第57話「神楽の舞姫は歌う」
少女はその腕に勇気ある少年を抱きながら、
名は、
「
目の前では今、黄金の
仲間である
だが、吠え荒ぶ黄泉獣は暴れ狂って、二機の機神を寄せ付けない。
そうこうしているうちに、沙那も異変に気付く。
「おかしい……逢魔が時が薄れてゆく中で、黄泉獣の力が増している!?」
黄泉獣がその力を
その僅かな時間こそが、昼と夜、
だが、一種異様な空間を広げる黄泉獣の時間は、場所も時間も選ばず広がりつつ……今回だけは終息を見せない。
タジカラオウとがっぷり四つに組み合う黄泉獣は、ますます勢いを増してゆく。
普段とは違う光景に、沙那が驚いた、その時。
不意に背後で声がした。
振り向けば、一人の紳士が立っている。その顔は、沙那には資料で見覚えがあった。この日本を不安定な状態へ陥れたと言われる、危険度SSSの魔人。その名は――
「
「いかにも。既にこの東京は
男はただ静かに、うっそりと言の葉を
その背後では、黄泉獣を相手に二機が苦戦している。
護が総介の存在に気付いたのか、タジカラオウの中から叫んだ。
その声も、絶叫を張り上げる黄泉獣の咆哮にかき消される。
『沙那、気をつけろっ! 奴は……奴は既に人にあらず! チィ……
『やってみます! 慎重に……神経を機体に張り巡らせるんだ。集中して!』
タジカラオウは、その六本の脚で大地をしっかり
力と力がぶつかりあう中で、〝オーラム〟が慎重にその横から近付く。
だが、沙那は信じられない光景に言葉を失った。
再度見やれば、総介は愉悦にも似た表情で笑っている。
それは、狂喜に身をやつした者の笑いではない。
ただ、静かに
それは、とても優しく穏やかな表情で、底知れぬ戦慄を沙那に感じさせる。
黄泉獣は絶叫と共に、大きく息を吸い込んだ。
慌てて沙那は、耳をふさいで少年の身体に覆いかぶさる。
「いけない……この黄泉獣は以前にも!」
刹那、金切り声がその場の全てに耳障りな高音を響かせた。
人間の動きを封じるほどに、強力な超音波が割れ響く。
そのなかでタジカラオウは、思わず後ずさった。それは〝オーラム〟も同じだったが、金縛りの状態から二機は素早く脱する。
護の機転は、黄泉獣の攻撃をあっという間に打ち消した。
『くっ、耳が……あ、あれ? 動ける……今のは』
『大丈夫か、〝オーラム〟の少年!』
『そっちの六本足の……なにを? 助かりました』
『波長を合わせた低周波で奴の叫びを打ち消した。だが、これでまた振り出しに戻ってしまった』
『もう一度、何度でもやりましょう! あの女の子を助けないと』
黄泉獣が暴れる中で、〝オーラム〟とタジカラオウは再び接近を試みる。
まさに今、東京の軌道エレベーター周辺は異様な戦場と化していた。
そして、その光景に目を細めながら……総介は沙那に語りかける。
「
「佐々総介っ! それは――」
その時、沙那の手を掴んで……胸の中の少年が身を起こす。
怪我で苦しげに呻きながらも、彼は総介を睨んで声を絞り出す。
「……なにを、した……あの、バケモノは、
「おや、少年……あまり喋らない方がいい。折れた肋骨が肺を突き破るぞ?」
「質問に……答え、ろ……」
「なに、神々に供える
沙羅の目にも、はっきりとわかる。
普段よりも黄泉獣が、力を増していた。
それは恐らく、一人の少女を胸の
普段から黄泉獣の対処に慣れている護が、苦戦している。一緒の〝オーラム〟のパイロットも、慣れない中で巧みな操縦技術を駆使しているのに……
それでも、腕の中の少年は立ち上がろうともがく。
「あなたが……あのバケモノ、を……? なら、許さない……俺は、美亜を、必ず……必ずっ! 助けて見せるッ!」
