話「歌よ導け、平和の明日へ」

 天原旭アマハラアサヒの忠告もあって、ナオト・オウレンは食堂を訪れていた。

 宇宙戦艦コスモフリートの中でも、同乗する避難民たちに食堂は解放されている。そして、今日は意外な客が乗り合わせているため、多くの老人や子供たちでごった返していた。

 ナオトはこれといった趣味もなく、明るい場所ではしゃぐのは苦手だ。

 だが、自分が守るべき者たちの笑顔を見ると、不思議と心の焦りが和らいだ。


「凄い人混みだ、こんなに沢山の避難民が乗っていたんだな。ドバイからずっと、戦いの連続……少しでも息抜きになればいいが」


 皆、笑顔で歌に酔いしれている。

 自然とナオトも、人混みの後ろで避難民たちの視線を追った。

 食堂の奥に、可憐な少女が小さなステージに立っている。足元の檜舞台ひのきぶたいは、ひっくり返した食料用の木箱だ。一流のアイドルがパフォーマンスを発揮するには、整ったステージとは言い難い。

 だが、そこには皆を笑顔にする無敵のスマイルがあった。


「さあ、みんなーっ! 次の曲も元気に弾けるよーっ! セイル、いっきまーすっ!」


 リジャスト・グリッターズによって救出された少女、虹浦ニジウラセイル。彼女の笑顔が、声を弾ませる。軽快な調べがテンポアップすれば、自然と客たちの動きにリズムが生まれた。

 一番後の壁によりかかりながら、ナオトも黙って歌声に耳を傾けた。

 流行歌にはうといが、自然と心が軽くなる。

 セイルはまるで、歌う楽器のようだ。

 歌うためだけに生まれた妖精のように、この場の全てを魅惑の一時にまどろませる。

 不思議な感覚だったが、ちょうど一曲聴き終える頃には、ナオトも自然と皆と共に拍手を送った。


「みんな、ありがとーっ! セイルは、みんなと一緒に国連に行くの……そこで、この地球の平和のための、大きな大きなプロジェクトがあるんだ。発表、するね?」


 きゃるん、とかわいさ抜群のポーズで、セイルはウィンクを一つ。もうすでに、食堂は夢の空間へと放り込まれていた。

 ナオトは圧倒されるままに、一大発表を聞かされてしまう。


「ここに、セイルとリジャスト・グリッターズの皆さんによる、地球を元気にする計画っ! プロジェクトISHT@Rイシュタル! 発動だよっ!」


 ――プロジェクトISHT@R。

 セイルの説明では、彼女を中心とした少女たちによる、全地球規模のコラボユニットを結成するらしい。またの名を、超時空ちょうじくうシルフィード……なんと、

 それは、国連総会でのセレモニーで、各国の代表を出迎えるビッグイベント。

 今回は、月のルナリア王国は勿論もちろん、この地球の……惑星"ジェイ"のあらゆる国家が集うのだ。それも、砲火を交えることなく諸問題を解決すべく、話し合いのために。


「プロジェクトISHT@R、勿論センターは……このセイルッ! そして、セイルと一緒に歌って踊るのは……リジャスト・グリッターズの戦乙女ワルキューレたちだよっ! 今日はそんなメンバーを取りまとめてくれる、一条灯イチジョウアカリさんを紹介するね! えっと……あっ、あそこの人です!」


 ひたいに手を当て、セイルは木箱の上で食堂を見渡し……ナオトの近くを指さした。皆が一斉に振り返る中で、自然とナオトも首を巡らせる。

 気付けば、すぐ近くで一組の男女がセイルの歌を聴いていた。

 その片方、灯は突然自分に視線が殺到したのに驚いている。


「……へっ? わっ、私!? え、ちょっと待って……あ、あれ?」

「灯、先日東堂トウドウ司令が言ってた件じゃないか?」

「ちょっと待って、シナ……ええーっ!? 私にアイドル、やれっていうの? あれって、そういう話だったの! 嘘……」

「国連総会でのセレモニーにおける、要人警護を兼ねたステージへの参加……ま、俺も驚いたけどな。頑張れよ、灯」


 槻代級ツキシロシナほがらかに笑っている。

 その隣で、一条灯は真っ赤になっていた。

 だが、セイルに呼ばれて彼女はステージへと歩き出す。

 恥ずかしがりつつも、セイルと並んで木箱の上に立つ。灯の美貌は現役アイドルに比べても見劣りするものではなかった。目を白黒させたまま、マイクを渡され灯が挨拶をする。

 どうやら他にも、エリー・キュル・ペッパーや真道美李奈シンドウミイナ、シファナ・エルターシャといったメンバーが合流するらしい。超時空シルフィード、ISHT@R……一夜ひとよ限りのスペシャルユニットが生まれた瞬間だった。

 呆気あっけにとられていると、ナオトの隣に級がやってくる。


「ナオト、驚いただろ? 俺もまあ、最初はびっくりしたよ」

「あ、ああ……級は、知ってたのか?」

「先日、灯と一緒に呼び出されたからな。まあ、パイロットの仕事じゃないことはわかってる。でも、銃爪トリガーを引くよりは歌って踊る方が、いいさ」

「なるほど、同感だな」


 あうあうとパニクりながらも、灯は自己紹介を済ませた。

 子供たちから歓声があがって、温かい拍手に包まれる。避難民たちにとって、リジャスト・グリッターズの女性たちは親しみ深い日常の一部だ。子供たちの相手を率先してする者、あいた時間で相談に乗る者、作業を手伝ってくれる者……そうした少女たちのリーダー役として、年長者の灯は適任だった。

