第92話「戦えると思っていたのに」

 宇宙戦艦うちゅうせんかんコスモフリートの格納庫ハンガーは、はちを突いたような慌ただしさの中にあった。

 フォトンカタパルトへと続くデッキ上を、多くの機体が出撃を待って続く。クルーの誘導灯ライトが振られる中で、篠原亮司シノハラリョウジは愛機である神柄かむからをゆっくりと歩かせる。

 爆装ばくそうした機体の重量が、巨大な足音となって腹に響いた。


「クーガーが先導機パスファインダーとして上がったか……奴なら一人で15分は戦線を維持できる。雪梅シュェメィ! ソーフィヤ! 俺達で露払つゆはらいをやるぞ」


 タキシングで向かう先に、係員が両手の誘導灯を振り続けている。

 粒子を圧縮して機体を押し出す、フォトンカタパルトの射出位置へと侵入、そして最終チェックと同時に最新の情報を確認する。

 わずかな浮遊感と共に、ペイロードギリギリまで武装を満載した神柄が身構える。

 今、謎の敵がうごめく戦場へと艦は突き進む。

 その先に、助けるべき仲間がいるから。

 行方不明だった真道歩駆シンドウアルクの無事が確認されたから。


「こちらヒバリ1、篠原亮司だ。先に行ってパーティを始めてる。各機、プレゼントはもらわないように気をつけろ。せいぜい派手に踊らせてやれ。以上だ」


 仲間達から、了解を示す言葉が次々と返ってくる。

 皆、頼もしい戦友達だ。

 そして、亮司の機体が最終確認と同時にふわりと浮く。

 フォトンカタパルトの振動が、あっという間に100tトン近いフル装備の神柄を打ち出した。

 過激な加速Gに耐えつつ、亮司は空を睨む。

 あっという間に視界が狭く細く鳴っていった。

 そのまま音速に近いスピードで、操縦桿スティックを倒して高度を少しずつ落とす。

 向かう先にはすでに、爆発の光が幾重にも連なり咲いていた。


「クーガー! 下はどうだ? なかなか熱烈な歓迎を受けてるようだが」

『こちらクーガー、ユート・ライゼスだ。また、見たことがない化物バケモノばかりだ。最近、人外の異形ばかりで気が滅入る。神話生物に黄泉獣よもつじゅう模造獣イミテイトと来て、こりゃ何だ?』

「化物の方が良心が痛まない、気楽なもんさ。ただの敵、ターゲットだ」

『了解、強攻着陸突撃フォールアタックをかましてやるさ……援護を頼む!』


 すぐに神柄の周囲を、対空砲火にも似た光が包む。

 地上を埋め尽くすのは、ユートが言う通り魑魅魍魎ちみもうりょうにも似た異形の群れだ。

 だが、レーダーはそれとは異なる光点をとらえている。


「離脱する機影あり、マッハ……マッハ8だと!? いや、いい。今は下の連中を処理するのが先だ。行けっ、クーガー!」


 対地ミサイルのたばが宙へと放られた。

 それぞれ点火して、雲を引き連れ敵へと飛び出してゆく。

 その先で、宙を華麗に舞う翼が急降下で変形し始めた。

 ユートの強襲可変機レイダーRAYレイだ。

 それに続くように、支援射撃の構えで亮司も続く。

 地を埋め尽くす敵意は、ここぞとばかりに絶叫を張り上げた。幾重いくえにも光弾が打ち出されて、ビリビリと機体を震わせる。

 人型へと変形を終えたRAYは、ガンポッドで制圧射撃を行いつつ着陸した。


『こちらクーガー、橋頭堡きょうとうほを確保した。っと、訂正だ……今、確保した!』


 無数の化物を蹴散けちらし、大地に立ったRAYが死に損ないを踏みつける。その脳天に突き立てたガンポッドから、空薬莢からやっきょうが宙を舞った。

 整備班はどうやら、今夜も徹夜で機体の洗浄作業をする必要がありそうだ。

 そして、亮司も残念ながら神柄を血に染めるしかない。

 クーガーが強攻着陸で確保したポイントを抑え、二人で地上部隊を待つ。


『こちらコスモフリート、地上部隊展開中です。オスカー小隊、スサノオンチーム、順次発進、どうぞ!』

「こちらヒバリ1、亮司だ。エリーちゃん、彼氏君はどうか?」

『りょっ、亮司さんっ! アレックスは、そういうんじゃ……あ、えと、既に高高度にて警戒中。イルミネート・リンク願います』

「了解、オンライン……流石さすが索敵範囲さくてきはんいだな」


 アレックスのピージオンとの、イルミネート・リンク。

 電子作戦機の目と耳とを得て、あっという間に亮司は戦場を俯瞰する位置で掌握しょうあくした。こうして背をユートに預けて地上を掃射する中でも、敵の動きが手に取るようにわかる。

