Act.22「歌と歌とへ集う者」

第125話「戦場に舞い降りる歌姫」

 外での戦闘が、どうやら終わったようだ。

 艦内の第一種戦闘態勢だいいっしゅせんとうたいせいが解除されると、シファナ・エルターシャは安堵に胸をろす。同時に、こうした局面では仲間の力になれない自分を、少し不甲斐なく思った。


「ジェネスにも飛行能力があればよかったのですが。暗黒大陸の中でも地域で技術差はありましたが、外の世界は……さらに文明が発展しているのですよ?」


 不思議と自分に言い聞かせるような口ぶりになってしまう。

 現在、シファナのジェネスはコクピット内の気密処理中である。唐木田からきだを始めとする整備班によって、シンプルだが緻密な作業が続いていた。

 宇宙や、比較的浅い水中での行動ができるようになるだろう。

 そう、宇宙……シファナの預かり知らぬ世界の構造には、今でも驚きを禁じ得ない。だが、大地が丸いことも、母星の名が地球であることも、その周囲が真空の宇宙であることも今は不思議と納得できる。


「そうであるから、きっとこの星は……地球は大自然にあふれて美しいのでしょう。独占欲を掻き立てる程に」


 眼の前で大きな洗濯機が、ゴゥンと鳴って停止した。

 今日は出撃がなかったので、シファナは生活班の手伝いをしている。洗いたてのシーツを取り出し、次の洗濯物をセット、教えられた通りにパネルを操作する。

 携帯電話というのもそうだが、機械の操作にもかなり慣れてきた。


「こちらは終わりました。いちずさん、どうですか?」


 痛みやすい下着などを洗っている、東埜ひがしのいちずにも声をかける。

 あっちは量が少ないものの、手洗いしなければならないので大変そうだ。だが、彼女は文句一つ言わず手伝ってくれる。先日、エークスの首都での激戦で、いちずは心身に激しい消耗を強いられた。それで今は、パイロットとして休息を与えられているのだった。


「ん、こっちもこれで終わりだ。干しに行こうか、シファナ」

「ええ。……ふふ」

「ん? どうした? わ、私がなにか、妙なことを言ったか?」

「いえ、でも嬉しくて。最近、みんな私を名前で呼んでくれるから」


 共に戦い、支え合ううちに……随分とシファナは、仲間と打ち解けてきた気がする。この部隊にいると、スメルの姫巫女ひめみこという立場が重荷にならないのだ。それはシファナ自身の存在理由でもあり、自分が生まれながらに選んだ生き方でもあるが……こうも自由が許される生活など、生まれて初めてなのだ。

 誰かのために洗濯をすることも、他の作業を誰かと共有するのも新鮮である。

 そのことを素直に話したら、いちずは意外そうな顔をしたあと、笑った。


「ああ、そういうのはあるな。私も気付けば、シファナとはずっと昔から友達だったように感じるよ。フィリアや竜華リュウカ、ナミハナともそう」

「暗黒大陸を出て、随分と遠くに来ましたね」

「だね。地球ってのは丸いらしいから、このまま進めば元の暗黒大陸にだって戻れる。でも……まだ、あいつはやることがあると思ってるみたい。もともと、こっちの地球の人間じゃないらしいし」