「……少年、確か君の名は。そう、その眼差しに宿る光を、かつて僕もまた……それは
「俺は……俺はっ、
これ以上は、この場所も危険だ。
沙那は、血を吐いた響樹を抱き上げる。
刹那、いよいよ混乱を増してゆく中で逃げ惑う人の
「よう
小さな、本当に小さな少女がこちらへ歩いてくる。
ともすれば、幼女とさえ言えるような女児だ。
だが、その大きな瞳には強い力が宿って、総介を
鋭い眼光を受けて、総介もまた「ほう」と表情を引き締める。
「まつろわぬ
「フン、よくぞまあ……人の身にそれだけの
「それでもまだ、僕の
「なにが目的じゃ……人間でいられることまでやめて、お主はなにを願う? 二つの
彼女の追求の言葉を受けて、総介は薄い笑みを再び浮かべた。
それは、先程までの穏やかで
まさしく魔人……人の領域を飛び抜けた者特有の、
「僕の目的……それは、
「比翼の巫女の復活とな? ……愚か。比翼と比翼は対となってこそ
「フッ、僕の歩みは止まらない。刻は戻らず、ただ無常に過ぎゆくのみ。舞姫よ、僕を止めるなら覚悟を持って望むことだね。閉じた
総介の笑いに、少女もまたニイイと口元を歪める。
それは、沙那が初めて見る表情だった。
いつもは
沙那は、初めて母リリスの本気の怒りを垣間見た。
そう、少女は……
そして、総介は踵を返すと、トレンチコートをマントのように
「無事じゃな? 沙那」
「リリス、私は大丈夫です。けど、この人が……確か、響樹君と」
「なんじゃ、母様と呼びならわせ? 面白くない娘だのう」
「そういう場合じゃないんです! ……それに、私より幼い母親なんて」
「よいよい、どれ……ふむ、まずいのう。下手をすると内蔵にもダメージが。……む?」
ふと、リリスが顔を上げてビル群の向こうを睨んだ。
そして、新しいマシーンの駆動音が近付いてくる。
その先を沙那が見詰めれば、空気を切り裂く爆音と共に火線が走った。
正確な射撃が黄泉獣の肩口にヒットし、小さな爆発の花が咲く。
新しい機影は、表通りの方から回り込むや片膝を突いて射撃ポジションを取り直した。
それは、自衛隊のアーマーギア、
沙那が
それは、激昂の叫びと共に黄泉獣が地を蹴るのと同時だった。
『援護します! 私は陸上自衛隊の第八戦陣隊隊員、
次々と着地した先でビルを倒壊させながら、黄泉獣は去った。その旨に、響樹の妹である美亜を閉じ込めたまま。
それを見送る沙那は、リリスが頷くのを見て立ち上がる。
そして、異変はそれだけではなかった。
『光咲一等陸士、こちらは黒崎だ。助かる、できれば黄泉獣の追跡に協力を願いたい』
『引き受けました、しかし急いでください! すぐにイジンの群れが侵攻中です! 周囲の避難も、陸上自衛隊が警察と連携してますが、まだ』
『避難……しまった、まずいな。黄泉獣の逃げた先に避難所となっている体育館が。急ごう、光咲一等陸士! そちらの〝オーラム〟の少年、君も……少年?』
その時だった、一回り大きな〝オーラム〟が、ぐらりと揺れる。
スピーカーを通して響く声は、弱々しく呼気を荒げていた。
『あ、あれ? 身体が……おかしいな。ゲーム、じゃ……こんな、こと』
〝オーラム〟の瞳から光が失せて、急激に駆動音が小さくなってゆく。
すかさず沙那は、響樹をリリスにまかせて立ち上がった。
「出でよ。
沙那が念じて願いを拳に込める。その手は、固く握られ光り出した。
そして捧げる
迷わず沙那は、光の化身である巨大な人型へと地を蹴った。
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