 歌で世界が救われるとは、思わない。

 だが、銃を向け合うことがやめられるとしたら、そこには歌のような文化が必要なのだ。文明の発展が戦争と背中合わせならば、その暗い影を人類の叡智えいちから引き剥がしてきたのは、文化的な人の心、願いや想いなのだから。


「え、えええ、えとっ! とにかく、私たちISHT@Rは精一杯、セイルさんにご一緒させていただきまぴゅ! ……うう、恥ずかしいよぉ……若いはともかく、私まで」


 盛大にんで笑いを誘いつつ、赤面しながらも灯は笑う。

 不思議とナオトは、そんな彼女を見る級の優しい視線に気がついた。

 だが、拍手しながら級は、そっとナオトに声をひそめてきた。


「ナオト、出撃禁止の件……気にしないほうがいい。バルト大尉は、意味のない命令を下したりはしない人だ」

「……ああ、そう思う。けど」

「この部隊じゃ、ナオトが一番俺と年が近いんだ。大した力になれないかもしれないけどさ、なんでも言ってくれよ。それに……実は、ナオトに手伝ってほしいことがある」

「自分に? ……自分なんかで、力になれれば」


 一度周囲を見渡し、級は真剣な表情になった。

 人には言えぬ秘密の話を、友人にだけ打ち明ける……そんな雰囲気だ。自分にそういう価値があるとは思えなかったが、ナオトも自然と真摯しんしに耳を傾ける。


「実は、例のIDEALイデアルとかいう組織に、ヤマダ・アラシとかいう人がいてさ。よく、歩駆アルクがゴーアルターのコクピットで通信していた人物で、技術者らしい」

「そういえば、以前そんなことを……それで」

「ヤマダ氏が、特別なシュミレーター・プログラムを作ってくれたんだ。あらゆる機体のサイズを補正し、同じスケールの人型兵器として模擬戦ができる、そういうプログラムさ」


 級の乗るレヴァンテインは、全高7m程の比較的小型の機体である。当然、ナオトの乗る第三世代型トールとは、倍以上の体格差がある。模擬戦で対峙たいじする場合、双方にとってこのサイズ差は重要な要素だ。

 だが、敢えてその差を平均化してしまうプログラムには、どういう意味があるのか?

 それについても、級は教えてくれた。


「詳しくは話せないが、ナオト。お前に俺の模擬戦の相手を頼みたいんだ」

「それは、構いませんが……なにか事情があるんですね? 了解です。自分なんかでよければ」

「俺が想定する敵は、とても強い。そして、いつ再び現れるかわからない……以前から唐木田カラキダのおやっさんと備えているが、念には念を入れたいんだ」


 級の話では、リミッターを解除したナオトの動きが、一番その敵に近いものらしい。無軌道でトリッキー、それでいて的確な判断力を保った戦闘力。ナオトは自然と、級が見えない強敵との避けられぬ戦いを待っていることを察した。


「わかったよ、級。やるからには全力で相手をさせてもらう。それでいいんだな?」

「助かるよ、ナオト。早速、あとでシュミレーターで手合わせ願うさ」


 ようやく級が、安心したように笑った。

 それでナオトも、素直に笑顔になれたような気がする。

 二人が歌を聴きながら、そんな話をやりとりしていた、その時だった。不意に食堂の入り口付近で、老人の怒鳴どなり声が響く。


「なんじゃ、もう始まっとるじゃないかね! まったく、グズグズしておるから!」

「す、すみません、おじいさん。でもほら、ちょうど盛り上がってるとこみたいですよ」

「ふむ……ま、まあ、怒鳴るようなことでもないな。そら、早くセイルちゃんとやらのステージを見ないといかん! ほれほれ、はようせんか!」


 車椅子の老人が、アレックス・マイヤーズに押されて現れた。かたわらには、メイド服姿のロキが立っている。恐らく、ドバイでの戦闘で負傷した民間人だろう。彼らはこのコスモフリートに閉じ込められた状態が、もう何ヶ月も続いている。

 苛立いらだちとストレスは理解するつもりだ。

 その上で、多少の八つ当たりは、これも許容する他ない。

 それをよくわかってるからか、アレックスは笑顔を絶やさなかった。


「アレックスさん、あとはボクがやりますよっ! ありがとうございます!」

「ああ、じゃあ……お願いできるかな、ロキ。僕はすぐに洗濯に戻って、それから調理場も手伝うことにするよ」

「はいっ!」


 ロキは可憐な笑顔を浮かべて、肩に乗る小動物にも微笑ほほえみかける。

 彼は……そう、メイドの少女に見えるが、彼は男だ。ゆえあってこの惑星"J"でリジャスト・グリッターズに拾われ、今は於呂ヶ崎麗美オロガザキレイミのメイドをやっている。

 彼を見る級の視線が、不思議と鋭さを増した。

 なにか因縁があるらしいが、東堂清次郎トウドウセイジロウやバルト・イワンドからはなにも聞かされていない。あえて伏せられていることに関して、ナオトは詮索をしないたちだった。軍人として、必要な時に情報が開示されれば、即応して命令に従うつもりだ。


「級、もしかして君の言っている敵というのは――」


 ナオトがそれでも口を開きかけた、その瞬間……不意にセイルの歌声がかき消される。艦内に、敵襲を告げるサイレンが響き渡った。また、敵が襲ってきたのだ。それも、すでに欧州へと入ったこの空で。

 再び始まる戦いの中で、級は灯を呼んで駆け出す。

 ナオトは今は、そんな彼らの無事を祈って見送るしかできないのだった。

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