 二人は洗濯物を籠に入れて、デッキの方へと歩く。

 乾燥機を使ってもいいのだが、戦闘も終わったことだし外の空気で乾かしたい。シファナにとって文明の利器は便利なのだが、やはりおひさまの匂いが恋しくなるのだ。

 そしてそれは、比較的レベルの近い文明圏にいたいちずも同じらしい。


「あいつ……世代セダイさんのことですね?」

「うん。この間から変なんだ。ずっと寝てるし、起きると図面ばかり引いてるし」

「バルト大尉も、今は休ませておくように言ってました。食事とかは」

「なんか、食べてるみたい。でも、もうちょっと、こう……起きてる時は、なんていうか」

「少し、いいえ、もっとお話したい。そうですね?」

「……うん」


 確かに、東城世代トウジョウセダイは最近妙である。

 共通の友人である神守双葉も、彼女なりに心配しているようだった。恐らく、いちずと気持ちの根っこは同じなのだろう。

 だが、会話の火種は思わぬ方向へと引火してゆく。


「そいえばさ、シファナ。ミスリルとは最近、どう?」

「どう、といいますと」

「いや、なんか進展があったのかな、って」

「進展……はっ! い、いえ、そんな……彼は彼で、少し変で。いえ、もともと変なところがあるんですが、最近は特に」


 ミスリルはひまがあれば、格納庫で漆黒の操御人形に張り付いている。

 白き神輿みこしジェネスと対をなす、陰陽のもう片方……黒き神輿シエル。あの魔人佐々総介が、自らの野望のために利用した神器だ。結果として、フィリア・アイラ・エネスレイクを取り込み敵となったが、無事に撃破し回収することができた。

 どうやらミスリルは、そのシエルを使おうと思っているらしい。


「一応さ、アトゥちゃんは大丈夫だって言ってるけどね……不安は不安、かなあ」

「そうなんです。アトゥちゃんさんは、とても強い魔力をお持ちで……」

「いやいや、そこはさん付けはいらないよ。アトゥちゃん、ああ見えてこだわってるし」

「はい、では……アトゥちゃんは気にかけてくれて、ミスリルを見守ってくれてます。しかし、彼女は彼女で、強い因果いんがえにしを手繰り寄せているというか」


 リジャスト・グリッターズは、寄り合い所帯じょたいのボランティア部隊である。一応給料は支払われるが、善意の協力者という立ち位置は全くぶれていない。各国で軍隊や防衛組織にいたものもいるし、同じくらい民間人だって多い。

 目的は違えど、求めるものは皆が共有している。

 ただ、平穏な世界、平和な場所を広げたいだけなのだ。

 そんなことを思っていると、格納庫ハンガーの巨大な二重扉が二人の前に近付いてきた。ここを抜けるほうが近道である。重々しい合金製の扉を開くと、かすかにオイルの臭いが鼻を突く。

 様々な機体でごった返す格納庫は、今日も活気に満ちていた。

 そして、目の前を若い整備員たちが、ツナギ姿で駆け抜けてゆく。


「おいおい、マジかよ! IDEALイデアルから出向で来た時は、どうなるかと思ったけどな!」

「約得だよな、おい! 急ごうぜ!」

「あっちの地球の連中にも、教えてやらないとな。ってか、布教だ、布教!」


 妙な賑やかさだが、なんだろうか?

 男女を問わず、若者たちが走ってゆく。

 その先へと視線を滑らせれば、ちょうど大きな輸送機が着艦するところだった。

 宇宙戦艦コスモフリートは、基本的に格納庫から直結したカタパルトデッキがあり、他に民間の飛行機や連絡挺が出入りする多目的ハッチがある。あとは、小さな物資搬入等を行うハッチが数箇所だ。

 小さくタイヤを鳴かせて輸送機が止まると、すぐにタラップが接続される。


「あれは……」

「さっき出動があって、助けられた飛行機ってあれかな? シファナ、行ってみようよ」

「え、ええ。少しなら」


 不思議と、奇妙な興奮があった。

 シファナは、鼓動が高鳴る中でいちずと歩く。なにか、自分の中の神秘が、出会いを予感させている。比翼ひよくの巫女から代々受け継がれた、古い血がうずくような感覚だった。

 歓声が上がる中、輸送機の扉が開く。

 タラップの一番上に、きらびやかな衣装をまとった少女が現れた。


「みんなぁ~! 虹浦ニジウラセイルですっ! 今日は、助けてくれてありがとぉ~!」


 きゃるん、とウィンクをしただけで周囲の男たちが歓呼の声に沸き立った。

 虹浦セイルと名乗った少女は、年の頃は十かそこいらである。だが、あどけない顔立ちはメイクと美貌で輝いていた。

 タラップを歩く様など、まるでステージに舞い降りる天使か女神である。

 思わず見惚みとれてしまったシファナは、ふと視線が合って見詰め合った。

 セイルは一瞬じっとシファナを見て、満面の笑みを浮かべる。

 どうやらリジャスト・グリッターズが助けたのは、国連総会へと向かう日本の歌姫……日本が世界に誇る、伝説のアイドルのようだった。

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