 そして、すぐに虹雪梅ホンシュェメィとソーフィヤ・アルスカヤが空中を抑えてくれた。


「新種の化物だな、クーガー。どうだ、賭けるか?」

『何をだ! ヒバリ1、サクラ!』

「こいつも例の、魔人佐々総介ササキソウスケとやらの仕業かってな」

『なら、俺はあんたとは逆側に賭ける。そのほうが張り合いがあるからな』

「違いない。そっちに五匹、任せる」

『ヘマやらかすなよ。そのサクラ付きの機体は、俺の獲物だからな』


 阿吽あうんの呼吸、まるで互いに競って踊るように砲火を撒き散らす。

 背後をかばい合って、前方180度に群がる敵をただただ撃つ。

 すぐに遠距離から支援砲撃が着弾し、地面ごと敵を吹き飛ばした。同時に近くで次々と異形がヘッドショットでぜて消える。東堂千景トウドウチカゲの援護射撃と、一条灯イチジョウアカリの狙撃だ。

 上空からもすぐに、二機のアーマード・モービルが降下してくる。

 増設したパイロンから2,000ポンド爆弾が炸裂した。


『ほらほら、男子達! ここはハイスクールの体育館かしら? 仲がいいのも見てて面白いけど、さっさと進軍して頂戴ちょうだい

『わ、わかってるよ、雪梅ねえ! 行くぞ、サクラ! ソーフィアも』

『了解。ユート、素直が一番……うん。じゃあ、進軍開始』


 合計四機のはがねの巨人が、互いをフォローしながら進み始める。

 その先には、救助を待っている歩駆がいる筈だ。IDEALイデアルが独自に雇った協力者が、離脱と同時に通信を送ってきたのだ。彼等自体は、歩駆を現地の人間に保護させて戦っている。

 ピージオンからのデータを確かめると、確かに遠くに3機の機動兵器の反応がある。

 だが、その動力パターンは亮司には、どこかで見たことがあるような波形だった。


「ん? 神塚美央カミヅカミオ神牙シンガ? ……なはずが、ないか。彼女は今日は……女だからな」

『亮司……それ、セクハラ』

『ソーフィヤの言う通りよ? 男連中にも月に一度と言わず、二度三度とあの痛みが伝わればいいんだわ。って、そこ! ああもう、忙しいわね! 数が多いわ!』


 今日は出撃シフトから美央は外れている。

 だから、この戦場に神牙がいるはずがないのだ。

 それに、神牙に類似した反応は3機……しかも、内1機は空戦型である。

 美央の機体はアーマーと呼ばれる機動兵器で、この惑星"J"ではアーマーギアと呼ばれる兵器に酷似こくじしている。どちらもそれぞれの日本で重点的に開発、運用され世界に広がっているので、似てしまったのかもしれない。

 激しい戦いの中、進軍しながら亮司は考えを保留ほりゅうする。

 IDEALの協力者とやらは、敵ではない。


「……チィ、デカブツが来たか。全機、散会ブレイク!」


 一際たくましい巨躯きょくが、ゆらりと身を揺すって向かってくる。

 周囲の化物達も禍々まがまがしいが、数が増え始めた大型種の圧力は圧倒的だ。オスカー小隊の到着を待って進むべきか、一度退くべきか……だが、判断を迷う時間はない。

 ベストな選択は、一撃の攻撃力に特化したスサノオン達を待つこと。

 だが、一秒先が無限に分岐する戦場では、ベストな選択などないに等しい。

 常にベター、モアベターを選ぶ。

 どれもだが、を選択することが指揮官には求められるのだ。


「やれやれ……クーガー、俺が強行突破する。援護してくれ! 雪梅とソーフィアはここを確保、オスカー小隊の手を引いてやれ」

『サクラ、指揮官が自分で突っ込んでどうすんだよ。俺が行く!』

「子供に死んでこいと言う趣味はない。それにな、クーガー……いざという時に隊長があたまらないと、誰もついてきやしないのさ」


 それを感覚で理解しているのが、槻代級ツキシロシナだ。そして、バルト・イワンドはそれを亮司にも求めてくれる。期待に応えるのはやぶさかではないが、リジャスト・グリッターズの編成は軍の常識に当てはまらない、それくらいかたよったいびつな戦力でもあるのだ。

 一騎当千いっきとうせんの機動兵器が集まり、優秀な少年少女が集まっている。

 だが、軍務経験のある正規軍人、それも指揮を執る人間が絶対的に不足していた。

 歯がゆい思いを振り返っていた、その時だった。


『亮司さんっ、マーカー回します! マルチロック……エラーズ! 神柄の進路方向に広がる敵を読め!』

『了解……予想火力演算、射角と進路修正、誤差プラスマイナス0.0004。篠原亮司三尉、前進どうぞ』

「やれやれ、女神様は尻を叩くのが上手いな……!」


 84mm滑腔砲かっくうほうを構えたまま、神柄が大地を蹴る。

 イルミネート・リンクで繋がったピージオンが、周囲の味方機から吸い上げた情報を処理して、最適化されたマーカーを投じてくれた。それに従い、効率よく化物を撃破してゆく。

 背後からの援護もあって、さらに一回り巨大な敵が出てきたが、亮司の進撃は止まらない。……周囲とは明らかに異なる、全身を甲殻で覆った個体が現れるまでは。


「どうやらボスキャラのようだな……悪いがハイスコアには興味がないんでね。さっさとちろっ!」


 相手が攻撃してくる前に先手を取る。直立した亀にも似ていたが、その天然の装甲が砲弾をはじいた。84mmが圧力負けするなど、既存きぞんの兵器ではありえない。

 強固な防御力を誇る巨獣は、背後からの援護射撃にも全くダメージを感じさせなかった。


「チィ! なら、格闘戦で――!?」

『亮司さんっ! 僕がすきを作ります!』


 純白の神像が舞い降りた。

 それは、空力を無視してリング・ブースターの推力だけで飛ぶ電脳神サイバーマキナ……ピージオンは巨大な化物の頭部へと舞い降り、ベイオネットライフルの切っ先を突き立てる。

 危険な接射が、甲殻の薄い首筋へと血の花を咲かせた。

 すかさず亮司は、着剣ちゃっけんと同時に76式47mm突撃機関砲を連射する。


「ナイスアシストだ、アレックス! ……この距離、踏み込めば外さない!」


 神柄のフル加速に乗って、銃剣突撃で体を浴びせる亮司。

 同時に、宙へと舞うピージオンからの射撃が降り注ぐ。

 だが……不意に混迷の戦場へ絶叫がほとばしった。


『やめろぉ! お前ら、敵じゃねえな……だがよぉ! ドリル獣の相手は、俺だぁ! ……!』


 獣のような男の咆哮ほうこうだった。

 ドリル獣、それがこの人外の名か。

 そして、地割れを引き連れる何かが地面の中を突っ込んでくる。それは炸裂する大地の中から、神々こうごうしい虎の化身けしんとなって飛び出した。

 その両手がドリルとなって唸りを上げ、あの硬い敵の甲殻をあっさりとつらぬく。

 瞬時に亮司が、銃剣を突き立てたままドテッ腹に零距離射撃ぜろきょりしゃげき御見舞おみまいした。

 トドメとばかりに、ピージオンがバルカンクー・クーを放つ。本来は空間戦闘用の兵装だが、動きが鈍くても攻撃力は変わらない。トドメになると思った一撃だった。

 だが、うな猛虎もうこから絶叫が響く。


『よせぇ! こいつらは俺がやる……俺がっ、とむらう! こいつらは――!』


 バルカンクー・クーの包囲攻撃が、手負いの巨大なドリル獣を貫いた。

 同時に、衝撃の言葉が響き渡る。


『こいつらはっ、人間だ! 人間だった……俺の町、鉱山都市の仲間だったんだぁぁぁぁっ!』


 血飛沫ちしぶきをあげて、巨大な亀の怪物が動かなくなる。

 赤い雨に濡れて停止するピージオンの中から、声にならない叫びが響き渡った。

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